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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第六幕 第一場 ハジュン(四)

 見上げるほどに大きな邸は、なんだか薄汚れている。


(実際に汚れているわけではなく、なんとなくそう見えるだけなんだろうが)


「ここが、その女性の家なんだな」


 ポツリ呟くユディの腕を、エドガーがそっと引いた。


「なあ、今ならまだ間に合う。引き返さないか?」


「諦めが悪いな。何度も話し合ったじゃないか」


 ここは、ユディから聖女のスキルを盗んだ偽聖女の家だ。以前は『聖女』を輩出した高位貴族の家として、王宮の離宮にも匹敵する豪華な建物と、ひっきりなしに訪れる人々でかなり賑わっていたようだが、今はシンとして見る影もない。

 薄ら寒いような印象さえ受ける邸を見ながら、ユディはここに来るまでの長い攻防を思い出していた。




 ――――あの日、自分のスキルを奪った女性に会いたいと言ったユディに、誰もが「行く必要はない」と言った。

 声を合わせ反対してくる彼らを説き伏せるのは、一苦労。


「彼女から言質を取るのが一番確実だということは、わかるよな?」


 ユディが聞けば、エドガーが激しく首を横に振った。


「確実だろうがなんだろうが、ユディが傷つくのはいやなんだ!」


「傷つくと決まったわけじゃないぞ」


「その可能性が一ミリでもあるのがいやだ!」


 正論は、感情論に叶わない。

 とはいえ、ユディが諦めれば王城爆破一直線だ。

 根気強く説得していたのだが……最終的な決め手となったのは、なんとハジュンの泣き声だった。

 ユディ以外の人間が声を荒げると、ハジュンがぐずるようになったのである。


「いったいどうして?」


「いやだいやだばかり言うから、ハジュンがいやになったんだ。……そうだよなぁ、ハジュン?」


 途方に暮れたアンジェラから、ユディはハジュンを受け取る。顔を覗きこみ、あやしてやれば、たった今まで泣いていた赤子は、ケラケラと笑った。


「そんな、違うよな? ハジュン」


 エドガーが顔を覗かせれば、途端ハジュンは「ふぇ~ん」と泣き出してしまう。

 エドガーは、その場にガクンと膝を着いた。

 エドガー以外もみな同じ有様で、ハジュンが泣かないのはユディの腕の中だけ。


 これには、みんな困り果てた。このままでは、ユディ以外の人間がハジュンの世話をできなくなってしまうからだ。


「そ、そんな…………抱っこができないなんて」


 特にショックを受けたのはアンジェラだ。ハジュンにそっぽを向かれて、涙目になっている。

 意外なことに、サウルも難しい顔で考えこんでいた。


「…………これは、ま(・)ず(・)い(・)かもしれないよ」


「どういうことですか?」


 ハジュンをあやしながら、ユディは尋ねる。


「ハジュンが泣くのは、アマテラス――――女神さまの機嫌を損ねる可能性が大きいからね」


 ハジュンは、魔王ハジュンの魂を宿す子だ。

 そして、アマテラスにとって魔王ハジュンは最後のマスター。特別な存在だ。

 そんなハジュンが泣いてばかりいたら、アマテラスはどう思うだろうか?


 そうサウルに問いかけられれば、全員の顔から血の気が引く。


「…………俺は、もう声を荒げないぞ」

「私も」

「僕も」

「俺もだ」


 次々とみんな怒鳴ったりしないと、他ならぬ女神に誓った。

 実体を持ち、この世界に直接関与が可能な女神の怒りなんて、頼まれたって買いたくない!


 ――――その後、話し合いは穏やかに続いた。

 誰も声を荒げず、表面上は世間話でもしているよう。


「ともかく、落ち着いて考えてみてほしいんだ。偽聖女に会って証言してもらうのが、一番だろう?」


 ユディに問われたエドガーは、身を乗り出した。


「でっ! ……っと、……でも、危険だ」


 叫ぼうとして、すんでのところで堪える。


「お前が守ってくれれば、危険なんて欠片もないさ」


「……それは、そうだが」


 言い淀むエドガーに代わり、今度はペーターが口を開いた。


「父さんには、ゆっくりしてほしいんだよ」


 もちろん、小声で。


「お城を壊されたらゆっくりなんてできないぞ」


「それもそうだけど……」


 静かな声で会話していけば、感情は高まらなかった。

 やがて――――。


「俺は、いやだ。…………いやで、いやで、いやだけど……ユディを守る役目はする」


 最後まで反対していたエドガーがついに頷く。


 こうして、ユディは偽聖女を訪ねる許可を得たのだった。




 そんな疲れる回想が終わったユディは、後ろを振り向く。

 そこには、サウルとローレンスがいた。


「エドガーだけでもよかったのに」


「そうはいきませんよ。これは聖女さまの正式な訪問ですからね」


「なめられるわけにはいきません」


 相談した結果、ユディは偽聖女の邸を正面から訪れることにした。もちろん自分が聖女だとは名乗らずに、使ったのは魔塔で魔法使いとして働くロッドの名前だ。

 偽聖女の家は、治癒魔法の使い手をいつでも歓迎しており、魔塔の名を出せば訪問許可を取るのは難しくなかった。


「別に、喧嘩を売りに行くわけじゃないぞ?」


「わかっている」


「喧嘩を売るならこの段階で、問答無用で攻撃魔法をぶちこんでいるからね」


「そうだな。先手必勝。私が先陣を切りましょう!」


「だから、違うって!」


 慌ててユディは、仲間を宥める。

 訪問前から疲れ切ったユディだった。


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くにみつさまから、とてもステキに描いていただきました。

よろしくお願いいたします!

<(_ _)>

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