【17】 侯爵令嬢、傍観する
「予備審問会の始まる前に、ルクレツィア様のお身体を検分させていただきました。ですが、悪魔との取り引きの証となる紋章はどこにもございませんでした」
はっきりと証言したコーネリア聖女長。
「そんな……!? 嘘だろっ!? ちゃんと調べたのか!?」
カイン第二王子の抗議にも、コーネリア聖女長は顔色ひとつも変えない。平然として「はい、きちんと調べております」と答える。
カイン第二王子に厳しい視線を向けたのは宰相。立場を弁えるようにと、「うぉほん」と、咳払いをして警告した。
「それはつまり?」
「はい、ルクレツィア様が悪魔を召還だした……などというような、明確な証拠を見つけることはできませんでした」
コーネリア聖女長は宰相にそう報告する。
「ルクレツィア様を魔女裁判にかけることにつきましては、賛同いたしかねます。証人という方もおひとりだけ。それでは証言人数にも足りませんし、紋章という証拠もない以上は、ルクレツィア様が魔女だという根拠はございません」
コーネリア聖女は客観的に判断した。しかしなぜだか、もの問いたげな視線をルクレツィアへと送った。
「ふむ。それがコーネリア聖女長の見解であり、総じて神殿の見解……そうみなしてよろしいですか?」
「はい。そのようにとっていただいてかまいません」
「そんなのおかしいわ!」
コーネリア聖女長の言葉を聞くや否や、ティアのヒステリックな叫び声が大広間に響く。
コーネリア聖女長の眉は微かにしかめられた。
「お姉さまは魔女なのよ! すぐに追放刑にしてください!」
「そうだ! ティアが見たと言っているのだぞ!」
カイン第二王子は我慢の限界だというように声を荒げた。
「そもそも、なぜルクレツィアは追放された身でカイゼリアにもどっているのだ!? 不法侵入だ! 近衛! なにをしている!? 早くこの魔女を捕らえよ!」
近衛騎士たちはお互いの顔を見合わせるばかりで動かない。騎士隊長も騎士たちに命令を発しなかった。
「おいっ! 聞こえなかったのか!? 近衛!」
「黙りなさい。ルクレツィア嬢を呼びもどしたのはこの私だ」
壇上にて成り行きを見守っていた国王アルネルド三世の口が開かれる。空気を振動させるように低く威厳に満ちた声に、カイン第二王子の身体はほんの一瞬だけびくりと揺れた。
「カイン。私からも問おう。国が決めた婚約を勝手に破棄したうえに、正式な手続きさえも踏まずに、なぜルクレツィア嬢を即日のうちに国外追放にしたのだ?」
「畏れながら申し上げます、国王陛下。ルクレツィアは魔女です! 私は国を与り、守る責任がありました! ですから婚約は破棄とし、魔女などは一刻も早く追放処分にするべきだと判断しました」
国王は深い深いため息をついた。
ルクレツィアを慈悲深い眼差しで見留めると、右隣に立つ従者から書状を受け取った。じっとそれに目を通す。内容はすでに知っている。こうやって何度読んでも……にわかには信じられないようなことが記されていた。
「一方的な告発の真偽も確認せずに、正式な裁判も、証拠もなしにか? カイン……お前は正気だったのか?」
「私は国のためを思って……!」
「もうよい」
国王は今度はローライド侯爵をみつめた。その瞳には失望と嫌悪が色濃くにじむ。
「……ローライド侯爵家を詳しく調査した。実子ルクレツィア嬢への長年の仕打ちにはひどく驚いた。まさか王族が婚約を申し込んだ我が国の貴族が……このような心ない行為を平然と行っていたとは」
ローライド侯爵の背筋は一気に冷える。
「お、畏れながら申し上げます。陛下はなにか誤解をされていらっしゃいます。私には陛下が何のことを仰っているのか……まったく身に覚えがないことでございます」
「ほう……。それは自覚がない、ということか?」
「わ、我が侯爵家ではルクレツィアには長子としての教育もしかと受けさせておりました。なにを不自由させていたわけでもありません。あるとすれば……家族間での多少の感情の行き違いくらいで……」
「今までわたしのことを家族だと思ってくださっていたのですか? ティアに代わって陰で仕事をさせるための、都合よく使えるただの道具……ではなくて?」
ルクレツィアの感情の見えない紅い瞳はローライド侯爵を見据える。
余計なことを言うなと、ローライド侯爵はルクレツィアを睨けた。
「ご覧のとおりに、ルクレツィアはひねくれているのです。受けさせた教育に感謝もなく、リヘンツィアの侍女ともども屋敷においたのに。家族間の問題などは、そんなことはどこにでもあるようなことです。それなのにこのような騒動を起こして、陛下やカイン第二王子殿下、私たちに迷惑をかけるとは……! ルクレツィアはリヘンツィアに似て、性根が腐っているとしか思えません! ティアが見たというように魔女に違いありません!」
ひきつった笑顔に醜悪さを貼りつけるローライド侯爵に、壇上からは温度のない言葉が降る。
「ローライド侯爵。そなたは我が国の誇る近衛騎士隊の調査が間違っている……と、そう申したいのか?」
「め、滅相もございません! そ、そういうことではなく、私はただ誤解……」
「黙れ」
国王の鋭い一言を浴びたローライド侯爵は、一瞬にして言葉を失う。青ざめた額からは冷たい汗がにじみ出す。
いつの間にかルクレツィアの隣にはリゲルが立っていた。面白くてしかたがないというように、蜂蜜色の瞳をきらきらと輝かせて、高みの見物を決めている。
「カイン第二王子とローライド侯爵に告ぐ。ローライド侯爵家の次女、ティア・ローライドとカイン第二王子の婚約は認められない。そして、本日を限りとして、カイン第二王子の王位継承権を剥奪する。カイン第二王子のローライド侯爵家への立ち入り及び、ティア嬢との接触も今後は一切禁止とする。そしてローライド侯爵家は今をもって登城を禁止、王都への立ち入りも制限する」
「そ、そんな……!? 陛下、それはあまりにも……! お願いです! どうか話を聞いてください!」
「陛下! 私は国のために……! もう一度お考え直しください!」
彼らの嘆願を前に、国王は無言だった。ただ黙ってじろりと、ローライド侯爵とカイン第二王子を一瞥する。その威厳と圧はさすがは国の王。
カイン第二王子とローライド侯爵は瞬時にすべてを悟った。同時に、がくりと膝をつくしかなかった。
登城を禁止されたことは貴族の間ではすぐに広まるだろう。それはローライド侯爵家にとっては、信用が地に堕ち、木っ端微塵に砕ける瞬間だった。
王都の邸宅を手離して領地に帰らなくてはならない。手がけている事業にも影響が出る。
今の華やかな生活 ── 夜会に会食、サロンや観劇などの、王都の最先端の文化に触れる機会も手離さざるを得ないのだ。そして、ほかの貴族たちからの嘲笑は免れない。
ローライド侯爵夫人は収まらない激しい怒りの矛先を、ルクレツィアに向けた。
(あの娘のせいで! かつて私から恋人を奪った憎々しい女の娘! また私とティアからなにもかもを奪っていこうとする……! ティアとカイン第二王子殿下との婚姻も、王家の親族としての華々しいこれからの生活も! ルクレツィア! ぜんぶ、ぜんぶお前のせいで……!)
ぶるぶると怒りに震えたローライド侯爵夫人だったが、直後に声を上げたのはカイン第二王子にすがりついていたティアだった。
膝をついて放心状態のカイン第二王子の隣ですくっと立ち上がると、肩をいからせ両手の拳をきつく握りしめてルクレツィアに向き直る。
「……お姉さま……。なによ、なによ。やせ我慢しちゃって……。本当はルミリアなんかで庶民に混じって貧乏くさく生きていくよりも、侯爵家の厄介者で嫌われ者でつまはじき者でも、カイゼリアの貴族として過ごす生活のほうがまだましだから、だから歓迎されないのを承知でわざわざもどってきたんでしょう!?」
目をつり上げながら表情を歪めたティア。鋭い言葉の刃を振りかざした。
その姿には、か弱く、庇護欲をそそる様子は微塵もない。ただただ顔を歪めて、声を荒げる鬼気迫る姿には眉をひそめるしかない。
ティアだけがそれに気がついていなかった。




