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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第五幕 第一場 聖女(五)

「……エドガー、もう勝手に浄化したりしないから」


 街道を行く、ユディたち一行。

 三頭の馬に別れて乗っているのは今までどおりなのだが、ユディとエドガーの体勢だけが違う。


「その言葉を、どう信じろと?」


 冷たく聞かれて、ユディは口ごもった。

 本当なら、行動で示すと言いたいところだが、今のユディが何を言ってもエドガーは信じてくれないだろう。


「今回ばかりは、エドガーの言うとおりです」


「我慢してくださいね。聖女さま」


 ローレンスもサウルも、ユディの望みを叶えてくれる可能性は皆無だ。


(…………やらかしたからな)


 ユディは、内心ため息をついた。



 実は、ユディはここまでの道中で、何回か浄化の力を限界まで使って倒れてしまったのだ。


 最初は、三日も目覚めなかった小麦の浄化。


 その後、なんとかエドガーを説得し、七つの浄化ポイントを巡る旅をはじめ、ユディが最初の浄化で瘴気を祓ったエリアを抜けたとほぼ同時に、街道で倒れていた子猫を浄化してまた倒れた。


(子猫だけのつもりだったのに、なんでか周囲一帯の瘴気も際限なく祓われてしまうみたいなんだよな?)


 その後も、エドガーが気を失ったユディを抱え、一昼夜馬を走らせようやく気づいた直後に、馬に水を飲ませようとした泉を浄化して三回目。


 もう絶対浄化はしないと誓って、泊まった宿屋の病弱な赤子が瘴気に染まっていると気づいて四回目の気絶を経験した。


(俺たち以外誰も見ていなかったから、バレはしないだろうが、あれはマズかったよな)



 その後、ユディたちはすぐに宿を発った…………らしい。

 らしいというのは、ユディは気絶していて覚えていないからだ。

 気づけば、馬上でエドガーに向き合う形で抱かれていた。

 以来ずっとその体勢で運ばれている。


「こうすれば、余計なものを目に入れないで済むからな」


 たしかに、今のユディの視界はエドガーの胸でいっぱいだ。体格差もあるのだろうが、すっぽり抱き込まれていて、体を動かせる範囲も少しだけ。


「目に入ったものを、すべて浄化したりしないぞ」


「嘘をつけ」


 やっぱり信頼は欠片もないようだった。


「…………悪かったよ」


「お前は、優しすぎる」


 そうではないと、ユディは思う。


「俺は、臆病なだけだ」


 瘴気に染まった景色を見て、瘴気に染まった生き物を見て、浄化できるのに浄化しなかったときの彼らの行く末を思い…………その責任を取りたくないから浄化した。

 それは優しさなんかじゃない。自分勝手な保身だ。




「聖女になんて、なりたくなかった」


 気づけばユディは、そう呟いていた。


「奇遇だな。俺も勇者になんてなりたくなかった」


 馬上のエドガーの声は、耳元で響き……まるで内緒話のよう。


「そうなのか?」


 自然、声を潜めてユディは聞いた。


「勇者なんて貧乏くじだ。聖騎士も賢者もな」


 たしかにそうかもしれない。

 魔王を倒すことを強いられて、倒したところで呪われて、しかも呪いごと闇に葬り去られるところだったのだから。


「……俺が最初から聖女として、魔王討伐の旅に同行していたら、当たりくじだったのかな?」


「どうだかな? そうなったらそうなったで、貴族の権力闘争かなんかに巻き込まれて、もっとヒドい目に遭っていたかもしれない」


 それはそれで大変そうだ。


「でも、それならユディともっと早くに会えていたから、それは俺にとって幸運だな」


「またそういうことを……」


 いつものエドガーの口説き文句に、ユディは呆れてしまう。


「本気だぞ」


「ハイハイ。お前と話していると、いつまでも落ち込まずに済んでいいよ」


 これは本心だ。

 さっきまで感じていた暗く重かった気分が幾分軽くなっているのだから。



「…………ユディの気持ちは、わかる。でも、だからこそ一刻も早く浄化ポイントを回らなければならないんだろう? 今は、先だけを見るべき時だ」


 エドガーの言葉は正しかった。


「わかっている。……もう十分わかったから、この体勢はなんとかならないか?」


 きっともう瘴気に染まったモノを見ても、無分別に浄化なんてしない……と思う。

 なのにエドガーは「ダメだ」と言った。



「お前は、俺だけ見ていろ。よそ見なんてするな」



 耳元で告げられる言葉は、愛の告白に似て――――。

 白い肌を耳まで赤くして、ユディはエドガーの胸に顔を隠した。



「あ~! イチャイチャしている」


「エドガー、今度こそ、私がユディさんを運ぼう!」


 すかさず、ローレンスとサウルから茶々が入る。

 もちろんエドガーは相手にしなかった。


「うるさい! ロニは、そんなに誰かと相乗りしたいのなら、サウルでも乗っけていろ」


「それは、断る!」


「えぇ~! なんで僕がお断りされてるの?」



 四人の旅は賑やかだ。

 ユディは、エドガーの胸の中、笑みをこぼした。


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