第六幕 第一場 ハジュン(一)
「――――ただいま」
王都の東門近くの三階建ての宿屋に、少し疲れた声が響く。
その声に、パッと顔を上げたのは、受付にいたリックだ。
茶色のくせ毛と黒目を持つ少年は、次の瞬間花咲くように笑う。無事の帰りを待ち望んでいた養父の帰還なのだ。嬉しくないはずがない。
「父さん! おかえりなさ――――」
ところが、その笑顔はたちまち凍りついた。
黒い目をまん丸に見開いて、ユディの抱いている赤子を見る。
「――――と、父さん、その赤ちゃんは?」
「あ、ああ、この子は――――」
まあ、こんな反応になるだろうなと思っていたユディは、理由を説明しようとする。
しかし、一瞬早くリックが立ち上がった。
「ペーター! アンジェラさん! みんなっ!! みんなっ!!! 父さんが、父さんが! ……エドガーさんに手込めにされて、赤ちゃんを連れてきた!!」
声を張り上げ叫ぶ内容は、とんでもないもの。
「ちょっ!? リック?」
引き留めるも間に合わず、リックは宿の奥へと駆けて行った。
「…………なんでそうなるんだ?」
残されたユディは、呆然。
「残念、まだ手込めにはできていないんだな」
「させるか! そんなこと」
「そうそう。僕らの目が黒いうちは、絶対ヤらせないからね」
ユディの後ろにいたエドガーとローレンスとサウルが睨み合う。
「お前の目は灰色だし、ロニの目は紫だろう」
呆れたように肩を竦めるエドガーを、ユディはパッと振り返った。
「そういう問題じゃない! …………なんで俺がエドガーにヤられる方なんだ!?」
ユディも混乱しているのだろう、そんな言葉を発する。
(((…………そういう問題でもないのでは?)))
エドガーたちは、出かかった声を呑んだ。
今のユディには、もの申せない。
「ばぶぅ~」
ユディの腕の中で、赤子が機嫌よさそうな声を上げた。
――――その日の深夜。
営業の終わった宿屋の食堂に、いつものメンバーが集まっている。
「リック、お前はもう少し落ち着いた子だと思っていたぞ」
ユディは、しかつめらしく説教していた。
「ごめん! 父さん」
手を合わせ、頭を下げるのはリックだ。茶色のくせ毛がぴょんと揺れる。
「赤ん坊を見て驚いたのはわからないでもないが、なんでそこで俺とエドガーの子だと思ったんだ?」
「それは……エドガーさんは、いつも父さんを愛しているって公言していたから」
「だからっていきなり子どもはできないだろう? そもそも男は子どもを産めないんだぞ」
「でも、父さんは『聖女』だって」
「聖女でも、男は産めない!」
「…………そうなんだ」
しゅんと落ち込むリック。
そこに、エドガーが進み出た。
「まあまあ、いいじゃないか。リック先輩もユディが心配だっただけだろう」
ユディは、そんなエドガーをジロリと睨む。
「心配だからって、あんなあり得ない誤解をするか?」
「俺は、誤解されて嬉しかったな」
「お前の感想を聞いているんじゃない!」
ユディに怒鳴られてもエドガーはへっちゃらだ。
ニコニコと嬉しそうなエドガーに、ユディは大きなため息をついた。
「――――それほど『あり得ない誤解』でもないのかもしれないよ」
そこに、サウルがのんきな声をかけてくる。
「え?」
「だって、あの子の髪は聖女さまそっくりだし、目の色はエドガーそのままだろう?」
そう言ってサウルが見つめる先では、ロッドとアーサーがふたりで赤ちゃんをあやしている。
「ほらほら、ミルクでちゅよ~」
「ロッド…………もう少し乳首を深くくわえさせた方がいい。うまくミルクが吸えていないぞ」
「え、ホントかい? ごめん、ごめん」
赤子を横抱きにして哺乳瓶でミルクをのませているロッドと、そんな彼を、何故か赤い顔で見つめ、いつもより口数多く世話をやくアーサー。
孤児院育ちのふたりは、実は赤ちゃんの世話に慣れている。
そのふたりに挟まれてミルクをんくんくと飲む赤子の髪は、たしかに短いながらも柔らかそうな麦わら色だった。ロッドの声を追う大きな目は鮮やかな緑だ。
「そうだよね!」
うんうんとリックは、首を縦に振った。
ユディは、呆れたような視線をリックに向ける。
「あの一瞬で、髪はともかく目の色までは、見て取れなかっただろう」
「でも! 髪は父さんそっくりだなって思ったんだよ。だから、父さんの子かなって!」
「だからそれはあり得ないと言っているだろう! だいたい、どうしてそこでエドガーが出てくるんだ?」
リックの言い訳を、ユディはピシャッと遮る。
もう一度しっかり言い聞かせようとしたのだが、それを今度はサウルが邪魔してきた。
「まあまあ、落ち着いて聖女さま。言ったよね? あの子が聖女さまとエドガーの子どもかも知れないっていうのは、あり得ない話じゃないって」
「そんなことあるはずないでしょう!」
ユディは、思わず大きな声を出した。
魔王の遺体を浄化した後に見つけた赤ちゃん。
おそらくこの子は、アマテラスが創ったハジュンの魂を宿す『転生体』だ。
どうしてその子がユディとエドガーの子だなどと、サウルは言いだすのだろう。
眉をひそめるユディに対し、サウルはニコッと笑った。
「あるはずあるのさ。……だってあの子は、女神さまが直々に創った子どもだもの。女神さまなら、どんな奇跡を起こされたって不思議じゃないだろう?」
ユディは、少し考える。
「…………どういうことですか?」
しかし、わからなかったので素直に聞いた。
サウルは、フフンと鼻を鳴らす。
「要は、あの子は、聖女さまとエドガー、ふたりの資質を受け継いだ子だってことさ。……きっと、聖女さまが女性で、エドガーとの間に子どもができたら、あの子と同じ赤ちゃんが生まれるんじゃないかな。女神さまは、そういう子を創って、その体にハジュンの魂を入れたのさ」
――――ずいぶん荒唐無稽な話だった。
「それが本当だとしても、いったいどうしてそんなことをしたんですか?」
「決まっている! 聖女さまに、その子を我が子同様に愛してほしいからだよ。おそらくだけど、アマテラスは聖女さまの母性愛を買っていると思うんだ」
「…………母性愛」
「そうさ。だって聖女さまは、五人の子どもを立派に育てた人なんだもの。僕だって、子どもを託す必要があるのなら、絶対聖女さまを選ぶよ!」
サウルは当然のようにそう話す。
「そんな理由で…………」
ユディは、なんとも言えない気持ちになった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
……また少し、忙しくなってきました。
更新が滞ることがあるかもしれません。
ゆっくりお待ちいただけましたら幸いです。
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