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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第五幕 第一場 聖女(二)

 延々と連なる田園風景を、馬上から見渡す。

 秋に植えた小麦の若葉が出そろった一面の青麦畑が、眼前に広がっていた。


 とても美しい景色なのだが、ユディの表情は優れない。


(なんだろう? ……綺麗なんだけど、全体的に小さい? ……元気がない? みたいな)


 この光景から感じるはずの生命力が、なぜか感じられないのだ。


「――――いったいなんでだ?」


「魔王の遺体が発している瘴気のせいさ」


 独り言のつもりだったのだが、答えが返ってきた。

 驚いて振り向けば、エドガーが苦笑している。


「そんなに塞いだ顔でジッと見ていれば、いやでもわかるさ」


 額をトンと小突かれた。

 どうやらユディの思考は、バレバレだったらしい。


「魔王の遺体は大地に沈んだからね。瘴気もたっぷり地中に染みこんだんだよ。空中に拡散する瘴気より、大地に侵食する瘴気の方が、よほど影響は大きいんだろうね」


 サウルの軽い声で話される内容は、ズシリと重い。


「大地が穢されれば、流れる水も瘴気に染まるからな。土と水を養分に育つ植物に瘴気の影響が現れるのは、人や動物よりよほど早いはずだ」


 ローレンスの低い声は、目の前の事実の恐ろしさを突きつけた。


「……そう言われれば、ここ数年、麦も野菜も収穫量が減って値上がりしていたな」


 宿屋を営むユディには、頭の痛いことだったのだ。まさか、その原因が単なる不作ではなく、魔王の瘴気によるものだとは、思ってもみなかったが。


「王都を発ってから、まだ三日のこの辺りでさえ、影響があるんだな」


「魔王の遺体近くは、どんな状況になっていることやら」


 エドガーの言葉を受けてローレンスが発した言葉に、サウルは肩を竦めた。


 楽観できる要素は、どこにも見えない。


 ギュッと唇を引き結んだユディは、自分を支えるエドガーの手を叩いた。


「悪い。ちょっと降ろしてくれないか」


 ユディは、まだひとりで馬の乗り降りができないため、エドガーの手を借りなければならないのだ。


「ああ」


 すぐに頷いたエドガーは、サッと馬を降り、軽々とユディを抱き下ろしてくれた。


「ありがとう」


 慣れたその動作に、少し複雑そうな表情を向けながら、ユディは礼を言う。

 直後、地面にしゃがみこみ、両手を大地に着けた。


「ユディ?」


 怪訝そうに声をかけてくるエドガーには答えずに、目を閉じる。


(…………大丈夫だ。出来る)


 不思議とそう思えた。


 ユディは、体の奥底から『聖女』の浄化の力を引き出す。

 両手を通して、大地に流した。


 すると、即座にユディの体からパァーッと光が溢れ出る。


 キラキラとした輝きが、そのままユディの体を包みこみ、ブワッと膨れ上がったと思った次の瞬間、パシャンと大地にこぼれ落ちた。


 そこから光が波紋のように、大地に広がっていく。


 風が吹き抜け、サアーッと青小麦が靡いた。





「なっ! …………これは?」


「…………スゴい!」


「ユディ……」


 ローレンスは驚き、サウルは喜び、エドガーは心配そうにユディの名を呼ぶ。


 光が通り過ぎた後の小麦は、明らかに様子が違った。

 生き生きと葉を伸ばし、シャンと立ち上がり、力が隅々まで満ちている。

 大地が、水が、そこに生える植物が、すべて浄化され、光り輝くようだった。


 エドガーたちが、驚き見守る中、ユディがふらりと立ち上がる。

 青小麦を見て、嬉しそうに笑うと――――ガクリと体勢を崩した。


「ユディ!」


 慌てて抱きとめるエドガーの腕の中、ユディの意識は、もうない。


 世界がキラキラと輝いていた。


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