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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第五幕 第一場 聖女(一)

 魔王の遺体を浄化する旅に出るに当たって、ユディたちはいろいろ準備をした。

 食糧や旅に適した衣服。持ち物もあれこれと。

 そして最後に馬を三頭買った。


「馬車で行くのかと思った」


「収納魔法があるからな。ほぼ手ぶらで行けるから、騎馬の方が早い」


 そう言われればそうだった。エドガーの言葉に、ユディは頷く。

 でも――――。


「俺は、馬なんて乗れないぞ」


「ああ。だからユディは俺と相乗りにしよう」


 それで三頭なのか。


 納得したユディだが、ローレンスとサウルは違うようだ。


「どうして、君がユディさんと一緒なんだ? 乗馬の腕は私の方が上だぞ」


「体重が一番軽いのは僕だよ! 聖女さまは僕と乗るべきだ!」


 声を荒げて叫ぶ。

 そんなふたりの主張を、エドガーは鼻で笑って相手にしなかった。


「他人との協調性が一切無いお前たちが、ユディと相乗り? バカも休み休み言え」


「ぐっ……それは! しかし、ユディさんと相乗りできるのなら、私は持てる技術のすべてを駆使して、安心安全に乗馬してもらえるように努力すると誓うぞ」


「僕だって! 僕の魔法を使えば乗馬技術なんて少しもいらないんだ。僕と一緒に旅するのが、聖女さまにとって一番楽なはずだよ!」


 ふたりは、それぞれ自分と一緒に馬に乗ろうと、ユディを誘ってくる。

 ユディは、少し考えてから首を横に振った。


「ありがとうございます。でも、俺はエドガーに乗せてもらいます」


「どうして!?」


「なんで?」


「一緒に乗って、一番気楽なので」


 ユディにとって、ローレンスやサウルは、まだあまりよく知らない人たちだ。一緒に過ごした時間も短く、どうしたって緊張してしまう。

 そんな相手と相乗りするくらいなら、エドガーの方がずっとよかった。


(エドガーは、エドガーだしな)


 なんだかんだ言いつつも、ユディもエドガーに絆されてきているのかもしれない。

 まあ、だからといってどうというわけではないのだが。


「ユディ! ありがとう。絶対幸せにすると誓うからな!」


 なぜか感極まったエドガーが、抱きついてくる。


「そんなこと誓わなくていい」


 さらりと身を躱し、ユディたちは旅の準備を終えたのだった。






 そして、その翌日。

 ユディは、旅の空の下にいた。


「もうじき食堂の開店時間だけど、あいつら間に合っているかな?」


 ふと心に浮かぶのは、残してきた子どもたちのこと。

 エドガーの前に座り、馬の背に揺られながら、自然と声に出していた。


「心配いらないさ。三人の兄が交替で、必ずひとりは宿の助っ人に入ってくれることになったんだろう?」


「ああ。…………結局迷惑をかけてしまったな」


 そうして思い出すのは、旅立つ直前に駆けつけてきたロッドたちの顔だ。

 彼らは、みんなユディが自分たちを頼ってくれなかったことに怒っていた。


 エドガーの声が、耳の後ろから響いてくる。


「誰も迷惑だなんて思っていないさ。むしろ、彼らに相談せずに、最悪宿を閉めようとしていたことに、腹を立てていたじゃないか」


「そうだな。……俺の宿は、もう俺だけのものじゃなかったんだ。子どもたちにとっても、大切な我が家で……俺がひとりで閉めていいものじゃなかった。反省したよ」


 ユディは、しみじみそう思う。

 最後には、笑って見送ってくれた子どもたちへ、あらためて感謝の念が湧き上がった。


 無事に宿に帰れたならば、もう一度しっかり謝ろう。

 そう決意をあらたにしていれば、ユディの腹に回っていたエドガーの手に、キュッと力が入った。


「ユディの宿は、俺にとっても我が家だ。そう思ってもいいだろう?」


 縋るような声で囁かれる。


(まったく、こいつは――――)


 エドガーの手を、ユディはポンと叩いた。


「お前の家は、隣だろう?」


 隣家の元靴屋が、正式なエドガーの家だ。


「ユディと一緒に暮らせるのなら、どこでもいい」


 手だけじゃなく背中や後頭部にも、エドガーがくっついてきた。


「重い、鬱陶しい」


「ユディが冷たい。……でも、好きだ!」


「お前は、被虐趣味でもあるのか?」


「ない! ユディ以外の奴に冷たくされたら、そいつを抹消する自信がある」


「そんな自信持つな!」


 ユディとエドガーはポンポンと言い合った。




 そんな彼らを、ローレンスとサウルは横目に睨む。


「羨ましい! 僕だって、聖女さまと一緒に乗りたいのに!」


「ああ。……でも仕方ない。我らはエドガーに比べて、まだ圧倒的にユディさんから信頼されていないからな」


「勇者なんかより、僕の方がずっと聖女さまの役に立つんだぞ!」


「ああ。私も負けるつもりはない。……だからこそ、我らはこの道中で、それを証明せねばならないのだ」


 ローレンスの低い声は、決意に満ちていた。


「証明? どうやって?」


「我らは我らに出来ることをやるだけだ。……私ならば、まずは食料の調達だな!」


 そう言うと同時にローレンスは、馬の腹を蹴る。


「おいっ!」


「少し先に、魔獣の気配がある。ユディさん! あなたに捧げる獲物を狩ってまいります!」


 叫びながら、ローレンスは駆け去った。

 あっという間に騎馬の姿が小さくなっていく。


「あ! ズルい。僕も! 僕も獲物を捕ってくるからね!」


 サウルも続いて飛びだした。


 どちらも突然の行動で、ユディはポカンと見送るばかり。


「いや。……まだ旅立ったばかりで、食糧は十分あるし……獲物とかいらないよな?」


 呟いた声は、風に散った。


 エドガーが深いため息をつく。


「放っておいていい。いつものことだ」


「いつも?」


「魔王討伐の旅でも、そうだった。突如わけのわからぬ決意をして飛びだしてしまうんだ」


 そのたび、エドガーは迷惑を被っていたらしい。

 ローレンスもサウルも、強さだけは天下一品で、心配させたあげくケロリとした顔で帰って来るのが、また腹が立つのだとか。


「…………それは、大変だったんだな」


 ユディは、そう言うしかなかった。


「慰めてくれ!」


 ぐりぐりと背後から頭を擦りつけられて、ユディはため息をつく。


(このメンツで大丈夫なのか? この旅?)


 限りなく不安になるユディだった。


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