第四幕 第三場 賢者(二)
光の柱が立った場所は、神殿の中央部。高い尖塔が建っている場所だ。
「うおっ!」
思わずユディは叫んだ。
慌てて手で口を塞いだが、幸いなことに周囲も大騒ぎ。
「何事だ!」
「あの光は、なんだ!?」
みんな動揺しているため、ユディたちが見つかることはなかった。
警備の騎士が右往左往している間に、神殿内から神官服を着た男が走り出てくる。
「全員、中央礼拝室に集合せよ!」
大声を張り上げた。
「は? 全員ですか?」
驚き聞き返したのは、騎士をまとめていると思われる男。
「そう言ったはずだ!」
「し、しかし、我々はこの場の警備を、副神殿長から直々に命じられているのです。勝手に持ち場を離れるわけにはいきません!」
「中央礼拝室への集合を命じられたのは、神殿長だ! どちらの命令を優先するかは、考えるまでもあるまい!」
残念ながら考える余地はあったらしく、警備の騎士たちは迷っている。
「ええいっ! 急げ! 命令に従えない者は、減俸……いや、クビにするぞ!」
神官は気が短かかったらしく、そんなことを叫んだ。
さすがにクビはマズいと思ったのか、騎士たちが慌てて動きはじめる。
「この件で、後で副神殿長に叱られたら責任とってくださいよ!」
「うるさい! 急げっ」
バタバタと神官と騎士は去って行く。
「ふー、何がどうなったかはわからないが……誰もいなくなってよかったな」
ユディは安堵の息を吐いた。
だがエドガーは、厳しい表情で光の柱を睨んでいる。
「…………やっぱり、連れてくるんじゃなかったな」
そんなことを呟いた。
連れてくるということは、それはユディのことだろうか?
「エドガー?」
「ああ。……急ごう」
エドガーは、すっくと立ち上がった。そのままユディを抱き上げる。
「へっ! エ、エドガー?」
「あいつらが戻ってくる前に、終わらせなけりゃならないからな。走るからしっかり掴まってくれ」
エドガーの右手はユディの背中、左手は両膝の裏に回っている。
いわゆるお姫さま抱っこをされて、ユディは戸惑った。
「エ、エドガー…………って、うわっ!」
ともかく下ろしてほしいと頼む前に、エドガーは走りだす。
慌ててユディは、エドガーの首に両手を回した。そうしなければ落ちそうなのだ、仕方ない。
エドガーは、迷いなく無人の神殿内を駆け抜けていく。
とある部屋の前に来ると、これまた遠慮なくドアを蹴破った。
バァ~ン! と、音を立てて重厚なドアが吹き飛んでいく。
恐る恐る覗き込んだ部屋の中は、家具の類いが一切ないガランとした空間だった。
ただ部屋の奥の台座に石像が一躯、飾られている。長い髪と整った顔の男性像だ。
(いや……違う。これが――――)
「こいつが『賢者』だ」
エドガーが、ユディの考えを肯定した。
ユディを抱いたままズカズカと部屋の中に入ったエドガーは、石像の前でそっとユディを下ろす。
「急いで浄化してくれ」
ユディは、呆然として賢者の石像を見上げた。
「…………勇者一行は、顔で選んだのか?」
思わず出たのは、そんな言葉。
エドガーもローレンスもかなりの美丈夫だし、目の前の像に至っては美人と言っても過言ではない容姿だったからだ。
「……いや、スキルで選ばれたはずだが……そうか。俺の顔はユディの好みに合うんだな」
なんだか嬉しそうに言われたが、今はそんなことを言っているわけじゃない。
「すまない。聞かなかったことにしてくれ。……よし、浄化するぞ!」
ユディは、あらためて賢者の石像に向き合った。
石化しているせいかどうかはわからないが、賢者はエドガーたちのように瘴気に塗れていない。ただ、石像の奥にどす黒いモノが閉じ込められているのを感じた。
ユディは、そのモノに対して、両手を向け浄化の力を送る。
すると、ユディの手と石像が淡い光を放ちはじめた。
徐々に光は強くなっていき――――ついには、カッ! と、閃光を発す。
「ユディ!」
光が強すぎたせいだろう、エドガーが焦ったようにユディの手を掴み抱き締めてきた。
「…………エドガー、大丈夫だ。大丈夫だから離してくれ」
自分を内へと囲いこむ腕を、ユディは宥めるように叩く。
ようやく緩んだ腕の隙間から顔を出し、賢者の方を確かめた。
そこにあったはずの石像は、いつの間にか消え失せて、床にひとりの男が倒れている。
「ひょっとして、彼が『賢者』か?」
「ああ。呪いが解けたから、石化も解除したんだろうな」
ユディの問いかけに、エドガーが答えた。
「おい、さっさと起きろ!」
ユディを抱き締めたまま、エドガーは賢者に声をかける。
「…………うぅ……相変わらず、僕の扱いが雑すぎる」
床に倒れる男から、恨みがましい声が聞こえてきた。
「いいから、さっさと起きて脱出するぞ。ユディの姿を見られるわけにはいかないんだ。……天井をぶち抜け」
エドガーの声は穏やかだが、その内容は過激そのもの。
目を丸くするユディとは裏腹に、賢者は素直に「わかった」と頷いた。
よっこらしょと立ち上がった賢者の手には、いつの間にか大きな杖が握られている。
「ホイ」
軽いかけ声と同時に杖から光が走り、次の瞬間、ドガッ! ガガッ! ドカ~ン! と、天井が崩れてきた。
大きな音で、耳が潰れそうだ。
「…………っ!!」
突然の出来事に息を呑むユディを抱いたまま、エドガーはヒョイヒョイと瓦礫を躱した。
次いで、ピョンとジャンプする。
(ひぇぇぇぇぇ~っ!)
城への侵入時に壁を飛び越えたよりなお高く飛び上がったエドガーは、そのまま落ちることなく神殿の上空に停止した。当然足下には、何もない。
(な、な、な、な、何で、落ちないんだっ!?)
内心パニックを起こすユディが横を見れば、そこには、いつの間にか賢者が立っている。
夜空に、彼の杖が仄かに光っていた。
ひょっとしてひょっとしなくても、この空中浮遊は彼の魔法なのか?
怖々下を覗けば、天井の一部に大穴のあいた神殿と、それに隣接する王城が見える。
すぐ横には、光の柱が立っていた。
ユディが神殿に入る前に見たその光は、徐々に薄くなっているようだ。
「――――さて、どこに行くのかな?」
平然と賢者が尋ねてきた。
「決まっている。帰るのさ。ユディの宿屋に」
エドガーが、当然と言わんばかりに答える。
「宿屋か、それはいいな。ゆっくり横になれるのは何年ぶりだろう」
石像となって立っていた賢者の言葉には、熱望が滲むよう。
「……そうだな。ともかく帰ろう。すべてはそれからだ」
ユディは、思考を放棄した。
その後、光の消えた夜闇に紛れ、三人の姿は消え失せた。




