第五幕 第一場 聖女(八)
その後もユディたちは、順調に浄化ポイントを回っていた。
ただ、その場所は徐々に魔王の遺体に近づいていき、それに伴って手強い魔獣が増えていく。
ユディは、戦々恐々なのだが、エドガーたちは違った。
「……やはり魔王が死んだ影響は大きいな。どの魔獣も確実に前より小さいし弱くなっている」
「ここって、魔王軍の砦があった場所だろう? 前は、空を埋め尽くすくらいワイバーンが襲ってきたのに」
空を埋め尽くすほどのワイバーンとは、どれほどの数か。
うっかり想像してしまったユディは、顔色を悪くする。
ところが――――。
「……そう言えば、ユディさんが作ってくれたワイバーンのシチューは、旨かったな」
ローレンスが、そんなことを言い出した。味を思い出したのか、舌で自分の唇をペロリとなめる。
「ええっ! そんな、ズルい! 僕だって聖女さまのワイバーンシチューを食べたい!」
サウルが悔しそうに叫んだ。
「だったら狩ればいい。解体はエドガーがやってくれるぞ」
「そのワイバーンが、いないの!」
「いなければ、探すのみだ」
忌々しげに怒るサウルにそう答えたローレンスは、馬の腹を蹴り駆け出していく。
「あ~! ワイバーンを食べたいのは僕だっていうのに! さては独り占めするつもりだな!」
あっという間に小さくなるローレンスを、サウルは追いかけていく。
エドガーと馬に乗っていたユディは、それを呆気にとられて見送るばかりだった。
ちなみに、今この場には、つい先ほどまでローレンスとサウルが戦っていた魔獣が死屍累々と横たわっている。
控えめに言ってもかなりの惨状なのだが、たしかにこの中にワイバーンはいない。
(だからといって、わざわざ探し出して狩ろうとするか?)
ふたりの行動が、ユディには理解できなかった。
「またあいつらは、勝手なことを――――」
エドガーが、頭が痛そうに額に手をあてる。とはいえ、特に引き留めるような素振りはなかった。
「そのうち帰って来るだろうから、先に行こう」
それどころか、あっさり移動しようとする。
「え? あ、でも、勝手に動いたら離ればなれになるんじゃないか?」
ユディは、焦って止めた。
最終目的地は魔王の遺体だが、その前にもう少し浄化ポイントを巡らなければならない。次の浄化ポイントの場所を知るのは、ユディだけなのだ。
「どこに向かっているかわからなければ、彼らだって合流しようがないだろう」
ごく当たり前のことを言っているはずなのに、エドガーは首を横に振る。
「そうなればいいんだが……どんなに置いていこうと思っても、あいつらは絶対こっちを見つけて追いついてくるんだ。前の旅でも振り切れなくて何度も忌々しい思いをした」
エドガーは、心底いやそうに眉間にしわを寄せる。
「置いて行こうとしたのか?」
魔王討伐の一行だったのに?
「いい加減あいつらの世話がいやになってな。――――あのときは、もうひとりどうにもならないクソ女がいたし――――いっそのこと、俺ひとりの方がよほど楽だと思ったんだ」
そのどうにもならないクソ女というのは、偽聖女のことだろうか?
思い出したことがよほど不快だったのか、エドガーは眉間のしわをますます深くする。
いったいどんな旅をすれば、ここまでいやそうな顔ができるのだろう?
ユディは、少しエドガーに同情した。
「ともかく! あいつらは放置で大丈夫だ。心配しなくてもケロッとした顔で、ワイバーンを抱えて帰ってくる」
断言されてしまう。
それはそれで困るのだが。
…………まあ、エドガーがそこまで言うのなら、本当に心配はないのだろう。
安心したユディは、しかしエドガーに少し待ってくれるように頼む。
「ユディ? なにをするんだ?」
「ああ、ちょっとな」
そう言うとユディは、手を組み放置されていた多数の魔獣の屍を浄化した。
周囲一帯が、パァーッと光に包まれ、やがて元の状態に戻る。
見かけは何も変わらない。魔獣の屍は、相変わらず放置されたままだ。
とはいえ、それは大きな問題ではなかった。
普通の魔獣の屍は、魔王と違い瘴気を放つわけでもなく、肉は普通に食べられるし、ユディだって食材として利用したこともある。
きっとここにある屍も、一部は鳥や獣など他の生き物の餌となり、残りは腐乱し、やがて大地に還っていくだろう。
だから浄化の必要などなにもないのだが――――。
(いや、これは浄化じゃない……ただの、俺の自己満足のための祈りだな)
安らかであれと、ただ願うだけの行為だ。
「…………ユディ」
「足を止めて悪かったな。俺の力も強くなったから、この程度の祈りくらいなんでもないし、少しだけならいいだろう」
エドガーは、いいとも悪いとも言わなかった。
ただ、馬上でユディを抱き締めて、髪に顔を埋めてくる。
「エドガー?」
「ユディは、優しすぎる」
「そんなことないぞ?」
「…………ある」
きっぱり断定されても、困るだけ。
「まあいい。行こう」
ユディに先を促され、エドガーは馬を進めた。
最後に一度だけ、エドガーは振り返る。
そこには、いつの間にか魔獣の屍を覆い尽くすように咲き誇った白い花が揺れていた。




