表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきの王宮を追放された魔法陣師、王宮の嘘を全部壊します  作者: 渚月(なづき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 刻まれた真実

翌朝。視察二日目。


 ベアトリスは予告通り、領主邸の書斎を視察対象に含めるよう要求した。ニクラスは拒否せず、書斎を開放した。


 視察官たちが書斎を調べている間、私は基盤石の維持点検を装いながら、別のことを考えていた。コンラートの言葉の裏付けを取る方法を。


 昼前に、ハンナが駆けつけてきた。


「ソフィアさん、オットーさんが——」


 ハンナの顔は蒼白だった。


「牧場で倒れたの。医師が駆けつけたけど——」


 走った。牧場まで全力で走った。


 オットーは牧場の納屋の前に横たわっていた。町の医師が傍らに膝をついている。大柄な体が、不自然なほど静かだ。


「毒だ」


 医師が低い声で言った。


「水源に仕込まれていた可能性がある。牧場の井戸水から検出された成分は——魔力阻害剤の一種だ。大量に摂取すると内臓に負担がかかる」


 魔力阻害剤。魔法陣師や魔法使いの魔力を一時的に封じるための薬品。それ自体は医療用途もあるが、濃度を上げれば毒になる。


 オットーの顔に、もう表情はなかった。


 前領主と同じだ。不正を知る者が、また一人消された。


 膝が震えた。こみ上げるものを必死に飲み込む。


 (……オットーさん。昨日まで、あんなに元気に牧場を歩いていたのに)


 ニクラスが到着した。オットーの遺体を見下ろし、拳を握りしめた。


 何も言わない。だが、その沈黙は怒りで満ちていた。


 ベアトリスも現場にやってきた。表情は冷静だった。


「お気の毒に。辺境では衛生管理が行き届かないこともあるのでしょう」


 衛生管理。そう片づけるつもりだ。


 私は何も言わなかった。今ここで告発しても、証拠の裏付けが足りない。感情で動けば、相手の思うつぼだ。


 (……観察。仮説。検証。証拠提示。手順を守れ、ソフィア)


 午後。視察団は書斎の調査を終え、「特に問題なし」と記録した。リントナーの手紙がないことに気づいたかどうかは読めない。


 日没後。約束通り、コンラートが基盤石のところにやってきた。


 私は星明かりの下で最深層を起動してみせた。リントナーの設計図が浮かび上がる。


 コンラートの目から涙がこぼれた。


「……祖父の筆跡だ。間違いない」


「この設計図は、宮廷基幹魔法陣の改竄前の原本です。現在の基幹陣と比較すれば、どこがどう改竄されたかがわかります」


「比較するには、現在の基幹陣のデータが必要ですね」


「ええ。それを持ち出せますか」


 コンラートは涙を拭い、真剣な目で頷いた。


「検査課のアクセス権限では閲覧はできませんが——検査の過程で一時的に記録媒体を預かることは可能です。写しを取る時間は限られますが」


「十分です。必要なのは出力経路の数値だけですから」


 計画が固まりつつある。コンラートが王都に戻った後、基幹陣の現状データを入手する。それとリントナーの原本を照合すれば、改竄の証拠が完成する。


「もう一つ、コンラートさん。今日、オットーさんが亡くなりました。毒殺だと考えています」


 コンラートの顔がこわばった。


「ベアトリス様の指示ですか」


「断定はできません。ただ、タイミングが——」


「視察団の中に、不審な動きをしていた者がいます」


「誰ですか」


「ヨハン。視察官の一人です。昨夜、宿を抜け出していました。自分の部屋は廊下を挟んで向かいなので、足音が聞こえた」


 ヨハン。視察団の中で最も無口で、存在感の薄い男。年齢は三十代半ば。


「ヨハンは検査課ではなく、局長直轄の特別監査室の所属です。表向きは検査官ですが、実質的には——」


「処理係か」


 コンラートが無言で頷いた。


 局長ヴォルフラムの直属。不都合な人物を「処理」する役割。前領主の死も、リントナーの死も、そしてオットーの死も——。


 怒りが腹の底で燃えた。けれど、表には出さない。


「コンラートさん、あなた自身の安全は大丈夫ですか。リントナーの孫が局内にいることを、ヴォルフラムは知っているのでは」


「知っています。だからこそ、自分を視察に同行させた。監視するために」


「ならば尚更、慎重に動かないと」


「承知しています。祖父のように消されるつもりはありません」


 強い目だった。リントナーの血を引く者の、静かな覚悟。


 基盤石の光が消える。星が雲に隠れたのだ。


 二人で丘を下りた。途中、ニクラスが待っていた。三人で言葉少なに領主邸に向かう。


 月のない夜道で、ニクラスが隣を歩いた。いつもは少し先を行く人が、今日は私と歩調を合わせている。


 その些細な変化が、何よりの言葉だった。


 領主邸の前で別れ際、ニクラスが小さく言った。


「明日で視察は終わる。視察団が去った後、次の手を打つ」


「ええ。オットーさんの分まで、必ず」


 宿の部屋に戻り、手帳を開いた。オットーから受け取っていた検査記録の写しを確認する。


 彼が命をかけて残した記録を、無駄にはしない。


 ——そして私は、まだ知らなかった。ベアトリスが最後に仕掛ける罠が、明日の朝に待っていることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ