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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第四幕 第二場 王配(二)

 客との対応中に、ユディの口を塞ぐ。

 そんな真似をする奴はひとりしかいない。



「……………………ぐぅっ、エドガー!」


 なんとかその手を引き剥がしたユディは、相手を見ずに怒鳴りつけた。


「何だ?」


 平然と聞き返してくるエドガーを、やっぱりお前かと不機嫌に睨みつける。


「受付は、どうした!?」


「……ハハ、ここで一番に聞くのがソレなのか?」


 エドガーは、呆れたように苦笑した。


 宿屋の受付がどうなっているのかは、最重要確認事項だ。聞くにきまっている。

 ユディが視線で返事を促せば、エドガーは「大丈夫だ」と言った。


「ロニが来たから交替してきた」


「彼に? ……本当に大丈夫なのか?」


 ロニことローレンスは、名にし負うポンコツだ。大丈夫だとは、とても思えない。


「新規のお客が来る可能性は、ほとんどないからな。心配ないさ」


 たしかにそうではあるのだが……。


(やっぱり心配だな。少し様子を見てくるか)


 ユディは、足をひるがえす。

 それをエドガーが、パッと腕を取って阻んだ。


「それより! 今の俺の発言を否定しないでいいのか? 客が興味津々だぞ」


 言われてユディは、ハッとする。

 見れば食堂はシ~ンと静まりかえり、すべての客がジッとこちらを見ていた。

 それどころか、厨房からペーターやアンジェラ、リックまで顔を覗かせているではないか。


(なんでこんなに注目されているんだ)


 訝みながら……ユディは少し考えた。


(そういえば……こいつは、さっき何て言ったんだった? …………たしか――――炊事、洗濯、掃除に買い物、なんでも万全に熟す――――みたいな?)


 突然口を塞がれたため、実はユディは、()()()()()がよく聞こえなかったのだ。


「別に……そこまで万全を求めてはいないが、出来るに越したこともないからな。否定するまでもないんじゃないか?」


 結果、ユディはそう言った。

 ヒュッと息を呑む気配がする。


「…………いいのか?」


 エドガーは、驚いたようだった。


「……あ、ああ? 別に」


 何故念を押されるのかわからずに、ユディは頷く。


 途端、ワッ! と食堂中が沸いた。


「マジか、主人?」

「…………そうだったのか」

「いや……そう言われれば、主人は、色は白いし、腰は細いし……()()かもしれないな……と、うわっ!」


 バン! と、最後の発言をした客のテーブルに、エドガーの手が叩きつけられる。

 ギロリと睨みつけられて、客は震え上がった。


「エドガー! お客さまに失礼をするんじゃない」


 すかさずユディが叱る。


「だが――――」


「言い訳するな! さっさと謝れ!」


 ユディに命令されたエドガーは、不承不承、客に頭を下げた。


「すみませんでした」


 ユディも続けて謝る。


「申し訳ありません。お客さま」


 客は、目を見開いた後で……苦笑した。


「あ、いや…………主人は、案外尻に敷くタイプなんだな」


 そんなことを言ってくる。


「――――は?」


 ポカンとするユディの手をエドガーが掴んだ。先ほどのペーターのように、ユディを引っ張り歩き出す。


「厨房に入るんだろう? さっさと行くぞ」

「それはそうだが、受付も気になるし」

「ロニなら大丈夫だ。いい加減ひとりでさせないと、あいつも成長しないぞ」

「たしかにそのとおりだが…………おいっ! 待て。急かすんじゃない!」


 言い争う二人の後ろ姿に、客たちは興味津々だ。


 この日、食堂の客の話題が二人一色になったのは、ある意味仕方のないことだった。



 ◇◇◇



 -ーーーその日の深夜。


 遅くまで粘っていた客もはけて、ガランとした食堂に、ユディたちの顔がある。

 四人がけのテーブルに並んで腰掛けるのは、ユディとエドガーで、ユディの目の前にはローレンスが座っている。


「――――すみません、遅くなりました」


 そこにアンジェラが入ってきた。


「謝る必要はないですよ。引き留めたのはペーターでしょう?」


 ユディの言葉に、アンジェラは苦笑い。


「はい。まだ酔客が残っているといけないからと」


 夜の食堂では酒が出る。酔っ払う客がいるのも毎日で、ペーターはそんな場所にアンジェラがいることを、ひどくいやがるのだ。

 このため、アンジェラの食堂での手伝いは、夕方の早い時間帯までとなっていた。子どもたちと同じ時間に上がったアンジェラは、その後彼らが眠るまで一緒にすごしてくれている。


「ずいぶん懐かれたものだな」

「ペーターくんは優しいから」

「あの執着を、優しいのひと言で済ませていいのか?」

「…………うちの子が、すみません」


 ローレンス、アンジェラ、エドガー、ユディの順の言葉である。


「謝らないでください! ペーターくんは弟みたいで、私は嬉しいんです」


 アンジェラにそう言ってもらえてひと安心だが、ペーターの初恋は実らなそうだ。


(弟か……まあ、十三歳差では仕方ないよな)


 実る方が、()()()()と問題だろう。

 そんなことを考えている内に、アンジェラもテーブルに着き、話し合いがはじまった。




「ともかく一番は『賢者』の浄化だな。あいつがまともになれば、賢者の塔が動かせるはずだ」


 賢者の塔は、魔法使いを束ねる組織の中心だ。ユディの最初の養子のロッドも所属している。

 エドガーの言葉に、ローレンスは疑問を投げかけた。


「そんなに上手くいくのか?」


「大丈夫だ。魔法使いっていう奴らは、魔力第一主義のある意味脳筋だからな。『賢者』がカラスは白いと言えば、世界中のカラスを白くしてしまうくらい崇拝している奴ばかりだ」


 …………可愛い我が子が、そんな脳筋集団にいるとは思いたくない。

 ユディが微妙な気分でいる間にも、エドガーとローレンスの話し合いは進んでいく。


「賢者の塔を味方に付けられれば、神殿や王家とも戦えるな」


「全部が全部腐っているとは思いたくないんだが……」


「上層部のかなりまで、膿が広がっているのは間違いないだろう。……なにせ『王配』まで殺そうとしたくらいだからな」


 エドガーがそう言えば、ローレンスの目がギラリと光った。怒りを堪えているのだろう、握りしめた拳に太い血管が浮きあがる。


「妹を害した罪は、絶対贖わせる!」


「……お兄さま」


 断固とした口調で話すローレンスの肩に、アンジェラがそっと寄り添った。



『王配』とは、アンジェラのこと。


 あの日、ローレンスが連れてきた瘴気に塗れた女性は、彼の妹であると同時に、この国の未来の王配だったのである。



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