第五幕 第一場 聖女(四)
際限なく浄化の力を使ってしまったため、ユディは気を失った。
その後おかしな夢を見て、目を開ければ見覚えのない天井が。横を向けば、そこには憔悴しきったエドガーの顔がある。
「ユディ! よかった……ユディ。もう、このまま目を覚まさなかったらどうしようと、俺はそればかりが心配で――――」
悲痛な声で叫んだエドガーは、ギュッと手を握ってきた。
「オーバーだな。ちょっと寝ていただけだろう?」
「オーバーじゃない! ユディ、お前は三日も寝ていたんだぞ!」
怒鳴られたユディは、目を瞬く。
「三日?」
「正確には、三日と半日だ。もうすぐ日が暮れるからな」
見れば、小さな窓から黄昏色に染まる空が見える。どうやら今は、ユディが倒れた日から三日後の夕方らしい。
それでは、無理もないかと納得した。
「その…………心配かけたな」
申し訳ないと謝れば、エドガーは握る手に力を入れる。
「ああ。もう二度とあんなことはしないでくれ!」
懇願されたのだが、あの夢を見た後では、ユディは素直に頷けなかった。
ジッと見つめてくるエドガーの緑の目から視線を逸らし、この場にいない二人を探すふりをする。
「ローレンスさんとサウルさんは?」
「あいつらは、小麦の収穫の手伝いをしている。ここは農家の納屋なんだ。泊めてもらう代わりに農作業の手伝いをすると約束したからな」
道中で倒れたユディを一刻も早く休ませるため、エドガーたちは近くの農家を頼ったのだそうだ。母屋は無理だが納屋ならばと貸してもらい、宿代代わりに働く契約を結んだのだとか。
よくよく見れば、ユディが寝ていたのは藁の上。積み上がった藁にシーツやマント、寝袋を敷いた即席ベッドが作られている。
「そっか。…………悪かったな」
「悪くなんてないさ。元気になってくれればそれでいい」
明るく話すエドガーに、ますます罪悪感が湧いてきた。
また視線を逸らそうとして……ふと、気づく。
「――――って? え? 小麦の収穫? ……麦って、あの青麦か?」
ユディが見た麦畑は、見渡す限りの青一色。とても収穫できるような麦ではなかったはずなのに?
エドガーは、真剣な表情で首を縦に振った。
「……ユディが倒れた後で、元気になった小麦は見る見る実って黄金色の穂を垂れたんだ。おかげでこの辺り一帯は、予期せぬ収穫期にてんやわんやになっている。……まあ、おかげでこっちも余計な詮索をされずに済んでいるんだがな」
「そんな――――」
どうやら、ユディは浄化をやりすぎてしまったらしい。
麦が元気になるだけでなく、収穫期まで早めてしまうとは思わなかった。
「…………それって、かなりヤバいよな?」
あちゃーと頭を抱え、ユディは横目でたずねる。
「そうだな。おそらく明日にも王都から調査隊が来るだろう」
エドガーは否定しなかった。
元気をなくしていた小麦が、力を戻すどころか大豊作になったのだ。王都の役人はもちろん、神殿の神官たちも挙って押し寄せてくるに違いない。
「実際、農民たちは大地の女神の恵みだと、大喜びをしているからな。……頭の回る一部の農民は、神殿長が聖女の存在を認める布告を出したことに関連付けて、聖女さまが祝福してくださったに違いないと、声高に話している」
「祝福じゃなく浄化だったんだが」
「どっちにしても同じだ」
エドガーの言うとおりである。
ずんと落ちこむユディを気の毒そうに見ながら、エドガーが言葉をかけてきた。
「それで、目覚めたばかりのところを悪いんだが、ふたりが戻り次第直ぐにここから立とうと思っている…………本当なら、ユディにはもっとしっかり休んでもらいたいんだが、グズグズしていて神官に見つかるわけにはいかないからな」
申し訳なさそうなエドガーだが、ユディはそれが当然だと頷く。
「万が一、追っ手がかかった場合のことも考えて、旅のルートも変更しなきゃならないな」
さらにエドガーは、そう言った。
その言葉に、ユディはチャンスとばかりに食いつく。
「だったら、行きたいところがあるんだ!」
「…………ユディ?」
「夢の中で、浄化ポイントがわかったんだ。だから、今後はそのポイントを巡りながら魔王の遺体を目指そうと思う」
そして、自分の見た夢を、ユディはエドガーに説明した。
聞くほどに、エドガーの眉間には深いしわが刻まれていく。
「…………ユディ、それはこれからも無茶な浄化を続けるということなのか?」
「あ――――」
そのとおりなので、ユディは小さく頷いた。
「俺は、反対だ!」
エドガーならば、そう言うのではないかと思ったが-ーーー。
「でも、エドガー!」
「目的は魔王の遺体の浄化だけだったはずだ。他の浄化なんてしなくていい!」
「そうは言っても、この現状を黙って見ているわけにはいかないだろう!」
「だったら見なければいい。なんだったら、この先全部、俺がユディの目を塞いでいてやる!」
なんだ? その無茶苦茶な論理は?
「エドガー、そういうことじゃない!」
「俺は、ユディにこれ以上無理させたくないんだ!」
大声で怒鳴るエドガーの目は、ユディへの想いで溢れていた。




