9話 処刑の裏に隠されたもの
明日の出港に向けてデリバーの手伝いをし始めてから暫らくが経ち、既に時間は深夜の十二時を回った頃。
荷物を船に運んでいた俺に、不意にデリバーが話しかけてきた。
「差し入れだそうだ。休憩がてら食ってこい」
「差し入れ? ドンナさんが何か持って来てくれたのか?」
「あいつがこんな時間に差し入れを持って来るわけないだろ」
「はあ……?」
ドンナさんの事よく知らないし、来るわけないって言われてもな。
「いいからさっさと行ってこい」
「へ~い」
適当に挨拶して作業を中断し、差し入れがある場所を聞いてそこへ向かう。
するとその場所には、うさ耳が特徴的な左右対称な双子のフウラン姉妹……では無く、フウだけが座って待っていた。
「フウ? 差し入れを持って来たのってフウだったのか」
「こんばんはですよう、ヒロ様~」
「ああ、ばんわ。ランは一緒じゃないのか?」
「こんな時間ですからね~。寝てますよん。私は寝付けなかったので、気分転換に差し入れを持って来ました。因みにベル様はみゆ様と一緒に添い寝してますよん。どうします? 夜這いに行っちゃいますかい? 旦那。ぐへへへへ」
「行くわけないだろ」
「連れないですね~。あ、これ差し入れの鳥肉と野菜を挟んだパンです」
「美味そうだな。ありがと。んじゃ、いただきます」
フウから鳥肉と野菜を挟んだパンを受け取り、早速口に運んで咀嚼する。
ボイルされた鳥肉と、それから鳥肉に合う辛みの効いたタレ。
野菜も鮮度の良いレタスの様な野菜で、噛む度にシャキシャキして楽しい食感。
タレは鳥肉だけでなく野菜にもあい、それも相まって中々に美味い。
パンがロールパンの様なものだったので、サンドロールを食ってる感じだ。
俺が差し入れを食い終わって「ご馳走様でした」を言おうとして手を合わせると、フウがコホンと咳払いを一つ入れて、真面目な口調で話し始める。
「昼間の事なんですが、本当にご迷惑をかけしました。申し訳ないです」
「へ? なんだよ、急に改まって」
「実は寝付けなかった原因はこれでして、ベル様やみゆ様達には先にランと一緒に謝ったんですけど、ヒロ様にはまだだったので」
「成る程な。まあ、気にするなよ。どうせ、ベルだって気にするなって言ったんだろ?」
「仰る通りです。でも、やはりと申しますか、ヒロ様にも謝っておきたいなと」
「そっか。じゃあ、その気持ちは受け取っとくよ。差し入れご馳走様でした。美味かったよ」
「いえいえ、お粗末さまでした」
フウがうさ耳を若干下げて照れた様に笑んで、それから直ぐに気まずそうな顔で視線を逸らす。
「あと、カスタネットでも……」
「はは。そう言えば、あの時も大変だったな」
風抜けの町カスタネット。
ミーナさんにみゆの護衛を任されて連れて行ったあの町でも、実は結構大変な目にあった。
そのせいで楽器魔法を手に入れるのに数日もかかったわけだが、その時は……と、それは今はもう過ぎた話だから置いておく。
申し訳なさそうに話すフウに、俺は微笑して答えた。
すると、フウは少しだけ照れた様に笑んで、頭を下げた。
「はい。おかげで生き延びました。本当にありがとうございました」
「どういたしまして。こうして話してみると、フウも結構普通に会話が出来るんだな? いつも変な感じな話し方してんのに」
「――な!」
どうやら失言してしまったらしい。
フウが顔を赤く染めながら、眉根を上げて俺を睨んだ。
「あ、あのですね! 一応真面目な話をする時は、いつも普通に喋ってるじゃないですか!」
「そうだったか?」
「そうだったんですよ!」
「ははは」
勿論本当はそうだったと知っている。
だが、敢えてわざとらしく笑ってみた。
すると、フウは俺にジト目を向ける。
「なんかムカつく笑いかたしますね?」
「気にすんな」
「気になりますよ! って、あ。食べ物だけだと喉が渇きますきますよね? 飲み物もあるのでどうぞ。レモンティーです」
「お、ありがと」
水筒を持って来ていたらしく、フウからレモンティーを受け取り、一口飲む。
レモンの香りに、ほんのりと広がる甘味が口の中に広がって、とても美味しい。
それにしてもだが、切り替えの早さが流石だ。
さっきまで顔を真っ赤にして怒っていて、俺にジト目まで向けていたのに、既にその面影はない。
普段から不真面目と真面目を切り替えて話をしているだけある。
「ところで作業は順調ですか?」
「どうなんだろ? 言われた事やってるだけだからな。そこ等辺はよく分からん」
「そうなんですか。でも、驚きですよね。まさか海賊に手伝ってもらう事になるとは思いませんでしたよ~」
「それな。おっさん、デリバーが言うには、シャーン海賊団には内緒なんだと」
「え!? シャーン海賊団ってヒロ様達を襲ったって言う海賊ですよね!? 内緒なんですか!?」
そう。
デリバーは俺達を襲ったシャーン海賊団の船員で、俺達の事を内緒にしてくれていた。
理由を聞いても「おめえが気にする事じゃねえ」と言われた。
まあ、あの船長のカルクって奴の感じを考えると、言わない方が良いのは確かではある。
「奴等には暫らく留守にすると伝えたらしい」
「留守ですか……。大丈夫なんですかねえ?」
「どうなんだろうな? どっちにしろ、海に出たら警戒はしておいた方がいいかもな。おっさん……デリバーは話してみると意外と良い奴だったけど、それとあの海賊どもは別だからな」
「そうですね。……あ、そうですそうです。ドンナさんの家にドワーフの給仕がいたんですけど、その方も一緒に来るみたいですよん」
「ドワーフの給仕が一緒に? なんでまた……」
「ドンナさんのお気に入りみたいなんですよん。いつも身の回りのお世話をしてもらっていて、長旅になるから連れて行くそうですね~」
「お気に入りね~。だったら連れて行きたいわな」
いつの間にかいつも通りの口調に戻っていたフウに苦笑して話すと、丁度その時、壁を軽く叩く音が二回ほど聞こえた。
その音に振り向くと、デリバーが立っていた。
「楽しんでるところ悪ぃが休憩は終わりだ。さっさと作業に戻れ」
「すまん! 今行く!」
いつの間にか結構時間が経っていたらしい。
わざわざ迎えに来てくれたデリバーに返事をして、フウに振り向く。
「差し入れありがとな。それじゃ行って来るわ」
「はい。頑張って下さいねん」
フウは一人でポーズをとり、俺はそれを見て苦笑してから歩き出した。
◇
夜が明ける前の午前三時を回った頃。
俺達は無事に船に乗り、港町トライアングルを出発した……のだが、俺の眠れぬ夜は続いていた。
「なあ? 船が出発したら、俺は眠って良いって話だったんだが?」
「がっはっはっ! 気にすんな! おめえ、最初は目つきの悪い生意気なガキだと思っていたが、中々に良いガキじゃねえか! おらっ、おめえも飲め」
「お酒は二十歳になってからなんで無理」
「はたちいいっっ? なんだそりゃ? 聞いた事もねえ! はたちって何だ? なんかの職業か?」
「二十歳って事だよ。何この世界? 二十歳って言葉無いのか?」
「何をわけの分かんねえ事を言ってやがる? それより飲め」
「絡み酒とか勘弁してくれよお」
俺が眠れない理由はこれだ。
船が出発して直ぐに、デリバーが俺の腕を掴んで食堂に連れて来て、酒を飲み始めたのだ。
そして出来上がったのが今の姿。
ベルとみゆとピュネちゃんは三人で一緒に船室で二度寝してるし、フウラン姉妹は甲板で周囲の警戒中。
ドンナさんは船の舵を取っていて、俺は最早逃れられない状況だった。
するとその時、デリバーの横から小さな手が飛び出して、デリバーの目の前に注がれたばかりの酒が置かれれる。
「おう、アミー。つまみも頼む」
「はいでしゅ」
お酒を置いたのは、このアミーと呼ばれた少女だ。
アミーはフウから聞いていたドンナさんの家の給仕のドワーフで、まさかの子供だった。
船に乗る前に、一応自己紹介を交わしている。
アミーはデリバーにつまみを頼まれると、トテテと小走りで厨房に入って行く。
俺はその後ろ姿を見てから、デリバーに冷ややかな視線を送った。
「あんな小さな子に……」
「はあ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。ありゃあ、あんな見た目だが、おめえが言うハタチってやつだ」
「マ?」
思わず耳を疑った。
すると、丁度厨房からアミーが出て来て、俺は信じられないと凝視してしまう。
アミーの見た目は簡単に言えば幼い子供だ。
濃いめのオレンジ色の髪の毛を後頭部でお団子にして纏めていて、目は茶色の瞳で丸い目。
給仕と言うのもあってか、服はメイド服。
と言っても、メレカさんの様な露出度の全く無いものでは無く、ヒラヒラが多くてスカートの丈が短い。
どのくらい短いかと言うと、太ももが完全に露出していて、黒いガーターベルトが見えているくらいには短い。
いや、なんなら下手するとパンツが見えそうなくらい短い。
そんなメイド服を身に着けたアミーの年は、小学低学年……と言うか、七歳くらいにしか見えない。
少なくとも、二十歳にはどう頑張っても見えないのは間違いなかった。
「がっはっはっ。ドワーフってのは皆こうだ。見た目のわりにはジジイやババアが多いってなあ!」
「デリバーしゃんは相変わらずデリカシーがありませんでしゅね。あたちはババアじゃないでしゅ」
言葉使いのせいで、余計幼く見えるアミー……基アミーさんは、つまみをテーブルに置くと、俺に視線を移してジト目で笑んだ。
「ヒロしゃん、デリバーしゃんに気にいられるとは貴方中々やりましゅね」
「はあ、どうも……」
「おっし。アミー、おめえも飲め。今日は俺の奢りだ」
「奢りも何も、全部ドンナしゃんのお勤め先から頂いたお酒でしゅ」
などと言いながらも、アミーが何故か俺の膝の上に座り、隣に座るデリバーが俺の肩に腕を回す。
「がっはっはっ! 違いねえ!」
「今日は朝まで飲むでしゅ!」
勘弁してくれよと思ったその時、俺は気が付く。
いつの間に用意したのか知らないが、目の前に酒樽がデカデカと置かれていたのだ。
そして、アミーの手にも酒が……絵面的にヤバい事になっている。
「あの、アミーさん? 俺の膝の上じゃ無くて、まずは椅子に座らない? って言うか、マジで酒飲んでるよ……」
「ぷはあっ。こっちの方が座り心地が良いでしゅ」
いい飲みっぷり……じゃくて、酒を一気飲みしたアミーが、つまみを口に放り投げる。
因みに、つまみはイカの一夜干しっぽい料理で、結構食欲をそそられる匂いがしている。
って、それどころではない。
「良いでしゅ、じゃなくてさ。俺は眠たいから今直ぐにでも――」
「かてえ事いうなよ坊主。俺達はアマンダ様を助けに行く運命共同体ってやつなんだぜえ?」
「その件に関しては滅茶苦茶ありがたいけど、これとそれは別だろ」
「アマンダって誰でしゅ?」
意外な事に、何も知らされていないらしい。
そう言えばだが、紹介された時に俺とベルとみゆの黒い髪の毛を見て驚いていた。
「我等が魚人の姫君よ! あの方を知らない魚人なんてこの世にゃあ存在しねえ! 俺達魚人の女神様だ!」
「あたち等ドワーフで言う土の精霊様みたいなもんでしゅか?」
「アマンダ様はな、今でこそ人間どもの国の王女の許に行かされてしまったがよ。幼少の頃は、俺達の為に体を張ってくれていたお方なんだ。アマンダ様に救われた奴等がどれだけいる事かってくらいにな」
「へえ……」
正直な話、さっきまではさっさと寝る為にこの場を離れたかったが、メレカさんの話を聞いて気が変わった。
眠気も心なしか少しだが吹っ飛んだ気分だ。
「幼いながらに魔銃を持って、俺達の為に戦う姿は今でも忘れねえ。俺ぁアマンダ様の為なら命を懸けれる!」
デリバーはそう言うと酒を一気に飲み干して、空になったコップに酒を注ぐ。
そして、酒を注いだばかりのコップで机をドンっと叩いた。
「なのによお! なんだあ? 先日のあの知らせは!? アマンダ様を生贄にするだあ!? ふざけんじゃねえ! 女王様は何を考えてやがる!」
「――――っ!? 生贄……っ?」
眠気が一気に覚めるような衝撃。
デリバーから出た“生贄”と言う言葉に、俺は驚愕し目を見開いた。
「どう言う事だよ!? 生贄って何だ? 俺は処刑されるって聞いたぞ!?」
「どうもこうもあるか! それは世間に流れた話だ! 俺は海賊。それにシャーン海賊団は国から追われてる。だから王城に工作員を忍ばせて情報を得てんだよ。生贄ってのは、その工作員が俺達に知らせた情報だ。それによ……生贄って言っても、まだ何の生贄にされるかは分かってねえ」
「…………」
最早言葉が出て来なかった。
表向きは処刑と扱われ、実は生贄だったと言う事実。
処刑の理由も公表されていなかったが、俺は封印の儀式失敗の責任を負わされての事だと、実は勝手に思っていた。
もしくは、ナオと一緒に戦争を止めようとした事が、反逆行為と見られての事だと思っていた。
だが、生贄となれば話が別だ。
バセットホルンはクラライトと戦争を始めようとしている。
それを踏まえて考えると、生贄ってのは、もしかしたらその戦争と何か繋がりがあるのかもしれない。
俺は一度心を落ち着かせる為に、深呼吸を一つした。
そして、デリバーに真剣な面持ちで目を合わせる。
「なあ、その工作員に連絡を取って、メレカさんを助ける為に手伝ってもらえないか? それに、俺達はメレカさんについて行ったナオって猫の獣人の子の行方も捜してるんだ。ナオの情報も何か分かれば欲しいんだ」
「悪いが出来ねえな。連絡は船長のカルクが独自にやってる事だ。それに、シャーン海賊団が国に追われてるってのは、正確にはカルク一人が追われてるって事でもある。俺達船員はそのついでだ。あの野郎が国に追われてる理由は知らねえが、よほどの事をやったんだろうな。工作員との連絡は、絶対に他の奴にはさせねえんだよ」
「そうか……」
「ま、とにかく今日は飲むぞ坊主。門出を祝おうじゃねえか!」
「だからそれは――――おぶっ、ぶはあ!」
断ろうとした瞬間に、アミーが俺の口に酒の入ったコップを傾けて、俺は口の中に入った酒を吐き出す。
「ふっざけんな! あぶねえな、おい!」
「なにい!? あたちの酒が飲めないって言うでしゅか!?」
「セリフが昭和のおっさんかよ!」
「がっはっはっ! しょうわってなんだ? だが、んな事ぁどうでもいいのよ! さあ、飲め!」
「あーったく、面倒臭いなあ!」
メレカさんの情報がまだあれば聞きたかったが、残念ながら話はこれまでだった。
アミーの暴動がきっかけとなり、俺に酒を飲ませようとする悪い大人達が二名。
片方はおっさんで、片方は中身がおっさんな少女にしか見えない見た目の女。
異世界では十五になれば成人で酒も飲んで良いらしいが、俺はあくまでも自分の世界の基準でいかせてもらうので飲まない。
そんなわけで、俺と悪い大人達二名との戦いが始まった。




