その97・本屋の立ち読み
またあの客だ。
大きなショッピングセンターの一角にある書店に務める私は、いつも困っていることがある。
毎日、決まって十二時になると、スーツ姿の男性がやってきてはレジ近くにある文庫コーナーに立ち止まっては、立ち読みを繰り返しているのだ。
この書店では立ち読みは禁止としている。
もちろん、某中古書店のように立ち読みを了承しているところもあるが、ここは大体新品を扱っているため、立ち読みをご遠慮してもらっていることが多いのだ。
だが、あの客はわざわざレジの前で立ち読みをしている。
それも大体同じ位置に立っては読んでいる。
注意をした方がいいのだろうか。
だが、下手な客だと激昂してくる人もいる。
静かなこの場所で怒鳴られるのは、私としてもきついことだ。
一度だけ老人の男性に怒鳴られたことがあったが、かなり店内に響いたため、周りからかなりの目線を貰った。
それだけでも私はトラウマになりそうであったのに、また同じことを繰り返すと思うと、中々行動できなかった。
だが、既に十日ほど立ち読みをされている。
これは到底見過ごすわけにもいない。
ここまで我慢したのだ。
私は注意の了承を得るために、隣にいる先輩女性に声をかけた。
「すいません」
「どうした?」
「いや、あのお客さんに注意してもいいですか?」
「あっ、あのスーツの人?」
「そうです」
「うーん。放っておいたら?」
「え?」
「まぁあの人は特例よ」
何を言っているんだ。
あのスーツ姿の人のどこに特例要素があるのだろうか。
私はため息をしながらも
「でもここは立ち読み禁止ですよね」
「そうよ」
「だったら」
「ちょっと見てごらん。もういないから」
「え?」
そう言って男性がいた方を見ると、誰もいなくなっている。
私は周りを見渡したが、スーツ姿の男性は一切見えない。
どういうことなのだろうか。
私は先輩の方を向くと、目を瞑りながら何かを唱えている。
よく聞くと、お経だ。
まさかだと思い
「先輩、もしかして」
先輩は目をゆっくりと開けてから
「あの世からのお客さんよ」
「・・・」
気付くと、レジのところに一冊の本が置いてある。
それは有名小説家のサスペンス本だ。
誰も置く素振りも見せなかったため、あの男性なのだろうか。
私は微笑みながらも、その本に手を取ろうとすると、誰かが私の手を掴んできた。
前を見ると、そこにはスーツ姿の男性が立っている。
「俺の本だ。勝手に触るな」
物凄い形相と重い声のトーンで、私は気絶をしてしまった。
~終~




