第四幕 第三場 国王(一)
「――――父さん! 急に来て欲しいだなんて、いったい何があったんです?」
ユディの宿屋の食堂に、ひとりの青年が飛びこんできた。
時間は、営業の終わった夜半過ぎ。ランプの灯りが食堂の一角を照らしだしている。
その青年は、ポニーテールに結った暗褐色の長い髪を揺らしていた。赤銅色の目に、細いフレームの眼鏡をかけていて、魔法使いの証である丈の長いローブを翻している。
彼の名は、ロッド。ユディが最初に孤児院から引き取った養子である。
「あはっ、俺、ロッド兄さんが走っているとこ、はじめて見た」
食堂のテーブル席から、年の割には大きな体を騎士服に包んだ少年が、楽しそうな声を上げた。
「ティム! アーサーも……ふたりも父さんに呼ばれたのか?」
少年――――ティムの隣には、同じ騎士服を着た青年――――アーサーが並んで座っている。
「久しぶりだな、ロッド」
「そんなに言うほど久しぶりじゃないだろう? 一週間前にも一緒に食事をしたばかりじゃないか」
アーサーの顔を見たロッドは、少し落ちついたらしくホッと息を吐いた。
「――――なんだ、お前たちそんなによく会っているのか? 食事なら、うちの食堂に来ればいいのに」
そこに奥からユディが現れる。
彼の隣には、大きな皿に料理を盛ったリックもいた。ロッドを見て、茶色のくせ毛の頭をペコンと下げる。
「父さん! ……いや、アーサーとは、それほど頻繁に会っているわけではないですよ。……あと、父さんは食事代を受け取ってくれないから」
慌ててロッドが言い訳した。
「お前たちから金を取るはずがないだろう」
「だから、ここでは食べられないんです」
「子どもが親に遠慮するもんじゃない!」
ユディに窘められたロッドは、不服そうに口を尖らせる。
しかし、すぐにハッとした。
「そんなことより、いったいどうしたんですか? 父さんが、急に私を呼び出すなんて、ただ事じゃない! しかも、アーサーやティムまで……何があったんです?」
ロッドはすごく心配そうだ。なぜならユディは、今までどんなことがあろうとも、独立した子どもたちに頼るということをしたことがなかったから。
これまでユディは、嵐で宿の屋根が半分飛んだ時も、暴走馬車が宿屋に突っこんだ時でも、いつも自分と残った子どもたちで、すべて解決してきた。
それに対してロッドたちが水くさいと怒っても、耳を貸したことはない。
「お前たちには、もうお前たちの生活がある。そっちだって大変なんだから、宿屋のことまで気にしなくていいんだ」
「恩返しくらい、させてください!」
「うちに居る間、十分宿を手伝ってくれたじゃないか。返してもらう恩なんてないさ」
ユディにしてみれば、それが正しく真実だ。
しかし、スキルを得られず孤児院から追い出されそうになっていたロッドたちにとって、ユディに引き取られ育ててもらった恩は、山より高く海より深かった。
中でもロッドにとってのユディは特別で、憧れと尊敬と慕情が混ざった複雑な想いを抱いている。
――――私は、いつになったら父さんに頼ってもらえるんだろう?
それが、今のロッドの一番の悩みである。
そんなユディから、今回呼び出しがかかったのだ。ロッドが心配するのも無理はない。
「ああ。……お前たちを呼んだのは、ペーターなんだ」
しかし、心配するロッドに対し、ユディはそう言った。
その言葉と同時に、ペーターが食堂に入ってくる。
彼の隣には、見慣れない女性が立っていた。
「ペーターが?」
「ペーター、どうかしたのか?」
不思議そうに首を傾げたロッドに続き、心配そうな声を発したのはティムだ。
ペーターがユディに引き取られたのは、アーサーがスキルを発現した後のこと。その時にはロッドも独立していたため、ペーターが実際一緒に暮らしたのは、ティムとリックのふたりだけ。
ティムは、先輩としてリックとペーターの面倒をずっと見てきていた。
「ティム兄さん……ロッド兄さんもアーサー兄さんも、急に呼びだしてごめん! ……俺、最後にどうしても、みんなに直接会っておきたくて――――」
思い詰めた表情で、ペーターは話し出す。
「最後って、ペーター? お前、どこか遠くに行くのか?」
ティムはますます心配そうになった。
ロッドもアーサーも、思案顔だ。たとえ一緒に暮らしたことがなくとも、彼は間違いなく自分たちの弟なのだから。
「俺、遠くには行かないよ。……むしろ、簡単に王都から離れられなくなっちゃうのかな?」
いつも元気なペーターは、泣き出しそうになっていた。
「離れられないって……何でだ?」
驚くティムを、もっと驚かす答えをペーターは返す。
「俺……俺……王さまになっちゃうみたいなんだ!」
「…………はぁぁぁ~!?」
ロッドもアーサーも、口をポカンと開けた。




