第六幕 第一場 ハジュン(二)
「女神さまが直々に創った子どもというのは、どういうことですか?」
ロッドが疑問を口にする。
「そうだな。なにから話したらいいのかな――――」
ユディは、考え考え言葉を紡ぎ、かなり時間をかけて、自分たちの旅とそこで知り得たことや起こったことを、子どもたちに語った。
結果――――。
「待って! 待って! 待って! …………え? え? えぇっ! ってことは、僕らは、そのアマテラスっていう女神さま……じゃなくてAI? が、創った実験体だったってこと!?」
ロッドの一人称が、酔ってもいないのに『僕』になっている。それだけユディの話にショックを受けたということだろう。
「……魔王は敵じゃなかったのか」
寡黙なアーサーも声を上げずにはおられなかったようだ。
「っていうか、宇宙移民船ってなんだよ? そんなでっかい船が、空の向こうに浮かんでいるのか?」
ティムは、ポカンと天井を睨みつけている。見えない空を見ているのかもしれない。
「それより! 大地が丸いって、どういうこと! それなら僕らは立っていられないんじゃないの?」
リックがとても純粋な質問をした。
四人の子どもたちの、ある意味非常に人間らしくありふれた反応に、ユディは心の中で相槌を打つ。
(そうそう、普通はこうだよな)
エドガーやサウル、ローレンスには見られなかったものだ。
(サウルさんやエドガーは、あっさり俺の話を信じた上に、重要なのは魔王くらいと断じたし、ローレンスさんだって多少抗議はしたものの、ふたりに簡単に説得されたよな)
『勇者』に『賢者』『聖騎士』なんていうとんでもない三人とずっと一緒にいたために、ユディは自分の感覚に自信が持てなくなっている。
子どもたちの反応を見て、心底ホッとした。
(俺の子どもたちは、こうでなくっちゃ)
そう思うのだが――――。
「ちょっと、うるさいよ兄さんたち。せっかくアニーが寝かしつけたのに、ハジュンが起きちゃうじゃないか」
ユディの思いを打ち砕く声がした。
長く伸びた金髪を背中でひとつに括った青い目の青年が、その声の持ち主だ。
「あ、その……ペーター」
「ごめん」
ティムが戸惑い気味に名前を呼び、リックが素直に頭を下げる。
ロッドとアーサーも「すまない」と謝った。
兄さんと呼ばれたが、四人とも青い目の青年より年下だ。
「もう、気をつけてよね」
口を尖らせ注意する青年は、本来の姿に戻ったペーターだった。
御年二十六歳。天使のような外見を持つ美少年は、堂々とした美丈夫に変化を遂げている。ユディの話にも、さして驚いた様子を見せないのは、さすが『国王』スキルの持ち主と言うべきか。
もっとも、彼の視線は、ロッドからハジュンを受け取りあやしているアンジェラに釘付けだった。……若干、その鼻の下が伸びているような……視線の先が、ハジュンではなくアンジェラの胸に向いているような気もしないでもないのだが――――。
(まさか、俺の話の内容よりアンジェラさんの方が重要だとか、思っていないよな?)
うっとりしたペーターの視線を見れば、疑いは深くなる。
(ま、まあ、二十六歳の青年だし……そんなものかもしれないよな?)
ユディは、無理やり自分を納得させた。
ペーターは、いつの間にか、アンジェラのことも愛称で呼んでいる。未来の『国王』と『王配』が順調に関係を深めているのなら、それはいいことなのだろう。
「ペーター、俺が留守の間、頑張って宿屋を回していてくれたんだってな。ありがとう」
気分を切り替え、ユディはペーターに話しかけた。
「みんなが協力してくれたおかげだよ」
ペーターは、はにかみながら返事する。
「でも、中心になったのはペーターなんだろう? お客さんのためにいろいろ工夫してくれたって聞いたぞ」
「たいしたことはできなかったけどね。……やっぱり父さんはスゴいなって実感したよ」
そうは言うが、ペーターの頑張りは人一倍だったらしい。
久しく宿屋の仕事をしていなかったロッドやアーサーが戸惑わないように、仕事の手順を紙に書き出し誰でもできるようにしたり、アンジェラの女性目線を取り入れて、花や可愛い小物を飾ったり、お客が重なり待ち時間が長くなったときに無料で飲み物をサービスしたり、いろいろ工夫したそうだ。
「そんなことはないさ。大活躍だったぞ。ありがとう」
ユディから礼を言われたペーターは、頬を赤くした。
その笑顔が十三歳のペーターと同じに見えて、ユディの心は温かくなる。
ところが-ーーー。
「うん! 俺、頑張ったんだ。結果も出てさ……なんか、このまま宿屋をやるのもいいんじゃないかって思えてきた」
「は?」
思いもかけないことを言われ、ユディは目を丸くした。
(なんだって?)
「アニーとも結構真剣に話し合ったんだ。……俺たちは、好きで『国王』や『王配』なんてスキルを得たんじゃない。……父さんみたいにスキルとは関係無しに、自分のやりたいことをやって成功している人もいる。……だったら、俺たちだって自由に生きてもいいんじゃないかって」
「それは――――」
ユディは答えに詰まった。
聖女のスキルを鬱陶しく思うユディには、ペーターやアンジェラの気持ちがよくわかる。
ただ、だからといってペーターの言葉に頷けるかと言えば、それはできなかった。
(そんなことをしたら、いずれ偽物の『国王』と『王配』が国を治めることになるからな)
それがどれほどの障害を国にもたらすことか。想像するだに恐ろしい。
顔をこわばらせるユディに対し、ペーターはアハッと笑った。
「大丈夫だよ、父さん。心配しないで。俺だってわかっている。……俺たちが好き勝手するのは、自分の役目を果たした後だ。父さんだって『聖女』として魔王の遺体をきちんと浄化したんだもの。俺たちだって、やらなきゃならないことはやるよ」
ユディは、大きく息を吐く。
「脅かすな」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
「すみません」
ペーターは頭をかいて、アンジェラは小声で謝ってきた。
彼女の腕の中では、ハジュンが気持ちよさそうに眠っている。
「あ、いや、アンジェラさんが悪いわけじゃなくて――――」
「いいえ。このまま宿屋をやっていけたらいいなと、言いだしたのは私なんです」
なんと、言い出しっぺはアンジェラだったらしい。
「父さん、俺たち伊達や酔狂で宿屋をやりたいって言っているわけじゃないんだ。まずは偽物から俺たちの立場を取り戻し、その後は国王と王配になって、国を導き栄えさせるつもりだ。そしてその仕事を引き継げる後継をしっかり育てて、そうしたら国王業は引退して、王都に『眠る番犬』亭の二号店を出すつもりでいるんだよ!」
「…………二号店」
ユディは呆気にとられた。
「それは、また…………嬉しいが、ずいぶん気長な計画だな」
なんとか言葉を繋ぐ。
「本気だからね!」
「あ、ああ…………頑張れ」
引退してからとはいえ、国王夫妻が営む宿屋ができるのか。
果たしてそこに宿泊客はくるのだろうか?
頭を捻っていれば、そこに「ダメだ」という声が聞こえた。
「え? …………ロッド兄さん」
なんと、反対の声を上げたのはロッドだった。
「なんで、兄さん?」
「ダメだと言ったら、ダメだ。『眠る番犬』亭の二号店を出すのは、私とアーサーだからな。お前たちは三号店にしなさい」
腰に手を当て、すっくと立ち上がったロッドは、胸を張りそんな宣言をした。
思いも寄らぬ反対理由に、ユディのみならず全員がポカンとする。
見れば、アーサーまで驚いていた。
「…………ロッド、それは?」
「なんだ? 僕と宿屋をやるのはいやなのか? 別に今すぐってわけじゃないぞ。ペーターと同じく、いずれはってことだ」
ロッドに「いやか?」と聞かれたアーサーは、首を激しく横に振る。
「いやじゃない! いやじゃないんだが…………でも、ロッド、それって?」
「うるさいっ! お前が言ったんだろう『俺がずっと支えてやるから、叶わぬ恋など諦めて、早く俺に堕ちてこい』って! 男なら、自分の言葉に責任を持てよな!」
ロッドは、真っ赤になって叫んだ。
「……聞いていたのか」
一方、アーサーもじわじわと顔を赤くする。
「どうなんだ? 僕と二号店をやるのかやらないのか!?」
「やる! もちろんやるとも。……でも、ロッド。お前は本当にそれでいいのか?」
「いいから提案しているんだろう! ごちゃごちゃ言うな!」
ロッドがそう叫んだ次の瞬間、アーサーがロッドを抱き締めた。
「ありがとう、ロッド! お前を絶対幸せにする!」
「当たり前だ…………この馬鹿、幸せになるなら、ふたりでだろう?」
ロッドにそう言われたアーサーは、うんうんと何度も頷いた。
「…………やったぁ~! アーサー兄さん、ついに想いが届いたんだね」
「おめでとう! よかったよぉ」
「まあ、それなら俺は三号店で我慢するよ」
ティム、リック、ペーターが次々とふたりを祝福する。
「……は? ロッドとアーサーが二号店? え? え? いったいどういうことだ?」
ユディだけが、わからずポカンとしていた。




