第6話 裏切りの手紙
脅迫状の件をニクラスに伝えたのは翌朝、領主邸の応接間でのことだった。
「手紙を見せてくれ」
ニクラスは文面を読み、封筒を裏返して消印を確認した。
「差出人の『B』に心当たりは」
「宮廷魔法局の上席、ベアトリス。私を追放した直接の責任者です」
「一介の上席が独断で脅迫状を送るか?」
鋭い指摘だ。ニクラスは見た目の無愛想さに反して、状況を正確に把握する。
「しないでしょうね。彼女の後ろに誰かがいる」
「叔父の書斎にあった資料と照合できないか。管理権返還を求めてきた宮廷側の窓口の記録が残っているはずだ」
二人で書斎に入り、前領主の遺した書簡を調べた。管理権返還の要求書は三通。いずれも宮廷魔法局の局長印が押されている。
局長——ヴォルフラム。私の追放を最終決定した人物だ。
「この局長は、あなたの前に基幹陣の不整合を指摘したオットーさんも免職にした人物です」
「リントナーの退官も、この人物の在任期間中か」
年代を確認する。そうだ。ゲルハルト・リントナーが「退官」したのは、ヴォルフラムが局長に就任した直後のことだった。
退官ではなく、追放だったのではないか。リントナーは不正に気づき、排除された。だがその前に、証拠を辺境の防衛陣に隠した。
「リントナーは今どこに」
「宮廷の公式記録では『退官後、消息不明』とされています」
消息不明。不穏な言葉だ。
ニクラスが立ち上がり、書棚の奥から別の封筒を取り出した。リントナーからの二通目の手紙。前の手紙より新しい日付。
『防衛陣の第二層に、基幹陣の設計図の完全なコピーを格納した。万一、私に何かあった場合に備えてのことだ。この陣を読める者がいつか現れることを信じる。——G・R』
基幹陣の設計図の完全なコピー。宮廷の最高機密。それが証拠保全機能の正体だった。
改竄される前の正規の設計図と、現在の基幹陣を比較すれば、不正の全容が明らかになる。リントナーはそのための仕掛けを残していた。
「解読できるか」
「やってみます。ただ、星明かりの層はまだ読めていません。解読には——」
その言葉を遮るように、階下で扉が激しく叩かれた。
オットーだった。駆け込んでくる。
「大変だ。宮廷魔法局から視察団が来る。明後日にはグリュンフェルトに到着するそうだ」
「どこからの情報です、オットーさん」
「王都の騎士団時代の同僚から伝書鳩が届いた。魔法局が辺境への視察を急に決めたと。こんな辺境に視察など、普通はありえない」
「防衛陣の管理状態を調査するという名目だ。人数は五名。護衛の騎士つき」
脅迫状の直後に視察団。明らかに連動している。私の存在と行動が宮廷に報告されている。
ニクラスの顔が険しくなった。
「視察の権限は宮廷にある。拒否すれば管理権の強制剥奪の口実になる」
「つまり、受け入れるしかない」
「ああ。だが——ソフィア、あんたの存在は隠した方がいい」
「……いいえ」
私は首を振った。
「隠れれば、彼らの思うつぼです。追放された陣師が辺境で不正を嗅ぎ回っている——その口封じが視察の本当の目的なら、隠れても見つかります。むしろ——」
手帳を開いた。十年分の記録。そして、この町で集めた証拠の数々。
「堂々と出迎えましょう。ただし、こちらの手札を見せるのはまだ早い。視察団の動きを観察して、相手の意図を正確に読んでから動きます」
ニクラスがじっと私の顔を見た。
「あんた、宮廷にいた時とは顔つきが変わったな」
「変わりましたか」
「ああ。いい方に」
それだけ言って、ニクラスは視察団の受け入れ準備を始めた。
◇
視察団到着の前夜。私は星明かりの下で基盤石と向き合っていた。
今夜こそ、最深層を読む。晴天で、星がよく見える。
辺境の空は王都よりも星が近い。光害がないからだ。
星の光が基盤石に降り注ぐと、それまで見えなかった線がゆっくりと浮かび上がった。
細密な設計図。基幹魔法陣の完全なコピー。リントナーが命がけで残した記録。
手帳に写し取る。手が震える。
焦りではなく、畏敬の念で。これほどの仕事を、たった一人で成し遂げた老陣師の執念に。
写し終えたとき、東の空がほんのりと明るんでいた。
定時を大きく超えてしまった。ただし、これは特例だ。明日からまた定時に戻す。
宿に戻ると、玄関の前にニクラスが立っていた。
「……待っていたんですか」
「星が綺麗だったから外にいただけだ」
嘘が下手な人だと思った。けれど、その不器用な嘘がひどく温かかった。
「解読、できました」
「そうか」
「ニクラスさん」
「何だ」
「ありがとうございます。待っていてくれて」
ニクラスは何も答えず、領主邸に戻っていった。その背中がいつもより少しだけ早足だったのは、気のせいかもしれない。
——明日、嘘つきたちが、この町にやってくる。




