【01】 侯爵令嬢、婚約を破棄される
「ルクレツィア・ローライド! 貴様はカイゼリア王国の侯爵令嬢でありながら、悪魔と取り引きをしたそうだな! 我がカイゼリア王国の法律を知らないとはいわせない。悪魔と取引きをしたものは国外追放に処す! よって私との婚約もこの場をもって破棄とする!」
馬車を降りて城に入ったそうそうの出来事だった。
ルクレツィアを待ちかまえていた婚約者であるカイン第二王子の告発に、城の玄関広間は一瞬で静まりかえった。その場にいた宮廷関係者や近衛騎士、侍女たちは緊迫した空気にぴくりと肩を震わせて眉をひそめる。
彼らの不安と好奇とを宿した視線は、カイン第二王子と、その前に立つルクレツィアに注がれた。
「それはいったい……どういうことでしょうか?」
ルビーよりも深い紅色の瞳を細めたルクレツィア。
その凪いだ水面を思わせる眼差しは、およそ感情を読み取ることができない ── 紅い瞳は静かにカイン第二王子をみつめた。
「……っ! どういうことかだと? 貴様が自ら行ったことがわからないとでもいうのか!?」
カイン第二王子の苛立った怒声が飛び、表情が歪む。
もともと感情を表に出すことを抑制していたルクレツィア。内心の困惑を悟られぬように、さらに努めて表情を失くした。
「……いいだろう。そこまでシラを切るのなら、貴様が行った重大な悪事の証人を呼ぶまでだ!」
カイン第二王子は後ろを振り返り、どこか芝居めいた手招きをする。
すると、ルクレツィアとカイン第二王子を取り巻く後方の人々の中から、おずおずと姿を現した者がいた──腰まである艶々のストロベリーブロンドをくるりと内側に巻いた、小柄で華奢な可愛らしい雰囲気の令嬢。
ルクレツィアの同い年の異母妹。ティア・ローライドだった。
その瞬間にルクレツィアは、カイン第二王子の行動のすべてに納得がいった。
(ああ……また。貴女なのね。ティア)
ルクレツィアはその紅い瞳でティアを見留め、心の中で諦めのため息をつく。
ティアはカイン第二王子にしずしずと歩み寄ると、その背中に隠れるようにしてしなだれかかった。カイン第二王子はそんなティアの細い腰を抱き寄せている。まるでルクレツィアに見せつけているように。
「ここにいるティアが、魔法陣を使って悪魔を召還だす貴様を見たと言っている!」
(悪魔と取り引きなんて……)
ルクレツィアはあまりの馬鹿馬鹿しさに深い息をついた。
でっちあげにもほどがある。そんなことをしたら魂を食べられてしまうと、古くから伝えられていた。カイゼリア王国では小さな子どもでも知っていることだ。
それなのに恐ろしい悪魔を召還だして、わざわざ取り引きなどをするはずがない。
「まったくの濡れ衣です。身に覚えはありません」
ティアが絡んでいるのなら弁明……真実を述べて無実を主張しても無駄だとは思いつつも、自身の潔白だけは観衆の前で演じてみせる。
「まだシラをきるか! この魔女が!」
(魔女だなんて……。言いたい放題ね)
カイン第二王子にぴたりと貼り付いたティアは、顔を伏せ気味にしている。それでも、青い目はしっかりとルクレツィアを捕らえていた。口角をわずかに上げていることもわかる。
「では、証拠をお見せください」
「ティアが目撃しているのだ!」
勝ち誇ったように高らかに声を上げるカイン第二王子。
「見た……? 証拠というのはそれだけですか?」
「そうだ!」
「ですが、わたしはそんなことはいたしておりません」
「嘘を申すな!」
「嘘ではありません」
「貴様……この可憐なティアを虐げておいて、さらに嘘を重ねるとは……! それでは、純真なティアが嘘をついていると申すのか?」
カイン第二王子は苛立った声をさらに荒げる。隣でカイン第二王子にしなだれかかっているティアは「ひどいわ、お姉さま。いくらわたしのことが憎いからって……。わたしが嘘をついているだなんて」などと、口に手を充てて涙を浮かべた。
「わたしは本当のことを申し上げているだけです。……殿下はわたしが嘘を申し上げていると?」
「そうだ。貴様ならやりかねん」
「……では、わたしが嘘をついているという証拠をお見せください。ティアは見たと言っているだけ。わたしは本当のことを申し上げているだけです」
「……魔女のくせにどこまでも小賢しい」
まるで汚いものを吐き捨てるような言葉。
いつからだったか。
ルクレツィアの婚約者であるはずのカイン第二王子。それなのにティアを側に置き、このようにルクレツィアを扱うようになったのは……。
ルクレツィアは紅い瞳でティアをみつめた。
(……貴女はさぞ気持ちがいいでしょうね。わたしからなにもかもを取り上げて)
「わたしは魔女などではありません。ですが、このままでは……平行線ですね」
「そうだな。これ以上は無駄の時間だ。近衛! 直ちにルクレツィアを拘束し、国境まで護送しろ!」
カイン第二王子のその言葉に、成り行きを見守っていた近衛騎士長は戸惑った。
カイゼリア王国の国王陛下夫妻と王太子、宰相は諸国に外遊中だった。その間の行政代行権はカイン第二王子にある。だからといってそれは形だけのものだ。
聖女信仰の強いカイゼリア王国では、確かに悪魔と取引をした者は国外追放だが、その罪は厳密な証拠をともなった裁判によって裁かれる。
証人という者がただのひとりだけで、明確な証拠もない上に裁判も行われていない。ルクレツィアを国外追放にする権利はカイン第二王子にはなかった。おまけに勝手に婚約を破棄する権利もない。
「しかし殿下……。正式な裁判もなしにそれは……」
「お前ごときがこの私に意見をするのか?」
「……っ!」
カイン第二王子の低い声。睨みつけられた近衛騎士長は黙り込んだ。それから……後方に合図を送る。
数人の近衛騎士がルクレツィアを拘束した。
「申し訳ありません」
カイン第二王子に聞こえないように、近衛騎士長はルクレツィアに囁いた。
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完結済の予約投稿ですので、お楽しみいただけたなら幸いです。




