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箱庭の主 ~俺だけが異能に目覚めたので、小さな世界を育てていたら国家機密になりました~  作者: にゅん


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十日で育つジャガイモ

 それから伊織の日課に、出勤前と帰宅後の箱庭確認が加わった。朝は畑の様子を見て必要なら水を与え、夜は成長した葉を眺めながら管理画面を確認するだけなので、それほど大きな負担にはならなかった。


 むしろ毎日変化があるため、仕事から帰る楽しみが一つ増えたと言っていい。


 植え付けから三日目になると、ジャガイモの芽は目に見えて大きくなっていた。昨日までは土から顔を出したばかりだったものが、すでに何枚もの葉を広げており、伊織が知っている植物の成長速度とは明らかに違っている。


「分かってたけど、実際に見るとすごいな」


 管理画面では生育状態が良好と表示されているため、異常成長によって植物そのものが弱っている様子はない。葉の色も自然で、茎を軽く確認しても不自然に柔らかかったり細かったりすることはなかった。


 伊織は毎日スマートフォンで写真を撮ることにした。


 最初は単純な記念のつもりだったが、一日ごとに並べてみると成長速度がよく分かる。昨日と今日だけでも違いがあり、数日前の写真と比べれば同じ畑とは思えないほどだった。


 五日目には、小さかった畑の印象が完全に変わった。


 青々とした葉が並び、何もなかった草地の一角だけが畑らしい景色になっている。伊織は出勤前だということを忘れそうになり、慌てて現実世界へ戻った。


 会社での生活は何も変わっていない。


 同僚と仕事の話をして、上司から頼まれた資料を作り、昼休みにはコンビニで買った弁当を食べる。誰も伊織が毎朝異空間へ入ってから出勤しているとは思っていなかった。


 当然、伊織も誰かへ話すつもりはなかった。


 信じてもらえるとは思えないし、仮に証明してしまえば、その後に何が起きるか分からない。


 自分しか入れない異空間を持っているなど、友人との雑談で気軽に話していい内容ではなかった。


 だから伊織は、箱庭について誰にも話さないと決めた。


 少なくとも、自分自身がこの能力を理解するまでは秘密にしておく。


 六日目の夜、畑を確認していた伊織は、少し離れた草地へ目を向けた。


 箱庭へ来るたび畑ばかり見ていたが、周囲にはまだ広い空間が余っている。現在使っている土地など、全体から見ればほんの僅かだった。


「もう一種類くらい植えてみるか」


 ジャガイモが順調なら、別の植物でも同じ速度で育つのか気になった。


 《購入》を開いてしばらく眺めた結果、今度はニンジンを選んだ。


 ただし前回のように土を掘るところから始めることを考えると、少し気が重い。


 休日ならともかく、仕事終わりに長時間農作業をする気にはならなかった。


 そこで管理画面を詳しく調べてみると、箱庭側で簡単な農具を用意できることに気づいた。現実世界から持ち込むこともできるため、休日にホームセンターで少し使いやすい道具を揃えることにする。


 その日は場所だけ決め、作業はしなかった。


 伊織は別に農家になりたいわけではない。


 箱庭があるからといって、毎日仕事から帰った後に何時間も働くようでは本末転倒だった。


「楽できるところは楽しないとな」


 その考えは、後になって箱庭の成長方針そのものへ大きく影響することになる。


 しかし今は、単純に仕事終わりに疲れたくないだけだった。


 八日目になると、管理画面へジャガイモの地下部分が順調に成長しているという情報が表示された。


 地上から見ても収穫できるのか分からないため、伊織にとって管理画面の情報はありがたい。あと数日で収穫可能になるらしい。


 その表示を見た瞬間、少しだけ不安も生まれた。


 成長が早いのは分かった。


 問題は、味だった。


 短期間で無理やり成長しただけなら、中身が水っぽかったり栄養が足りなかったりする可能性もある。箱庭の表示では問題ないとされているが、最終的には自分で確かめるしかない。


 九日目の夜には、《収穫可能時期接近》と表示された。


 伊織は翌日がちょうど休日だったため、朝から収穫することに決めた。


 そして十日目。


 朝食を食べる前に箱庭へ入った伊織の前には、《収穫可能》という表示が現れていた。


「本当に十日だったな……」


 最初に植えた時の写真を確認する。


 何もない土だった。


 それが僅か十日で、目の前の畑まで成長している。


 伊織は軍手を着け、スマートフォンで収穫方法を確認しながら作業を始めた。


 土を掘っていくと、最初のジャガイモが姿を現した。


「おお……!」


 思っていたより立派だった。


 手に取ってみても軽すぎることはなく、見た目だけならスーパーで売られているジャガイモと大きな違いはない。


 さらに掘ると、次々に芋が出てきた。


 伊織は夢中になって収穫を続けた。


 自分で植えたものを自分で掘り出すという経験がほとんどなかったため、思った以上に楽しい。


 最終的には、一人暮らしではすぐに食べ切れない程度の量になった。


「これ、植えすぎたか?」


 最初は少ないと思っていた。


 しかし成長が早いことを考えれば、同じ量を何度も作る必要はない。


 収穫を終えると、管理画面へ栽培の一周期が正常に完了したことを知らせる表示が現れた。


 Ptも増えている。


 伊織は数字を軽く確認しただけで、すぐ画面を閉じた。


 今のところPtが足りなくて困っているわけではなく、何より目の前にあるジャガイモの方が気になっていた。


 伊織はその中から数個を選び、現実世界へ持ち帰った。


 残りは箱庭へ置いておく。


 帰宅すると、最初に重さや見た目を確認した。


 箱庭から出したことで萎れたり変色したりする様子はない。


 包丁で切ってみても、中身は普通のジャガイモだった。


「食べるか……」


 少し迷った。


 箱庭の表示では食用に問題ない。


 それでも未知の異空間で十日間だけ育った植物を食べるとなれば、多少の勇気は必要だった。


 伊織は最初から大量に食べるのを避け、小さく切った一個だけを加熱した。


 調味料も最低限にする。


 味そのものを確認したかったからだ。


 火が通ったところで、一口だけ食べる。


「……普通にうまいな」


 もう一口食べた。


 特別に甘いわけでも、食べた瞬間に身体が光るわけでもない。


 普通のジャガイモだった。


 ただし食感は良く、少なくとも短期間で育てたせいで品質が落ちているようには感じない。


 伊織は少量だけ食べたところで一度止めた。


 数時間様子を見るためだった。


 昼になっても体調に変化はなく、夕方になっても問題は起きなかった。


 翌朝も普段通りだった。


「食べても大丈夫そうだな」


 そこでようやく安心した。


 収穫したジャガイモは、自分の食料として利用できる。


 しかも十日ほどで育つ。


 これはかなり便利だった。


 伊織は残りをいくつか現実世界へ持ち帰り、料理に使うことにした。


 肉じゃがを作り、翌日はカレーへ入れ、その次は適当に炒める。


 会社員の一人暮らしとしては、しばらくジャガイモを買う必要がなくなった。


 ただ、数日食べ続けたところで別の問題へ気づいた。


「……飽きるな」


 当然だった。


 どれだけ普通に美味しくても、毎日のようにジャガイモを食べれば飽きる。


 そこで予定通り、次の休日にはニンジンとタマネギを育てることにした。


 今回は最初より少しだけ畑を広げる。


 農具も使いやすいものへ変えたため、前回ほど苦労はしなかった。


 それでも作業を終えれば疲れる。


 伊織は畑の横へ座り、泉の水で手を洗いながら、自分が休日に何をしているのか考えた。


 平日は会社員。


 休日は異空間で農作業。


「なんか思ってた異能生活と違うな」


 もっと簡単に便利なことができると思っていた。


 しかし箱庭は、何でも自動で作ってくれる能力ではない。


 畑を作るなら土を整える必要があり、植物を植えれば世話も必要になる。


 もちろん成長速度が異常に早いだけでも十分すごい。


 それでも畑を十倍に増やせば、単純に自分の作業も増える。


「これ以上は、今のままだと面倒だな」


 伊織は素直にそう思った。


 食料は自分が食べる分だけあればいい。


 大量に作って売るつもりもない。


 それなら無理に畑を広げる必要はなかった。


 代わりに気になっているものがあった。


 動物だった。


 購入画面には、箱庭で飼育できる生き物がいくつも表示されている。


 特に鶏なら卵を得られる。


 畑とは違う生命が加われば、箱庭そのものにも何か変化があるかもしれない。


 しかし伊織は、すぐ購入するほど無計画ではなかった。


 飼えば毎日世話が必要になる。


 仕事へ行っている間に何かあっても困る。


 まず飼育方法を調べ、箱庭側でどの程度支援してくれるのか確認することにした。


 その夜、伊織はノートへ新しく一文を書いた。


 《畑は増やしすぎない。自分で食べる分があれば十分》


 その下には、《次は鶏を検討する》と続けた。


 まだ伊織は気づいていなかった。


 畑仕事を面倒だと感じた、その何気ない判断こそが、後に箱庭を大きく変えることになる。


 自分が毎日働かなければ維持できない場所ではなく、植物も動物も小さな生き物も、それぞれが勝手に暮らして循環する場所へする。


 伊織がそんな箱庭を目指し始めるまで、あと少しだった。

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