第四幕 第三場 賢者(一)
「…………どうしてもこの体勢でなければいけないのか?」
我ながら往生際が悪いと思いながら、ユディはもう一度エドガーに確認する。
「やっぱり横抱きの方がよかったか?」
「いや。それはもっとお断りだ」
明後日の方向の返事をされて、ユディはため息をついた。
その息が首にかかったのだろう、エドガーがくすぐったそうに身動ぎする。
「あ……悪い」
「いや、役得だ」
謝れば即否定されて、ユディはどうしていいかわからなくなった。
(……まあ、何か出来るような体勢でもないんだが)
諦めの言葉を心の中で呟く。
今現在、ユディの足は宙に浮いていた。両手はエドガーの首に回されていて、全体重を彼にかけている状態だ。
さらに、エドガーの右手はユディの右足を、左手は左足をそれぞれ抱えていた。
この体勢で、ユディが自由に動けるはずがない。
「どこか痛かったり苦しかったりするところはないか?」
エドガーに、何度目かの確認をされ、ユディは首を横に振った。
「ない。……ただ……恥ずかしい」
ユディは小さな声を上げる。頬も首も熱いので、きっと真っ赤になっていることだろう。
「恥ずかしがる必要はないさ。俺は見えないし、この暗さでは他の誰にも見えやしない」
そういう問題ではないのだと、ユディは大声で主張したかった。
――――あらぬ誤解をされてはいないだろうか?
ユディは、エドガーに背負われているだけである。
そう、俗に言うおんぶというやつだ。
場所は王都の裏通り。時刻は真夜中。
人通りの絶えた路を、ユディを背負ったエドガーが疾走している。
目的は、言わずと知れた『賢者』の浄化だった。目的地は、王城内の中央神殿である。
「さすがに俺でも石化した賢者を運び出すのは無理だからな」
石の重さはその種類により様々だが、よほどの軽石でない限り、比重は人間より大きい。石化した人間の重さは、その辺の石と同じと考えても二百キロ近くはあるはずだ。
担いで逃げるには、たいへん不適当な重さだった。
なおかつ、石は欠けやすい。逃げる最中にどこかにぶつけて、指の一本でも折れてしまったら、浄化して人間に戻った賢者に、どんな文句を言われるかわからない。
諸々を考えた結果、賢者の浄化はユディが神殿に潜入し、現地で行うことになった。
「本当は、今でもユディにこんな危険を冒させたくないんだが――――」
エドガーは、事ここに至っても躊躇っている。ユディが自ら敵地に赴くことが、いやでいやでたまらないらしい。
「お前が守ってくれるんだろう?」
「もちろんだ!」
「だったら安心だ。俺は心配してないよ」
ユディがそう言えば、エドガーもそれ以上は言ってこなかった。
そのまま走ったふたりは、王城を囲む壁に辿り着く。
「この向こうが、神殿だ」
ユディを背負ったままエドガーはそう言った。
見上げるほどに高い壁に、ユディはポカンと口を開ける。
「…………どうやって入るんだ?」
「普通に飛び越える」
「普通に?」
――――この高い壁を飛び越えるのは、普通のことなのか?
そんな疑問を口にする前に、エドガーが動いた。
一瞬沈んだと思った彼の体が、次の瞬間ヒューンと高く飛び上がる。
もちろん、背負われたユディも一緒に。
「…………ひっ……っっっっっ!」
かろうじて叫び声を上げてはいけないくらいの気は回った。
悲鳴を押し殺していれば、今度は急降下。衝撃を覚悟したが、予想に反してふわりと着地する。
「ユディ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ」
なんとか、そう答えた。
本当は、全然大丈夫じゃない! 心臓はバクバクだし、足に力が入らない。
このときばかりは、背負われていることに感謝した。
「悪いが、もう少しこのままで我慢してくれ。賢者のいる部屋はまだ遠いからな」
「……わかった」
どの道、ここで下ろされても、とても歩けそうにない。
ユディはあらためてエドガーの首に回した手に力を入れた。
そのままエドガーは、夜闇の中を走る。
闇の中、ところどころ灯る松明に照らされて、神殿の威容が見えてきた。
今は夜のため定かではないのだが、おそらく神殿の建物は白いのではなかろうか。巨大な円柱が規則的に立ち並び、白い光を反射している。
その中のひとつに、エドガーはスルスルと近づいた。
警備の騎士の目をすり抜けて、物陰に潜む。
「人数が多いな」
ポツリと呟いた。
「そうなのか?」
「ああ。少なくとも、前回ロニを連れ出した時の三倍はいる。…………増えているだろうとは予想していたが、正直ここまでだとは思わなかったな」
勇者に続き聖騎士までいなくなった神殿が、警備を強化するのは当然の措置だ。
とはいえ、そもそも神殿が呪われた勇者一行を監禁していたことは、極秘事項。であれば、大々的に警備を増やすことなどできないだろうと、エドガーは見込んでいたらしい。
「勇者一行の秘密がバレるリスクより、『賢者』を連れ去りに来る誰かを捕らえる方が重要だと考えたのか…………興味深いな」
エドガーは、少し考え込んだが、直ぐに顔を上げた。今はそこに気を取られている場合ではないとでも思ったのだろう。
「とりあえず、下ろしてくれ」
先ほどの壁越えショックからようやく立ち直ったユディは、エドガーに頼んだ。
「……………………そうだな」
ちょっと……いや、だいぶ迷ってから、エドガーは頷く。
ゆっくりユディを背中から下ろした。
久方ぶりに地面に足をつけたユディは、少しよろめいてしまう。
「あっ…………と」
倒れそうになって、円柱に手をついた。
その瞬間!
ドンッ! とまばゆい光の柱が立った。




