【02】 侯爵令嬢、国を追放される
馬車の窓の外には、生まれ育ったカイゼリア王国の王都リアラインの町並みが、まるで激流を下る川の水のような速さで流れていく。
隣国ルミリア王国への追放刑とするために、ルクレツィアを乗せた馬車は国境へと向かっていた。
重要な話があるから昼前には登城するようにと、ルクレツィアはカイン第二王子に呼び出されていた。
城の玄関広間に足を踏み入れた途端のこと。
カイン第二王子に身に覚えのない濡れ衣を着せられ、婚約破棄と国外追放を宣告された。
そしてそのまま、近衛騎士に拘束されたルクレツィアは、粗末な馬車に押し込められて国境へと向かっている。
国外追放 ──
それが正式な裁判もないままの、カイン第二王子の独断だったとしても。もしかするともう、カイゼリア王国へともどってくることはできないかもしれない。
ルクレツィアは静かにため息をつく。
生まれ育ったカイゼリア王国を追放されること自体には寂しさは感じなかったが、実の母の墓に参ることができなくなることと、母の代わりに育ててくれた侍女たちに会えなくなることだけは ……。
ルクレツィアはまたひとつ、ため息をつく。
窓の外に流れる町並みを眺めながら、これまでのことについて思いを巡らせた。
✧・゜: *
ティアが新しい母親と侯爵邸にやってきたのはルクレツィアが六歳のとき。ルクレツィアの実の母親が亡くなってすぐのこと。まだ喪も明けきらないうちだった。
父であるティネス・ローライド侯爵と母であるリヘェンツアは完全なる政略結婚だった。そこに愛はなく、契約があるのみ。ふたりの間にルクレツィアが生まれると、夫婦の間には会話もなくなった。
ルクレツィアは一人娘であり、ローライド侯爵家の跡取り……のはずであったが、母親のリヘェンツアが亡くなると状況は一変した。
ローライド侯爵には、リヘェンツアと結婚をする前に愛する女性がいた。
身分が釣り合わなかったために周囲に反対され、一度は諦めてリヘェンツアと夫婦になった。
しかし、やはり彼女を忘れられなかったローライド侯爵は、密かに彼女とよりをもどして情を交わしていた。
リヘェンツア亡き後、下級貴族の彼女を後妻としてローライド侯爵家に招き入れた。ルクレツィアと同じ歳の娘、ティアとともに。
ルクレツィアの紅い瞳と新雪のように輝く銀色の髪は母親譲りだった。
一方のティアは父親譲りの青い瞳と、母親と同じストロベリーブロンドの髪を持つ。名前も父親から授かっていた。
新しい母親はリヘェンツアに瓜二つのルクレツィアを愛することはできなかった。
父親であるローライド侯爵でさえ明らかにティアを優先し、愛情を注いでいた。
母親を亡くしたばかりのルクレツィアが父親に伸ばした手を振り払われて拒絶されたときに、彼女は悟ったのだ。
侯爵家の中でルクレツィアを育ててくれたのは、紛れもなく亡き母親の侍女たちだった。
親の態度を見て子は育つ。
もともとそういった気質もあったのかもしれないが、ティアはいつからかルクレツィアを軽んじるようになっていった。侯爵家の長子はルクレツィアなのにもかかわらずに、自分がそうであるかのように振る舞った。そしてそれを咎める者は誰もいなかった。
カイン第二王子との婚約は長子であるルクレツィアのもとに舞い込んだ話。ティアはそれを羨ましがっていた。ことあるごとに、「お姉さまと婚約を代えてほしい」とローライド侯爵にねだっていたのをルクレツィアは知っている。
カイン第二王子も最初からああいった態度ではなかった。
ルクレツィアと親交を深めようと、花束を持って侯爵邸に遊びにきていたのに。
しかし、そのうちにカイン第二王子が侯爵邸に来ていることをルクレツィアには知らされなくなった。ローライド侯爵の指図なのか、またはティアの悪知恵なのか。
ルクレツィアの代わりにティアと親交を深めていったカイン第二王子。ティアはその可憐な容姿と巧みな話術で篭絡したのだろう。それから徐々にルクレツィアの「悪口と悪行というもの」を吹き込んだに違いない。挙げ句の果てに最後は国外追放。
(……本当に……やってくれたわね、ティア)
馬車の窓に手を置き、ルクレツィアは深く息をはく。
父であるローライド侯爵は、ルクレツィアが国外追放になっても実質なにも行動は起こさないだろう。むしろ、厄介払いができたとさえ思っているのかもしれない。
そのことについて悲しむ気持ちは、もはやなかった。
ルクレツィアの家族は亡き母リヘンツィアと、母の侍女たちだけだったから。
外遊からもどった国王陛下と宰相に、カイン第二王子がルクレツィアを国外追放に処したことが報告されるまでは……。
国王陛下らがカイン第二王子のこの行いをどう判断するのかにもよるのだが。
追放刑が取り消されてカイゼリア王国へともどることになっても、とにかくそれまではルクレツィアは自力で生き延びなければならない。刑が取り消されることがなければ、そのまま追放された国 ── ルミリア王国でたったひとりで生きていくことになる。
国境の砦までは途中の町や村で馬を替えながらの強行軍だった。
国境の砦へと着いたときには、とうに深夜を過ぎて、明け方近くになっていた。
幸いだったのは今夜が満月だったこと。
やわらかな月の光は、ルクレツィアの心を少しだけ慰めてくれた。
馬車の扉が外から開かれる。
護送を請け負った護衛騎士からは、疲労とルクレツィアに対する同情心とが見て取れた。
「ルクレツィア様……。今夜はもう遅いので砦にお泊り下さい。朝に……陽が昇ってから国境の門を開けます」
心苦しそうに騎士は告げた。
月の光に照らされたルクレツィアは、すべてを諦めたように儚く肯いた。




