16話 お人好しと国家理念(前)
◇翌朝
俺が万能魔術で出した朝食を並べていると、
ガオト様が欠伸をしながら寝所から出てきた。
……まだとても眠たそうだ。
「おはようございます。朝食の準備ができています。
今朝は私の世界の食事を用意してみました。」
用意したのは、フレンチトースト、ローストビーフ、
ポーチドエッグ、シーザーサラダ、ポタージュスープだ。
ガオト様は狼の獣人だけあって食欲旺盛だ。
きっと……俺が食糧事情を改善するまでは、
相当我慢していたに違いない。
テーブルを見たガオト様が目を輝かせる。
「美味しそうな匂いがするな。
晩酌で提供してもらっている酒や肴とは違った趣だ。」
ガオト様が俺の方を向きなおす。
「タケオミ、腕を広げろ。」
「こうですか?」
俺が両腕を広げると、
ガオト様が胸に飛び込んできた。
そして、頭を撫でるように催促される。
「んー……」
胸元でスリスリされる。
……かわいすぎて言葉を失う。
「ふふ、こうやって誰かに甘えるというものは、
良いものだな。」
俺は頭を撫でながら囁く。
「ガオト様、これからは……
私の胸で良ければ、いつでもお貸しします。」
ガオト様が上目遣いで口を曲げる。
「“様”はいらん。その話し方もだ。」
俺は頭を人差し指でかく。
「すみません、性分ですので……
そこはおいおいでお願いします。」
ガオト様が呆れた顔をする。
「全く仕方のない奴だな。早く慣れろ。」
俺は抱きしめなおした。
愛しい人をこの腕に掻き抱くことが、
こんなに心を熱く、温かくするなんて──
前の世界では知らなかった。
思わず口から気持ちが溢れ出る。
「幸せです。」
ガオト様も答える。
「私もだ。」
俺は名残惜しさを振り切る。
「さぁ、冷めないうちに朝食にしましょう。」
「そうだな。どれも美味しそうだが……
私が一番気になるのは……」
「このローストビーフでしょう?」
「正解だ。やはり肉を食わねばな。」
そう言って二人で笑いながら食事を始め──
やがて話題は今後の展望へと移っていった。
ガオト様が問いかける。
「それで、どうしていくつもりだ?」
俺は慎重に言葉を紡ぐ。
「正直、悩んでいます……。
どうしていくべきか……。」
最低限の衣食住。
これらは人が営む上で必須のものだ。
だから、整えることに躊躇いはなかった。
「魔界の現状は、地域ごとに亜人族が住んでいて、
それをガオト様という一人の強者が束ねています。
私がいた世界をなぞるなら──
ここから国を興し、産業を興し、貨幣経済を浸透させ、
文化圏を形成していく……ことになるのでしょうが。」
ガオト様が眉間に皺を寄せる。
「あぁ……人界の者たちのように発展するということだな。
だが、タケオミには何か懸念があるのだな。」
流石だ。
理知的で、こちらの意図を理解するのが早い。
「そうですね。
そうした場合、きっと物質的には満たされていくでしょう。
ただ……物質的に満たされることが幸せとは限りません。
元いた世界でも、豊かになった社会に適応できない者や貧富の差、
資源を巡った争いなど、様々な問題がありました。」
俺はグラスの冷水を口にする。
「人は、一度得た幸せを手放せない生き物です。
……私が今、ガオト様を失いたくないと思っているように。」
俺は深く息を吐き出す。
「極端な話になりますが……ガオト様の治める亜人族の地域が、
他の魔王の地域や人界と完全に切り離されていて、
独立していられるのであれば……これから先は、
ある程度の食事や娯楽だけをゆるやかに発展させるだけでも
よかったのかもしれません。」
「それは無理だろうな。理想論だ。」
「でしょうね。なので“極端な話”だと言いました。」
俺はこの世界について、さらに踏み込んだ話を続けた。




