第五幕 第一場 聖女(七)
「ハァァァッ!」
ローレンスが剣を一閃すると、頭がふたつある犬の魔獣オルトロスが、文字どおり真っ二つになって吹っ飛んでいく。
「どいて!」
サウルの声に、ローレンスが横っ飛びでその場を離れれば、そこに氷の礫が降ってきた。
「グギャァァッッ」
断末魔の叫びを上げて凍りつくのは、炎の尾を持つ蜥蜴の魔獣サラマンダー。五十匹ほどいたのだが、すべて氷像となった後にガラガラと砕け散る。
直後、凍りついた地面を割って、背中に女の顔が浮き出た蜘蛛の魔獣アラクネが飛び出してきた。
「失せろっ!」
それもまた、ローレンスの剣で叩き切られて、こと切れる。
――――ここは、瘴気で枯れ果てた森の奥。
立ったまま朽ちた木々の間に、倒木や埋もれ木が重なる惨憺たる光景の中で、ローレンスとサウルが魔獣との死闘を繰り広げていた。
それを、ユディとエドガーは、安全な結界の中で見ている。
「――――手伝わなくていいのか?」
ユディは、心配そうに聞いた。
エドガーは「ああ」と頷く。
「まったく必要ない。言ったろう? あのふたりの戦闘力は桁外れなんだ。心配する方が馬鹿を見る。……ユディは、浄化に集中してくれ」
そう言ってエドガーが見上げたのは、彼らの側にかろうじて立っている、枯れた大木だ。
実は、この木は四つ目の浄化ポイントだった。
(……浄化ポイントって、人工物だけじゃなかったんだな)
これまでの旅を振り返り、ユディも木を見上げる。
最初の祠を浄化したユディたちが、次の浄化ポイントに着いたとき、そこにあったのは、ちょろちょろと流れ落ちる山の中の涸れかけた滝だった。
ホントにここでいいのかと思いながら祈りを捧げれば、光を吸い込んだ滝は、あっという間に囂々と流れ落ちる大滝となり、浄化の力を周囲に満たしていく。
次のポイントにあったのは、風化して崩れかけた大きな岩。
この岩は、浄化した途端、黒々としたアダマンタイトの巨岩となり、浄化の力を発揮しはじめた。
そしてユディたちは、つい先刻枯れた森の巨木に辿り着いたのだった。
しかも、今回はそれに魔獣の襲撃というオマケ付き。
森に踏み入ると同時に襲ってきた魔獣の群れに、ユディは肝を冷やした。
しかしそれは彼だけで、ローレンスやサウルなどは、魔獣が出現した途端、ようやく自分たちが活躍する番が来たと、嬉々として飛び出して行く。
(エドガーが残ってくれてよかったな)
即座に張ってくれたエドガーの結界の中で、ユディは知らず彼の服の裾を握っていた。
おかげで、先ほどからエドガーの機嫌がものすごくいいのだが、ユディはそれに気づくこともない。
危なげなく魔獣を屠るローレンスとサウルに、あらためて目をやった。
たしかに、手助けなんて微塵も必要なさそうだ。
「……そうだな。俺が浄化すれば、たぶんあの魔獣たちも大人しくなるんだろうし」
そう言ったユディは、するりとエドガーの服の裾を離すと、巨木の幹に両手をついた。
それに残念そうな目を向けたエドガーだったが…………スッとユディの背後に移動して、彼の腰に手を当てる。
ユディが浄化で倒れた場合、支えるためだ。
「…………たぶん、もうふらつくことはないと思うんだが」
最初の小麦畑を入れれば、三回も大がかりな浄化を経験したユディは、もうちょっとやそっとの浄化ではビクともしないくらいになっていた。
だからそう言ったのだが、エドガーはきっぱりと首を横に振る。
「それでも、万が一転びでもしたら怪我するからな。俺が心配なだけだから気にしないでくれ」
腰を掴まれて気にしないでいるのは、なかなか難しい。
(まあでも、俺がこれまで心配かけまくったせいだからな)
仕方ないかと諦めて、ユディは前を向いた。
大きく深呼吸をひとつ。
その後、手のひらから巨木に浄化の力を流していく。
途端、ユディの体からパァーッと光が溢れ出て、キラキラとした輝きが、目の前の巨木に吸い込まれた。
光を取り込んだ巨木は、見る見るその姿を変えていく。
白茶けていた幹が生き生きと輝き、今にも折れそうな枝はシャンとして緑の葉を芽吹かせた。
その芽が、あっという間に大きく成長し生い茂っていく。
次の瞬間、巨木から爆発的な光が生まれた!
光は空気を震わせ、大地に吸い込まれ、地面に次々と草や苔を生やし、枯れていた木々を蘇らせる。
ほんの僅かな間に、死に絶えていた森は、むせるような木々の香気に満ちた神聖な場所へと変わっていた。
ざわざわと、木々の葉が風に揺れる。
「…………スゴい」
何度見ても感動する光景に、エドガーもローレンスもサウルも、そう呟くしかなかった。
いつの間にか、魔獣は姿を消している。
これほど清々しい空気の中では、存在することすら出来ないのだろう。
彼らが感動に浸っていれば、フゥーッとユディが大きく息を吐き出した。
「ほら、もう平気だろう?」
笑って振り返る顔色は、相変わらず白い。
しかし、今までのような病的な青白さは見えなかった。
足取りもしっかりしていたのだが、一歩踏みだした足の下の小石がぐらついて、ユディはバランスを崩す。
「うおっ」
「ユディ!」
すかさずエドガーがユディを抱きとめた。そのままサッと横抱きにする。
「エ、エドガー」
「大丈夫か? 無理して歩かなくていい」
「いや、大丈夫だから」
「転んで足を痛めたら、旅を続けられなくなるぞ」
「そりゃそうだが」
「繋いだ馬のところに戻るまで、抱いて行こう」
「……歩けるぞ?」
「俺が心配なんだ」
言い合いながらもエドガーは歩を進める。
ふたりの後ろからは、ローレンスとサウルがついてきた。
「なんだかんだと、仲良しだよね」
「ああ。認めるのは癪だが、そのとおりだ」
「……なんか、悔しいな」
「諦めるのはまだ早いぞ。我らも努力してユディさんの信頼を勝ち取るのだ!」
そんな会話が聞こえてきて、ユディは反応に困ってしまう。
(仲良しに見えるのか…………そりゃ見えるよな)
自分をしっかり抱いたまま歩くエドガーの顔を見上げ、なんとなく頬を熱くしてしまうユディだった。




