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箱庭の主 ~俺だけが異能に目覚めたので、小さな世界を育てていたら国家機密になりました~  作者: にゅん


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20/31

日本が隠しているもの

ーーー日本政府視点ーーー


 八樹伊織から、本人の身元と《箱庭》そのものを秘匿することを前提に、米国との限定的な研究協力を検討する了承が得られた。


 しかし了承を得たからといって、すぐにハコニウムの試料を米国へ送るわけではない。


 むしろ日本政府にとって、本当に難しい作業はここからだった。


「最初に確認しておきます。米国へ何を伝えて、何を伝えないのか。そこを曖昧にした状態で接触することは認めません」


 内閣官房で開かれた小規模な会議で、黒田雅臣が出席者を見渡した。


 参加しているのは高橋誠司、野口玲奈、松島孝明に加え、安全保障と外交を担当する限られた関係者だけだった。


 この場にいる者でさえ、箱庭について知った時期には差がある。


 新しく加わった者には事前に必要な説明が行われているが、伊織の住所を含む生活情報までは共有されていない。


「現段階で米側へ開示する候補は、ハコニウムと仮称している新素材が存在すること、日本政府管理下で研究していること、そして共同研究を検討していること。この三点を基本にします」


 高橋が整理した。


「供給源については?」


 外交担当者から質問が出る。


「非公開です」


 黒田が即答した。


「八樹君の存在も、《箱庭》も、限定ゲートも伝えません。再形成についても現段階では秘匿します」


 野口が資料へ目を落とした。


 ハコニウムそのものの性質だけでも十分に大きな情報だった。


 これまでの研究では、軽量でありながら高い強度を持ち、熱への耐性にも優れ、電気伝導性も高いことが確認されている。


 腐食への耐性についても有望な結果が出始めていた。


 ただし万能ではない。


 非常に硬いため既存設備では加工が難しく、条件によっては刃具側の消耗が激しい。溶融や接合についても従来の金属と同じ方法をそのまま使えるわけではなく、実用化には専用の加工技術が必要だった。


「材料として優れているからこそ、加工技術まで日本だけで完成させようとすれば時間がかかります」


 松島が説明する。


「研究設備そのものは国内にもあります。しかし航空宇宙用途や極端な環境での評価まで進めるなら、米国の研究機関と協力する価値はあります」


「一方で、試料を渡せば向こうも独自に分析する」


「当然です」


 松島は頷いた。


「渡したくないなら共同研究はできません」


 研究協力を求めながら、何も知らせないという都合のいい方法はない。


 日本政府が決めなければならないのは、秘密を守るか開示するかという単純な二択ではなかった。


 どの秘密を、どの段階で、誰へ渡すか。


 その線引きだった。


「最初は少量の試料で十分です」


 松島が続ける。


「こちらで確認済みの性質を米側でも再現できるか。それだけでも価値があります。供給源を知らせる必要はありません」


 安全保障担当者が尋ねた。


「向こうが供給可能量を聞いてきた場合は?」


「研究段階のため回答できない、とします」


 高橋が答える。


「虚偽は避けます。分からない部分は分からない、開示しない部分は開示できないと明確にするべきです」


 黒田も同意した。


「下手に嘘を作れば、後で箱庭を開示する必要が生じた時に問題になる。秘匿と虚偽は分けて考えよう」


 その方針で、日本側は米国への最初の接触準備を始めた。


 窓口は通常の企業間研究ではない。


 政府間の安全保障と先端技術協力に関係する既存の経路を使い、その中でも共有範囲を限定する。


 米国側へ最初に提示する資料からは、ハコニウムの発見場所や採取方法に関する情報が除かれた。


 記載されるのは物性評価の一部と、日本側が保有している試料の写真、そして共同評価を打診する理由だけだった。


 当然ながら、米国側からすれば奇妙な提案になる。


 日本政府が出所を明かせない新素材を持ち込み、その性能だけを確認してほしいと言っているのだから。


 それでも、日本側には相手が無視できないだけの実物があった。


 最初の接触からしばらくして、米国側から正式な回答が届いた。


「興味を示しています」


 高橋が報告すると、黒田は驚かなかった。


「当然だろうな」


「ただ、予想通り供給源について質問されています。人工材料なのか、天然由来なのか。国内で製造されたものなのか。継続供給が可能なのか。その辺りです」


「回答は予定通りでいい」


 日本政府管理下にある研究材料であり、供給源と製造または取得過程については現段階では非公開。


 継続供給についても研究規模を超える量は保証しない。


 それ以上は伝えない。


「向こうは納得しますかね」


 野口の言葉に、外交担当者が苦笑した。


「納得はしないでしょう。ただ、納得しなくても試料を調べたいと思わせればいい」


 それから調整が続き、最初の共同評価へ進むことが決まった。


 提供されるハコニウムは僅かな量に限定された。


 その試料を準備する日、伊織も箱庭の研究区域へ来ていた。


ーーー伊織視点ーーー


「これがアメリカ行くんですか?」


 伊織は採取されたハコニウムを見ながら尋ねた。


 量としては驚くほど少ない。


 政府が外国へ渡すと聞いていたので、もっと大きな塊を想像していた。


「最初はこれで十分です」


 松島が答えた。


「切り分けて複数の試験を行えます。それに、いきなり大量に渡す必要もありません」


「向こうで勝手に増やされたりしません?」


「普通の材料なら、その質問自体が変なんですが」


 松島が少し笑う。


「今のところ、ハコニウムを人工的に作る方法は見つかっていません。成分を調べて似たものを作る研究は当然するでしょうが、同じ構造を再現できる保証はありません」


「箱庭だと勝手に戻るのにな」


「それを米国へ知らせないことが、今の日本政府にとってかなり重要なんですよ」


 横にいた高橋が答えた。


 伊織もその理由は理解していた。


 珍しい新素材を日本が持っていることと、その新素材を生み続ける場所を日本が確保していることでは意味が違う。


「向こうには俺のこと、本当に言わないんですよね?」


「現段階では伝えません」


「箱庭も?」


「伝えません」


「じゃあ、これどこから持ってきたんだって聞かれたら?」


「開示できないと答えます」


「強いですね」


「八樹さんを守るためでもあります」


 高橋は真面目な表情で続けた。


「米国が敵だという話ではありません。しかし、一度共有した情報は元へ戻せません。八樹さんの存在を伝える必要が本当に生じた段階で、改めて相談します」


「それならいいです」


 伊織は採取作業を眺めながら頷いた。


 自分が米国へ行くわけでもない。


 政府同士が何を話すかについて、全部に関わりたいとも思わない。


 ただし自分の名前や箱庭を勝手に公開されるのは困る。


 そこさえ守られるなら、研究そのものを止める理由はなかった。


 ハコニウムの試料が現実側へ運ばれた後、伊織は研究区域を離れた。


 今日は他に予定がない。


 そのまま最初の森へ向かう。


 政府が米国との調整をしている間にも、箱庭は勝手に育っていた。


 木々はさらに高くなり、最初の頃には存在しなかった鳥の鳴き声が複数の方向から聞こえる。


 伊織は途中で川へ寄り、水辺の様子も確認した。


 魚が増えすぎている場所はない。


 水草も広がっている。


 最近導入した小型の水生生物も定着しているようだった。


 伊織にとっては、米国との共同研究よりこちらの方が分かりやすい。


「アメリカとか言われても、あんまり実感ないんだよな」


 伊織は木陰へ座った。


 少し前まで会社員だった。


 今は政府へ資源を売って生活し、高級住宅街の家に住み、暇な日は自分だけの世界で森を育てている。


 改めて考えると、とんでもない生活だった。


 それでも本人の感覚はあまり変わっていない。


 面倒なことは政府へ任せる。


 自分にしかできないことは自分でやる。


 そのくらいでいいと思っていた。


 それからしばらくして、日本から提供されたハコニウムの試料が米国側の研究施設で評価された。


ーーー日本政府視点ーーー


「米側から最初の評価結果が届きました」


 高橋の報告を受け、黒田たちは再び小規模な会議を開いていた。


 結果そのものは、日本側の予想から大きく外れていない。


 米国側でも軽量性と高い強度が確認され、熱環境下での安定性についても強い関心を示している。


 電気的な性質についても、日本側の測定と概ね一致した。


 つまり日本だけの測定ミスではない。


 別の設備、別の研究者、別の国で調べても、ハコニウムの異常な物性は再現された。


「それで、米側の反応は?」


「共同研究を拡大したいとのことです」


 高橋が資料をめくる。


「追加試料の提供に加えて、加工技術、耐熱試験、長期疲労試験など複数分野で共同研究を希望しています」


「予想通りですね」


 松島はむしろ嬉しそうだった。


 研究者としては、使える設備と人員が増える。


「ただし、条件があります」


 高橋が続けた。


「供給源について、もう少し情報が欲しいと」


 会議室が静かになる。


「どの程度だ?」


「少なくとも天然資源なのか人工材料なのか。継続して取得可能なのか。そして日本が独占的に供給できる根拠は何なのか。この三点です」


 黒田は椅子へ背を預けた。


 いずれ来る質問だった。


 むしろ最初の試料を渡した時点で想定している。


「箱庭はまだ出さない」


「私も同意します」


 高橋が答えた。


 野口も同じ意見だった。


「ただ、継続供給については少しだけ踏み込んでもいいかもしれません。研究規模であれば継続的な提供が可能だと伝える程度なら、箱庭の存在を明かさずに済みます」


「再形成については?」


「まだ秘匿すべきです」


 その結論に異論はなかった。


 日本側は米国へ追加回答を行う。


 ハコニウムは日本政府が管理する特殊な供給源から得られており、研究規模であれば継続的な試料提供が可能である。


 供給源の詳細については、現段階では日本国内でも極めて限定された情報として管理している。


 人工製造方法については確立されていない。


 それが、日本側が新たに開示した情報のすべてだった。


 当然、米国側の関心はさらに強くなった。


 人工製造できない。


 しかし日本は継続的に入手できる。


 その二つが同時に成立するなら、日本国内に何らかの特殊な供給源が存在することになる。


 そして米国側から、次の提案が届いた。


 研究者だけではなく、政府の科学技術担当者を日本へ派遣し、ハコニウム研究について直接協議したい。


 日本側の研究設備も確認したいという内容だった。


「来ますね」


 野口が資料を読みながら呟いた。


「来るでしょう」


 黒田は落ち着いていた。


 試料を渡した時点で、この展開も想定している。


「問題は、どこまで見せるかだ」


 日本側の通常研究施設なら見せられる。


 ハコニウムの加工研究も一部は共有できる。


 しかし限定ゲートが設置されている施設は別だった。


 その先には箱庭がある。


 さらにその箱庭には、ハコニウムだけではなく、再形成する金や銀、複数の希少金属、原油まで存在している。


「八樹君へもう一度説明しておこう」


 黒田の言葉に、高橋が頷いた。


 米国との協力は始まった。


 しかし日本政府はまだ、《箱庭》という最大の秘密を手放してはいない。


 そして米国側もまた、日本が提供した僅かなハコニウムから、その背後に単なる新素材の発見だけでは説明できない何かが存在することに気づき始めていた。

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