第四幕 第三場 賢者(三)
賢者は、とてもよく食べ、よく飲み、よく喋る男だった。
「モグモグ…………ゴックン……ああ、旨い。こんな旨いものが世の中にあったなんて! モグモグモグモグ……っ! ぐっっっ…………み、水……いや、酒っ! 酒をくれっ」
喉に食事を詰まらせ、酒を要求し手を伸ばす。
「やるか! 阿呆、水を飲め!」
その手をエドガーがパチンとたたき落とした。
「そんなっ! 僕は石化していたせいで、何年もずっと飲まず食わずだったんだぞ。酒の一杯くらい恵んでくれたっていいじゃないか!」
「散々飲み食いしておいて、何を言う!」
「だから、ずっと飲まず食わずだったんだってば! ……あ、このコカトリスの唐揚げ、おかわりください!」
「…………食べ過ぎだ」
エドガーは、自分のこめかみに手を当てぐりぐりともんだ。
賢者を浄化し、教会から天井をぶち抜くという荒技で脱出し、宿に帰って一時間。賢者はずっとこの調子だ。
寝ずに待っていたローレンスとアンジェラも、ほとほと呆れ果てていた。
「大丈夫。お腹が痛くなったら治癒してくれますよね? 聖女さま」
賢者にニッコリ笑ってお願いされたユディの顔は、大きく引きつってしまう。
(こいつ、絶対自分の顔のよさをわかってやっているな)
なんとも図々しい男だった。
「いい加減にしろ! それよりお前は、ちゃんと俺たちの話を聞いていたのか? 俺たちは、これから権力者を相手に戦わなくっちゃならないんだぞ!」
ユディが仕方なく差し出したおかわりの唐揚げを、エドガーに取り上げられた賢者は、プーっと不満そうに頬を膨らませる。
「もう。……エドガー、君は相変わらず口うるさいんだね。まるでお嫁さんをいびる姑みたいだよ」
「誰が姑だ! それでいくと、お前は嫁なのか? 俺とお前は同い年なんだぞ、サウル!」
サウルとは賢者の名前だ。薄色の髪と灰色の目を持つ青年は、一見とても楚々とした美女なので、嫁と言われたら言えないわけでもないかもしれない。
「だって仕方ないだろう? 君は魔王討伐の旅の時も、あれをしちゃいけないとか、これをしちゃいけないとか、小言ばっかりだったじゃないか」
「止めなきゃ、お前たちがなんでもかんでもぶっ壊してしまうからだ! 魔族ひとり倒すためだけに、町ごと灰にしようとしたことを、俺は忘れていないからな!」
「…………たしかに、あれはひどかったな」
思わずといったふうに、ローレンスが相づちを打った。
そんな彼を、エドガーはキッと睨みつける。
「言っとくが、お前もだからな、ロニ! 魔獣を追い出すためだけに、森林破壊をしようとした奴に、サウルをどうこう言う資格はないぞ」
ピシッと指を突きつけられたローレンスは、固まった。
どうやら彼も同罪だったらしい。
「お兄さま、そんなことをされたのですか?」
「あ、いや。違うんだ、アニー! あれは、ちょっと勢いでっていうか……だ、大丈夫だ! エドガーに止められたから、それからはもうやってない!」
それを大丈夫と言っていいものだろうか?
妹に白い目で見られたローレンスは、しどろもどろになって謝った。そこに、聖騎士の威厳などどこにもない。
「…………ふ~ん、彼女が『王配』なんだね。さすがの迫力かな」
兄妹のやりとりを楽しそうに見ていたサウルが、そう呟いた。
「――――どうやら、話は聞いていたみたいだな」
フンと鼻を鳴らしたエドガーは、両手を組んで座っているサウルを見下ろす。
実は、今までエドガーは、サウルに自分がユディに出会ってからのことを説明していたのだった。
そしてその中で、
ローレンスの妹アンジェラに『王配』スキルが現れていたこと。
なのに、その事実を教会によって隠蔽されていたこと。
あげくアンジェラを、自分たちの呪いから得た瘴気で弱らせていたこと。
それらすべてを伝えていた。
「――――これだけの事件だ。どう考えても、一般人やそんじょそこらの貴族が起こせることとは思えない。少なくとも副神殿長が関わっているのは間違いないだろう――――その上に神殿長や王族がいるかまではわからないが――――スキルの偽証は、あの偽物聖女にも繋がることだ。まあ、正直アノ女には二度と関わりたくないから、俺個人としては放置してもいいんだが……俺たちを浄化してくれたユディの情報を副神殿長が得たならば、絶対手を出してくるに決まっている。……だったら、やられる前にヤルしかないからな」
過激なエドガーの言葉を聞いても、サウルは面白そうに笑うだけ。
「ふ~ん、エドガーの目的は、偽物の『王配』を暴くことじゃなく、聖女さまの安全なんだね?」
ユディを見ながら、そんなことを聞いてきた。
「当たり前だ。――――いいか、これだけは覚えておけ。今回の作戦で目指すのは、ユディが何の心配もなく今までどおり宿屋の主人をやれる環境を整えることだ。少なくとも俺はそれ以外の結果を、成功とは認めないからな!」
エドガーはきっぱり言い切った。その姿は堂々としていて揺るぎない。
(……エドガー)
ユディは、少し困惑しながら、そんなエドガーを見つめていた。
彼の言葉をどう受け止めていいのかわからなかったからだ。
(俺の安全だけじゃなく、俺の願い――――聖女になんてならずにこのまま宿屋の主人でいたいというもの――――まで叶えてくれようとするなんて。……こいつは、俺の『聖女』の力を必要としているだけじゃなかったのか?)
エドガーは、ユディを利用しようとしているだけだ。
そう思っていた。
そう信じていた。
でも、聖女としてのユディが必要なだけなら、宿屋の主人としてのユディの暮らしなんてどうでもいいはずで。
(エドガー、お前は、何を考えているんだ?)
ユディは深く考え込んでしまう。
その時、そんなユディとは正反対の、明るく脳天気な声が響いた。
「りょ~か~い! だったら手っ取り早いのは、権力者を味方につけることだね。……まあ、この場合は、味方を権力者にすることだけど」
いつの間にかエドガーから取り返していたらしいコカトリスの唐揚げを、サウルはフォークに突き刺し、楽しげに振っている。
「味方を権力者に?」
「そうさ。要は、本物の『王配』と『国王』を正しい位置に戻せばいいんだろう?」
あっけらかんとそう言ったサウルは、唐揚げにガブリとかじりつく。
「うん! うんまい!」
満足そうな声を上げた。
「待て! 『王配』と『国王』? …………って、まさか『国王』も偽物なのか?」
驚愕の声を上げるエドガーに、サウルはコクリと頷く。
「モグモグ……うん……ゴックン。そうだよ。……十三年前に、僕は、暗殺されかけた正しい次代の『国王』を隠したんだ。だから、今の王太子は偽物のはずだよ」
衝撃の告白を、なんでもないことのように宣った。
口の中の唐揚げをすべて呑みこんで、サウルはニコリと笑う。
「だから、まずはその『国王』を探すところからはじめようかな。王都内の孤児院を当たってみて。金髪と青い目の少年で名前はペーター。十三歳になっているはずだよ」
とても聞き覚えのある名前と年齢に、ユディはポカンと口を開けた。




