第五幕 第二場 魔王(四)
それからユディは、何回か同じような場面を見させられた。
ハジュンが目を覚まし、アマテラスと会話して、仲間が起きないことに愚痴を言い、また実験体にダイブする。
「――――やっぱ『魔法使い』はいいよな。デカい魔法をぶっ放すとスカッとする。今に上級職の『賢者』とか創るかな」
「――――今度の俺は『鍛冶師』だった。すごい剣を作って、聖剣と名付けられたんだぞ」
「――――集落がまとまってかなりの規模になったんだ。もう国って呼んでもいいんじゃないかな?」
ハジュンは、実験体にダイブすることがかなり気に入っているようだ。
というより、まだハジュン以外の仲間が誰も起きてこないので、ダイブする以外ないのかもしれないが。
(いったいどうして他の人は、誰も起きないんだろう?)
それはユディの疑問であり、ハジュンの疑問でもあった。
――――そして、ついにハジュンはその疑問の答えに辿り着く。
「アマテラス…………仲間は、俺以外の奴らは、もう誰も目覚めないんじゃないのか?」
『マスター・ハジュン』
「こんなに起きてこないなんて、絶対おかしい。……みんな死んでしまったんだろう?」
アマテラスは答えなかった。AIとしてはあり得ないことだ。
そして答えられないというその事実が、ハジュンの問いかけを肯定していた。
「…………仲間に命じられたのか? 自分たちの死を俺に伝えるなと」
『はい』
その質問には答えられるようだ。
「…………なにがあったのか教えてくれ」
悲痛なハジュンの声に、アマテラスは、無機質な声で淡々と語った。
――――航海中に、予期せぬ太陽の爆発に巻き込まれたこと。
――――航行システムに被害はなかったが、乗組員の生命維持機能、特にコールドスリープシステムに、致命的なダメージを受けてしまったこと。
――――懸命な復旧により、どうにかひとり分だけコールドスリープを続けられるようになったのだが、それ以上はどうにもできなかったこと。
『事故当時、起きていたのは、マスター・オノスケリスを含む二十名ほどでした。話し合いの結果、全員一致でマスター・ハジュンの生存を第一優先とすることが決まりました』
「馬鹿な! 何で俺だ? 俺より優秀な奴はいっぱいいただろう?」
『はい。……それでもそれがマスターたちの決定でした。緊急事態時、活動可能なクルーの多数決で行動方針が決められる。宇宙航海条例第七条の二の規定です』
「そんな! せめて俺の意思を確認すべきだっただろう!」
『コールドスリープ中の人間を無理に起こすことは、宇宙航海条例第百三十二条の違反とな――――』
「うるさい! そんなのわかっている!」
ハジュンは、大声で叫んだ。
予想し覚悟していたとはいえ、自分以外の全員が死んでいるという事実は、彼の心を打ちのめす。
『マスター・ハジュン、マスター・オノスケリスから伝言があります。お聞きになりますか?』
アマテラスの声は、こんなときでも無機質だった。
「…………聞く」
答えるハジュンの声は……低い。
短い間があって……やがて、軽やかな女性の声が船内に流れ出した。
『ハジュン、これを聞いているってことは、もう私たちがいないってことに気がついたんだよね? ごめんね。きっと、ものすごく怒っているでしょう?』
「当たり前だ!」
一方的な伝言だと知っていながらも、ハジュンは大声で怒鳴る。
『もう、ハジュンったらうるさいなぁ。…………フフフ、違うよ。これは、あくまで私からの勝手なメッセージ。でも、きっとハジュンなら『当たり前だ!』って、怒鳴っていそうだって思ったから』
オノスケリスは、察しのいい女性だった。機転も利いて乗りがよく、ハジュンととても気が合ったのだ。
『ハジュン……本当に、ごめん。でもね。私たちの中でたったひとりを選ぶなら、それってハジュンしかいないって……これはみんなの総意だったわ。まだコールドスリープ中の仲間もいるけれど、きっと賛成してくれると思う。――――だってハジュン、あなたは故郷の惑星を救ってくれた英雄だもの。互いに争い自滅していく未来しかなかった世界を、あなたは懸命に守ってくれたのよ。……本当なら、あなたは平和になった世界で、一番幸せに暮らさなきゃいけない人だった。なのに、あなたは自ら志願してハチクマに乗ってくれたの。……私は、私たちは、新たな世界で英雄と生きることをものすごく楽しみにしていたわ。あなたとどんなことをしようかって、みんなで話していたのよ。……でも、それは永遠に叶わなくなってしまった。……ごめんね、ハジュン。私もすごく悔しいわ』
女性の声が湿り気を帯びる。
「…………オノスケリス」
ハジュンの声も湿っていた。
すると、突然そこに『パン!』という、何かを叩く音が響く。
『ああ! ダメね。辛いのはあなたなのに、私が落ち込んでいる場合じゃないわ。……ハジュン、聞いて! 私たちは、あなたと生きることを諦めていないの!』
オノスケリスは、そう言った。さっきの音は、彼女が自分で自分に活を入れた音らしい。
「え?」
ハジュンは、黒い目を見開いた。
『そのカギは意識体! 魂よ。……私たち、自分の魂を実験体の遺伝子に組み込もうと思っているの』
黒い目が、パチパチと閉じたり開いたりを繰り返す。ものすごく思いがけないことを聞いたという仕草だ。
『もちろん、だからって何かが変わるわけじゃないわ。私たちの体は死んでしまうし、実体を失った魂が、そこに刻み込まれた記憶を保てないことは実証されているもの。だから、私たちの魂が実験体に宿ったとしても、その実験体はそれを自覚することはないのでしょうね。……きっと、私たちの魂は、実験体としてごく普通に生きて、ごく普通に死ぬわ。……他の実験体となんら変わりなく。――――でもね、でも、そこに私たちの魂は、間違いなくあるのよ!』
「…………オノスケリス」
『私たちも、あなたも、わからないかもしれないけれど、私たちは、また会えるの! ……遺伝子への組み込みだから、実験体の何世代めに魂が宿るかわからないけれど、でも、あなたのことだもの、きっと実験体に何度もダイブを繰り返すのでしょう? ねぇ、考えてみて? あなたがすれ違うその実験体は、ひょっとしたら私の魂を宿しているのかもしれないのよ。……それって、すごくワクワクしない?』
ワクワクと言いながら、オノスケリスの声はまた湿っていた。
ハジュンの黒い目には、間違いなく涙が浮かぶ。
「…………ああ…………ああ、そうだな。オノスケリス。すごくワクワクするよ」
『だからね、ハジュン。私「さよなら」は言わないわ!』
オノスケリスの声には、力があった。それは、残酷な運命を受け入れ、死を待つだけの人間では出しえない、希望と生命力に溢れた声だ。
「オノスケリス」
『さあ、もう時間がないわ。一刻も早く私とみんなの魂を、実験体に移さなきゃ。……ハジュン、私たちの魂を宿した実験体を、どうか優しく育ててね。まあ、あなたなら頼まなくてもきちんと守ってくれると思うけど――――』
ここで、声が途切れた。
ハジュンは、これで終わりなのかと寂しそうにうつむく。
そこに。
『――――ハジュン、今までありがとう。そして、また会いましょう! 楽しみにしているわ』
これが最期の言葉だった。
ハジュンは、うつむいたまましばらく動かない。
やがて――――。
「アマテラス」
ハジュンは、顔を上げた。
『はい。マスター・ハジュン』
「俺は、実験体を守ろうと思う」
『はい』
「…………地上に降りるぞ。ダイブじゃなく、実体でだ」
『マスター・ハジュン、それは!?』
無機質なアマテラスの声が、大きく跳ねる。
それには構わず、ハジュンは言葉を続けた。
「今後、実験体は国家間闘争をはじめるはずだ。人間ならば当たり前の歴史だが……この惑星に自然発生した生命体じゃない実験体は、互いに争い弱ったあげく消滅する危険性がある」
惑星が自ら生み出した生命体と、外から持ち込まれた生命体は、どれほど似て創ろうとも根本的に何かが違うらしい。
このため、惑星本来の生命体が乗り越えられる危機を、実験体が乗り越えられない事態は、度々起こっていた。
むしろその危険性があるからこそ、人間はまず実験体を惑星に投入し、様子を見ようとしてきたのだ。
「今までは、それでもよかった。というか、それが実験体の役割だからな。消滅したならそこまでで、また別の実験体で確認すればいいだけだ。俺もそう思っていたんだが――――」
ハジュンは、顔を上げる。
「今回の実験体の中には、仲間たちの魂を持つ者がいる。だったら消滅させるわけにはいかない! 絶対にだ」
ギュッと拳を握った。
「実験体同士が争い合うことを止めるためには、より大きな敵がいる。どんなにいがみ合う者同士でも、目の前に別の強敵が現れれば、協力するものだからな。敵の敵は味方ってやつだ。…………だから、俺は魔王になろうと思う。実験体を消滅させない範囲で脅かし、彼ら共通の敵として、この惑星に降臨するんだ」
『しかし、マスター・ハジュン、そんなことをしたらあなたの実体は――――』
「ああ。そうだな。ダイブと違って実体で行けば、傷つくこともあるだろう。確実に年をとるし、いずれ死んでしまう。……でも、ひとりぼっちで生き続けるよりは、俺はそっちの方がマシだ」
アマテラスの心配を、ハジュンは切って捨てた。
しかし、アマテラスも引き下がらない。
『短慮な行動は慎むべきです。今のマスターは自暴自棄になっておられます。ひとりぼっちと言われますが、後発の移民船が来る可能性もあるのですよ』
「それは、何パーセントの確率だ? 無限に広がる宇宙の各方面に移民船は派遣されていた。その中でも、ここは故郷から遙かに遠い星だ。しかもここに辿り着くまでに、俺たちはアクシデントに遭って仲間のほとんどを喪ったんだ。……その報告は済んでいるんだろう? 返事はきたのか? 恒星間連絡は時間がかかるから、まだでも不思議じゃないが……もし、まだ何も連絡がないのなら、故郷の奴らにとって、ハチクマはもう既に失敗船だと位置づけられているんじゃないのか? 追加の移民を派遣するなんて、俺が故郷の奴らなら絶対しないぞ」
アマテラスは答えられなかった。
それが、答えそのものだ。
「俺は、行く。そして魔王になって、実験体を、彼らが消滅しない未来に導いてやる。アマテラス、お前はここからそれをサポートしてくれ。――――今この瞬間から、ハチクマの目標は移民の成功ではなく、実験体のこの惑星への永住とする! これは、マスターとしての俺の命令だ!」
宇宙船のAIは、マスターの命令には逆らえない。それがたったひとり生き残ったマスターであれば、なおさらに。
『イエス・マスター』
だからアマテラスの答えは、決まっていたことだ。
しかし、アマテラスはその後も言葉を続ける。
『――――代わりに、マスターが亡くなった後に、魂を実験体に移す許可をください』
「あ?」
『特に不都合はないと思われますが』
たしかに死んだ後では、ハジュンに不都合はない。
「それはかまわないが……死んだ後の魂では、俺に俺だという記憶は残らないんだぞ?」
『承知の上です』
「まあ、お前がそれでいいならいいけど…………変なAIだな」
『マスター・ハジュンに言われたくありません』
「ひどいな。……ああ、でも俺の魂を移すのは、俺の体が完全に消滅してからにしてくれよ。下手に中途半端な記憶を残して、実験体の世界に影響を及ぼしたくない」
あくまでハジュンが気にかけるのは、実験体だった。
『イエス・マスター』
無機質な声が、了承を伝える。
そして次の瞬間、展望室の光景がぼやけはじめた。
(…………ああ、目覚めるのか)
ユディは、そう思う。
そして、自分がこの光景を見させられた理由を考えた。
『実験体』と『魔王』、そして『アマテラス』
(俺にこれを見せたのは誰だ? いったい俺に何をさせたいんだ?)
薄れゆく意識の中で、ユディの胸には困惑だけが渦巻いていた。




