第四幕 第二場 王配(一)
「お待たせいたしました。ポークソテー定食をお持ちしました」
美しい声と一緒に、黄色いバンダナを三角巾代わりにした女性が、テーブルに料理を並べる。
「お、待ってまし……た……って? あ、はい…………え! えぇっ?」
テーブルに着いていた二人組は、先ほどユディと会っていた赤毛と栗毛の男たちだ。その内赤毛の方が、女性を見てポカンと口を開けた。
「――――お客さま、どうかしましたか?」
そこに、受付をエドガーに任せたユディがやって来る。
「あ、主人! 主人は、いつの間に嫁さんをもらったんだ?」
赤毛の男は目をキラキラとさせて聞いてきた。
「嫁さん」というのは、バンダナの女性のことだろう。
ユディは、またかと苦笑する。
「違いますよ。彼女は私の親戚です。地方から王都に出て来て、うちに泊まる代わりに手伝ってくれているんです。……そんなことしなくていいって言っているんですけどね」
ユディが説明している脇で、女性はぺこりと頭を下げた。
「へ、へぇ~。俺はまた、ついに主人が結婚したのかと――――」
「そんなこと、あるわけねぇだろう!」
大声で否定したのは、ペーターだ。いつの間にか横にいて、手にはロールキャベツ定食の乗ったトレーを持っている。
「ほらよ! 注文品。さっさと食べてさっさと帰れ!」
ドン! と、そのトレーをテーブルに乗せた。
「ペーター! お客さまに失礼だろう」
ユディが叱れば、ペーターは「だって……」と口を尖らせる。
「来る客、来る客、みんなアニーさんのこと、父さんの嫁さんだろうって聞いてくるんだもん。そりゃあ、父さんは俺の自慢の父さんだけど……アニーさんは、まだ全然若いのに!」
アニーとは、ローレンスの妹アンジェラのこと。ユディの聖女の力ですっかり元気になったアンジェラは、宿屋の食堂を手伝ってくれているのだ。
ただ、今まで女性の影も形もなかった宿屋に、急に妙齢の女性が現れれば宿屋の客があれこれ勘ぐるのも自然な流れ。大抵の客は、考えた末にユディが結婚したのだと結論づけた。
それがペーターは気に食わない。
ユディが大好きなペーターだが、アンジェラがユディの奥さんだと誤解されるのは、納得いかないらしい。
(まあ俺自身、こんなに可愛いお嬢さんと俺が結婚なんて、彼女に失礼だとは思うんだがな……っていうか、ひょっとして不敬になるんじゃないか?)
とある理由で、ユディは青くなる。
「ともかく、アニーさんは独身だから! 変な誤解するなよな!」
「こらっ、ペーター!」
客に怒鳴ったペーターは、またユディに叱られた。
ツンと横向くペーターに、アンジェラは困り顔で笑いかける。
「ペーターくん、ありがとう。でも、私なんてあなたの倍の年齢なのよ。そんなに若くないわ」
アンジェラは、今年二十六歳。五歳年上の兄ローレンスは三十一歳だそうだ。
ちなみにエドガーは二十九歳。まだ見ぬ賢者もエドガーと同い年だという。
「アニーさんは、若いよ! 綺麗だし、働き者だし、優しいし、いい匂いもするし! 可憐で、純真で、清楚で、奥ゆかしくて――――」
ペーターは、躍起になってアンジェラを褒めはじめた。大きく手を振り、どれほど彼女が素晴らしいかを主張する。
その姿を見れば、誰でも察せるのだが――――どうやらペーターはアンジェラに一目惚れしたようだった。常に彼女の近くに居たがり、話しかけてくる客を牽制するくらい。
(最初にアンジェラさんを紹介したときは、耳まで真っ赤になっていたもんな。……それにしても、あのペーターが初恋か。俺も年をとるはずだよな)
ユディは、感慨しきり。
思えば、ペーターを引き取ったのは三年前。孤児院で栄養不足だった少年は、今よりずっと小さかった。それがこの三年間でニョキニョキ伸びて、今は思春期真っ盛りの十三歳。
(綺麗なお姉さんに憧れたって不思議じゃない年頃なんだよな)
ペーターの全力の褒め言葉を聞いたアンジェラは、頬を赤くした。いたたまれなさそうに、モジモジしだす。
さすがに可哀相になって、ユディはペーターに注意した。
「……ペーター、その辺にしておけ。いつまでもここにいると、リックに怒られるぞ」
途端、ペーターは動きを止める。
慌てて厨房を振り返れば、カウンターの奥にフライパンを握ったリックがいた。……こめかみに浮いて見えるのは、血管だろうか?
ペーターは「ひえっ!」と息を呑む。
「アニーさん、行こう」
アンジェラの手を取り、グイグイと引っ張った。
「あっ…………失礼します」
半ば引き摺られながら、アンジェラはペーターと立ち去る。その前に、きちんと頭を下げていったのは、さすが貴族のご令嬢といったところか。
「……息子がすみません」
ユディは、客たちに頭を下げた。
「大丈夫ですよ。あの子、彼女が好きなんでしょう? 見ればわかります」
「可愛いもんだよな」
赤毛の男と栗毛の男は、微笑ましそうにペーターたちを見送っている。
「いいなぁ、俺たちにもあんな頃があったよな」
「もう、ずいぶん昔だがな」
他の客たちも、不快になった様子はない。むしろペーターの初恋を温かく見守っているようだ。
「年上のお姉さんは、男にとって永遠の憧れだよな!」
「俺は、年下派だ! 甘え属性があれば、なおよし!」
「僕は、同い年が――――」
何故か自分の好みの話になってしまった。……まあ、みんな楽しそうなので問題ないだろう。
「主人、主人の好みはどんな人だ?」
そんな中、赤毛の男が興味深そうに聞いてきた。
(俺か?)
ユディは、考える。
一瞬、黒髪の男の姿が頭に浮かんで、直ぐにかき消した。
(そんなわけない!)
迷いながら、一般的な理想像でも答えようかと口を開きかけたのだが――――。
「こいつの好みは、炊事、洗濯、掃除に買い物、なんでも万全に熟す、俺みたいな男だよ!」
脇から声が飛んでくると同時に、口を大きな手で塞がれた。




