第四幕 第二場 王配(三)
――――ローレンスがアンジェラを抱えてきたあの日。
ユディは、まずアンジェラの状態に驚いた。エドガーやローレンスも酷かったが、それと同じくらいアンジェラも真っ黒だったのだ。
「酷い瘴気だ。早くベッドに!」
「瘴気!? なぜアニーに?」
ユディに急かされたローレンスは、驚愕の声を上げた。瘴気の有無は、ユディにしかわからないのだ。無理もない。
急いでアンジェラをベッドに横たえてもらったユディは、全力で浄化をかけた。
瘴気が薄れて見えてきたのは、うら若い女性の顔。なまじ整っているために、こけた頬が哀れを誘う。
その顔色が思ったほど悪くないことに、ユディはホッとした。
しかし、その安心は早すぎたのだとすぐにわかる。
ローレンスがアンジェラにエリクサーの劣化版をかけたと言ったからだ。エリクサーを使ってこの状態ならば、その前はいかほどだったのか。
「なぜこんな惨いことを――――」
その後ユディは、誠心誠意アンジェラの世話をした。幸いにしてエリクサーで病や傷は消えていたので、浄化をかけ続ける。
ユディの献身的な看病の甲斐あって、アンジェラは翌日の夜には目が覚めた。互いの存在を認めた兄妹は、泣きながら抱き合う。
「お兄さま……」
「アニー!」
「すまない! 私がもっとお前のことを気遣っていれば――――」
「違います! お兄さま。私が虐げられたのは、お兄さまのせいじゃありません!」
後悔するローレンスに、アンジェラは首を横に振り否定する。
「しかし、伯父があんな奴だということは、わかっていたのだ。お前をあいつらと一緒に暮らさせるべきじゃなかった」
目から大粒の涙をこぼすローレンス。
アンジェラは折れそうな腕で、兄を精一杯抱き締めた。
「違うのです! ……たしかに、伯父さまは最初から私に冷たく当たっていました。それでも、お兄さまが魔王討伐の旅に出たら政略結婚の駒に使うからと、教育や最低限の社交などはさせてくれていたんです。……それらをすべて禁じられ監禁されるようになったのは、私のスキルがわかってからです」
「スキル? ……アニーのスキルは『家宰』じゃなかったか? 高位貴族にも嫁げるいいスキルだと聞いたのだが」
アンジェラのスキルが発現したのは、彼女が十三歳、ローレンスが十八歳の時のこと。なかなかスキルが発現しない妹を気にかけていたローレンスは、伯父から連絡を受けて大喜びした覚えがある。
「そうだったらよかったのですが――――」
アンジェラは、そう呟いて視線を下げる。しばらくして、ゆっくり顔を上げた。
「――――私のスキルは、たぶん『王配』です」
そう言った。
聞き間違いようはなかったのに、誰もが耳を疑う。
「王配?」
呆然とローレンスが呟いた。
アンジェラは小さく頷く。そして、静かに話し出した。
「……十三歳の誕生日、教会に行った私は、自分のスキルは『家宰』だと告げられました。……でも、その後、なぜか伯父だけが教会の別室に案内され、長く帰ってこなかったのです。……そしてその日から、私は邸を追い出され離れの小屋に住むことになりました。外との交流を禁じられ、決まった使用人に最低限の世話だけされて、外出は年に一、二度お兄さまに会うときのみ。その際も余計なことは一切言うなと命じられました」
それはほとんど監禁されたと同じこと。
「……なぜこんなことになってしまったのか、ずっとわかりませんでした。でも、私に逆らう術などなく、言われるがままに小さくなって生きていました。……お兄さまが魔王討伐に成功されて帰ってこられれば、なにもかもよくなると。それだけが私のたったひとつの希望だったのです」
しかし、魔王を倒し戻ってきた勇者一行は、呪われていた。
かろうじて生きてはいるものの呪いを祓う術はなく、神殿の奥深くに隔離されたのだと――――世間一般には隠されたその事実を、アンジェラはニタニタと笑う伯父から聞かされたそうだ。
「……絶望した私に、伯父が黒い液体の入った杯を渡してきたのです。……飲めと強要されて、私は飲みました。飲めば死ぬかもしれないとは思いましたが、生きる希望を失った私には、もうどうでもいいことだったから」
「アニー!」
妹が死んでもいいと思っていたことに、ショックを受けたローレンスが叫ぶ。
アンジェラは、小さく「ごめんなさい」と呟くと、話を続けた。
「黒い液体を飲むとすぐに、体に力が入らなくなりました。床に倒れて……そんな私に伯父が言ったのです。『悪く思うなよ。これもお前が『王配』なんていう面倒なスキルを得たせいだ。あの方の計画に本物の『王配』なんて要らないのだからな』……と」
その後、アンジェラは死ぬことはなかったが、体が思うように動かせなくなってしまった。ほぼ寝たきりの状態になって、今まで最低限だと思っていた世話をさらに切り詰められ、生きているのが不思議な日々を重ねてきたという。
「自死もできなくなって…………でも、それでよかったのですよね。こうやってまたお兄さまに会えたのですもの」
儚く笑うアンジェラを、ローレンスはひしと抱き締める。
「ああ…………ああ…………生きていてくれて……ありがとう、アニー」
ローレンスの震える体を、アンジェラも抱き返した。
「たぶん、私がひと思いに殺されなかったのは、お兄さまの存在ゆえでしょう。……お兄さまが、呪いに冒されながらも生きている限りは、万が一の保証として私という枷を、伯父は確保していたかったのだと思います」
なんという過酷な境遇だったのだろう。
涙を流し抱擁を交わす兄妹に、ユディはかける言葉が見つからない。
「――――しかし、次代の『王配』のスキル持ちは他にいるだろう?」
そんな中、冷静にそう言ったのは、エドガーだった。




