↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の主 ~俺だけが異能に目覚めたので、小さな世界を育てていたら国家機密になりました~  作者: にゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/31

海を渡ったハコニウム

ーーーアメリカ視点ーーー


 日本から送られてきた試料は、拍子抜けするほど小さかった。厳重な輸送容器の内部に収められていた青銀色の金属片は、指先に載せられる程度しかなく、同封された資料にも供給源についての記述は一切存在しない。


 記されているのは、日本政府が《ハコニウム》と呼んでいる未知金属について、すでに確認された物性と試験条件、それから共同研究において許可された分析範囲だけだった。


「これだけの試料を調べるために、ずいぶん面倒な手続きをさせられたものだな」


 材料研究者のロバート・ヘイズは、透明な保護容器越しに青銀色の金属片を眺めながら呟いた。今回の分析チームには材料工学だけでなく、金属物理、結晶構造、航空宇宙材料を専門とする研究者まで参加している。


 日本側から最初の資料が届いた時点では、これほど大きな研究班を用意する必要があるのかという意見もあった。しかし資料に記載された数値を確認した者から、その疑問は消えていった。


 軽い。それでいて強度が高く、高温環境でも性質が変化しにくい。さらに電気伝導についても興味深い数値が並んでおり、既存材料の単純な延長として説明することが難しかった。


「日本側の測定ミスという可能性は?」


「それを確かめるために、我々のところへ送られてきたんだろう」


 ヘイズは隣に立つ研究者へ答え、それ以上の推測を口にしなかった。どれほど魅力的な数字が並んでいようと、自分たちで再現できなければ意味がない。


 最初に行われたのは、基本的な組成と結晶構造の確認だった。日本から送られてきた資料を参考にしつつ、分析条件については米国側でも複数の方法を用意する。


 ところが、試験を進めるほど研究者たちの表情から余裕が消えていった。


「もう一度測定してくれ」


「三回目です。装置も二台使っています」


「では試料位置を変えて、条件を最初から確認しよう」


 測定方法を変えても結果は大きく変わらない。日本側が提出した数値には多少の測定差こそあったものの、誇張された形跡はなく、むしろ慎重な値が選ばれているようにさえ見えた。


 強度試験用に加工された別の小片でも同じだった。軽量性だけなら既存の金属にも優れたものが存在する。高強度材料も珍しくはなく、耐熱性に優れた素材も人類はすでに複数持っている。


 問題なのは、それらの性質が一つの材料へ同時に現れていることだった。


「これを構造材として安定加工できるなら、航空機だけの話では終わらないな」


 航空宇宙材料を担当する研究者が、試験結果を見ながら低い声で言った。


「宇宙機、人工衛星、将来的には月面設備にも使える。問題は加工性と供給量だ。材料として優秀でも、まともに削れない、接合できない、量が確保できないとなれば用途は限定される」


「日本もそこには苦戦しているらしい。だから我々に共同研究を持ちかけたんだろう」


 日本側の資料には、不都合な結果も記載されていた。既存の加工工具では摩耗が激しく、熱処理による性質の変化も十分には把握されていない。接合方法についても確立された技術は存在せず、工業材料として使うには課題が山積していた。


 それでも、研究する価値があることだけは疑いようがなかった。


 数日後、ハコニウムに関する最初の分析結果は、研究者だけでなく政府関係者を交えた会議へ持ち込まれた。


 壁面の大型画面には、日本側から提供されたデータと米国側の再測定結果が並べられている。両者の数字には細かな差があるものの、未知金属としての特異性を否定するような結果は一つもなかった。


「つまり、日本側の報告は信用できるということか」


「少なくとも、我々が受け取った試料についてはそう判断しています。ただし、現時点で確認できているのは非常に少量です。産業利用を論じるには、供給可能量についての情報が足りません」


 ヘイズの説明を受け、政府側の担当者が資料をめくった。


「日本は供給源を明らかにしていない」


「はい。天然鉱床なのか、特殊な製造工程によるものなのかについても回答していません。ただ、日本側は人工的な製造方法については確立していないと説明しています」


「ならば天然資源なのか?」


「そう断定する材料もありません」


 会議室に短い沈黙が落ちた。


 日本国内で未知の鉱床が発見された可能性は当然検討されている。深海由来の資源ではないかという意見もあれば、既知の鉱物から特殊な精製工程によって取り出しているのではないかという仮説もあった。


 しかし、どの仮説にも決め手はなかった。


 日本側が明らかにしているのは、自国政府の管理下で研究用試料を継続的に提供できるという事実だけだった。


「供給源そのものを共同研究の条件にするべきではありません」


 科学技術政策を担当する職員が口を開いた。


「日本側は最初から、その情報を今回の協力範囲に含めないと明言しています。こちらが供給源の開示を条件にすれば、共同研究そのものが止まる可能性があります。それより現物が存在し、追加試料について交渉できることの方が重要でしょう」


 その意見に対し、大きな反論は出なかった。


 供給源が不明であることは問題だったが、それを理由に世界で初めて確認された未知材料の研究機会を捨てる理由にもならない。


 会議の結果、日本へ材料研究者と科学技術分野の担当者を派遣し、共同研究の具体的な枠組みを詰める方針が決まった。


 日本側が提示した条件も整理される。ハコニウムの試料は研究目的に限定し、日本政府の許可なく第三国や外部組織へ移転しない。研究によって得られた加工技術や物性データについては双方で共有し、供給源に関する情報は今回の協定対象から除外する。


 米国側にとって、すべてが満足できる条件ではなかった。


 それでも青銀色の小さな金属片には、その条件を受け入れてでも研究を続けるだけの価値があった。


「日本へ行くことになりそうだな」


 会議を終えたヘイズが言うと、隣を歩いていた研究者が苦笑した。


「できれば、もう少し大きな試料を用意してもらいたいところだ」


「それについては同感だ。数グラムを取り合う研究は、そろそろ卒業したい」


 二人の関心は、すでにハコニウムそのものへ向いていた。


 その青銀色の金属が、東京から遠く離れた一人の青年が管理する小さな世界から採掘されたものだとは、知る由もなかった。


ーーー松島視点ーーー


 米国側がハコニウムの再現試験を進めている頃、日本では別の分析も静かに始まっていた。


 松島孝明の前に置かれているのは、ハコニウムではない。以前、箱庭の新しい領域で発見された暗灰色の鉱石だった。


 見た目だけなら、ハコニウムほど目を引くものではない。青銀色の光沢もなければ、手に持っただけで異常が分かるほど軽いわけでもない。最初の組成分析でも、既知の元素そのものは複数確認されていた。


 それでも松島が分析を続けていたのは、その結晶構造が妙だったからだ。


「天然にこれが形成されたと考えると、どうにも説明しづらいな」


 隣の研究員が画面を覗き込む。箱庭の存在までは知らされていない研究員であり、試料についても政府管理下の特殊鉱物としか説明されていなかった。


「組成だけなら理解できる。しかし、この並び方になる理由が分からない。もう少し電気的な性質も見てみよう」


 松島はそう答え、用意していた試料へ電極を接続した。


 当初の目的は単純だった。抵抗率を測り、導体なのか絶縁体に近いのか、その中間なのかを確かめる。ハコニウムとは別の未知鉱物である以上、基礎的な物性を一つずつ埋めていく必要がある。


 一定条件で電圧を加え、計測を開始する。


 数分後、松島は画面へ顔を近づけた。


「……入力値を確認してくれ」


「異常ですか?」


「測定系の方かもしれない。電源側の記録と、こちらの結果が合っていない」


 研究員が配線を確認し、電源装置の履歴を呼び出した。設定された電力が供給されていることに問題はない。


 それにもかかわらず、試料を通した後の挙動が妙だった。


 単純に抵抗として消費されたのであれば、相応の熱が発生するはずだった。しかし試料温度の上昇は、その説明には足りない。


「熱計測の故障でしょうか」


「その可能性から潰そう。装置を替える」


 一度試験を止め、別の測定器を用意する。配線も交換し、温度センサーも別系統へ変更した。さらに試料そのものを別の破片へ替え、同じ条件で試験をやり直した。


 結果は、ほとんど変わらなかった。


 松島は腕を組んだまま画面を見つめる。こういう時に最も危険なのは、面白い結果を期待するあまり、単純な測定ミスを見落とすことだった。


「もう一度だ。今度は入力を落とす。時間も短くしよう」


 条件を変更した三度目の試験でも、同じ傾向が現れた。


 投入された電気エネルギーの一部が、通常想定される形では確認できない。


 消えたように見える。


 もちろん、エネルギーが本当に消滅したなどと考えるほど松島は飛躍しなかった。計測できていない何らかの形へ変換されたか、試料の内部に変化が生じている可能性を考える方が先だった。


「電源を切ってくれ。そのまま試料には触らないでくれ」


 通電を停止してからしばらく待ち、松島は電極間の状態を再び測定した。


 そこで、二人は同時に画面を見た。


「先生、これ……」


「ああ。記録しておいてくれ」


 外部からの電力供給はすでに止まっている。それなのに、試料側には通電前には確認できなかった電気的な変化が残っていた。


 松島は別の測定方法を準備し、小さな負荷を接続する。安全のため極めて低い条件から始め、試料側の反応を確認した。


 数値が動いた。


 ほんのわずかな時間だったが、外部電源へ接続されていない暗灰色の鉱石から、測定可能な電力が取り出されていた。


「……蓄えていた?」


 研究員の声に、松島はすぐには答えなかった。


 たった一度の結果で、新しい物理現象を発見したような顔をするつもりはない。別の要因が存在する可能性も、装置の問題も、試料に起きた化学的変化も検証する必要がある。


 だがもし、この鉱物が外部から与えられた電気エネルギーを内部へ保持し、それを再び電気として取り出せるのなら、話はまったく違ってくる。


 松島は通電前後の試料データを並べ、結晶構造の変化を確認するための追加分析を設定した。


「この試料について、しばらく他の案件より優先して調べる。ただし結論は急がない。充電と放電が本当に繰り返せるのか、保持時間はどれくらいなのか、発熱や劣化がどうなるのか。その全部を確認してからだ」


 研究員が頷き、次の試験条件を組み始める。


 青銀色のハコニウムが海を渡り、米国の研究者たちを驚かせているその裏側で、日本はまだ名前すら持たない二つ目の鉱物と向き合い始めていた。


 そしてその暗灰色の石が秘めていた性質は、ハコニウムとはまったく異なる方向から、箱庭の価値を大きく変えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。