幕間(四) 女神の目
王城内の中央神殿の、さらに奥深くの一室。
ひとりの老爺が直径三メートルはあろうかという球体を見つめている。
そこに、壮年の男性がふたり入ってきた。
ひとりは金髪青目の堂々たる美丈夫で、もうひとりは朽葉色の長髪を背中で結んだ若草色の目の麗人――――ただし男性だ。
「女神の目に変化があったと聞いた」
「陛下、王配殿下――――」
最初に声を上げたのは、金髪青目の男性――――この国の『国王』で、頭を下げて答えたのは老爺――――『神殿長』だ。
残るひとり、無言で佇む麗人が『王配』である。
つまり、今この部屋には、国のトップスリーが揃っているのだ。
「――――ご覧ください」
神殿長が指し示すのは、三メートルの球体だった。彼らにはとても信じられないのだが、なんとこの球体は、世界を現す模型なのだという。
球体の名は『女神の目』。
代々『神殿長』のスキルを授かった者だけに受け継がれる神器である。
三人が見ている球体面の上半分には、失敗したパンケーキのような形の茶色い部分が横たわっていた。
この茶色は彼らの住む大陸で、パンケーキの下半分ほどが彼らの国なのだとか。
そう、『女神の目』とは、女神が見ている世界を具現化したモノだった。
神殿長の指が、球体の一点に止まる。
女神の視界には、国境線など存在しないため、そこがどこかは判然としないのだが、自国の一地方であることぐらいは、国王たちにもわかった。
そこを見た国王は、驚きの声を上げる。
「……瘴気が消えているだと?」
以前彼が見たときは、大陸の左下方に真っ黒な点があり、その点からじわじわと滲み出る影が、周囲を徐々に侵食していたのだ。
黒い点は魔王の遺体で、滲み広がる影は瘴気だと、悲痛な顔で語ったのは、目の前の神殿長。
国王自身も憂いながら、打つ手がなく放置していたその闇の一部が、数カ所に渡り綺麗に消えていた。
消えた場所のうちのひとつは、王都のほど近くに思える地点。そこでは、影が小さく丸く切り取られている。
そして、そこからポツ、ポツ、ポツと光る点線が延びていた。
そしてその先で、広範囲の影が消えているのだ。
なおかつその光は、徐々に広がりつつあった。
「これは…………ひょっとして、ルフ川ですか?」
今まで黙っていた王配が、口を開く。
「さすが王配殿下、お気づきになられましたか。……そうです。『浄化』は、ルフ川の流れに沿って広がっています」
神殿長は『浄化』と、はっきり口にした。
「浄化……では、これは『聖女』の御業なのだな?」
「おそらくは。最初の白い点もそうだと思われます。……聖女さまは、王都を出て瘴気を祓う巡礼をされておられるのです」
老爺は、『女神の目』の前で、感謝を表すように深く頭を垂れた。
「……長く『聖女』のスキルを搾取されてきた御方だろうに」
「我が国の……いえ、民のためにお立ちになったのですね」
国王も王配も感じ入ったように呟く。
三人は、しばし黙っていたのだが。
「…………しかし、旅立ちの前に、なぜひと言巡礼に出ると、おっしゃってくださらなかったのだろう。神殿であれ国であれ、協力は惜しまなかったものを」
国王が、残念そうにそう言った。
ジロリと睨むのは、王配だ。
「まるで、聖女さまの申し出があれば、自ら喜んでお供したかのような言い草だな?」
「おうとも! 行くに決まっているだろう」
「止めろ、バカ。お前は腐っても国王なんだぞ」
王配が拳を振り上げれば、国王は逃げるような格好をした。
彼らのやり取りは、気の置けない友人同士のようなもの。そこには、国王と王配の良好な関係が透けて見える。
「――――聖女さまは、神殿と王宮に蔓延る闇にお気づきになっておられるのかもしれません」
神殿長の重々しい言葉を聞いた国王と王配は、スッと表情を引き締めた。
「聖女さまには、そのような御力もあるのか?」
「わかりません。……ただ『聖女』は、女神に一番近いスキルです。あの偽聖女では及びもつかない御力を持っておられても不思議ではありません」
「そんな御方が不遇な日々を送っておられたのを、我らは見過ごしてしまっていたのだな」
口惜しそうに国王は拳を握る。
王配が、そっと国王の肩に手を置いた。
「仕方あるまい。我らはそれどころではなかったのだ。城や神殿という国の中枢に、知らぬ間に蔓延ってしまった闇を見つけ出すのに手一杯だったのだから。…………しかもその闇は、いまだ排除できていない」
王配の美しい顔が、悔しそうに歪む。
「…………よもや『王太子』と『王太子妃』までもが、偽物だとは思わなかった」
「神殿も『副神殿長』を筆頭に、多数の者がこの件に加担しております」
「これほど高位の者たちが関わっていては、迂闊に手を出せぬ」
「よくてトカゲの尻尾切り……下手をすれば、我らまで陥れられる危険があるからな」
誰を信じ、誰を疑えばいいのかすらわからない事態に、国王も王配も神殿長も、お手上げ状態だった。
彼らの声には、隠しきれない苦悩が滲む。
「いっそ全員首を斬るか」
国王の青い目が昏く光った。
「それでは、暴君だ。たとえそれで闇を一掃できたとしても、必ず禍根が残るぞ」
「わかっているさ。冗談だ。…………だが、口惜しい」
項垂れる国王の肩を、王配がなお深く抱き寄せる。
「……しかし、それも聖女さまならば、なんとかしてくださるかもしれません」
神殿長の言葉に、国王と王配はパッと顔を上げた。
「本当か?」
「聖女さまに、そんな御力が?」
「いえ、定かではありません。……ただ、己の不遇に関わらず、民を救おうとしてくださるような聖女さまであれば、国のこの事態も黙って見ておられぬのではないかと、そう思うのです」
神殿長は、祈るように両手を組んだ。
老爺が見つめる先は、『女神の目』の白く浄化された箇所。
「――――とはいえ、まずはこの汚れた大地の浄化こそが、聖女さまの一番の望みでしょう。無事に浄化を終えてお帰りになることを、我らは待つのみです」
「そのとおりだな。……しかし、我らもただ待っているだけではいられない。我らのできる最善を尽くし、聖女さまの帰還を待つぞ!」
国王の言葉に、王配が力強く頷く。
『女神の目』は、ただ静かにそこにあった。
知らぬ間に、クソデカい期待をかけられたユディの未来やいかに
(゜Д゜;)




