第五幕 第二場 魔王(七)
翌朝、目覚めたユディたちの前に広がっていたのは、魔王の遺体の他は何もない、ただただ静かな平原だった。
「…………魔獣が、いなくなっている」
昨日までたしかにいたはずのおびただしい数の魔獣が、その痕跡含めきれいさっぱり消えている。
「死骸までなくなっているのは、驚いたな」
「アマテラスは、魔獣を操るだけじゃなく、地上の物体に直接影響を及ぼせるということか」
「女神さまだからね。案外とんでもないことまで、できちゃうのかもしれないよ。……聖女さまに、あんな夢を見せられるくらいなんだもの」
ローレンス、エドガー、サウルの順に話された内容に、ユディは思わず震えた。
思い起こせば、夢の中でアマテラスは、ハジュンが実験体について懸念を漏らした際『やり直しますか?』と聞いていた。
(あの『やり直す』は、あの時点の実験体をすべて消去して、あらたに創り直すか? という意味だった)
つまりアマテラスは、今すぐにでも『実験体』――――すなわちユディたちを消すことが可能な存在なのだ。
(……アマテラスは、俺たちが思っているような『女神』じゃないのに)
アマテラスは、宇宙移民船のAIだ。
AIが何か、ユディにはいまいちわからないのだが、それでもアマテラスにとっての最優先が『実験体』でないことくらいは、わかる。
(ギリギリ、移民船のクルーの魂を持つ実験体なら、アマテラスの保護対象に入るのかもしれないが…………それって、誰だ? 今の俺たちの中に、そんな存在はいるのか?)
魔王は、有史以来の人類の敵だった。
つまり、ユディが夢で見たことは、今から遙か昔の出来事なのだ。
そんな大昔に『実験体』の遺伝子に組み込まれた魂は、今もまだあるのだろうか?
もしも、跡形もなくなっていたのなら……ハジュンが討たれた今、アマテラスは実験体にどれほどの価値を見いだすのだろう?
(守る価値なんて、何もないんじゃないのか?)
ユディには何もわからない。
そして、わからないというその事実に恐怖を覚えた。
「…………アマテラスは、俺に何をさせたいんだろう?」
口をついた声は……震えていた。
――――もしもユディがアマテラスの期待を裏切ってしまったなら?
――――そして、アマテラスがそのことに失望したら?
――――全知全能の女神は、ユディに――――実験体に、どんな罰を下すのだろう?
知らず丸めていたユディの背中を、エドガーがパンと叩く。
「心配するな。何があろうと、俺が絶対ユディを守る!」
力強い言葉に、なんだか力が抜けた。
「僕も、僕も! 聖女さまを必ず守るからね!」
「私も、全力でユディさんをお守りします!」
サウルやローレンスにも言われて、思わず笑みがこぼれる。
「そうだな。何が起こるかわからないのに、心配ばかりしていてもしかたないか。…………よし! 行こう」
ユディの言葉に、三人はそれぞれ頷いてくれた。
意を決したユディたちは、魔王の遺体に近づいていく。
そして間近に見て魔王の遺体は、エドガーに教えられなかったら、とても遺体には見えないモノだった。
もはや原型をとどめず、ぶくぶくと膨れ上がり、黒い小山のあちこちからブシュ~ッと瘴気を吹き出すだけに成り果てた、ナニカ。
(これが――――)
ユディは、その場に静かに膝を着いた。
手を組み合わせ、頭を垂れ、心より祈る。
(――――魔王…………ハジュン、ありがとう)
感謝の思いと一緒に、ハジュンの魂が安らかであれと願った。
その瞬間、ユディの体の内から滾々と浄化の力が湧き出す。
「…………ユディ」
「これは……」
「すごい光だね!」
どうやら力と一緒に光も発っせられているらしい。
エドガーたちの驚く声が聞こえた。
まぶたの裏が、白く輝く。
そのまま力を流していれば、やがて肩を叩かれた。
「ユディ、もう十分だ。魔王の遺体は消滅した」
エドガーの声に目を開ければ、そこにはキラキラと光の残滓が踊っている。
黒い色はどこにも見えず、ユディはホッと息を吐いた。
「体調はどうだ?」
「大丈夫。少し疲れたぐらいだ」
実際、浄化による体力の消耗は、それほど感じない。
それでも差し出されたエドガーの手に、ユディは素直に掴まった。
(ふらつきでもしたら、あっという間に抱き上げられてしまうからな)
支えられて立ち上がり、あらためて周囲に目を配る。
浄化の影響なのか、大地は一面の草原となっていた。
芽吹いたばかりの緑の葉が、風に煽られ揺れている。
その中心には、いまだ光が舞っていた。
その美しさに見惚れていれば、キラキラチカチカと輝く光の乱舞が、段々小さくなっていく。
消え去るかと思った次の瞬間、カッ! と光が弾けた。
「うわっ!」
「何だ?」
「まぶしい!!」
「ユディ!」
咄嗟に庇われたエドガーの腕の隙間から、ユディはそっと様子を窺う。
「おぎゃぁ~、おぎゃぁ~、おぎゃぁ~!」
…………元気な泣き声が、聞こえた。
「……は?」
驚き、目を凝らす。
光が消えた場所には、小さな赤子が泣いていた。
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