第六幕 第一場 ハジュン(五)
「事前の連絡では、訪問されるのは魔法使いロッドさまとお付きの騎士おひとりと聞いておりますが?」
偽聖女の邸を訪ねたユディたちに、応対した老使用人は怪訝そうな顔をする。
「俺たちは、勇者一行だ。偽物でなく本物のな。主人にそう伝えてくれ」
「なっ……」
エドガーの言葉に、使用人は驚愕の表情を浮かべた。慌てて奥に駆けていく。
「…………信じてくれるかな?」
「信じるさ。今、この邸にそんなことを言って訪ねてくる偽物がいるはずがないからな。……それに、信じないならそれまでだ。さっさと家に帰ろう」
不安そうなユディの言葉に自信満々に答えたエドガーだが、彼の本心は最後のひと言にありそうだ。
さっさと帰りたくはないので、なんとか信じてくれないかと願っていたユディの耳に、ドドドッと足音が聞こえてくる。
現れたのは、五十に手が届こうかというくらいの中年男性だ。くまの浮きでたくぼんだ目とげっそりとこけた頬。サイズの合っていない服は、痩せてしまったからなのか。
「あ……あ……あ…………勇者さま!!」
男は、エドガーを見た途端、大声を上げて涙をダーッと溢れさせた。
「聖騎士さま! 賢者さまも! …………あ、ああ! あなた方は、呪いを祓えたのですね。……よかった…………よかった」
泣きながら床に膝を着き、「よかったよかった」と呟き続ける男。
彼がよかったと思うのは、エドガーたちが呪いを祓ったのならば、自分の娘の呪いも祓う方法があるのだと思えたからだろうか?
(もしそうなら、その安堵は少し早すぎるんだがな)
そうユディは思う
「はじめまして。あなたが前の聖女さまのお父さんですか?」
ちょっと迷ったが、ユディは男にそう声をかけた。
相手は高位貴族だ。本来ならもっとへりくだって話すべきなのかもしれないが、これからユディは、彼の娘と取引するつもりでいる。あまり下手に出るのは違うだろう。
それでもさすがに『偽聖女』とは言えないで『前の聖女』なんていう言い方になってしまったのだが。
男は、不快げな顔をした。
「君は?」
「聖女です。……あなたの娘さんにスキルを盗まれた」
男の顔に驚愕が走る。
「そ、それは、その、すまな…………はっ! ひょっとして、勇者さま方の呪いを祓ったのは?」
「俺です」
ユディが肯定すれば、男はその場で土下座した。
「お願いします! 娘を助けてください!!」
なりふりかまわぬその姿は、娘への愛ゆえか。
勢いに押されて頷きそうになるユディを、エドガーの冷静な声が止めた。
「まず謝罪が先だろう。謝りもせずにユディに助けてもらおうなんて、図々しい」
「あ……」
「まあ、どんなに謝ろうと足りないだろうけどね」
「それは……」
「聖女さまの御力は、正しき者のため。悪しき者に施されるはずもない」
「そんな!」
サウルやローレンスまで追い打ちをかけて、男は真っ青になる。
「謝ります! 謝りますから! …………聖女さま、申し訳ありませんでした! どのような償いもいたします。ですから、どうか娘をお救いください!!」
大声で謝られて、ユディは困った。
ただで助けるつもりはないからだ。
「……とりあえず、娘さんに会わせていただけますか?」
そう言うしかなかった。
そうして通されたのは、カーテンが閉め切られた暗い部屋。
光の射さぬ影の中に、なお昏い瘴気が淀んでいる。
目を凝らせば、かろうじて部屋の奥のベッドに小さな膨らみが見えた。ピクリとも動かぬ本当に小さな塊だ。
「…………静かだな」
エドガーが意外そうな声を出した。彼が最後に見た偽聖女は、痛みに泣き喚いていたそうだ。
「喉が焼き切れ、声が出なくなったのです」
答える父の声は悲痛に震えている。
「もっと暴れているイメージだったけどな」
「そうだな。馬車に乗せるのに男が三人がかりで押さえていたような?」
そう言うのは、サウルとローレンスだ。彼らが最後に見た偽聖女は、苦しみにのたうち回っていたという。
まあ、そういう彼ら自身も呪われていて、己の苦痛を堪えるのに精一杯。あまりよくは覚えていないそうだが。
「そのような体力は、とっくの昔になくなりました」
偽聖女の父親は、絞り出すような声でそう言った。
彼女は、眠っているわけでも落ち着いているわけでもない。今も変わらず痛みに苛まされ、苦悶しているのだ。ただ、それを表に出すことができなくなっただけ。
さすがのエドガーたちも、言葉に詰まった。
そんな中、ユディはベッドに近づいていく。
滞り溜まっていた瘴気を、パッパッと手で祓った。
薄くなった闇の奥、偽聖女の姿が見える。
ユディは思わず息を呑んだ。そこにいたのは、黒く萎み、嗄れたミイラにしか見えないなにかだったから。
小さく憐れな、その姿。
ユディは、今すぐ全力で浄化と治癒を行いたい! という衝動を、かろうじて堪えた。
拳をきつく握り、息を大きく吸って吐いてから、少しずつ聖女の力を振るう。
――――黒い皮膚が、徐々に白く変化した。
――――抜け落ちていた髪が、ゆっくり伸びていく。
――――嗄れ萎んでいた顔や体に、張りが戻ってきた。
まだまだ痩せこけているけれど、そこにいるのはミイラではなく生きている人間だ。そう思えてくるほどにまで浄化する。
「……ああ、聖女さま」
ユディの背後、ジッと見ていた偽聖女の父親が、感極まったように呟いた。その場で跪き祈りだす。
その声が聞こえたのか、偽聖女のまぶたがふるふると震えて……開いた。
現れたのは、濁った赤い目。焦点が合わないようで、ゆらゆらと揺れている。
……………………その目が、ようようユディを見た。
「…………あ゛…………あ゛……ああ゛っ」
声は嗄れていた。
目から一筋涙がこぼれる。
ユディが、ほんの少し浄化の力を強めれば、偽聖女は小さく息を吐いた。
何度か口をはくはくと動かした後で、ようやく声を出す。
「ご……めんな………………さ……い」
それは謝罪の言葉。
「ごめん……なさい……ごめんな……さい…………ごめんなさ……い」
自分の出せる精一杯の声で「ごめんなさい」を繰り返す偽聖女。まるで壊れた人形みたいだ。
どうやら彼女は、ユディが聖女だとわかっているようだ。
「俺がわかるんですか?」
「……髪…………麦わら色……の」
ユディは、自分の髪に触れる。偽聖女は、この髪の色を覚えていたらしい。
「……ご、めんな……さい」
偽聖女は、なおも謝罪を繰り返した。
もういい、とユディは言いそうになる。謝らなくていいから、休んでほしいと。
だが、それはできなかった。
ユディがここに来たのは、偽聖女を許し癒すためではないのだ。
彼女がかつて犯した罪を暴くため。そしてそのことを証言させるため。
ギュッと拳を握り締める。
「……今、俺はあなたの呪いをほんの少し、一時だけ祓いました。完全にではありません。…………だから、このままにすれば、あなたはまた直ぐに呪いに呑みこまれてしまうことでしょう」
ユディの言葉を聞いた偽聖女の目には、怯えが浮かんだ。子どもがいやいやをするように、首を横に振る。
「あなたを完全に救うために、あなたにしてほしいことがあります。――――あなたは、十三年前、当時の王太子の『国王』スキルを盗んで、他の者に偽装させたことがありますよね? 同様に『王配』のスキルを発現した少女にも同じことをしたはずです。それを認めて証言してくれませんか?」
赤い目が大きく見開かれた。ジッとユディを見つめてくる。
ユディは、言葉を続けた。
「この罪を認めれば、あなたは今より強く非難されるでしょう。あなたがスキルを盗んだ相手は、王太子――――将来の国王です。国家に叛意ありとして処刑される可能性だってあります。たとえ呪いに侵されていようと、このままの方がマシかもしれません。……それでも、俺はあなたに証言してほしいんです。あなたの盗んだスキルを、正しい人に戻してください」
ユディは、誠意を持って言葉を紡いだ。
もしも彼女が本当に自分の行いを悔いているのなら、どうかそのすべてを懺悔してほしいと思いながら。
ユディの言葉を、偽聖女は黙って聞いていた。
やがて、乾いた唇を開く。
「わ……かり…………ました」
「え?」
「罪を…………認めます。証言……します」
「いいんですか?」
「……はい…………それで、私の罪が……少しでも償え……るのなら」
偽聖女の濁っていた赤い目は、今ではきれいに澄んでいる。
「ありがとう」
ユディは、心から礼を言った。
彼女を信じてみようと、思った。
*宣伝です!
拙作「元サレ妻のヒロインは、ひとりで竜を倒したい!~浮気者の攻略対象者には頼りません~1」について、書報に載せていただきました!
https://syosetu.com/syuppan/view/bookid/9631/
よろしくお願いいたします。
<(_ _)>




