幕間(三) 勇者が見守る聖女の決断(二)
――――そして、その晩。
エドガーとサウル、ローレンスにアンジェラ、そしてリックとペーターを前にして、ユディは口を開く。
「――――俺は、魔王の遺体を浄化しようと思う」
やはりそうなったかと、エドガーは思った。優しいユディが、国が滅ぶと脅されて素知らぬ顔を出来るはずないからだ。
「わかった。なら明日にでも神殿に行くのか?」
ところが、当然頷くと思った問いかけに、ユディは首を横に振った。
「いや。神殿には行かない」
「は?」
「魔王の遺体の浄化に、神殿は関係ないだろう? 俺がひとりで魔王のところに行って、浄化してくればいいだけだ」
さらりと言われた内容に、言葉を失ってしまう。
「とはいえ、俺は魔王の遺体がどこにあるか知らないからな。エドガー、一緒に行ってくれるか?」
続けてそう言われて、ホッとした。
「行く! 行くに決まっているじゃないか! むしろひとりでなんて、絶対行かせないからな!」
エドガーが怒鳴れば、ユディはクシャリと顔をほころばせる。
「うん。ありがとう。きっとエドガーならそう言ってくれると思っていたんだが……想像以上に嬉しいものだな」
それを聞いたエドガーは、頬を熱くした。
「僕も、僕も! 僕も行く!」
「私もだ」
サウルとローレンスが、次々に手を上げる。
しかしユディは、その申し出には顔を曇らせた。
「いえ、賢者さまにはペーターを助けて欲しいと思っています。ローレンスさんも、アンジェラさんが心配でしょう? 俺は、魔王の遺体を浄化するだけですし、エドガーがいれば十分です」
ユディの返事は思いがけないものだったのだろう。サウルとローレンスは、呆然とする。
一方エドガーは、嬉しくなった。
ユディから寄せられる信頼に、心が浮き立つ。
(できれば、俺もユディとふたりで行きたいところだが――――)
そうとばかりも言えないのが、悔しいところだった。
魔王討伐の旅路は、思い返すだけでも眉をひそめてしまうような厳しいものだ。魔王を討伐し、各地にいた魔王軍を蹴散らしたとはいえ、今もまだ残党はいるだろう。魔獣だって、絶滅にはほど遠い。
(ユディの安全を第一に考えれば、賢者と聖騎士の同行はあった方がいいんだよな)
とはいえユディは、自分よりペーターたちの安全を優先するだろう。
どうやって説得しようと考えていれば、ペーターが口を開いた。
「父さん! それなんだけど……俺は、元の年齢に戻って、父さんの代わりに宿屋の主人をやろうと思う」
「え?」
思わぬ申し出に、ユディは目を丸くする。
「もう、リック兄さんとも相談済みなんだ。……きっと、父さんなら魔王の遺体を浄化しに行くって言い出すんだろうなって、思っていたから」
ユディの決意は、彼をよく知る子どもたちにはバレバレだったらしい。
うんうんと、大きく頷いたリックが、ペーターに続いて話し出した。
「ペーターと、父さんがいない間、宿屋はどうするんだろうって話になったんだ。……できれば閉めたくないけど……今のままのペーターと僕じゃ、宿屋の仕事は出来てもお客さんや取引先からの信頼が得られない。それくらいはわかるんだ。……でも、だったらペーターが大人になればいけるんじゃないかって思って」
そのリックの話をすぐにペーターが引き継いだ。ユディに口を挟ませたくないに違いない。
「ロッド兄さんかアーサー兄さんに帰ってきてもらうことも考えたよ。きっと兄さんたちなら、二つ返事で引き受けてくれる。でも、それじゃ父さんは、絶対納得しないよね?」
「当たり前だ!」
ユディは反射的に叫んだ。宿屋を大切にしているユディだが、子どもたちに迷惑をかけてまで続けたいとは思っていないのだ。
リックは笑って頷いた。
「うん。父さんならそう言うと思ったよ。……だから僕たち、僕たちだけでなんとかしようと考えたんだ。……毎日父さんを手伝っているから、僕たちは何をどうすればいいかはわかっている。だったらペーターが大人になればいけるって思って! アンジェラさんも手伝ってくれるって言うし、忙しいときくらいなら兄さんたちに手伝ってもらってもいいよね?」
リックとペーターの目は、キラキラ輝いている。
アンジェラも、ペーターの隣で真剣に頷いていた。
怒濤の勢いで話されて、ユディは混乱顔。
「…………いや、そうは言っても、宿屋の経営はそんなに簡単なものじゃないぞ」
「わかっている! 俺たち、父さんのしてきたことを一番近くで見ていたんだから!」
「でも、見てきたからこそ、ずっとじゃなくて父さんが帰って来る間までなら、なんとかなるんじゃないかって思ってる!」
「儲けは出せないかもしれないけれど」
「宿を潰さないくらいなら、なんとか!」
頼りになるのかならないのか、わからない言い分だった。
ユディは、眉間にしわを寄せて考えこむ。
そこへ、
「大丈夫ですよ! なんたってペーターは『国王』ですからね」
サウルが明るい声を出した。
「ペーターが大人になれば『国王』のスキルが発揮されます。国王は、国の経営をするプロですからね。国を動かせる人間が、宿屋のひとつやふたつ経営できないはずがありません! ましてやここには『王配』までいるんです。……国王と王配が経営する宿屋! 最高じゃないですか? ドンと任せてみましょう!」
ドンと言いながら、サウルは両手を上にパッと向けた。
それはたしかにそうなのかもしれないが?
ユディの困惑は変わらない。
決断の出来ないユディに対し、アンジェラが頭を下げてきた。
「私からもお願いします。……私は、ずっと閉じ込められて生きてきました。だから、今ユディさんの宿屋で働かせてもらえていることが、とても嬉しいんです。この場を神殿の思惑なんかで失いたくありません。王配なんて言われても、私に何が出来るかわかりませんが……精一杯頑張ります! お願いします!」
深々と頭を下げられて、ユディは焦った。
「あ……いえ、そのっ! アンジェラさん、頭を上げてください!」
「俺も! 俺もお願いするよ、父さん!」
「僕も、父さん!」
ペーターとリックにも続けて頭を下げられれば、ユディは何も言えなくなる。
…………そして、悩みに悩んだ末に、結局ユディは、宿屋を任せることを了承したのだった。




