踏み入れた魔境2
<迷宮創造者>をクラスに持つラザフォードが指し示す方角に向けて進行する理熾たち一行。
面倒な戦闘をすっ飛ばして空を駆けるのはいつも通り。
既に二週間ほども魔境を探索するも空振り続き…。
目的地を設定するまでにもう幾ばくも無い差し迫った状況で、昨日のように実戦を組み入れる余裕はあまりない。
「…もっと浅層側にないのか?」
ラザフォードが指し示す先は、明らかに魔境の深層部に向かっている。
浅層~中層までに拠点を設けることを思えば、奥へ入りすぎるのは問題だ。
いくら『道をつける』と豪語したヴァルトルのギルドマスター、ファロ・ボーウェンでも難色を示すだろう。
「そんなことをぼくに言われてもなぁ」
「それはそうなんだが…距離は分かるか?」
「近付いているのは分かるよ。
でもそうだなぁ…思っていたよりも規模の大きい迷宮かもしれない」
「………つまり、想定していたよりすでに遠いってことか」
「だね。
二十三層までなら攻略したことあるんだけど、今回のはもっと深いかもしれないね」
「迷宮を単独で二十三層?
お前そんなことできたのか…」
ネーブルは驚きを隠さず、もしかしてこの見た目冴えない中年の戦力を見誤っていたのか、とラザフォードへ視線を送る。
しかしこれに慌てたのは当のラザフォードだ。
本当に戦力を隠していたとすれば、最悪一対九を強いられかねない。
即座に「まさか!」と否定に走る。
「確かに浅いラボリくらいの迷宮なら一人でも何とかなる。
けれど十層を超えるような深いものまで相手にできない。
単にそちらは別途『迷宮探索』の名目で護衛を雇っただけさ!」
「へぇ…それで最深部まで行って迷宮の操作を始めたって?
護衛になんて言って帰ってもらったんだよ…迷宮核なんて珍品を目の前に引き下がるはずないだろう?」
「迷宮の命名権とか、道中に手に入れた素材の全提供とかね」
「それだけで引き下がるのか?」
「事は迷宮探索だからね。
護衛に際して誓約まで強いても疑問は持たれなかったよ。
それでも迷宮核を見てしまえば来る輩も居るんで、その時は………ま、仕方ないよね」
「それもそうか」
ラザフォードが一度でも迷宮核に接触した時点で、<迷宮創造者>を止めるのは至難の業。
即座に掌握した迷宮が牙を剥く。
単なる別階層に強制転移させるだけでも排除は行え、心配ならば転送先に魔物の再配置までしてしまえば事足りる。
ラザフォードにとって最下層へ向かう手間は、そのまま戦力へと還元されるのだから、どれだけ護衛が強くとも大した意味はない。
<迷宮創造者>のラザフォードは、迷宮内において暴君たりえるのだ。
「その時の感覚から行くと既に十五層はあるよ」
「それはまた骨の折れそうな案件になっちまったな…」
感覚からの答えと、現実的な問題が激突する。
ようやく解決策に手を伸ばしたと思っていたのに、こんなところで足止めとは…ネーブルの苦労は終わらない。
ただ、理熾はそこまで深く考えてはいなかった。
「今回は特に制限ないし、ラザフォードさんの感覚に頼って一気に突っ切る予定」
「はぁ、ほんと主人と居ると物事が小さく見えて仕方ない」
スミレの《転移門》を併用した移動は、徒歩ですら他陣営の行軍速度を上回る。
むしろスミレにとっては非常に短い距離のため、大きな負担もなく進んでいける。
空を歩く非常識は、様々な要因を巻き込んで快適さを提供していた。
「確かにリオ君は身の回りの物事に置き換えて考えるからな」
「知ったかして…」
「そうだそうだ!」
「何だ小娘共?
同じ迷い人なのとやっかみは少し違うんじゃないか?」
「う…私達の方が理熾君のことを知ってるんだから!」
「ほう、それは実に興味深いな。
是非ともご教授願いたいものだ」
「教えてあげない!」
「…なんだ、虚勢を張っただけかつまらん娘だな」
「そんなわけないでしょ!」
「こんなところで何で喧嘩してるの!
フィリカさんも分かっててからかってるでしょ!」
「そんなわけないじゃないか」
「顔と言葉が合って無いです!
ほら、もう魔境に入ってるんですから気を引き締めてくださいよ」
「いやぁ、私にばかり注意が飛ぶのは何故だろうな?」
間に割って入った理熾越しにフィリカが詩織と穂波に視線を送る。
言外に『お前らホントに仲が良いのか?』と聞こえたのが詩織。
同じく『一番親しい私に注意が来てるぞ?』と真逆の予想を立てたのが穂波。
共に苛立ちを掻き立てるには十分な情報を受け取った二人が噛み付きかけた瞬間
「フィ、リ、カ、さん!」
「おぉ、怒らせてしまったか。
余程二人が大事らしいなぁ…妬けてしまうな」
「冗談ばっかり言って!」
「私は冗談も本気で言うかr…ちょっと待てリオ君?!」
にこやかな笑顔のまま、フィリカに向けて無言でギリギリと手甲の擦れ合う音を立てる理熾。
冗談では済まされない理熾の攻撃力をよく知るフィリカは、随分と慌てた声色で制止の声を上げる。
「フィリカさんってたまに暴走するよね?」
「リ、リオ君に言われるのは心外だな…?」
「そう?」
にこやかな笑みのまま、やはりギリッと握りしめる拳。
背後に立つ若干幼馴染二人も、少しだけ警戒心を滲ませている。
というのも、理熾がこんなに簡単に実力行使に出る場面をほとんど見たことが無いのだ。
あんなに大人しかった理熾君が…二人はそんな風な戦慄の仕方をしていた。
フィリカは理熾の拳に向けて手を突き出した『待った』の姿勢で「いや、落ち着けリオ君、私が悪かった」と改めて謝罪。
一応、事なきを得たフィリカは、『じゃれ合いまでなら良いが、本気で煽ると理熾が出てくる』との教訓を得た。
やはり『幼馴染』の役割は格別なのだろう、と再確認することとなった。
しかし
警戒を解く理熾が「わかってくれればいいんです」と口にしながらも、フィリカへ送られた思念は違った。
(まったく…二人が暴れたらどうしてくれるんですか。
一般人の枠でも手が付けられなかったのに、今は二つ名持ちなんですよ?)
(………それならそうと早く言ってくれればよかったのに)
(変に手が止まったら違和感が…そういうのすぐ見つけるからね二人は)
(くく…随分と苦労していたようだな、リオ君)
(今度その話しても良いけど、絶対バラさないでくださいよ?)
(心得た。楽しみにしているよ)
溜息と共に瞬時に交わされたやり取り。
使われたのは理熾がフィリカと繋いだ【連携】なので、誰にも聞かれることはないはずなのだが…。
「何黙って見つめ合ってるの?」
「なんか怪しいよね」
「この時間で『見つめ合う』なら、僕は闘技場でどれだけの相手と…」
「あ、そういうの良いから」
「ところでこれ何処まで行くのかな?」
理熾に助けられたくせに茶々を入れるのを忘れない困った幼馴染。
ちなみに急に部外者になったフィリカは、ネーブルと二人して「あいつら面倒だな」とかなんとか話していた。
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