8話 心変わり
港町トライアングルで宿泊先は残念ながら見つからなかった……と言うよりは、探せなかった。
俺達が船着場で追われた後に、ムカつくポスターが町のあちこちに張り出されたのが原因だ。
それは、ベルの似顔絵を載せた賞金首のポスター……手配書の様なもので、見つけ次第差し出せと言うもの。
本当に腹の立つ話だが、そのせいで一度追いかけられて騒がれた。
こんな状況じゃまともに泊まる所なんて探せるわけも無く、俺達はスラム街で約束の時間まで適当に時間を潰して過ごす事になった。
時間になり再び酒場に訪れると、ドンナさんが既に店の前で待っていた。
しかし、トビオとか言うおっさんの姿は無く、代わりに何故かデリバーとか言う海賊のおっさん……ドンナさんの彼氏がいた。
「おじちゃんタバコ臭い」
「あ゛あ゛? 会って早々に礼儀の知らないガキだな」
「み、みゆちゃん、駄目だよ。失礼な事言っちゃ」
「良いの良いの。ホントに臭いから、こいつ」
「おい、ドーナ! そりゃねえだろうが!」
「あんたとする時いつも思ってたのよ。臭いのどうにかしてほしいって」
「はあ!? だったら言えよ!」
おいおい。
する時って何をだよ?
俺の妹の前で、あまりそう言う話はしないでほしいんだが?
ドンナさんとデリバーの言い争いが始まり、俺は静かにみゆの背後に立ち、みゆの耳に俺の手で耳栓する。
みゆは「お兄ちゃん?」なんて言って、不思議そうに顔を上げて俺と目を合わせたけど、俺は無言で耳栓を続けた。
やっぱりと言うか、十八歳未満禁止用語が大量に出だして、俺の隣ではベルが頬を赤らめていた。
恥じらいは無いが、そう言う話は免疫が無いんだなと、俺は何故か安心する。
フウラン姉妹は漫画とかに出てくる様なエロい目でニヤニヤと笑っていて、ピュネちゃんは相変わらずののほほん顔で大人の余裕。
俺はと言うと、生々しい体験談とか出て来るもんだからこっちが恥ずかしくなってきて、心の中で素数を数えて平静を装う。
そうして暫らく経つと、言い争いは終わり……と言うより、ドンナさんの見事なストレートがデリバーの顔面に直撃して終わった。
「まったく、本当にデリカシーが無いったらないよ。あ、ごめんね、皆。待たせたね」
「う、ううん。気にしなくて良いよ」
ベルが耳まで真っ赤にしながら答えると、ドンナさんが漸く自分が今まで何を言い争ってたのか気がついた様で、もの凄く気まずそうな顔でベルから視線を逸らした。
俺はとりあえずみゆから耳栓を外して、心の中で話が終わった事への喜びをかみしめる。
「「ところで、どっちが先に告白したんですか?」」
「その話はもう良いだろ。それより船だ」
「「おやおや~? ヒロ様はウブウブちゃんですか~?」」
「やかましいわ!」
「あはは。確かに気になるけど、ヒロくんの言う通り今は船の事が聞きたいかも」
ベルが俺の味方に付いてくれたおかげで、フウラン姉妹が「は~い」と言って諦める。
すると、ドンナさんでは無く、デリバーが不貞腐れた顔して「ふんっ」と鼻を鳴らして言葉を続ける。
「トビオの奴の代わりに俺が船の舵をとってやる。集合は明日の早朝三時だ。遅れたら出発は無しだ。分かったな?」
「朝早い。わたし起きれるかな?」
「おいおい。朝って言うより深夜みたいな時間じゃねえか。そんなに朝早くに集まる必要なんてあるのか?」
「あ~ごめんね。リバーも嫌がらせがしたくて言ってるわけじゃなくてさ。多分それくらいの時間じゃないと、騒ぎにもなるかもだからね」
「騒ぎ……か。そうだよな。気を使わせて悪い。今のは俺が失言だった」
「分かれば良いんだよ。後、先に言っておく。俺ぁ人間が嫌いだ。ドーナとはつきあっちゃいるが、こいつだけは別なんだよ。だからてめえらとなれ合いはするつもりがねえ。そこを忘れるなよ?」
「えー。おじちゃん優しそうな目なのにー」
「――なっ、何言ってやがるこのガキ! 適当な事言ってんじゃねえぞ!」
「きゃああ! 怒ったー!」
みゆが俺に抱き付く。
なんと言うか……いや、とにかくだ。
このデリバーとか言う海賊のおっさんは、もしかしたら言うほど悪い奴じゃないのかもしれない。
少なくとも、トビオって奴や、船着場で俺達を追いかけて来た連中よりは信用出来る。
「でも、そうなると困っちゃったね。出来れば、町を襲ってる魔族を退治してから行きたかったんだけど……」
「「ベル様~。仕方が無いですよう。メレカさんの方が大事ですし、それは一旦保留にしましょう」」
「俺もフウラン姉妹に同意。ベルの気持ちは尊重してやりたいけど、ベルを犯罪者扱いする連中なんかの為に、メレカさんの救出が出来なくなったら最悪だからな。ここはメレカさんを助けに行くのを優先にしようぜ」
「そうだよ、べるお姉ちゃん。めれかお姉ちゃんを助けに行こう? わたし達、その為にここに来たんだよ?」
「……うん、そうだよね。みゆちゃんの言う通りだよ。我が儘ばかり言って、ごめんね皆」
「謝る事ないって。ベルのそう言う優しい所は俺も好きだし、全然我が儘だなんて思ってないよ」
「――っ。う、うん」
「……?」
何故かベルが顔を真っ赤にさせて俯く。
俺、何か変な事言ったか? と、一瞬思ったが、よく考えたらキザったらしい言葉を吐いた気がする。
なんだか段々恥ずかしくなってきた。
きっと、ベルも俺が突然恥ずかしい事を言いだしたから、自分まで恥ずかしくなったに違いない。
穴があったら入りたい気分になってきた。
と言うか、みゆさん?
肘で俺を小突きながら、その顔でお兄ちゃんを見るのを止めなさい。
なんて事を考えていると、デリバーが俺と目を合わせて睨みやがった。
「なんだよ?」
「……なんでもねえよ。それより、おめえらさっき、メレカさんを助けるとか言っていたな? そりゃあ、アマンダ様の事で間違いないか?」
「アマンダ……? ああ、そうか。そうだな……間違いないよ」
そう。
俺はフロアタムを出てから、魔車の中でベルに教えて貰い、メレカさんの本名を知った。
メレカさんの本名は“アマンダ=M=シー”。
メレカ=スーのメレカはミドルネームの“M”で、ラストネームのスーは先代の女王、つまりメレカさんの祖母の旧姓からとったものだそうだ。
と言っても、実はメレカと言うのも祖母のものらしい。
何故偽名を使っているのか?
それは、メレカさんが海底国家バセットホルンの女王ルカ=I=シーの娘だと言う事を、隠している為だ。
メレカさんは王女の立場でありながら身分を隠し、ベルの専属侍女として仕えていた。
その理由はベルの口からは聞けなかったけど、その理由が良くない事だと言う事くらい、それを話すベルの表情を見れば直ぐに分かった。
それにあの時、ミーナさんが俺に教えようとしていた事は、この事だったのだ。
娘の名前を隠させて、クラライト王国の王女の侍女に向かわせた女王が、今更このタイミングで戻って来いと手紙を出した。
こんな都合の良い話は無い。
何か悪い事が起きると、ミーナさんは察していたのだ。
俺はそれ等を思い出しながら、デリバーの質問に答えた。
すると、デリバーの目の色が突然変わった。
俺を睨んでいた顔は険しくなり、そして、真剣な面持ちで俺と目を合わす。
「おめえ等、アマンダ様の知り合いなのか?」
「知り合いって言うか、仲間だ。それに、ベルはメレカさんと姉妹みたいに仲が良い主従関係だな」
質問に答えると、今度はベルに真剣な面持ちを向けて、再び俺に視線を戻した。
「アマンダ様を助けに行くってんなら話は別だ。俺は魚人のデリバーだ。全力でおめえ等を水の都まで連れて行ってやる。命に代えてもだ。その代わり、アマンダ様を助けなかったら容赦しねえ。で? おめえ、名前は?」
「え? あ、ああ。ヒロでいい」
「ヒロだな。悪いが男手が足りねえ。ヒロ、今から明日の船出の準備をするからついて来い。睡眠は海に出てからにしろ」
「――っ。はは。了解だ」
デリバーが言うだけ言うと歩き出したので、俺はその後を追う。
急な事だけど問題は無い。
どういう風の吹き回しか知らないけど、助けに行くのがメレカさんだと分かった途端に協力的になったんだ。
どんな関係があるかは知らないけど、もしかしたらメレカさんと何か関係のある人なのかもしれない。
だからこそ心変わりしたんだろう。
それに、デリバーの真剣な目を見れば、信用出来るって俺でも分かる。
と、そんな時だ。
俺がデリバーの後を追うと、みゆが「わたしも行くー!」と追って来た。
「ガキは足手纏いだ。さっさと宿行って寝てろ」
「その宿が無いんだもん!」
「宿が無いー?」
「ああ……すまん。そうだったな」
すっかり忘れていたが、そう言えば泊まる所が無かった。
これにはデリバーも面喰って、顔を顰める。
そして、ドンナさんも「あんた達、泊まる所が無かったの?」と驚いた。
「う、うん。私が町の皆から追われてて……」
「ああ、トビオさんが言ってたアレの事? 本当にくだらない連中だねえ。そんなに八つ当たりがしたいなら、魔族に何も出来ない自分にしろってのにさあ」
「ねー。べるお姉ちゃんに酷い事して、わたしこの町の人嫌い! あ、でも、どんなお姉ちゃんとでりばーおじさんは好き」
「嬉しい事言ってくれるね~」
ドンナさんが本当に嬉しそうな顔で、みゆの側まで来て頭を撫で、みゆもそれを嬉しそうに受け入れる。
「あんた達、今日は私の家に来なよ。全員まとめて預かってあげる」
「ほんとー!? ありがとう、どんなお姉ちゃん!」
「気持ちは嬉しいしありがたいけど、そこまでしてもらって良いの? 私、この町の人達から追われてるのに」
「いいのいいの。リバーのこんな顔、暫らく見てなかったし、そのお礼」
「ふんっ。俺ぁはいつもこんな顔だよ。ほら早く行くぞ坊主!」
デリバーが照れたのかドンナさんからそっぽを向いて、早足で再び歩き出す。
俺は苦笑しながらその後を追い、みゆやベル達の事はドンナさんに任せて、明日乗る予定の船がある場所へと向かった。
◇
俺達が港町トライアングルで一晩を過ごしている頃、水の都フルートにある城の牢屋の中で、女性が一人、眠れぬ夜を過ごしていた。
彼女は備え付けられている硬いベッドの上に座り、天井付近にある鉄格子付きの窓から外の景色を眺めていた。
しかし、ここは水深約三万キロにも及ぶ深海。
窓の外を見ても、何かが見えるわけでも無く、面白味なんて何も無い。
「お姉様……」
不意に声が聞こえて、彼女は窓の外から視線を落とし、声の聞こえた方へ振り向いた。
するとそこには、綺麗なドレスに身を包んだ少女が立っていた。
「せっかくお会い出来たのに……こんな…………」
少女は目尻に涙を浮かべて、彼女を見つめる。
すると、彼女は少女に微笑み、腰を上げた。
「リビィ、泣かないで? これはこの国にとって必要な事なの。だから、私はこの国の為に死ぬ事が出来て幸せよ」
「そんなの……そんなのっ!」
少女はついに大粒の涙を流して泣き出してしまい、彼女は少女に近づき、鉄格子ごしに手を伸ばして頭を撫でる。
「もう貴女も今年で十五。立派な成人よ。子供では無いの。だから、時期女王として、こんな事で泣いては駄目なのよ。この国では非情である事が、女王に必要な事なのだから」
「分かってる、分かってるけど……でも、私はお姉ちゃんを失いたくない。生贄なんてやだよ……」
「リビィ……ありがとう。その気持ちだけで、私は嬉しいわ。貴女が将来治めるこの国の為に死ねる事が誇らしい」
少女の涙は止まらず、彼女は優しく柔らかい慈愛に満ちた笑みを向けて頭を撫で続ける。
本当は抱きしめてあげたい。
だけど、牢屋の中に閉じ込められた自分には、それが出来ないし許されない。
だからこそ、彼女はただただ撫で続ける事しか出来なかった。
彼女の名前は“アマンダ=M=シー”。
生贄にされる為に国に帰って来た、この国の女王の娘だ。




