↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の主 ~俺だけが異能に目覚めたので、小さな世界を育てていたら国家機密になりました~  作者: にゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/31

地面の下にあったもの

 土曜日の朝、伊織は普段より少し早く目を覚ました。今日は箱庭を手に入れてから初めて《領域拡張》を試す予定であり、昨日から何が起こるのか気になっていたため、休日にもかかわらず二度寝する気にはならなかった。


 朝食を済ませ、飲み物と軽食をリュックへ入れてから箱庭へ移動する。視界が切り替わると、畑では野菜が育ち、三羽の鶏が草地を歩き、若い森からは鳥の鳴き声が聞こえてきた。泉から続く小川にも魚が定着しており、最初は静かだった箱庭にも随分と生命が増えている。


「ここまで育ったから、拡張できるようになったってことか」


 管理画面には、生命循環が安定したことで新しい領域を開放できるようになったと表示されている。伊織は既存の環境に問題がないことを確認してから、箱庭の外周を覆っている白い霧の近くまで移動した。


 これまで何度か触れたことのある境界だが、どれだけ押しても先へ進むことはできなかった。伊織はその白い霧を目の前にしながら《領域拡張》を実行すると、箱庭全体が僅かに震えたような感覚が足元から伝わってきた。


 直後、目の前の白い霧がゆっくりと遠ざかり始めた。新しく地面が生まれているというより、今まで霧の向こう側へ隠されていた土地が少しずつ姿を現しているように見える。


「思ったより広いな……」


 境界が完全に止まるまで数分ほどかかった。新しく現れた場所には草地だけではなく緩やかな丘もあり、これまでほとんど平坦だった箱庭とは少し違った景色が広がっている。


 伊織はすぐに植物や動物を追加することはせず、まず新しい領域を歩いてみることにした。以前なら端から端までそれほど時間をかけず移動できたが、今回の拡張によって歩かなければならない距離も明らかに伸びている。


 それでも伊織にとっては嬉しい変化だった。畑については現在の広さで十分だが、森をさらに広げることもできるし、小川を延ばして水辺を増やす余裕も生まれている。


 新しい領域を半分ほど歩いたところで、伊織は緩やかな丘へ向かった。頂上から振り返ると、これまで育ててきた森や畑が少し遠くに見え、箱庭そのものが一段階大きくなったことを実感できた。


「これなら、かなり遊べそうだな」


 伊織は丘の反対側へ下りていったが、その途中で足を止めた。斜面の一部だけ草が生えておらず、表面の土が崩れた場所から灰色の岩が露出していたからだ。


 箱庭には以前から石が存在していたため、それだけなら珍しくない。しかし近づいて確認すると、灰色の岩の中には赤茶色をした筋が何本も走っており、表面だけではなく内部まで続いているように見えた。


「普通の石とは違うのか?」


 伊織はスマートフォンで写真を撮り、小さく欠けていた部分を拾った。箱庭の中ではインターネットへ接続できないため、その日は新しい領域の確認を優先し、石については現実へ戻ってから調べることにした。


 帰宅後、机の上へ石を置いて似た鉱石を検索してみると、どうやら鉄を多く含む鉱石に近いらしい。ただし写真を見比べただけなので断定はできず、伊織自身にも鉱物を見分けられるほどの知識はなかった。


「箱庭に鉱石があっても、別におかしくはないか」


 土や岩盤まで存在する以上、その中に鉄などの鉱物が含まれていても不思議ではない。伊織はそう考えて一度は納得しかけたものの、そこで箱庭を手に入れてから地下についてほとんど調べていなかったことに気づいた。


 翌日、伊織はホームセンターで小型のハンマーや採掘に使えそうな道具を購入し、もう一度丘の斜面へ向かった。露出した岩を少し削ってみると、昨日確認した赤茶色の部分は奥にも続いていた。


 そこで管理画面から地下に関する情報を探してみる。領域拡張によって確認できる情報が増えており、地表だけではなく地下の岩盤や鉱物についても、箱庭を構成する環境として扱われていることが分かった。


「本当に鉄があるんだ」


 昨日見つけた場所には鉄を含む鉱床が存在していた。それだけではなく、新しく増えた領域の別の場所には銅を含む鉱床も形成されているらしい。


 鉄も銅も珍しい金属ではないため、伊織は金持ちになれると喜んだわけではなかった。むしろ気になったのは、植物や生き物とは違って、鉱物は採掘すれば減っていくはずだということだった。


「箱庭だと、こういうのはどうなるんだろうな」


 植物なら収穫しても次を育てられるし、魚や昆虫も環境が整っていれば自然に増えていく。しかし鉱床は生き物ではなく、普通なら人間が採掘した分だけ確実に失われていく。


 伊織は鉄を含む鉱床の一部を選び、実験として少量だけ採掘することにした。後から状態を比較できるよう周囲へ目印をつけ、掘る前と掘った後の写真も残しておく。


 採掘した鉱石は箱庭の中へ保管し、それ以上は触らなかった。もし何も起こらなければ、箱庭の鉱物も現実と同じように有限だと考えればいい。


 それから一週間ほど経った。


 伊織は仕事を終えて帰宅すると、夕食より先に箱庭へ入り、実験していた場所へ向かった。最初の数日では変化が分からなかったため、今回は少し間を空けて確認することにしていた。


「……あれ?」


 掘った場所を見た瞬間、伊織は違和感を覚えた。穴そのものは残っているのだが、最初に削った時より浅くなっているように見える。


 スマートフォンへ保存していた写真と見比べる。


 気のせいではなかった。


 採掘したはずの場所へ、新しい岩石が僅かに形成されていた。


「いや、岩ってこんなふうに戻るものじゃないだろ」


 伊織はしゃがみ込み、以前つけておいた目印を確認した。位置は間違っておらず、自分が別の場所を見ている可能性もない。削り取った部分そのものが少しずつ埋まり始めている。


 箱庭では植物が異常な速度で育つ。


 落ち葉や枯れ草の分解も早い。


 それなら地下でも何らかの変化が加速されている可能性はある。


 しかし鉱床まで同じように変化するとは考えていなかった。


 伊織はその日のうちに、もう一度同じ場所から鉱石を採取した。今度は写真だけではなく採取した量も記録し、さらに銅を含む別の鉱床でも同じ実験を始める。


 結果が出るまでの間、伊織は新しく増えた土地へ森を広げた。大量の植物を一度に追加するのではなく、最初のきっかけだけ作って既存の植物や昆虫が自然に広がるのを待つ。


 箱庭の成長速度なら、それでも十分だった。


 数週間が経つ頃には若木が育ち、小川の周辺にも水辺の植物が広がり始めていた。鳥や昆虫も新しい領域まで活動範囲を広げ、最初は草地ばかりだった場所へ少しずつ生命の循環が生まれていく。


 その間にも、伊織は地下の確認を続けた。


 そして二週間後、疑いようのない結果が出た。


 鉄を採掘した場所も、銅を採掘した場所も、削り取った部分が少しずつ回復している。完全に元の状態へ戻ったわけではないが、現実世界ではあり得ない速度で新しい鉱物が形成されていた。


「箱庭って、生き物だけを育てる能力じゃないのか」


 管理画面を詳しく確認すると、箱庭では生命循環によって内部環境そのものが成長し、土壌や地層にも長期的な変化が起きることが分かった。現実なら極めて長い年月を必要とする形成過程も、箱庭内部では大幅に短縮されるらしい。


 そこで伊織はようやく、自分が作ってきた森や水辺の意味を別の角度から理解した。植物が育って枯れ、有機物が分解され、土へ戻り、そこから再び新しい生命が育つ。その循環が箱庭全体を成長させ、地面の下にまで影響を与えている。


「だったら、鉄と銅以外もあるんじゃないか?」


 伊織は新しい領域の地下情報を改めて確認した。


 これまでは畑や森ばかり見ていたため、鉱物について意識したことがない。しかし一度気になってしまえば、箱庭の地下に何が存在するのか確かめたくなる。


 次の休日、伊織は地下情報を参考にしながら領域を歩き回った。いくつかの場所で石を採取して調べてみると、鉄や銅だけではなく、現実世界でも利用されている複数の鉱物が含まれていることが分かった。


 もちろん伊織は専門家ではないため、正確な品質までは判断できない。それでも箱庭の地下に複数の資源が存在し、それらが時間とともに再形成される可能性が高いことだけは理解できた。


 ここまで来ると、さすがに趣味だけでは済まない気がしてきた。


 十日ほどで育つジャガイモなら、自分で食べて終わりにできる。卵も魚も同じであり、外へ大量に持ち出さなければ誰にも知られず生活できる。


 しかし、繰り返し採掘できる地下資源となれば意味が違う。


 仮に鉄や銅しか存在しなくても、採掘した場所が自然に回復するなら普通の鉱山とは根本から異なる。さらに領域拡張によって地下資源の種類まで増えるのであれば、将来どのようなものが現れるのか予想できない。


「これは外に売ったら駄目だな」


 伊織は採掘した鉱石を現実世界へ持ち出して売ることをやめた。そもそも大量に採掘する設備もないが、今は価値よりも箱庭の仕組みを理解する方が重要だった。


 それからの伊織は、以前より少し積極的に箱庭を育てるようになった。


 ただし畑を増やしたわけではない。


 新しい領域へ森や草地、水辺を広げ、それぞれの環境が自然に繋がるようにしていく。伊織自身が毎日世話をしなくても生命が増える状態を作り、その結果として箱庭全体がどう変化するのか観察する。


 その方法なら会社員を続けながらでも無理がなかった。


 数週間後、新しい領域にも鳥の声が聞こえるようになった。


 小川には魚が広がり、森では自然に増えた若木が育っている。箱庭の中を歩いているだけなら、最初の頃のような人工的な寂しさはほとんど感じなくなっていた。


 同時に地下でも、ゆっくりと変化が続いていた。


 採掘した鉄や銅は回復を続けている。


 それ以外の鉱物についても、生命循環が豊かな場所ほど形成状態が安定しているように見えた。


 伊織はその記録をノートへ残しながら、次の領域拡張を待った。


 最初の拡張では地形が増え、地下資源という新しい要素を知った。ならば次に箱庭が広がった時には、今まで存在しなかった種類の資源が現れる可能性もある。


 そして、その日は伊織が予想していたより早く訪れた。


 ある日の夜、仕事から帰宅した伊織が箱庭へ入ると、管理画面に次の領域拡張が可能になったことを知らせる通知が表示されていた。


 伊織は翌日の休日を待って、二度目の領域拡張を実行した。


 白い霧が再び遠ざかり、草地と森を作れる新しい土地が姿を現す。前回との違いは地形の起伏がさらに大きくなり、奥には岩肌が露出した低い山まで形成されていたことだった。


「山まで出てくるのかよ」


 伊織は午前中を使って新しい領域を歩いた。


 そして山の麓に近づいたところで、管理画面に地下資源の反応が表示された。前回より明らかに種類が増えており、その中には伊織でも名前を知っている金属が含まれていた。


 伊織は反応のある場所を慎重に掘り、小さな鉱石を取り出した。


 現実へ戻って調べるまで断定はできない。


 それでも管理画面が示した内容を見た瞬間、伊織はしばらく鉱石を握ったまま動けなかった。


 今回見つかったのは、鉄や銅より遥かに価値の高い金属だった。


 しかも箱庭の性質がこれまでと同じなら、その鉱床も採掘するだけで終わるとは限らない。


「これ、本当に俺一人で持ってていいものなのか……?」


 初めて、その疑問が冗談ではなく伊織の中へ浮かんだ。


 箱庭を手に入れてから、まだそれほど長い時間は経っていない。最初はジャガイモを育て、鶏を飼い、自分だけの小さな森を作って楽しんでいただけだった。


 だが今、伊織の足元には再生する鉱床が存在している。


 そして二度目の領域拡張によって、箱庭は伊織にとって初めて無視できない価値を持つ地下資源まで生み出し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。