ギルバートの食事
食事は文化です。
ギルバートはそんな食事に重きをおきたいのですが、状況が許しません。
ようやく手を付けられるというのに…。
ギルバートとの交渉は上手く行った。
まさか最初から無条件で飲むつもりだとは思っていなかったのでかなり焦った。
それがギルバートの良さであり、恐ろしさなのだろう。
あの場面で吹っ掛けていたら縁切りにまで発展していたかもしれない。
あけみやを追い出されはしないだろうが、遠回しに少しずつ。
領主の顔をしている時のギルバートはきっとやる。
そう思えるほど領主っぽかったと理熾は思う。
まぁ、領主様とか初めて見たんだけどさ。
とか相変わらずの適当さで。
それにしても【神託】が二つとも成功してよかったと胸をなでおろす。
今回の報酬は本当にありがたい。
緊急で必要になるとか、急遽上げたいなどは今後ありえる。
大事に報酬を握り締めておくことにする。
これで合計3回分のレベルアップが行える。
何となくすぐ使いそうな目に遭いかねないが。
ちなみに昼食は執務室で取った。
来客用の食堂なども完備しているが「面倒だ」という理由で。
あけみや同様、大変美味しい食事が出されてにんまりする。
むしろギルバートが食通なのだろう。
でなければわざわざこんなに手間の掛かるものを作ったりはしない。
感動したのはデザートだった。
スフィアでの砂糖類はとても高価なものらしい。
だから木の蜜や花の蜜などを使うのだが、今回は砂糖を使ってくれたようだ。
見た目も味もただのプリン。
だが、食感がただのプリンではなかったのだ。
冷たく、サクサクとしているにも関わらず、とろりとした食感と共に口に消える。
そんな不思議食感を出す方法は何度も焼いては凍らせるを繰り返すのだ。
まず暖めたプリンの素材を器に入れる。
その場では表面をカリッと焼き、その後かき混ぜて、少し大きな別の器に移す。
さらに素材を追加で入れ、今度はカチカチに凍らせ、またもかき混ぜる。
再度器を替えて素材を追加し、焼いてかき混ぜ、器を替えて追加して凍らせるをそれぞれ合計5回繰り返して出来上がる。
故に出される時は凍ってカッチカチである。
それを今度は目の前で火で炙って表面を焼き、口の中で溶かしながら食べる。
ちなみにバーナーなんてものは無いから、魔石(?)を使った火魔法で火力を調節しながらだ。
表面パリパリ、中はサクサク、口に運べば熱くて甘くてとろとろ溶けるという新食感である。
最後に出されたデザートがとても名残惜しい。
今度セリナさんにお願いしてみよう。
特別にお金が掛かっても食べよう!
と決意する程度には美味しかった。
「プリンってこんなだっけ?」とも思ったが、美味しいは正義である。
「ご馳走様でした」
「いやいや、こちらこそ楽しい食事だったよ。
こんなに『味が分かるお客様』は久々なんだよ」
もしかすると微妙な味加減が分かってくれる人がそれほど居ないのかもしれない。
露店の味を考えると不憫に思う。
食事は単なる生きるための作業と割り切っているのかもしれない。
それに比べて領主様はとても美食家だ。
しかも領民達にもこんな味をきちんと知ってほしいという。
少なくとも同じ材料でもこれだけ美味しくなるんだよ、と。
「そうなんですか?
勿体無いですねぇ…凄く美味しいのに。
ギルバートさん管轄で露店でも出してみたらどうですか?」
「料理人を出すのか?
そこまでしては流石に出費が激しいのだが」
と難色を示す。
出ずっぱりだと出費どころか、ギルバートの食事事情が激変である。
恐らく三日と耐えられないだろう。
それくらい味に開きがあるのだ。
何より今までそういう施策が出来なかったのには訳がある。
アルス領を任されて既に30年ほど経っているそうなのだが、来た当初は相当に酷かったらしい。
街自体の大きさはそれほど変わっては居ないが、以前の領主が最悪だった。
とにかく豪遊、とにかく増税という頭が悪いとしか言いようの無いことをやっていたらしい。
そのせいで領民の生活は立ち行かなくなり、税を払えず転居する。
税が足りないので更に増税し、今まで生活出来ていた者達が破産して逃げ出す。
この連鎖を繰り返して財政破綻寸前でギルバートに鉢が回り、どうやって立て直したものかと相当苦労させられたらしい。
以前の領主は破産した上で王自ら処罰されるというなかなかに無い大事件を経たらしい。
そもそもガーランドの大きな街は5つしかないのだから、その大領主が野放しにされていたことが大問題なのだろうが。
それはもう大変な騒ぎだったらしい。
王族やその他の領主に一体どうやって隠していたのかさっぱりである。
とにもかくにも、ギルバートを指名したのが王である以上、従うしかない。
ギルバートはまず財政破綻寸前ではあったが、とにかく税を下げて平民の生活水準を上げた。
足りない資金はギルバートの私財と国からの立て直し料で賄った。
だが立て直し料はそれほどもらえなかったのでほとんど私財を投じたらしい。
それでようやく残ってくれていた平民達の暮らしが成り立つようになった。
その辺りで逆に税の安さから移民が増えて人口増大。
税が安くても払う者が多ければ結果的に金額は増える。
収支が同じくらいになった辺りで新たな問題が発生した。
人口が増えた結果、治安が悪化する事態に発展してしまったのだ。
善良な者ばかりでも無いし、何より善良な者同士でも喧嘩くらいはするものだ。
今までよりも遥かに多くの人と接する機会が生まれて揉め事が多発した。
解決するための騎士はそれなりに持ってはいたが、それだけでは全く足りなかったのだ。
処罰や拘束するだけの人も土地も全然足りないのだ。
なので警邏機構を大急ぎで構築、牢屋やその他の収容施設も作った。
相変わらず懐から金が無くなるが仕方が無かった。
アルスが崩壊するよりはマシだとギルバートは気にせず出した。
大きく風向きが変わったのはその後の貿易。
そしてギルドの存在である。
ギルドからは以前より打診を受けてはいたが、施設を建造するタイミングが無く受け入れ態勢が整っていなかった。
治安を何とかした辺りでようやくギルド施設を建てれたのだ。
それが物凄く当たった。
この街は辺境にある。
確かにアルス以外でも魔物は多いのだが、ここより先にまともな生活圏が無いので魔物の量が他よりも多い。
それに対して騎士団のみで対応していたのを、ギルドにも依頼を出す形で討伐を行った。
するとギルドの収益はうなぎのぼり。
しかも騎士団の維持費が安くなるおまけつき。
ついでに討伐者自体がアルスで稼ぎ、アルスで消費するのである。
消費量が増えればそれだけ物も必要になるし、金も動いて入ってくる税も増える。
更に討伐した魔物の素材を貿易に乗せたことで一気に収益を上げ始めた。
それがつい数年前と本当に最近だったらしい。
ようやくこれで危機を脱し肩の荷が下りたから蓄財を、そして贅沢(何より美味い食事)をと思い出した。
領民達にも苦労をかけたのだから、美味い食事の施策を行おうとした矢先に昨今の魔物の増加である。
増減は今までもあったのだが、最近は増える一方である。
これでは危険すぎて商人達もアルスに来づらい。
食材が滞ることは無いが、それでも潤沢に届くわけではないのだ。
だから食生活も今まで通り、『食べられれば良い』というレベルに落ち着いてしまう。
「せっかく落ち着いてきたのに今度は何なのだ」というのがギルバートの本音らしい。
そんな苦労話を聞かされてからの食生活の相談(?)である。
理熾としては美味しい食事を何処でも食べたい。
出来ることなら手を貸したいが、現状出来るのは荒事専門だ。
発想くらいならと、思いつく限り話している次第である。
「いや。
週に一回とか、月に一回とか。
そんな感じで定期的に。
それくらいの頻度なら『美味しければ食べる』と思いますし」
「なるほど。
『たまの贅沢』ということか」
得心が言ったという風に。
こんなこと、何故誰も気付かないのだ位の話である。
ギルバートにしてみれば単に忙しいだけなのだろうが。
「そいうこと。
逆にギルバートさんは『たまの粗食』を楽しめば良いよ」
とにやりと笑う。
露店を思い出したのだ。
ギルバートも割と乗り気で
「ふむ…それでわしは他の露店か?」
とか楽しそうに話に興じる。
この場にいるのは一討伐者と辺境伯なのだが、第三者から見るとおじいちゃんと孫である。
「たまに『不味いけど捨てるほどじゃない』ってのがあるよ」
「……それには当りたくないな」
そう言って思案する。
理熾も単なる思いつきなので、別にそこまで深くは考えていない。
だがもし実現することがあればアルスの食生活はかなり変わるだろう。
「安くて美味しい料理って一杯あるし。
そんな味を知れば、他のお店も気が気じゃないと思うよ」
「ということは『わしが出した』というコトは伏せた方が良いな。
わしが出したと知られれば、『領主だから』と勘違いするかもしれんしな」
「そうだね。
でも『やるなら』だけど」
そういって空想話に花を咲かせる。
だがこういう『力を持った人』がこんな話をしていると気が気じゃない。
翌日には始めそうで。
セリナさん引っ張り出さなきゃいいけども。
そうなると今度は理熾の食生活が危うくなる。
それだけは回避したい。
「あ、そうだ。
騎士さん達っていつ訓練とかしてるのかな?
場所とかも教えて欲しかったりするんですが」
「ん?
あぁ…訓練は入れ替わり立ち替わりだな。
『訓練』という仕事をしていると思えば分かりやすいか」
「なるほど。
んじゃ毎日行っても誰か居るんですね」
「そうだな。
すまんが場所はノイズに聞いてくれ。
わしはそろそろ仕事に戻らにゃならん」
そう言ってギルバートは席に戻る。
やはり領主様も忙しいらしい。
もしかすると他の討伐者の報償も行うのだろうか。
そう考えると今回の事後処理は本当に大変そうだ。
そんなことを思いながら執務室を出る。
外にはノイズが待っていた。
理熾はやはりお客様なので、ノイズが相手をしてくれるらしい。
「報償金はいつ必要でしょうか?」
「いつでも良いですよ。
もし用意できるなら、訓練場からの帰りでも良いですし」
報償金なのだ。
恐らくさっさと渡したいだろうと思っての言葉だ。
催促だと思われると少し心苦しい。
そこからは騎士達の訓練場所を聞いて、案内してもらう。
今後は自力で来ないといけないのでしっかりと場所を覚えていく。
訓練場所はアルスの東端の方にあった。
広い平地や、訓練の施設、そして宿舎が必要だから、街の端っこで土地の安いところに作ったのかもしれない。
その辺の財務的な話は置いとくとしても、物珍しいことには変わりない。
ノイズの案内で中に入る際に、ギルドカードを差し出す。
今後このカードを持って入れるように対処してくれるとのコトだ。
カード内の情報は既に洗われて理熾のステータスなどは存在しない。
代わりに初依頼である、緊急依頼を成功させた経歴だけが入っている。
何というか華々しいデビューである。
下積み時代が皆無なのだから。
「リオ様、これで今後は自由に出入りできます。
ただし機密に関わる場所もございますので、騎士達の指示には必ず従って下さい」
当たり前の事なので「分かりました」と答える。
そんなことで文句などない。
「では、ここから先はアイゼンに引き継がせていただきます。
この場所での案内を部外者の私は出来ませんので」
「ご紹介預かりましたアイゼンです。
今後、この場でのご案内を担当させていただきます」
そう自己紹介したのは、理熾より少しだけ年上の若者だった。
年齢は16、17くらいだろうか。
短髪で布の服を着ていた。
「初めまして。
討伐者の理熾といいます。
今後…って、ずっと?
僕はしばらく居座るつもりだけど大丈夫?」
「問題ありません。
アイゼンは騎士ではなく、使用人ですので。
あぁ、制服が無いのは、外来客も少なく邪魔だからです」
とノイズが説明する。
追加で「来客の場合はここで受けませんし」とも伝える。
確かに汗だくの騎士と話したいとか思わないよね。
ふつーは。
と普通じゃない理熾が思うのだった。
お読み下さりありがとうございます。
少しだけアルス領の歴史を披露です。
要約すると「前の領主最悪」ということです。




