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第5話 お前まで学ランになるなんて!

「待って。一回整理していい?」


四月。


二年生の始業式当日。


原田陸は、学ラン寮の廊下で、親友の黒田颯太を指さしていた。


「……何だよ」


颯太は、いつもの無表情で答えた。


ただし、着ている制服が違う。


黒い詰襟。


銀色のボタン。


まっすぐなズボン。


どこから見ても、立派な学ラン姿だった。


陸は、自分の制服を見下ろした。


同じ黒い詰襟。


同じ銀色のボタン。


「……何でお前、学ラン着てんの?」

「二年から学ランだから」


「それは見ればわかる!」


陸は、頭を抱えた。


「俺が聞いてるのは理由!」


颯太は、陸を見た。


「お前こそ」

「……は?」


「何で学ランなんだよ」


陸は、言葉に詰まった。


それは、言えない。


絶対に言えない。


なぜなら、陸が学ランを選んだ理由は、たった一つ。


颯太と公式ペアになりたかったからだ。


しかし、学校の公式ペアは、セーラー組と学ラン組の二人で登録する制度だった。


二人とも学ランでは、登録できない。


陸は、もう一度颯太を見た。


「……お前まで学ランになるなんて聞いてない!」


颯太が、少し眉を上げた。


「俺も聞いてない」

「だから、何で!」


「……言わなくてもわかるだろ」

「わかるわけないだろ!」


陸の声が、朝の廊下に響いた。


颯太は、困ったように笑った。


その顔を見て、陸はますます混乱した。


完璧なはずだった計画が、初日から全部崩れていた。


****


話は、四か月前にさかのぼる。


十二月。


一年生のセーラー寮。


「颯太、ちょっとこっち向いて」


陸は、鏡の前に立つ颯太を呼び止めた。


颯太は、素直に振り向く。


「……何?」

「リボン。右が長い」


颯太が、自分の胸元を見下ろす。


淡い青のリボンは、確かに左右の長さが少し違っていた。


「別にいいだろ」

「よくない。左右のバランスが崩れる」


陸は、颯太の前に立った。


二人とも、濃紺のセーラー服を着ている。


白い襟に、淡い青のリボン。


膝丈のプリーツスカート。


一年間着続けて、すっかり馴染んだ制服だった。


陸は、セーラー装が好きだった。


中でも、リボンや髪型で雰囲気を変えられるところが気に入っている。


今日は前髪を少し横へ流し、唇には薄い色のリップを使っていた。


鏡を見るたび、ちょっと嬉しくなる。


可愛い格好をするのは楽しい。


しかも、颯太もセーラー服がよく似合う。


黒髪で、すっきりした顔立ち。


背筋が伸びていて、立ち姿がきれいだ。


普段は無口なのに、笑うと急に柔らかい顔になる。


陸は、その顔を見るのが好きだった。


「……ほら、できた」


陸は、颯太のリボンを結び直した。


颯太が、鏡を見る。


「……ありがと」

「どういたしまして。昨日も教えた結び方なんだから、ちゃんと覚えてよ」


「覚えてる」

「じゃあ、何で左右が違うの?」


颯太は、少し考えた。


「……お前が直してくれるから」


陸の手が止まった。


「……え?」


颯太は、何でもない顔で鏡を見ている。


陸は、急に落ち着かなくなった。


「そ、そういう問題じゃないだろ!」


颯太が、少し笑った。


「似合ってる?」

「……何が?」


「今日の俺」


陸は、あらためて颯太を見た。


白い襟がきれいに整っている。


リボンも、今は左右がそろっていた。


短い髪とセーラー服の組み合わせが、すごく可愛い。


「……似合ってるよ」


陸が答えると、颯太は小さく笑った。


「そっか」


たったそれだけ。


でも、嬉しそうだった。


陸は、胸が少し高鳴った。


その笑顔を、もっと見ていたい。


最近、そう思うことが増えていた。


「陸」


今度は颯太が呼んだ。


「何?」

「前髪」


颯太が、手を伸ばした。


陸の額にかかった髪を、指先でそっと整える。


「……これでいい」


陸は、思わず固まった。


颯太は少し離れて、陸を見た。


「可愛い」


陸の心臓が、どきりとした。


「……っ!」

「何だよ」


「……いや!」


陸は、慌てて鏡を見た。


前髪は、確かにきれいに整っている。


でも、今はそれどころではなかった。


颯太は、もう鞄を持っていた。


「行くぞ」

「……う、うん!」


陸も慌てて鞄を持った。


二人は、並んで寮を出た。


歩くたび、二人のスカートが軽く揺れる。


陸は、隣の颯太を見た。


セーラー服姿の颯太は、何度見ても可愛い。


それに、こうして毎朝一緒に登校できるのが嬉しかった。


同じクラス。


同じ寮。


部屋も近い。


一年間、ほとんど毎日一緒にいた。


でも、陸は最近、それだけでは足りなくなっていた。


もっと特別になりたい。


そのために、密かに考えている計画があった。


学校の公式ペア制度だ。


公式ペアは、セーラー組と学ラン組の二人で登録する。


登録すれば、学校行事で一緒に参加できる機会が増える。


二人の名前も、学校の記録に並んで残る。


友達同士でも登録できる制度だったが、陸にとっては特別な意味があった。


颯太とペアになれたら、体育祭も文化祭も、もっと一緒にいられる。


そして、そこから少しずつ。


友達ではなく、恋人になれたら。


陸は、胸が高鳴るのを感じた。


しかし、今の二人は両方ともセーラー組だ。


公式ペアには登録できない。


そこで、陸は考えた。


自分が来年、学ラン組へ変更すればいい。


颯太はセーラー服が似合っているし、本人も気に入っている。


毎朝、きちんと着ている。


だから、きっと来年もセーラー組を希望するはずだ。


陸は、頭の中で計画を組み立てた。


自分だけ学ランへ変更する。


颯太はセーラー組を継続する。


四月に公式ペアへ誘う。


そして、いつか告白する。


(……完璧じゃん)


陸は、思わず笑った。


ただし、重要なことを一つ確認していない。


颯太が、本当にセーラー組を続けるのかどうかだ。


陸は、隣を歩く颯太を見た。


「……なあ、颯太」

「何?」


今なら聞ける。


来年もセーラーなのか、と。


でも、陸は口を閉じてしまった。


もし、どうしてそんなことを聞くのかと返されたら。


自分が学ランに変わる理由まで聞かれるかもしれない。


好きだから、公式ペアになりたい。


そんなことを、今さら言えるわけがなかった。


「……いや、何でもない」


颯太が、少し首をかしげる。


「そうか」


陸は、ほっと息を吐いた。


確認しなくても、ほぼ確実だろう。


根拠は、颯太がセーラー装を好きそうにしていることだけだった。


陸自身、その推測だけで決めるのは危ないとわかっていた。


でも、颯太に気持ちを知られるほうが、ずっと怖かった。


****


一月。


陸は、学ラン組への変更希望を正式に提出した。


提出したあと、しばらく申請書の控えを見つめていた。


来年は学ラン。


大好きだったセーラー服を、学校では着なくなる。


少し寂しい気持ちはあった。


それでも、颯太と公式ペアになれるなら嬉しい。


何より、颯太のセーラー服をこれからも見られる。


それは、とても楽しみだった。


その日の夜。


颯太が、陸の部屋へ来た。


「……陸」

「何?」


「来年の制服、希望出した?」


陸は、思わず顔を上げた。


「……出したけど」

「そっか」


颯太は、それだけ言って机の上の本を手に取った。


陸は、少し迷った。


ここで聞くべきだ。


制服希望は、同じか違うか。


それを確認しないと、計画の成否がわからない。


(……聞くだけだろ。何も難しくない)


陸は、心の中で自分に言い聞かせた。


「……颯太」

「何?」


「……お前、セーラー似合ってるよな」


颯太が顔を上げた。


「急に何だよ」

「いや、一般的な評価として」


「……そう」


颯太は、少しだけ笑った。


「陸も似合ってる」


陸は、言葉に詰まった。


「……それは、どうも」


颯太は、じっと陸を見つめた。


何か言いたそうだった。


陸は、慌てて本を開いた。


「ほら、宿題やろうぜ!」

「……ああ」


二人は、いつもどおり宿題を始めた。


しばらくすると、颯太がぽつりと言った。


「……俺、陸のセーラー姿、好きだよ」


陸は、シャープペンシルを落としかけた。


「……っ!」


颯太は、何でもない顔で問題を解いている。


陸は、慌てて視線をノートへ戻した。


好きだと言われた。


もちろん、セーラー姿の話だ。


それは、わかっている。


それでも、胸が落ち着かなかった。


そして、陸はますます制服の希望を聞けなくなった。


颯太が自分のセーラー姿を好きなら、きっと本人もセーラーを続ける。


陸は、そう考えることにした。


聞けばわかることを、最後まで聞かなかった。


****


二月。


翌年度の学ラン組は希望者が定員を超え、抽選が行われることになった。


セーラー組は定員内だったため、抽選は学ラン組だけだった。


陸は、掲示板を見上げて考え込んだ。


自分が学ランになれる可能性。


颯太がセーラーを続ける可能性。


二人が公式ペアになれる可能性。


条件を整理したいのに、一番重要な颯太の希望がわからない。


それでも陸は、自分に言い聞かせた。


颯太はセーラー装が好きだ。


自分でも好きだと言っていた。


だから、継続するはずだ。


三月。


結果通知が届いた。


陸は、封筒を開いて思わず声を上げた。


「……よし!」


『学ラン組・希望承認』


希望が通った。


来年から学ランだ。


これで、颯太と公式ペアになれる。


陸は、すぐにスマホを取り出した。


颯太にメッセージを送る。


『制服、希望通った?』


少しして、返事が来た。


『通った』


陸は、満足そうに笑った。


二人とも希望どおり。


これで、計画の準備は整った。


だが、一瞬だけ手が止まった。


本当にこれでいいのだろうか。


颯太が何を希望したのか、まだ確認していない。


陸は、メッセージの入力欄を開いた。


『お前、来年もセーラーだよな?』


そこまで打って、指が止まる。


もし、どうしてそんなことを聞くのかと尋ねられたら。


また、自分の計画を説明することになる。


陸は、しばらく画面を見つめた。


そして、入力した文章を消した。


(……四月になれば、わかるし)


今さら一か月待つことくらい、何でもない。


そう考えて、スマホを閉じた。


****


そして四月。


冒頭の学ラン寮の廊下に戻る。


「……待って」


陸は、額に手を当てた。


颯太は、目の前で黙っている。


二人とも学ラン。


黒い詰襟に、銀色のボタン。


どう見ても、おそろいだった。


「……つまり、お前も学ランを希望したわけだ」

「そう」


「しかも、抽選に通った」

「そう」


「それで、二人とも学ランになった」

「見ればわかるだろ」


「わかってる!」


陸は、深く息を吸った。


「……俺の計画が」


言いかけて、口を閉じた。


颯太が、少し首をかしげる。


「計画?」

「……何でもない!」


颯太は、じっと陸を見つめた。


それから、少しだけ笑った。


「……似合ってる」


陸は、目を丸くした。


「……え?」

「学ラン」


颯太は、まっすぐ陸を見た。


「格好いい」


陸の心臓が、どきりとした。


思わず、颯太の顔を見る。


学ラン姿の颯太は、驚くほど格好よかった。


黒い詰襟が、すっきりした顔立ちによく似合っている。


セーラーを着ていた頃は、可愛いと思っていた。


でも、今は違う。


いつもの無表情。


いつもの低い声。


それなのに、妙に大人びて見えた。


陸は、思わず目をそらした。


「……お前も似合ってるよ」


颯太は、小さく笑った。


「ありがと」


その笑顔は、去年と同じだった。


陸は、ますます落ち着かなくなった。


結局、二人は並んで寮を出た。


制服は変わった。


でも、隣に颯太がいることだけは、何も変わらなかった。


それが嬉しくて、少しだけ悔しかった。


****


新年度の公式ペア登録が始まった。


陸は、掲示板の前で立ち止まった。


『公式ペア登録受付』


案内には、セーラー組と学ラン組の二人で登録することと書かれている。


陸は、ため息をついた。


自分は、颯太と公式ペアになりたかった。


そのために学ランへ変更した。


ところが、颯太も学ランになってしまった。


完全な計算違いだった。


登録受付の列には、セーラー組と学ラン組の男子たちが並んでいる。


楽しそうに話す二人組。


書類を持って顔を見合わせる男子たち。


陸は、その姿を見て少し胸が痛んだ。


自分も、あそこに並ぶ予定だったのに。


しかも、隣には颯太がいるはずだった。


「陸」


背後から声がした。


振り向くと、颯太が立っていた。


「……何?」

「昼飯、行くぞ」


「……うん」


陸は、掲示板をもう一度見た。


颯太も、隣に立った。


「……陸」

「何?」


「ペア、組みたかった?」


陸は、思わず顔を上げた。


「……え?」


颯太は、掲示板を見ている。


「ずっと見てるから」


陸は、慌てて視線をそらした。


「……まあ、興味はあったけど」


颯太が、少し黙った。


それから、ぽつりと言った。


「……俺も」


陸は、目を丸くした。


「……え?」


颯太は、何も言わなかった。


陸は、思わず尋ねた。


「……お前も公式ペア組みたかったの?」

「……うん」


「誰と?」


颯太は、陸を見た。


少しだけ眉を寄せる。


「……言わなくてもわかるだろ」


陸は、しばらく固まった。


「……いや、わかんないって!」


颯太が、少し困ったように笑う。


陸は、胸がざわついた。


颯太も、自分と組みたかったのだろうか。


そんな考えが浮かぶ。


でも、すぐには信じられなかった。


相手は颯太だ。


普段から言葉が少ない。


ただの親友として、自分と組みたかっただけかもしれない。


そもそも、公式ペアは恋人同士だけの制度ではない。


(……ちゃんと確認しないと)


陸は、そう思った。


しかし、颯太の顔を見ると、どうしても緊張してしまう。


結局、何も聞けなかった。


二人は、いつもどおり食堂へ向かった。


ただ、陸の頭の中は、さっきの言葉でいっぱいだった。


誰と組みたかったのか、どうしても気になる。


でも、聞くのが怖い。


自分が答えを欲しがっていることまで、知られてしまいそうだった。


****


四月の終わり。


新しい制服にも、少しずつ慣れてきた。


学ランは着るのが簡単だった。


リボンを結ぶ必要がない。


スカートのひだを整える必要もない。


朝の身支度は、以前よりずっと早く終わる。


ただ、陸には少し物足りないことがあった。


鏡の前で、リボンの形を工夫する時間。


颯太と互いの身だしなみを整え合う時間。


そういう小さな楽しみが、なくなってしまった。


「……なあ、颯太」


ある朝。


陸は、寮の廊下で颯太に声をかけた。


「何?」

「学ランってさ、楽だよな」


颯太が、うなずく。


「そうだな」

「リボンも結ばなくていいし」


「うん」


陸は、少しだけ考えた。


「……でも、何か寂しくない?」


颯太は、陸を見た。


「……何が?」


「ほら、前はお前のリボン直したりしてたじゃん」


颯太は、少し黙った。


陸は、慌てて続けた。


「いや、準備が簡単なのは合理的なんだけどさ。何ていうか、ちょっと物足りないっていうか」


颯太が、一歩近づいた。


「……陸」

「何?」


颯太は、陸の襟元を見た。


「一番上、留め忘れてる」


陸が、慌てて見下ろした。


「あ、マジ?」


颯太は、陸の詰襟に手を伸ばした。


開いたままのボタンを留め、襟の形を整える。


顔が近い。


陸は、思わず息を止めた。


セーラー服だった頃は、何度も互いのリボンを直し合った。


そのときだって、どきどきすることはあった。


でも、今はもっと落ち着かない。


颯太の指先が襟元に触れるだけで、心臓がうるさくなる。


「……できた」


颯太が顔を上げた。


陸は、慌てて視線をそらした。


「……あ、ありがと」


颯太は、少しだけ笑った。


「前と同じだろ」


陸は、思わず顔を上げた。


「……何が?」

「制服が変わっても、直すところはある」


陸は、少し黙った。


それから、ふっと笑った。


「……お前、たまに変なこと言うよな」


颯太も笑った。


「お前ほどじゃない」

「失礼な!」


二人は、顔を見合わせて笑った。


そのとき陸は、気づいた。


学ラン姿の颯太は、格好いい。


でも、笑うとやっぱり可愛い。


制服が変わっても、好きなところは何も変わっていなかった。


むしろ、新しく好きになったところが増えている。


陸は、そっと自分の襟に触れた。


颯太が整えてくれた場所だった。


何気ないことばかりするくせに、そのたびに好きになってしまう。


そんな自分が、少し悔しかった。


****


五月。


日曜日の午後。


陸は、自分の部屋で衣類の整理をしていた。


二年生になってから着なくなったセーラー服を、収納ケースへしまうためだ。


濃紺の生地。


白い襟。


淡い青のリボン。


一年間、毎日のように着ていた制服だった。


陸は、そっと広げた。


「……懐かしいな」


思わず笑った。


初めて着た日は、鏡の前で何度も確認した。


似合っているだろうか。


可愛く見えるだろうか。


最初は少し恥ずかしかったけれど、すぐに気に入った。


リボンの結び方を変えるのも、髪型を工夫するのも楽しかった。


そして、いつも颯太がいた。


毎朝、リボンを結び直してあげた。


時々、自分の前髪も整えてもらった。


二人でセーラー服を着て、並んで登校した。


陸は、スマホの写真を開いた。


一年生の終わりに、二人で撮った写真。


セーラー服姿の陸と颯太が、肩を並べて笑っている。


颯太は、いつもの控えめな笑顔。


陸は、楽しそうにピースしていた。


(……可愛かったな、俺ら)


そう思うと、少しだけ寂しくなった。


学ランも気に入っている。


颯太の学ラン姿は、思っていた以上に格好いい。


それでも、あの頃の可愛い颯太も、やっぱり好きだった。


何より、二人でセーラー服を着ていた時間が好きだった。


「……陸」


扉の向こうから声がした。


「颯太?」

「入っていい?」


「うん!」


颯太が、部屋へ入ってきた。


今日は休日なので、黒いTシャツにゆったりしたパンツを着ている。


制服姿とはまた違う、柔らかい印象だった。


「……何してんの?」


颯太が、床に広げたセーラー服を見た。


陸は、少し笑った。


「衣類整理。去年の制服、しまおうと思って」


颯太は、黙って近づいてきた。


そして、セーラー服を見つめた。


「……懐かしいな」

「だろ?」


陸は、スマホを見せた。


「ほら、これ覚えてる?」


颯太が、写真をのぞき込む。


二人で撮った、最後のセーラー姿の写真。


颯太は、少しだけ笑った。


「……覚えてる」


陸は、楽しそうに続けた。


「お前、この日もリボン結ぶの失敗してさ。結局俺が直したんだよな」

「……そうだったな」


「しかも、写真撮る直前まで前髪気にしてたし!」


颯太は、少しだけ眉を上げた。


「お前が直したんだろ」

「そうだっけ?」


「……そう」


陸は、笑った。


「まあ、似合ってたからいいじゃん!」


颯太は、写真をじっと見ていた。


それから、ぽつりと言った。


「……この写真、好きだよ」


陸は、顔を上げた。


「……マジ?」

「ああ」


颯太が、少し笑った。


「陸、すげえ楽しそうだから」


陸は、急に照れくさくなった。


「……まあ、楽しかったし」


颯太は、写真を見つめたまま続けた。


「俺も、お前と並んでるの好きだった」


陸の胸が、どきりとした。


「……え?」


颯太は、顔を上げた。


「……陸」

「……何?」


「お前、何で学ランにしたんだ?」


陸は、言葉に詰まった。


いきなり核心だった。


颯太は、静かに待っている。


陸は、少し考えた。


ここでごまかせば、また同じことになる。


十二月からずっと、理由を聞かれそうになるたびに逃げていた。


四月には、公式ペア登録の掲示板の前で、聞きたいことさえ聞けなかった。


でも、もう逃げたくなかった。


陸は、ゆっくり息を吸った。


「……公式ペアになりたかったから」


颯太の目が、少し大きくなった。


陸は、続けた。


「……お前と」


颯太は、黙った。


陸は、何だか恥ずかしくなった。


「だって、お前セーラー似合ってたし。絶対、来年もセーラー選ぶと思ってたし」


言葉が早くなる。


「だから俺が学ランになれば、公式ペアになれるだろ? 制服が違えば登録できるし、行事も一緒に参加できるし、二人で――」

「陸」


颯太が、静かに呼んだ。


陸は、口を閉じた。


颯太は、まっすぐ陸を見ていた。


「……俺も、同じ」


陸は、目を丸くした。


「……は?」


颯太は、少しだけ笑った。


「お前と公式ペアになりたかった」


陸は、しばらく動けなかった。


颯太は続けた。


「お前、セーラー好きだっただろ」


陸は、うなずいた。


「……うん」

「毎朝楽しそうにリボン結んでたし、髪もよく整えてたし」


颯太は、写真を見た。


「だから、来年もセーラーだと思ってた」


陸は、ようやく理解した。


颯太も、自分と同じことを考えていた。


相手がセーラーを続けると思った。


自分だけ学ランへ変えれば、公式ペアになれる。


そうして、二人とも学ランになってしまった。


陸は、頭を抱えた。


「……ちょっと待って」


颯太が、少し笑う。


「また整理する?」

「する!」


陸は、勢いよく立ち上がった。


机の上からノートを一冊取り出す。


ページを開き、ペンで二つの名前を書いた。


『陸』

『颯太』


それぞれの下に、制服希望を書き込む。


『陸:颯太がセーラー継続だと思って学ラン希望』

『颯太:陸がセーラー継続だと思って学ラン希望』


次に、二本の矢印を引いた。


どちらも、同じ方向へ伸びている。


『結果:二人とも学ラン』


陸は、ペンを置いた。


「……完全な連絡不足じゃん!」


颯太が、うなずいた。


「そうだな」

「何で言わなかったんだよ!」


陸が尋ねると、颯太は少し考えた。


「……お前は?」


陸は、言葉に詰まった。


颯太は、じっと見ている。


陸は、目をそらした。


「……言ったら、バレるだろ」

「何が?」


「……だから」


陸は、ノートへ目を落とした。


「……お前と、特別な関係になりたいって」


颯太は、少し黙った。


それから、静かに言った。


「俺も」


陸は、顔を上げた。


颯太は、まっすぐこちらを見ていた。


「……俺も、そう思ってた」


陸の胸が、大きく跳ねた。


「……じゃあ!」


思わず声が大きくなる。


「最初から言えばよかったじゃん!」


颯太は、少しだけ笑った。


「……そうだな」

「お前、いつも『言わなくてもわかるだろ』って言うけどさ!」


陸は、ノートを指さした。


「わかってたら、こんな結果にならないだろ!」


颯太は、ノートを見た。


それから、ゆっくりうなずいた。


「……そのとおりだな」


陸は、思わず黙った。


颯太が、あまりに素直に認めたからだ。


「……え?」


颯太は、少しだけ視線を落とした。


「俺も、お前のことならわかると思ってた」


陸は、静かに聞いていた。


颯太は続けた。


「毎朝、楽しそうにセーラー着てただろ。だから、絶対に変えないと思った」


陸は、胸がきゅっとした。


自分と同じだった。


颯太も、相手の好きなものを大切にしたかった。


でも、本人の希望を聞く勇気がなかった。


「……じゃあ、何で聞かなかったの?」


颯太は、少しだけ困ったように笑った。


「……理由まで言うことになりそうだったから」

「……理由?」


「お前とペアになりたかった理由」


颯太は、言いかけて口を閉じた。


陸は、その顔を見つめた。


いつも無表情に近い颯太が、何かを言おうとして迷っている。


そんな顔を見るのは珍しかった。


陸は、もう一度ノートへ目を落とした。


二人とも、相手と特別になりたいと思っていた。


それなのに、制服希望を聞けなかった。


何を怖がっていたのか。


その答えは、もうわかっていた。


陸は、原因を書き込んだ。


『原因:好きな相手に、気持ちがバレるのが怖かった』


書き終えてから、陸は固まった。


(……あ)


今、何を書いた?


颯太が、隣からノートをのぞき込む。


二人の視線が、同じ一行で止まった。


「……陸」


颯太が、静かに呼んだ。


「……何?」

「好きな相手って」


陸は、勢いよくノートを閉じた。


「……今のは、一般論!」


颯太が、少し眉を上げた。


「一般論?」

「そう! こういう失敗が起きる心理的な要因として!」


颯太は、陸をじっと見ている。


「……俺たちの話だろ」


陸は、言葉に詰まった。


「……それは!」


颯太の口元が、少しだけ緩んだ。


陸は、とうとう両手で顔を覆った。


「……もう、無理」


颯太は、しばらく黙っていた。


それから、静かに言った。


「……俺も、怖かったよ」


陸は、顔を上げた。


「……え?」

「もし、お前に断られたらって思った」


颯太は、少し照れたように笑った。


「だから、言えなかった」


陸は、胸がいっぱいになった。


自分と同じだった。


颯太も、特別になりたいという気持ちを伝えるのが怖かったのだ。


陸は、もう一度ノートを開いた。


二人が同じ方向へ引いた矢印。


その結果、二人とも学ラン。


計画としては、大失敗だった。


でも、少なくとも一つだけ、わかったことがある。


自分だけが、特別になりたかったわけではない。


「……何だよ、俺ら」


陸が笑うと、颯太も小さく笑った。


「……ほんとにな」


しばらく、二人は黙っていた。


机の上には、去年のセーラー姿の写真。


床には、畳みかけの制服。


陸は、写真を見つめた。


あの頃、颯太と並んでいるのが楽しかった。


同じリボンを結んで、同じ制服を着て。


相手に可愛いと言われるのも、相手を可愛いと思うのも嬉しかった。


颯太が、そっと写真を持ち上げた。


「……なあ、陸」

「何?」


「これ、もう一回着てみない?」


陸は、目を丸くした。


「……え?」


颯太は、少し照れたように笑った。


「去年の写真見てたら、懐かしくなった」


陸は、床のセーラー服を見た。


「……お前も持ってる?」


颯太が、うなずく。


「部屋にある」


陸は、少し考えた。


それから、にっと笑った。


「……いいじゃん!」


颯太も、小さく笑った。


「じゃあ、取ってくる」


颯太が部屋を出る。


陸は、床のセーラー服をそっと持ち上げた。


もう着ることはないと思っていた。


でも、また着られるのは嬉しかった。


しかも、颯太と一緒に。


陸は、思わず笑った。


「……何だよ、これ」


さっきまで、制服変更の失敗を嘆いていたのに。


今は、颯太とセーラー服を着るのが楽しみで仕方なかった。


****


しばらくして。


陸の部屋。


二人は、久しぶりにセーラー服を着ていた。


学校へ行くためではない。


寮の個室で、去年の制服を着て写真を撮るだけだ。


陸は、鏡の前でくるりと回った。


スカートのひだが、ふわっと広がる。


「……おお!」


思わず声が出た。


「懐かしい!」


白い襟。


淡い青のリボン。


見慣れたはずなのに、少し久しぶりだった。


陸は、鏡の前でリボンを整えた。


自然に手が動く。


一年間、毎朝やっていたことだ。


リボンを少し大きく結び、左右の形を整える。


前髪も、鏡を見ながら直した。


「……よし!」


陸は、満足そうに笑った。


「やっぱ、可愛いじゃん!」


すると、隣から声がした。


「……うん」


陸が振り向く。


颯太が、セーラー服を着て立っていた。


陸は、思わず息をのんだ。


去年まで、毎日のように見ていた姿だった。


短い黒髪。


きれいな白い襟。


淡い青のリボン。


涼しげな顔立ちに、濃紺のセーラー服がよく似合っている。


「……颯太」

「何?」


陸は、しばらく見つめていた。


それから、思わず笑った。


「……やっぱ、お前セーラー似合うな!」


颯太は、少しだけ笑った。


「そう?」

「うん。めちゃくちゃ可愛い!」


颯太は、少し照れたように目を伏せた。


その表情を見て、陸の胸が高鳴った。


去年も、こんなふうに褒めたことはあった。


でも、今は少し違った。


さっき、颯太が自分と公式ペアになりたかった理由を聞いた。


相手も、特別な関係になりたかったと知った。


だから、その照れた顔が、いつも以上に嬉しかった。


颯太が、陸を見た。


「……陸も」

「ん?」


「可愛いよ」


陸は、急に落ち着かなくなった。


「……そ、そう?」


颯太が、うなずく。


「うん」


それから、少しだけ笑った。


「俺、お前のセーラー姿、ずっと好きだった」


陸は、何も言えなかった。


颯太は続けた。


「前髪整えてるところも、リボン結んでるところも。鏡見て嬉しそうにしてるところも」


陸の胸が、ぎゅっとした。


颯太は、静かに言った。


「……見てるの、好きだった」


陸は、思わず俯いた。


「……何だよ、それ」


颯太が、少し首をかしげる。


「……陸?」


陸は、顔を上げた。


「……もっと早く言えよ!」


颯太は、少し驚いた顔をした。


陸は、もう止まらなかった。


「俺だって、お前のセーラー姿好きだったし! 毎朝リボン直してやるのも、結構楽しかったし!」


颯太が、少し目を丸くした。


陸は、勢いよく続けた。


「学ラン姿だって格好いいと思ってるし! 最近なんか、顔近づけられるだけでどきどきするし!」


言ってから、陸は固まった。


(……あ)


今、何を言った?


颯太が、じっとこちらを見ている。


陸は、慌てて口を閉じた。


颯太は、ゆっくり笑った。


「……俺もだよ」


陸は、顔を上げた。


颯太は、少しだけ照れたように続けた。


「学ランのお前も、格好いいと思った」


陸は、目を丸くした。


「……そう?」

「ああ。でも、こうしてセーラー着てるお前も好きだ」


颯太は、まっすぐこちらを見ていた。


「どっちも、陸だから」


陸は、しばらく何も言えなかった。


それから、思わず笑った。


「……お前、ほんとずるいな!」


颯太も笑った。


少しして、颯太が陸の胸元を見た。


「……陸」

「何?」


「リボン、少し曲がってる」


陸は、慌てて見下ろした。


「あれ? さっき整えたのに」


颯太は、一歩近づいた。


「……直していい?」


陸は、目を丸くした。


去年は、いつも自分が颯太のリボンを直していた。


颯太は、結び方が少し苦手だった。


だから、陸が教えていたのに。


「……お前、できるの?」


颯太が、少し笑った。


「一年も見てたから」


陸は、何も言えなくなった。


颯太は、リボンの結び目をそっと整えた。


指先が、胸元の近くで動く。


陸は、その手元をじっと見つめた。


丁寧な手つきだった。


自分が何度も教えた結び方を、ちゃんと覚えている。


「……これでいい」


颯太が顔を上げた。


陸は、鏡を見た。


左右がきれいにそろっている。


「……おお」


思わず声が出た。


「……上手じゃん」


颯太は、少しだけ笑った。


「先生がよかったから」


陸は、慌てて振り向いた。


「……お前、そういうこと!」


颯太は、楽しそうに笑った。


陸は、もう何も言い返せなかった。


代わりに、自分のリボンをそっと触った。


颯太が直してくれた結び目。


それが、たまらなく嬉しかった。


「……なあ、颯太」

「何?」


陸は、ゆっくり顔を上げた。


「……俺さ」


言葉が喉につかえた。


さっき、ノートに書いてしまったこと。


好きな相手に気持ちを知られるのが怖かった。


でも、もう隠していたくなかった。


目の前には、セーラー服姿の颯太がいる。


ずっと可愛いと思っていた親友。


学ラン姿も格好いいと思う相手。


制服が変わっても、毎日一緒にいたいと思う男子。


陸は、ぎゅっと指先を握った。


「……俺、お前が好き」


颯太の目が、大きくなった。


陸は、まっすぐ続けた。


「セーラー着てるお前も、学ラン着てるお前も、全部好き!」


颯太は、何も言わなかった。


陸は、少しだけ不安になった。


でも、今度は逃げなかった。


「……だから、公式ペアになりたかったんだ」


颯太は、じっと陸を見ている。


陸は、ゆっくり息を吸った。


「……親友のままじゃ、足りなかったから」


言ってしまった。


ずっと隠していた気持ち。


もう、理屈でごまかすことはできなかった。


颯太は、しばらく動かなかった。


それから、少しだけ息を吐いた。


「……陸」

「……何?」


颯太は、まっすぐこちらを見た。


「俺も、好きだ」


陸の胸が、大きく跳ねた。


颯太は、静かに続けた。


「ずっと、お前が好きだった」


陸は、何も言えなかった。


「お前がセーラー着て、楽しそうにしてるのを見るのが好きだった。学ランになってからも、毎朝一緒に歩けるのが嬉しかった」


颯太は、少し照れたように笑った。


「……だから、ペアになりたかった」


陸の胸が、いっぱいになった。


ずっと考えていた。


どうすれば颯太と公式ペアになれるか。


どうすれば、もっと一緒にいられるか。


どうすれば、颯太に自分を好きになってもらえるか。


でも、今。


颯太が、目の前で好きだと言っている。


陸は、思わず笑ってしまった。


「……何だよ、それ!」


颯太が、少し首をかしげる。


「……陸?」


陸は、颯太のセーラー服の袖をつかんだ。


「……俺、めちゃくちゃ嬉しい!」


颯太の表情が、ふっと柔らかくなった。


「……俺も」


その顔を見た瞬間、陸は考えるより先に身体が動いていた。


颯太を引き寄せる。


颯太が、少し驚いた顔をする。


でも、すぐに陸の肩へ手を回した。


顔が近づく。


陸は、そのままキスをした。


一瞬だけ。


本当に、一瞬だった。


離れた途端、陸は固まった。


「…………」


颯太も、少し驚いた顔をしている。


陸は、ゆっくり口を開いた。


「……待って」


颯太が、少し笑う。


「……また?」

「いや、今のは!」


陸は、慌てて両手を動かした。


「……その、理論上は!」


颯太が、とうとう吹き出した。


「……理論?」

「だって! 普通、告白して、返事して、それから付き合うって決めて!」


陸は、指を折って数え始めた。


「そのあと、手をつないだり、キスしたりするもので!」


颯太は、笑いながら陸を見た。


「……俺、好きだって言っただろ」

「そうだけど!」


「お前も好きって言った」

「……うん」


「キスも、嬉しかった」


陸は、言葉に詰まった。


颯太は、少しだけ近づいた。


「……だから、次」


陸は、目を丸くした。


「……次?」


颯太は、まっすぐこちらを見ていた。


「付き合おう、陸」


陸の胸が、大きく跳ねた。


いつもの無口な親友。


何を考えているのか、わからなくなることもある男子。


でも、今は違う。


颯太は、自分の気持ちをはっきり言ってくれている。


陸は、ようやく笑った。


「……うん!」


そして、颯太の手を握った。


「俺も、付き合いたい」


颯太は、嬉しそうに握り返した。


「……よかった」


陸は、思わず笑った。


「……お前も緊張してた?」


颯太は、少し考えた。


「……かなり」


陸は、目を丸くした。


「全然わかんなかった!」


颯太は、小さく笑った。


「……言わなかったからな」


陸は、声を出して笑ってしまった。


「そこは言えよ!」


颯太も笑う。


それから、少しだけ真面目な顔になった。


「……次からは、ちゃんと言う」


陸は、胸が温かくなった。


「……俺も」


颯太は、つないだ手を少し持ち上げた。


「……陸」

「何?」


「もう一回、キスしたい」


陸は、顔が熱くなった。


颯太から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


でも、嬉しかった。


「……うん」


陸は、少しだけ笑った。


「……いいよ」


颯太が、ゆっくり顔を近づけた。


陸も、自然に顔を上げる。


今度は、颯太からキスをした。


一度目とは違った。


慌てることも、順番を気にすることもなかった。


颯太の腕が、陸の背中へ回る。


陸も、そっと抱きしめ返した。


二人のセーラー服の袖が触れ合う。


去年まで何度も並んで歩いた制服だった。


でも、今は恋人同士として抱き合っている。


そのことが、陸には嬉しかった。


やがて、二人はゆっくり離れた。


颯太が、少し笑った。


「……どう?」


陸は、目を丸くした。


「……何が?」

「二回目」


陸は、思わず颯太を見た。


颯太は、楽しそうに笑っている。


「……感想、聞きたい」


陸は、しばらく颯太をにらんでいた。


でも、その顔が嬉しそうなので、とうとう笑ってしまった。


「……最高だったよ!」


颯太が、満足そうにうなずいた。


「そっか」


陸は、さらに落ち着かなくなった。


「……お前、意外と性格悪いな!」


颯太は、少し笑った。


「お前にだけ」


陸は、もう何も言い返せなかった。


代わりに、颯太へ抱きついた。


颯太も、しっかり抱きしめ返してくれた。


****


しばらくして、二人は鏡の前に並んだ。


セーラー服姿の陸と颯太。


去年まで、毎日のように見ていた二人だった。


でも、今日は恋人同士。


陸は、少しだけ笑った。


「……なあ、颯太」

「何?」


「俺ら、結局公式ペアにはなれなかったな」


颯太が、うなずいた。


「そうだな」


陸は、鏡の中の二人を見た。


同じセーラー服。


おそろいのリボン。


ずっと好きだった姿。


「……でも、恋人にはなれた」


颯太は、少しだけ笑った。


「うん」


陸は、頬が熱くなった。


「……これ、何か変な感じ」


颯太が、少し首をかしげる。


「何が?」

「だって、公式ペアになりたくて学ランにしたのに、結局二人とも学ランで、今はセーラー着て恋人になってるし」


颯太は、しばらく考えていた。


それから、ぽつりと言った。


「……結果は、よかっただろ」


陸は、思わず笑った。


「……まあ、そうだけど!」


颯太は、小さく笑った。


陸も笑った。


それから、思い出したようにスマホを取り出した。


「……なあ、写真撮ろうぜ!」


颯太が顔を上げる。


「今?」

「今!」


陸は、にっこり笑った。


「恋人になった記念!」


颯太は、少し照れたように笑った。


「……いいよ」


陸はスマホを構え、颯太の隣に並んだ。


「もっと寄って!」


颯太が、少し近づく。


「もっと!」


颯太は、陸の肩へ腕を回した。


陸は、思わず固まった。


「……ち、近い!」


颯太が、少し笑った。


「お前が言った」

「……そうだけど!」


颯太は、陸の顔を見た。


「……嫌?」


陸は、首を振った。


「……嫌じゃない」


颯太が、少しだけ笑った。


「じゃあ、このまま」


陸は、胸がどきどきした。


でも、嬉しかった。


スマホの画面には、セーラー服姿の二人が映っている。


颯太は、陸の肩へ腕を回している。


陸も、颯太に少し寄りかかった。


「……撮るぞ!」


シャッター音が鳴る。


陸は、写真を確認した。


二人とも、すごく楽しそうに笑っている。


「……いいじゃん!」


颯太も、のぞき込んだ。


「……うん」


陸は、去年の写真をもう一度開いた。


並べて見ると、制服は同じだ。


でも、二人の距離が違った。


去年の写真では、肩が少し触れるくらいだった。


今の写真では、颯太の腕が陸の肩を抱いている。


そして、陸自身も嬉しそうに颯太へ寄りかかっている。


陸は、思わず笑った。


「……何だ。ちゃんと変わってるじゃん」


颯太が、少し首をかしげた。


「……何が?」


陸は、スマホを見せた。


「俺らの関係」


颯太は、二枚の写真を見比べた。


それから、ゆっくり笑った。


「……そうだな」


陸は、スマホを置いた。


颯太のほうを向く。


「……なあ、颯太」

「何?」


「来年の制服は、ちゃんと相談しような」


颯太は、少し笑った。


「……うん」


陸は、さらに続けた。


「あと、何か大事なこと考えたら、ちゃんと言おう」


颯太は、まっすぐ陸を見た。


「……わかった」


少し間があった。


それから、颯太が静かに言った。


「……好きだよ、陸」


陸は、目を丸くした。


「……っ!」


颯太は、少し楽しそうに笑っている。


「……今、ちゃんと言った」


陸は、とうとう笑ってしまった。


「……お前、そういうことは急に言うんだな!」


颯太が、肩をすくめる。


「言ったほうがいいんだろ」


陸は、少し考えた。


それから、颯太の手を握った。


「……そうだよ」


照れくさかった。


でも、颯太が嬉しそうにしているので、もう一度言いたくなった。


「……俺も好き」


颯太は、ゆっくり笑った。


「……うん」


二人は、手をつないだまま、もう一度鏡の中を見た。


去年と同じセーラー服。


でも、去年とは違う二人。


陸は、今の自分たちが少し誇らしかった。


****


翌朝。


陸と颯太は、学ラン姿で寮を出た。


黒い詰襟。


銀色のボタン。


まっすぐなズボン。


昨日のセーラー服とは、また違う印象だった。


陸は、隣を歩く颯太を見た。


「……なあ、颯太」

「何?」


「学ランも、やっぱ似合うよな」


颯太が、少し笑った。


「お前も」


陸は、得意げに笑った。


「当然!」


颯太が、少しだけ手を伸ばした。


陸の襟元を整える。


「……ここ、少し折れてる」


陸は、思わず笑った。


「……お前、ほんと世話焼きだな」


颯太は、静かに笑った。


「……陸だから」


陸は、少しだけ顔を赤くした。


「……そういうの!」


颯太が、少し首をかしげる。


「何?」


陸は、思わず笑った。


「……もう少し、言葉選べよ!」


颯太は、少しだけ考えた。


それから、まっすぐ言った。


「……好きだよ」


陸は、固まった。


「……っ!」


颯太が、楽しそうに笑った。


陸は、顔を真っ赤にした。


「……お前!」


颯太は、何でもない顔で歩き出した。


陸は、慌てて追いかける。


「待てって!」


颯太が振り向いた。


陸は、隣に並んだ。


それから、少しだけ照れながら手を伸ばした。


颯太の手を握る。


颯太は、すぐに握り返してくれた。


陸は、ほっと笑った。


「……なあ」

「何?」


「俺ら、結局公式ペアにはなれなかったけどさ」


颯太が、うなずいた。


「……うん」


陸は、少し考えた。


「……恋人なんだし、こうして一緒にいられるよな」


颯太は、静かに笑った。


「……当たり前だろ」


陸は、にっこり笑った。


「……だよな!」


二人は、並んで校舎へ向かった。


セーラー服の頃も。


学ランになってからも。


ずっと一緒だった。


ただ、今は互いの気持ちを、ちゃんと言葉にできる。


陸は、隣を歩く颯太を見た。


颯太も、こちらを見て少し笑った。


その顔を見て、陸は思わず笑い返した。


昨日の写真が、頭に浮かんだ。


セーラー服姿で、肩を抱き合って笑っている二人。


今日の二人は、そろって学ラン姿だ。


でも、つないだ手は、昨日と同じだった。


陸は、少しだけ握る力を強めた。


颯太も、握り返してくれる。


もう、相手の気持ちを勝手に計算する必要はなかった。


知りたいことは、聞けばいい。


伝えたいことは、言えばいい。


陸は、隣の颯太へ笑いかけた。


「……なあ、颯太」

「何?」


「今日、放課後も一緒に帰ろう」


颯太は、少しだけ笑った。


「……うん」


それから、付け加えた。


「俺も、そう言おうと思ってた」


陸は、思わず笑ってしまった。


「……じゃあ、今度から先に言えよ!」


颯太も笑った。


「……お前もな」


二人は、顔を見合わせて笑った。


今度は、ちゃんと同じ気持ちを確かめられた。


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