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第4話 二人ともセーラーになっちゃった!

「誠! 俺、来年セーラーにする!」


十二月の放課後。


中野智紀は、嬉しそうに制服の希望調査票を差し出した。


田辺誠は、思わず手を止めた。


「……は?」

「だから、来年! 俺もセーラー組!」


智紀は、にこにこしている。


今は一年生の冬。


智紀は学ラン組で、誠はセーラー組だった。


二人は夏から付き合っている。


制服が違うため、学校の公式ペアにも登録していた。


授業のあとに待ち合わせたり、休日に買い物へ出かけたり、手をつないで歩いたり。


毎日が楽しかった。


ただ、寮だけは別々だった。


智紀は学ラン寮。


誠はセーラー寮。


二人とも寮生なので、夜には必ず別々の方向へ帰らなければならない。


「……ちょっと待て」


誠は、智紀の調査票をもう一度見た。


確かに、セーラー組に丸がついている。


「お前、学ラン気に入ってただろ」

「うん!」


「じゃあ、どうして?」


智紀は、当たり前のように答えた。


「だって、一緒がいいじゃん!」


誠は、言葉に詰まった。


智紀は、さらに続ける。


「俺らさ、いつも夜に別れるだろ?」

「……うん」


「同じ寮だったら、夕飯のあとも一緒にいられるし、勉強もできるし、朝も一緒に出られるじゃん!」


智紀は、楽しそうに笑った。


「最高じゃね?」


誠は、少しだけ頬が熱くなった。


確かに、同じ寮なら一緒にいられる時間が増える。


今でも、別れ際に名残惜しくなることがある。


昨日も、寮の分かれ道で智紀が「あと五分!」と言い出して、結局十分ほど話し込んでしまった。


同じ寮になれば、そんなこともなくなるのだろう。


でも、気になることがあった。


「……公式ペアは?」


智紀が首をかしげる。


「ん?」

「二人ともセーラーになったら、公式ペアには登録できないぞ」


学校の公式ペアは、セーラー組と学ラン組の二人で登録する制度だ。


二人とも同じ制服になれば、来年度は公式ペアを続けられない。


智紀は、少し考えた。


それから、あっさり笑った。


「いいじゃん!」

「……いいのか?」


「だって、俺ら恋人だろ?」


誠は、思わず黙った。


智紀は、まっすぐ誠を見た。


「公式ペアの行事に一緒に出られないのは残念だけどさ。それより、毎日もっと一緒にいたいんだよ」


誠の胸が、高鳴った。


智紀は、いつもこうだ。


思ったことを、まっすぐ言ってくる。


好きだとか、一緒にいたいとか。


恥ずかしいことも、平気な顔で言う。


誠は、そういう智紀が好きだった。


「……だから、先に相談しろって」


誠が言うと、智紀は笑った。


「今、相談してる!」

「もう丸つけてるだろ!」


「まだ調査票だって!」


誠は、思わず笑ってしまった。


智紀も笑う。


それから、少しだけ真面目な顔になった。


「……誠は、嫌?」


誠は、首を振った。


「……嫌じゃない」


むしろ、嬉しかった。


毎朝、智紀と一緒に寮を出る。


夕飯のあと、同じ方向へ帰る。


消灯前まで、部屋で話をする。


そんな毎日を想像すると、胸が温かくなった。


「……俺も、一緒がいい」


そう答えると、智紀は満面の笑みになった。


「やった!」


そして、勢いよく誠に抱きついた。


「うわっ、智紀!」

「来年、楽しみだな!」


誠は、少し照れながら笑った。


「……まだ希望が通るかわからないだろ」

「通るって!」


「希望者が多かったら抽選だぞ」

「じゃあ、当てる!」


「抽選に気合いは関係ない!」


智紀は、声を出して笑った。


誠も、とうとう笑ってしまった。


そのあと、二人はしばらく並んで座っていた。


智紀の学ランの袖が、誠のセーラー服の袖に触れている。


来年、本当に二人ともセーラー組になったら。


誠は、少しだけ智紀の顔を見た。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「セーラー服、似合うと思うよ」


智紀が、ぱっと笑った。


「マジ!?」

「うん。お前、可愛い顔してるし」


智紀は、少しだけ頬を赤くした。


「……誠に言われると、照れるな」


誠は、その顔を見て笑った。


「いつも俺には可愛いって言うくせに」

「だって、誠は可愛いもん!」


「……お前な」


誠は笑いながら、智紀の手を握った。


智紀が、すぐに握り返してくれる。


来年、同じ寮で過ごせたら。


いつでも、こんなふうに手をつなげるのだろうか。


誠は、まだ始まってもいない新しい生活を、楽しみに思った。


****


三月。


智紀のセーラー組への希望が承認された。


一月に正式申請を出し、二月にはセーラー組の希望者が定員を超えたため、抽選になっていた。


結果が届いた日の夕方。


誠のスマホが鳴った。


『誠! 当たった!』


続けて、通知の写真が送られてきた。


『セーラー組・希望承認』


誠は、思わず笑った。


『おめでとう』


すぐに返事が来る。


『来年から同じ寮!』


誠は、スマホを見つめた。


同じ寮。


同じ制服。


それに、同じクラスで過ごせるかもしれない。


嬉しくなって、思わず電話をかけた。


「……智紀」

『誠!』


「よかったな」

『おう! めっちゃ嬉しい!』


電話の向こうで、智紀が笑っている。


誠も笑った。


「……俺も」

『え?』


「……俺も、嬉しい」


少し間があった。


それから、智紀が嬉しそうに笑った。


『じゃあさ、四月になったら一緒に登校しような!』


誠は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」

『あと、リボンの結び方教えて!』


誠は、思わず笑った。


「自分でも練習しろよ」

『教えてくれたら、すぐ覚えるって!』


「……本当かな」

『信用ないなあ!』


二人は、電話越しに笑い合った。


****


四月。


二年生の始業式。


誠がセーラー寮の廊下を歩いていると、隣の部屋から元気な声が聞こえた。


「誠ー!」


扉が開き、智紀が飛び出してきた。


「どう!?」


誠は、その場で足を止めた。


智紀が、セーラー服を着ている。


濃紺の生地。


白い襟。


淡い青のリボン。


そして、軽く揺れるプリーツスカート。


見慣れた学ラン姿とは、まるで印象が違った。


「……おお」


誠は、思わず声を漏らした。


智紀が、くるりと回る。


「どうよ!」


誠は、しばらく見つめていた。


想像していたより、ずっと可愛い。


もともと表情が豊かで、人懐っこい智紀。


セーラー服を着ると、その明るさがいっそう際立って見えた。


「……似合ってる」


誠が答えると、智紀はぱっと笑った。


「マジ!?」

「うん。すごく可愛い」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「やった!」


それから、誠をじっと見た。


「……なあ」

「何?」


「誠も可愛い!」


誠は、思わず笑った。


「俺は去年から着てるだろ」

「でも、今日は一緒じゃん!」


智紀は、二人の制服を見比べた。


「おそろい!」


誠は、少し照れながら笑った。


確かに、二人とも同じ制服を着ている。


同じ白い襟。


同じ淡い青のリボン。


ただし、着こなしは少し違った。


誠は結び目を小さく整えている。


一方、智紀のリボンは、少し大きくて左右の長さが違う。


誠は、思わず手を伸ばした。


「……智紀」

「ん?」


「リボン、曲がってる」


智紀が胸元を見下ろす。


「え、マジ?」

「ほら、こっち向け」


智紀は、おとなしく誠の前に立った。


誠がリボンをほどき、結び直す。


智紀は、じっとこちらを見ていた。


「……なあ、誠」

「何?」


「こうしてもらうの、何かいいな」


誠は、手を止めた。


「……何が?」

「誠にリボン結んでもらうの」


智紀が、嬉しそうに笑った。


「恋人っぽい!」


誠は、顔が熱くなった。


「……だから、そういうの普通に言うなって」

「だって、恋人だし!」


誠は、笑いながら結び目を整えた。


「……できた」


智紀が鏡をのぞき込む。


「おお! めっちゃいい!」


誠も笑った。


「今度は自分でも結べるようになれよ」

「教えてくれる?」


「……もちろん」


智紀は、満面の笑みになった。


「やった!」


二人は、そのまま寮を出た。


同じ廊下を歩き、同じ階段を下りる。


外へ出ると、朝の光が二人のセーラー服を照らした。


智紀が、そっと誠の手を取る。


「……誠」

「ん?」


「同じ寮、最高だな!」


誠は、少し笑った。


「……まだ初日だぞ」

「初日から最高じゃん!」


誠は、つないだ手を握り返した。


「……そうだな」


二人は、手をつないで校舎へ向かった。


****


五月。


同じ寮での生活が始まって、一か月が過ぎた。


誠と智紀は、同じクラスになっていた。


朝は一緒に登校する。


昼休みには、同じ教室で話す。


夕食後も、同じ寮へ帰る。


最初は、それだけで嬉しかった。


ただ、誠には少し気になることがあった。


同じ寮になったのに、二人きりで過ごす時間が、思ったほど増えていないのだ。


きっかけは、寮の共用調理室だった。


智紀は料理が得意で、休日によくお菓子を作る。


ある日、同じ寮の男子たちに手作りのクッキーを分けたところ、予想以上に喜ばれた。


それ以来、智紀はよく料理について相談されるようになった。


「中野、この前のクッキーの作り方教えて!」

「いいよ!」


「週末、一緒にスコーン作らない?」

「いいじゃん!」


智紀は、いつも楽しそうに答えている。


誠は、そんな智紀を見るのが好きだった。


誰かが喜んでくれると、自分のことのように嬉しそうにする。


料理を作っているときの智紀は、普段以上に生き生きしている。


手つきも慣れていて、焼き上がりの時間まできちんと覚えていた。


誠は、最初にその姿を見たとき、少し驚いたものだった。


普段は思いついたらすぐ行動する智紀が、料理では分量を守り、焼き加減を確かめる。


好きなことには、とても真剣なのだ。


誠は、そんな智紀が誇らしかった。


ただ、その分、二人で過ごす時間は少なくなっていた。


誠にも、寮生活委員の仕事がある。


清掃当番の調整や備品の確認など、放課後に用事が入る日も多い。


智紀は、料理を教えてほしいと頼まれると、なかなか断らない。


同じ廊下で顔を合わせる。


教室でも話す。


夕食も、ほかの友人たちと一緒に食べる。


毎日会えているのに、落ち着いて二人で話す機会は減っていた。


誠は、少しだけ考えた。


智紀が楽しそうにしているのは嬉しい。


でも、自分も恋人と二人で過ごしたかった。


ある日の昼休み。


誠は、智紀を映画に誘った。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「金曜の夜、時間ある?」


智紀が顔を上げる。


「あるよ!」

「……俺の部屋で、映画観ない?」


智紀は、ぱっと笑った。


「いいじゃん!」


誠は、少し照れながら続けた。


「八時から。前に観たいって言ってたやつ」

「おお! あれ観ようぜ!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「楽しみ!」


誠も笑った。


久しぶりに、二人だけで過ごせる。


金曜日が、少し待ち遠しくなった。


****


金曜日。


夜八時。


誠は自分の部屋で、映画を観る準備をしていた。


机の上には、飲み物と小さなお菓子。


ノートパソコンを開き、映画の再生画面を表示してある。


智紀が来たら、すぐに始められる。


誠は時計を見た。


八時五分。


まだ来ない。


スマホを確認する。


連絡はなかった。


八時十分。


誠は、少しだけ眉を寄せた。


何か用事ができたのだろうか。


メッセージを送る。


『智紀、どうした?』


返事はすぐには来なかった。


八時十五分。


誠は、部屋を出た。


廊下を歩いていると、共用調理室のほうから声が聞こえた。


「中野、これどうする?」

「そこ、もうちょっと混ぜて!」


智紀の声だった。


誠が入口からのぞくと、智紀が数人の男子と調理台を囲んでいた。


週末の持ち寄り会で作るお菓子の試作をしているらしい。


「……智紀」


呼びかけると、智紀が振り向いた。


「誠!」


そして、時計を見た。


「……あっ!」


誠は、黙っていた。


智紀は慌てて手を洗い、こちらへ来た。


「ごめん! 八時だった!」

「……うん」


「ちょっとだけ手伝うつもりだったんだけど、思ったより時間かかって……」


智紀は、申し訳なさそうに眉を下げた。


「すぐ行く!」


誠は、調理台を見た。


途中まで混ぜた生地。


分量を確認している男子たち。


智紀が教えてくれるのを待っている。


誠は、少しだけ息を吐いた。


「……片づけ、終わってからでいい」

「でも!」


「途中で放り出すわけにもいかないだろ」


智紀は、少し考えてからうなずいた。


「……わかった。急いで終わらせる」


誠は、自分の部屋へ戻った。


机の上には、二人分の飲み物が置いてある。


映画の画面は、まだ止まったままだった。


誠は、椅子に座った。


映画を観るのが楽しみだった。


でも、本当は映画そのものより、智紀と二人で過ごせることが楽しみだった。


同じ寮になれば、もっと一緒にいられると思っていた。


夕飯のあとでも会える。


部屋もすぐ隣だ。


それなのに、最近は顔を合わせるだけで一日が終わってしまう。


(……何だろうな)


誠は、画面を見つめた。


智紀が悪気なく約束を忘れてしまったことはわかっている。


頼られると嬉しくなって、夢中になってしまうのも知っている。


でも。


自分との約束も、楽しみにしていてほしかった。


誠は、机の上の飲み物を見た。


(……寂しいな)


そう思った。


そのことを、智紀に伝えようと決めた。


****


智紀が部屋へ来たのは、八時二十分を少し過ぎた頃だった。


「……誠」


入口に立った智紀は、いつもの元気がなかった。


「ごめん」


誠は、椅子から立ち上がった。


「……入れよ」


智紀が部屋へ入る。


机の上の飲み物とお菓子を見て、少しだけ眉を下げた。


「……準備してくれてたんだ」

「うん」


智紀は、誠を見た。


「……怒ってる?」


誠は、少し考えた。


「……寂しかった」


智紀の表情が変わった。


誠は、ゆっくり続けた。


「同じ寮になってから、毎日会えるようになっただろ」

「……うん」


「でも、二人でゆっくり話す時間、最近あんまりなかった」


智紀は、黙って聞いていた。


誠は、指先を握った。


「俺も委員会の仕事があるし、お前も料理で忙しい。それはわかってるけど」


少し間を置く。


「……今日は、楽しみにしてたんだ」


智紀は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


誠は、顔を上げた。


「智紀と、二人で過ごしたかった」


智紀は、しばらく何も言わなかった。


それから、一歩近づいた。


「……誠」

「何?」


智紀は、少しだけ顔を伏せた。


「俺、同じ寮になったら、いつでも一緒にいられると思ってた」


誠は、静かに聞いていた。


智紀は続けた。


「教室でも会えるし、寮でも会えるし。だから、二人で過ごす時間もいっぱいあると思ってた」


誠は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」

「だから、料理を頼まれたら、つい引き受けちゃってた。あとで誠に会えばいいやって」


智紀は、机の上のパソコンを見た。


「……でも、誠は今日のために準備してくれてたんだよな」


誠は、うなずいた。


智紀は、まっすぐこちらを見た。


「俺、誠が楽しみにしてたこと、ちゃんと考えてなかった」


そして、深く頭を下げた。


「……ごめん。今日は俺が悪かった」


誠は、少しだけ笑った。


「……うん」


智紀が、そっと手を伸ばす。


誠も、その手を取った。


「次から、ちゃんと時間守る」

「……うん」


「頼まれごとがあっても、約束がある日は先に言う!」


誠は、思わず笑った。


「……そうしてくれると嬉しい」


智紀も、少し笑った。


それから、照れくさそうに続ける。


「……俺、誠と一緒にいたくてセーラーになったんだもんな」


誠は、顔を上げた。


智紀は、ぎゅっと手を握った。


「同じ寮になっただけで満足してた。ちゃんと二人の時間、作らないとな」


誠は、胸が温かくなった。


「……俺も、そう思う」


少し間があった。


誠は、勇気を出した。


「……あとさ」

「ん?」


「俺からも、もっと誘っていい?」


智紀は、目を丸くした。


「……え?」


誠は、少し照れながら続けた。


「映画とか、買い物とか。二人で過ごしたいって、もっと言っていい?」


智紀は、ぱっと笑った。


「当たり前じゃん!」


誠は、少し驚いた。


智紀は、嬉しそうに笑っている。


「誠から誘ってくれたら、俺めっちゃ嬉しい!」


誠は、思わず笑った。


「……そうか」

「うん!」


智紀は、誠の手を引いた。


「なあ、誠」

「何?」


「今から、ちょっとだけ一緒にいようぜ」


誠は、時計を見た。


もう映画を全部観るには遅い。


でも、まだ消灯までは時間がある。


誠は、少しだけ笑った。


「……じゃあ、隣に座って」


智紀は、ぱっと笑った。


「おう!」


二人は、ベッドの端に並んで座った。


智紀が、そっと誠の肩へ頭を寄せる。


誠も、少しだけ身を寄せた。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「来週、もう一回映画観よう」


智紀が、嬉しそうに笑った。


「いいじゃん!」


誠は、少し考えた。


「……今度は、先に予定を決めておこう」


智紀が笑った。


「よし! 予約!」


そう言って、スマホを取り出す。


予定表を開き、来週の日曜日の夕方に入力した。


『誠と映画』


さらに、開始前に知らせる通知も設定した。


誠は、思わず笑った。


「……そこまでやるのか」


智紀は、真面目な顔でうなずいた。


「だって、もう忘れたくないし!」


誠は、胸が温かくなった。


「……ありがとう」


智紀が、少し照れたように笑う。


「……おう」


誠は、自分のスマホにも同じ予定を入れた。


その日、二人は映画を観なかった。


代わりに、最近あったことをゆっくり話した。


委員会の仕事。


智紀が作ってみたいお菓子。


誠が休日に行ってみたい店。


一緒に暮らしていると思っていたのに、知らないことがまだたくさんあった。


誠は、それが少し嬉しかった。


****


翌週の日曜日。


約束の時間より少し早く、誠の部屋がノックされた。


「誠! 来たぞ!」


扉を開けると、智紀が立っていた。


両手に、小さな紙袋を抱えている。


「……早いな」


誠が言うと、智紀は得意げに笑った。


「だろ!」

「今日は、まだ時間まで十五分あるぞ」


「知ってる!」


智紀は、紙袋を持ち上げた。


「映画のおやつ、作ってきた!」


中には、小さな焼き菓子が入っていた。


誠が好きな、甘さを控えめにしたクッキーだった。


「……これ」

「この前、甘すぎないほうが好きって言ってただろ?」


誠は、顔を上げた。


智紀は、にっこり笑った。


「覚えてた!」


誠は、胸が温かくなった。


あの夜、自分が寂しかったことを伝えた。


智紀は、ちゃんと聞いてくれた。


そして、今日の約束を覚えていてくれた。


それだけではなく、自分の好みのお菓子まで用意してくれていた。


「……ありがとう」


誠が言うと、智紀は少し照れた。


「……へへ」


二人は、予定どおり映画を観た。


智紀は途中で何度か笑い、好きな場面になると身を乗り出した。


誠も、つられて笑った。


見終わったあとには、感想を言い合った。


「最後、ああなるとは思わなかった!」

「……俺も。途中の台詞が伏線だったんだな」


「えっ、どこ!?」

「ほら、最初のほうで……」


話しているうちに、また映画を見返したくなった。


智紀は、楽しそうに笑っていた。


誠は、その顔を見て思った。


同じ寮になったから、一緒に映画を観られた。


でも、今日が楽しかったのは、それだけではない。


智紀が約束を覚えていてくれたこと。


自分も楽しみにしていたこと。


二人で、その時間を大切にできたこと。


それが嬉しかった。


映画が終わって、智紀が帰ろうとしたとき。


誠は、自分から手を伸ばした。


「……智紀」

「ん?」


「今日は、楽しかった」


智紀は、ぱっと笑った。


「俺も!」


誠は、少し照れながら続けた。


「……また誘う」


智紀が、嬉しそうにうなずいた。


「待ってる!」


それから、思い出したように言った。


「でも、俺からも誘うからな!」


誠は笑った。


「……うん」


どちらからでも誘える。


二人で予定を決められる。


そう考えると、これからの毎日が少し楽しみになった。


****


十一月。


冬の寮パーティーの準備が始まった。


誠は寮生活委員として、当日の進行や備品の確認を担当していた。


智紀は、料理担当として参加することになった。


「今年、チョコレートケーキ作りたい!」


智紀が提案すると、周囲の男子たちが歓声を上げた。


「いいじゃん!」

「中野のケーキ、絶対うまい!」


「俺も手伝う!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


誠も、隣で笑っていた。


あれから半年ほど。


智紀は、相変わらず料理が好きだった。


頼まれごとも多い。


でも、二人で予定を決めた日は、ちゃんと時間を空けるようになった。


誠も、以前より自分から誘うことが増えた。


映画を観る。


休日に出かける。


夕食後、少しだけ一緒に散歩する。


大げさな予定ではない。


それでも、二人だけの時間が増えていた。


準備の打ち合わせが終わったあと。


智紀が、誠の隣へ来た。


「誠!」

「ん?」


「ケーキ作り、手伝ってくれる?」


誠は、少し驚いた。


「俺が?」

「うん!」


智紀は、にっこり笑った。


「だって、一緒がいいじゃん!」


誠は、思わず笑った。


「……お前、ほんとそれ好きだな」

「本当のことだし!」


誠は、少し考えた。


寮生活委員の仕事もある。


準備することも多い。


でも、智紀と一緒に何かを作る時間は、きっと楽しい。


「……いいよ」


智紀が、ぱっと笑った。


「やった!」


誠は、少しだけ照れながら続けた。


「……ただし、先に予定を決めよう」


智紀が、笑った。


「もちろん!」


二人は、準備の日程を確認した。


共用調理室が使える日。


必要な材料。


当日の作業時間。


誠は、細かくメモを取った。


智紀は、楽しそうにケーキの絵を描いている。


丸いケーキに、チョコレートの飾り。


いちごまで描き込んである。


誠は、それを見て笑った。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「ケーキ、もう一つ作らない?」


智紀が顔を上げた。


「……もう一つ?」


誠は、少し照れながら続けた。


「パーティー用とは別に、小さいやつ」


智紀が首をかしげる。


「誰かにあげるの?」


誠は、ゆっくり首を振った。


「……俺たち用」


智紀が、ぴたりと動きを止めた。


誠は、少しだけ顔を赤くした。


「……二人で食べたい」


智紀は、しばらく誠を見つめていた。


それから、満面の笑みになった。


「……それ、最高じゃん!」


誠は、思わず笑った。


智紀は、嬉しそうに続けた。


「じゃあさ、小さい丸いケーキにしよう!」

「うん」


「いちご、二つ乗せて!」

「……いいな」


「チョコで飾りも作ろうぜ!」


智紀は、楽しそうに話している。


誠は、その顔を見て嬉しくなった。


パーティー用のケーキを作る智紀も好きだ。


みんなに喜んでもらいたいと、張り切っている姿も好きだ。


でも、今日は自分からお願いしたかった。


二人だけのケーキを、一緒に作りたい。


その小さな願いを、智紀がこんなに喜んでくれている。


誠は、そっと智紀の手を握った。


「……楽しみだな」


智紀が、にっこり笑った。


「おう!」


そのあと、智紀は自分のスマホを取り出した。


予定表に、ケーキを作る日を書き込む。


『誠とケーキ作り』


誠は、思わず笑った。


「……また、そのまんまだな」


智紀は、得意げに笑った。


「大事な予定だろ!」


誠は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


そして、自分の予定表にも同じことを書き込んだ。


****


十二月。


寮の冬パーティー前日。


共用調理室では、智紀と誠が並んでケーキを作っていた。


「誠! そっちのチョコ、溶けた?」

「うん。もう少しでいいと思う」


「よし!」


智紀は、大きなボウルを持ち上げた。


誠は、材料の分量を確認する。


二人で役割を分担すると、作業は驚くほど順調だった。


智紀は、手際がいい。


生地を混ぜる速度も、クリームの固さを見る目も、慣れている。


一方、誠は計量が正確だった。


材料を一つずつ確認し、作業台をきれいに保つ。


「……なあ、誠」


智紀が言った。


「ん?」

「俺ら、結構いいコンビじゃね?」


誠は、少し笑った。


「……そうだな」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「俺が作って、誠が段取りして!」

「お前、段取りはもう少し覚えたほうがいいぞ」


「前よりは覚えたじゃん!」


誠は、思わず笑った。


「……それは、まあ」


智紀が、得意げに胸を張る。


「だろ!」


誠は、もう一度作業表を見た。


「じゃあ、次はクリームだな」

「了解!」


二人で作った生地が焼き上がる。


甘い香りが調理室に広がった。


「……おお」


誠は、思わず声を上げた。


「すごいな」


智紀は、得意げに笑った。


「だろ!」


二人でクリームを塗り、飾りをつける。


途中からは、ほかの寮生たちも手伝いに来た。


「中野、何かやることある?」

「じゃあ、この飾りお願い!」


「田辺、皿はどこ?」

「そこの棚。人数分あるか確認してくれる?」


みんなで作業すると、大きなケーキが完成した。


きれいに塗られたチョコレートクリーム。


上には、いちごとチョコレートの飾り。


智紀が、満足そうに笑った。


「……よし!」


誠も笑った。


「いい出来だな」


そのあと、周囲の男子たちは片づけに取りかかった。


智紀も、使った道具を洗っている。


誠は、自分たちの作業台を確認した。


パーティー用のケーキは完成した。


あとは、二人だけの小さなケーキだ。


誠が材料を取り出していると、智紀が隣へ来た。


「……誠」

「ん?」


「次、俺らのだな!」


誠は、笑った。


「……うん」


智紀は、小さな型を取り出した。


誠は、材料を並べる。


今度は、二人で最初から最後まで作ることにした。


「誠、ここ混ぜてみて」

「……こう?」


「うん。もうちょっとゆっくり」


誠は、言われたとおりに混ぜた。


智紀が隣からのぞき込む。


「おお! いい感じ!」


誠は、少し笑った。


「……本当?」

「本当!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「誠、上手じゃん!」


誠は、頬が少し熱くなった。


料理は智紀のほうが得意だ。


でも、こうして一緒に作るのは楽しかった。


小さなケーキが焼き上がると、二人でクリームを塗った。


誠は、少しだけ緊張していた。


「……これ、曲がってない?」


智紀が、のぞき込む。


「全然!」

「……でも、こっちが少し厚い」


智紀は、思わず笑った。


「誠、細かいなあ!」


誠も笑った。


「……だって、二人で食べるやつだから」


智紀の笑顔が、少しだけ柔らかくなった。


「……そっか」


誠は、顔を上げた。


智紀が、にっこり笑う。


「じゃあ、もっときれいに仕上げようぜ!」


誠も笑った。


「……うん」


智紀は、クリームの塗り方を教えてくれた。


誠も、教わったとおりに少しずつ整えていく。


二人で確認しながら作業すると、きれいな形になった。


最後に、いちごを二つ乗せる。


チョコレートの飾りを添える。


小さなケーキが完成した。


智紀は、満足そうに笑った。


「……できた!」


誠も笑った。


「……うん」


二人で作った、小さなケーキ。


明日の夜、二人だけで食べる。


誠は、そのことが楽しみだった。


****


冬パーティー当日。


共用ホールには、寮生たちが集まっていた。


テーブルには料理が並び、中央には大きなチョコレートケーキが置かれている。


「うわ、すげえ!」

「これ、中野と田辺が作ったの!?」


「めっちゃうまそう!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「みんなで作ったんだって!」


誠も、隣で笑っていた。


ケーキが切り分けられると、周囲から歓声が上がった。


「うまっ!」

「チョコ濃い!」


「中野、また作って!」


智紀は、満面の笑みになった。


「いいよ!」


誠は、その顔を見て笑った。


智紀は、誰かが自分の作ったものを食べて喜んでくれるのが、本当に好きなのだ。


それは、誠にとっても嬉しいことだった。


しばらくすると、智紀は次々に声をかけられた。


「中野、今度はアップルパイ教えて!」

「いいよ!」


「俺、シュークリーム作ってみたい!」

「じゃあ、今度やろうぜ!」


智紀は、楽しそうに話している。


誠は、少し離れたところで寮生活委員の仕事をしていた。


食器の回収。


片づけの確認。


最後の人数チェック。


忙しく動きながらも、ときどき智紀のほうを見た。


すると、智紀と目が合った。


智紀が、小さく手を振る。


誠も、手を振り返した。


そして、智紀が自分のスマホを取り出すのが見えた。


画面を確認し、何かを思い出したように笑う。


少しして、智紀は話していた男子たちに声をかけた。


「ごめん! その話、また今度な!」


相手がうなずく。


智紀は、片づけの終わっていない場所へ向かい、自分の担当作業を始めた。


誠は、それを見て少し笑った。


約束を覚えていてくれたのだ。


冬パーティーが終わりに近づいた頃。


誠が最後の備品を確認していると、智紀が隣へ来た。


「誠」

「ん?」


「そろそろ、俺らのケーキ食べようぜ」


誠は、少し驚いた。


「……でも、片づけは?」


智紀は、にっこり笑った。


「俺の分は、もう終わらせた!」


誠が周囲を見ると、確かに智紀の担当した場所は片づいていた。


「……早いな」

「だって、約束したじゃん!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「今日は、誠と二人でケーキ食べる日!」


誠は、思わず笑った。


「……うん」


智紀は続けた。


「誠のほうは終わりそう?」


誠は、最後のチェック表を見た。


「……もう終わった」

「じゃあ、行こう!」


智紀が、手を差し出した。


誠は、その手を取った。


二人は、パーティー会場をあとにした。


****


誠の部屋。


机の上には、小さなチョコレートケーキが置かれていた。


丸いケーキ。


二つのいちご。


小さなチョコレートの飾り。


誠は、しばらく眺めていた。


「……いいな、これ」


智紀が、にっこり笑った。


「だろ!」


誠は、ケーキを見つめた。


大きなケーキは、寮のみんなで食べた。


誰かが喜ぶたびに、智紀も嬉しそうに笑っていた。


それが、誠も嬉しかった。


でも、この小さなケーキは違う。


智紀と自分のためだけに作った。


二人で相談して、二人で時間を決めて、二人で完成させたケーキだ。


誠は、少しだけ笑った。


「……食べようか」

「おう!」


二人でケーキを切り分ける。


小さな皿に、一切れずつ。


いちごは、一つずつ乗せた。


誠がフォークを持つ。


「……いただきます」


智紀も笑った。


「いただきます!」


ひと口食べる。


チョコレートの甘さが広がった。


「……おいしい」


誠が言うと、智紀は満面の笑みになった。


「やった!」


誠は、もうひと口食べた。


一緒に作ったからだろうか。


いつもより、おいしく感じる。


智紀も、嬉しそうに食べている。


誠は、その顔を見て笑った。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「今日、楽しかった?」


智紀は、すぐにうなずいた。


「めっちゃ楽しかった!」


誠も笑った。


「……俺も」


智紀は、少しだけ首をかしげた。


「……誠」

「何?」


「最近、よく誘ってくれるよな」


誠は、少しだけ顔を赤くした。


「……そう?」

「うん!」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「映画とか、買い物とか、今日のケーキとか!」


誠は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


智紀は、少しだけ真面目な顔になった。


「俺、それがめっちゃ嬉しい」


誠は、胸が温かくなった。


智紀が、照れくさそうに続ける。


「俺さ、料理してるときって、頼んでくれた人が喜ぶ顔を想像するんだよ」

「……うん」


「だから、誠が一緒にケーキ作りたいって言ってくれたの、すごく嬉しかった」


誠は、智紀を見つめた。


智紀は、少し笑った。


「……誠が俺と何かしたいって言ってくれるの、好きなんだよな」


誠は、胸がいっぱいになった。


最初は、智紀から誘ってくれることのほうが多かった。


智紀が一緒にいたいと言う。


智紀が手をつなぐ。


智紀が抱きつく。


誠は、それが嬉しかった。


でも、いつの間にか、自分からも智紀を求めたいと思うようになった。


映画も、ケーキも、自分から誘った。


智紀は、どちらも喜んでくれた。


誠は、フォークを置いた。


そして、智紀のほうへ身体を向けた。


「……なあ、智紀」

「ん?」


「俺、最初はさ」


誠は、少しだけ考えた。


「同じ寮になったら、ずっと一緒にいられると思ってた」


智紀が、うなずいた。


「……うん」

「でも、同じ寮でも、ちゃんと時間を作らないと、二人きりにはなれないんだなって」


智紀は、少し笑った。


「……そうだな」


誠は、智紀の手を取った。


「……だから、これからも誘う」


智紀が、顔を上げる。


誠は、少し照れながら続けた。


「映画も、買い物も、料理も。俺からも、いっぱい誘う」


智紀は、嬉しそうに笑った。


「……誠!」


誠も笑った。


それから、少しだけ考えた。


今日は、智紀がみんなのためにケーキを作ってくれた。


友人たちに料理を教えて、笑顔にしていた。


自分のためにも、おいしいケーキを作ってくれた。


その智紀を、今度は自分が喜ばせたかった。


「……智紀」

「何?」


誠は、そっと手を引いた。


「こっち来て」


智紀が、少し驚いた顔をした。


「……ん?」


誠は、椅子から立ち上がった。


そして、智紀を優しく抱きしめた。


智紀が、小さく息をのむ。


いつもは智紀のほうから抱きついてくる。


誠が自分から抱きしめることは、あまり多くなかった。


智紀は、一瞬驚いたあと、すぐに嬉しそうに腕を回した。


「……誠?」


誠は、智紀の肩に顔を寄せた。


「……今日は、俺から甘やかしたい」


智紀が、少しだけ笑った。


「……マジ?」


誠は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


智紀は、少し考えたようだった。


それから、いつもより柔らかい声で言った。


「……じゃあ、いっぱい甘えていい?」


誠は、胸が温かくなった。


「……もちろん」


智紀が、ぎゅっと抱きついてくる。


「……やった」


その声が、いつもより小さかった。


誠は、思わず笑った。


「……お前、そんな声も出すんだな」


智紀は、顔を上げた。


「何だよ!」


誠は、智紀の顔を見た。


いつもの元気な笑顔。


でも、今は少しだけ照れている。


誰かを喜ばせるのが大好きな智紀が、自分に甘えることを喜んでいる。


そのことが、たまらなく嬉しかった。


誠は、そっと智紀の髪に触れた。


「……今日、お疲れさま」


智紀が、目を丸くした。


誠は続けた。


「大きなケーキも、小さなケーキも、おいしかった」


智紀の表情が、少しずつ柔らかくなった。


「……うん」

「みんなも、すごく喜んでたな」


智紀が、嬉しそうに笑った。


「……おう」


誠は、もう一度抱きしめた。


「……俺も、すごく嬉しかった」


智紀は、しばらく何も言わなかった。


それから、誠の肩へ顔を寄せた。


「……誠」

「何?」


「……もうちょっと、こうしてて」


誠は、ゆっくり笑った。


「……いいよ」


智紀を抱きしめる。


智紀も、安心したように身を寄せてくる。


しばらくすると、智紀が小さく笑った。


「……何か、いいな」


誠は、少し首をかしげた。


「……何が?」

「誠に甘やかされるの」


智紀は、少し照れくさそうに続けた。


「俺、いつも誠に好きって言ったり、抱きついたりしてるじゃん」

「……うん」


「それも楽しいけどさ。こうやって、誠から来てくれるのも、めっちゃ嬉しい」


誠は、胸が温かくなった。


「……そっか」


智紀が、顔を上げた。


「……なあ、誠」

「何?」


「今日、もうちょっと甘やかして?」


誠は、思わず笑った。


「……お前な」


智紀も笑った。


でも、その顔は少し恥ずかしそうだった。


誠は、智紀の頬へそっと手を添えた。


「……いいよ」


智紀が、嬉しそうに笑う。


誠は、ゆっくり顔を近づけた。


智紀も、自然に目を閉じる。


唇が、そっと触れた。


優しいキスだった。


誠が顔を離すと、智紀は目を開けた。


「……誠から来た」


誠は、少し照れながら笑った。


「……たまには、いいだろ」


智紀は、満面の笑みになった。


「いいに決まってるじゃん!」


誠は、その顔が可愛くて仕方なかった。


いつもは智紀が先に気持ちを伝えてくれる。


好きだと言ってくれる。


一緒にいたいと誘ってくれる。


でも、自分から求めても、智紀はこんなに喜んでくれる。


誠は、もう一度智紀を抱き寄せた。


智紀が、少しだけ驚いた顔をする。


「……誠?」


誠は、ゆっくり笑った。


「……まだ甘やかしてほしいんだろ?」


智紀が、ぱっと笑った。


「……おう!」


誠は、もう一度顔を近づけた。


今度は、迷わなかった。


智紀も、しっかり腕を回してくれる。


二人は、ゆっくりキスをした。


さっきよりも、少し長い。


互いの気持ちを確かめるような、優しいキスだった。


やがて、ゆっくり離れる。


智紀は、少し照れたように笑った。


「……誠」

「ん?」


「……めっちゃ幸せ」


誠は、胸が温かくなった。


「……俺も」


智紀が、ぎゅっと抱きついてくる。


誠も、しっかり抱きしめ返した。


しばらくして、智紀が顔を上げた。


「……なあ、誠」

「何?」


「来年も、二人でセーラーにしような!」


誠は、少し笑った。


「……希望が通ればな」


智紀が笑った。


「絶対、希望出す!」


誠も笑った。


「……うん」


智紀は、少しだけ考えた。


それから、誠を見た。


「でもさ、また同じ寮になれても、ちゃんと二人の時間、作ろうな」


誠は、少し驚いた。


智紀が、こんなふうに言うとは思っていなかった。


誠は、嬉しくなって笑った。


「……もちろん」


智紀は、満面の笑みになった。


「よし!」


誠は、そっと智紀の手を握った。


同じ寮になれた。


一緒に暮らせるようになった。


それは、二人にとって嬉しいことだった。


でも、それだけでは、今日のような時間は生まれなかっただろう。


自分から一緒にいたいと言えた。


智紀も、それを喜んでくれた。


そして、自分から甘やかすことが、こんなに楽しいと知った。


誠は、智紀を見つめた。


「……智紀」

「ん?」


「……また、二人だけのケーキ作ろう」


智紀は、ぱっと笑った。


「もちろん!」


誠も笑った。


今度は、自分から智紀の肩へ頭を寄せた。


智紀が、嬉しそうに抱きしめてくれた。


****


消灯前。


智紀は、自分の部屋へ戻るために立ち上がった。


「……じゃあ、また明日な!」


誠も立ち上がる。


「……うん」


扉の前まで見送る。


智紀は、少しだけ振り向いた。


「……誠」

「何?」


「今日、めっちゃ楽しかった!」


誠は、笑った。


「……俺も」


智紀が、にっこり笑う。


「明日の朝、一緒にご飯食べような!」


誠は、少し考えた。


それから、智紀の手を取った。


「……智紀」

「ん?」


「明日、俺が起こしに行ってもいい?」


智紀は、目を丸くした。


それから、満面の笑みになった。


「……もちろん!」


誠は、少しだけ笑った。


「……じゃあ、明日な」


智紀が、ぎゅっと手を握り返した。


「おう!」


扉が閉まる。


誠は、しばらくその場に立っていた。


智紀の部屋は、同じ廊下のすぐ隣。


明日の朝になれば、また会える。


でも、次に一緒に過ごす時間が決まっていることが、嬉しかった。


誠は、机の上を見た。


小さなケーキの皿。


二人で使ったフォーク。


そして、智紀が嬉しそうに笑っていた場所。


誠は、少しだけ笑った。


同じ寮になれたことが、嬉しかった。


でも、今はそれだけではなかった。


智紀と一緒にいたい。


そう言えば、智紀は喜んでくれる。


自分から甘やかすことだってできる。


誠は、スマホを取り出した。


明日の予定を開く。


『智紀と朝ごはん』


そう入力して、少し笑った。


それから、もう一つ書き足した。


『智紀を起こしに行く』


少し考えて、最後に小さく付け加えた。


『リボンも見てあげる』


誠は、思わず笑った。


智紀はきっと、明日も元気に部屋から飛び出してくる。


そして、隣を歩きながら、今日あったことを楽しそうに話すのだろう。


でも、今度は自分からも誘いたい。


明日の朝ごはんの次は、何をしよう。


誠は、予定表の空いている日を眺めた。


智紀と行ってみたい店。


一緒に観たい映画。


二人で作ってみたいお菓子。


考え始めると、いくらでも思いつく。


誠は、満足そうにスマホを閉じた。


明日の朝も、きっと楽しい。


そして、明日だけではない。


これからも、二人で楽しい時間を作っていける。


そう思いながら、部屋の明かりを消した。


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