第五幕 第二場 魔王(二)
その後、ユディたちは魔王の遺体から十分離れた場所で野営をした。
サウルの強固な防御結界の中で、安心安全な野営だ。
テントを張り、火をおこし、調理をして、食事する。
「そもそも魔王って、何なんだろうな?」
湯気の立つ熱いスープを見つめながら、ユディはポツリと呟いた。
「いきなり、どうした?」
「何って言われると…………何なんだろうね?」
「魔王は、魔王だ。我ら人間が倒すべき敵だという以外ない! ……と思う」
エドガーはユディの質問の意図を訝しみ、サウルは真剣に考え込み、ローレンスはきっぱり言い切った後で、少し不安そうになる。
「いや。今日の魔獣の様子を見て、あんなに魔獣が懸命に守る魔王とは何だろうと思ったんだ」
ユディは、スープにフーッと息を吹きかけた。
「さっきも言ったが、魔獣が魔王の遺体を守っていたとは限らないぞ」
そんなユディから、スープの器を取り上げて、エドガーが軽い冷却魔法をかけてくれる。
「ありがとう。…………それはわかっているんだ。ただ俺がそう見えただけだ」
適度に冷めたスープを、ユディはコクリと飲んだ。思わず笑顔になって、そんな彼を見た三人も、満足そうに笑う。
「そうだな…………魔王は、強かった」
しばし考えた末に、エドガーはそう話す。
「そうそう、あの強さは反則だったよね。僕の攻撃魔法もまったく効かなかったし」
「勇者の聖剣以外ではダメージを与えられないとか、聖騎士である私を馬鹿にしているのかと腹が立ったな」
魔王の強さを思い出したのだろう。サウルとローレンスは思いっきり顔を顰める。
「魔王軍というのは、魔族と魔獣で構成されていたんだろう? 魔族は、全滅したのか?」
ユディの問いかけに、エドガーが頷いた。
「ああ。俺たちとの戦いで最後のひとりまで魔王を守って消滅したよ」
「魔族は、元々それほど数が多くなかったからね。今までの『勇者』との戦いで消滅した奴も結構いたんだよ」
「…………消滅?」
エドガーとサウルの話した「消滅」という言葉に、ユディは引っかかる。
「魔族は死ぬと塵になって霧散するのです。魔王も、エドガーが聖剣で胸を貫いた時に、聖女が浄化できていれば、同じように消滅するはずでした」
ローレンスが詳しく説明してくれる。
「……それは、スキルの知識なのか?」
「そうだ。ユディもわかるんじゃないのか?」
逆にエドガーから聞かれたユディは、少し考えてみた。
そして、その途端、頭の中に浮かんできた大量の魔王や魔族の知識に、呻いてしまう。
「……わかった。……う~、頭が痛い。厄介だな、このスキルって奴は」
いきなり多くの知識を頭に流し込まれるのは、拷問なのではなかろうか?
「すまない! ユディ。まさか頭痛がするほど多くの知識が流れるとは思わなかったんだ」
慌ててエドガーが謝ってきた。
「アハハ、それ、僕も『賢者』になった最初の日にやったよ。……滅茶苦茶痛いよね?」
サウルは、この痛みの経験者のようだ。
「急に全ての知識を得ようとしたからだろう。少しずつにするようにと、教会で注意を受けたはずだ」
ローレンスは、サウルに呆れたような視線を向ける。
どうやらスキルを得た子どもたちは、そのスキルを一度に全て得ようとしてはいけないと、教会で教えられるらしい。
「必要なモノをその都度に得ろと、私は言われたぞ」
「だって、知らない魔法が使えるようになるんだよ。今すぐ全部知りたいと思うのは、当然じゃない?」
「当然じゃない! 下手をすれば、その場で廃人になっても不思議じゃないことだぞ!」
ローレンスの指摘に、エドガーは、なお顔色を悪くする。
「ユディ、本当にすまない! 俺がスキルで得た魔王や魔族の知識は、そこまで多くなかったから、ユディも大丈夫だと思って――――」
懸命に謝ってくるのだが、これは不可抗力だろうとユディは思う。
「…………大丈夫だ。たぶん、これは……俺が、特別なんだと思うから」
もしくは、魔王が倒された今このときだからこそ『聖女』に与えられる知識なのか。
ユディの頭の中には、魔王に関する知識が増え続けていく。
(嘘だろう…………こんなこと、知りたくない……のに)
段々頭痛がひどくなる。
(…………ダメだ…………意識が)
持っていたスープが、ゴトンと手から落ちた。
せっかく冷ましてもらったのに勿体ないなと思うのだが、これ以上は頭痛に耐えられそうにない。
「ユディ!」
焦ったようなエドガーの声が聞こえた。
「大丈……夫だ。ちょっと、休む…………だけ、だから」
「ユディ!!」
まるで悲鳴のようなエドガーの声に、ユディは心配になる。
(お前のせいじゃないから……あまり心配するな)
そう言いたいのだが、もはや声も出せない。
(すまない、エドガー)
心の中で謝りながら、ユディは意識を手放した。




