領主代理
セルジは『理熾の欲の無さ』に非常に好感を持っていた。
理熾個人が大会で稼いだ金額はファロを含めて約2000万カラド。
あれだけ手間隙掛けて大金を巻き上げたと思えたファロの件が、瑣事に思えるほどの額を理熾は持っていた。
それだけの現金があればほぼ何でも買える。
少なくともたった半年で成り上がった庶民の理熾が望む物なら高望みですら叶うだろう…そう、金をいくらか積めば美姫ですら買えるのだ。
しかし理熾は『金は手段』と割り切るスタンスだ。
こんな考えをたかだか13歳で身に付け、しかも実践しているのが実に特殊だとセルジは断言出来る。
とはいえ、いつその金の魔力に取り込まれるか分からない。
安心は金で買える。
故に金がなくなると不安になる。
特に手持ちの金が目減りした時に大きな不安を抱える。
これは心理であり真理だ。
だから金に集う交友関係は怖いとセルジは常々考えている。
自身の中に明確な指針がなければ簡単に折れる。
折れればそのまま一気に転げ落ち、金の亡者になった者が辿る末路は基本的に同じ。
関係性を金に置き換え、出し入れ・換金を繰り返す。
そうして関係していた者達を使い潰していく。
「リオ君、俺は君達の財布だ」
「え、急にどうしたの?」
「いやなに、少し爺の戯言に付き合って欲しいだけさ」
贔屓目を排しても優秀だと感じるセリナ以上に若く、それでいて奇抜な思想を持つ子供に対して敬意を持って語り掛ける。
現実に貴族と対等に話すまでになった才覚溢れる若者に。
「財布は本来黙って金を出し入れするものだ。
俺も基本的に『財布役』を全うする気で居るが、口を出すこともあるだろう。
疑問であったり、制止であったりとな。
色々と面倒な財布だと思うが、経験だけはしてきている。
だからリオ君達も何か要望や疑問があれば声を掛けて欲しい。
俺はその声に応えるために『リオ君達の財布をやっている』のだからな」
「うん、お願いします。
それに僕のことだから言われなくても多分色々聞くと思いますよ。
お金なんて使えば無くなるから出し渋るけど、貯めてても特に意味無いからホント訳わかんないですよね」
セルジへの返答はまさかの金への批判。
金を持っていて言うのだから重みはあるが、面白すぎである。
だからこそ、この『成長の余地』が勿体無い。
『何故この子供に誰も物を教えないのか』と惜しいとセルジは考える。
周りがその意見を聞いていれば『やめてくれ。次に何を仕出かすか予想が付くのか?』と懇願したはずだ。
現に半年で領地を持つまでに至るのだ。
これ以上何かされては周りが困り果てる。
しかし残念ながらセルジの講義はどうやら理熾の興味を引いたようで、そのまま話し込んでしまった。
いくつかの取っ掛かりが転がるだけの話だったが、このことをセルジが後悔するのはそう遠くない未来だった。
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理熾達が上空から探索をはじめて早五日。
広大な森が地面を緑で覆い隠す景色はいつも同じ。
血気盛んに「ぎゃぁぎゃぁ」とあちこちで啼き声が上がるのもやはり同じ。
敵を探して走り回っているわけでもないのに遭遇する魔物の数は多い。
たった五日間で倒した魔物の数は300にも上り、魔境の強大さを身近に感じるほどだ。
「うーん…またゴブリン系か。
やっぱり表層部の魔物は数は多いけど弱いよね」
そんな風にぼやきながらスミレの《転移門》に合わせて弦を引き絞って撃ち抜くのは理熾。
移動速度の遅い徒歩な上に瞬殺までしているにも関わらずこの遭遇率。
少しでも手間取れば休憩も取れず、ひっきりなしに襲い掛かってくる魔物の対処を強いられることだろう。
これでは確かに魔境を切り開こうとメンバーを集めても囲まれて潰されかねない。
いくら敵が弱く、瞬殺出来るマリネのようなAランクでも『戦い続ける』など不可能なのだから。
「この密度で魔物ランクが上がっていくのが魔境だと思えばいい。
まだ見てないが属性持ちの亜竜も出る可能性もあるから油断するなよ」
「おぉ、属性持ちってあんまり見掛けないんだよね。
ここでも一回くらい見てみたいなぁ…」
「やめろよ縁起でもない…めんどくさいだろ」
非常に嫌そうにネーブルが理熾の言葉を切り捨て周りは苦笑い。
いつも通りの光景だった。
「属性持ちって何か違うの?」
「簡単に言うと属性の強化と弱化が主だ。
高位のものほど強化が大きく弱化が小さくなるから注意な」
「え、じゃぁ強い火竜って水属性に弱いわけじゃないってこと?」
「正解。
他の属性に比べれば攻撃の通りは良いがそれだけだ。
あえて属性を乗せずに殴りつけた方が効果的な場合もあるからな」
極めれば極めるだけ反則的に凶悪になるのはスフィアの常だが、それにしたって上限があるだろう。
理熾は思わず「何それ…」とぼやきつつも、相手取る敵は属性を持たないので今のところ無関係。
気にする必要もないので「それにしても迷宮見つからないね」とあっさり流す。
脅す気はなかったが、それでも少しは自重すればと諭したネーブルは呆れながら対応する。
「たった10数kmの捜索でぽんぽん見付ったらいくらなんでも群生しすぎだろうが」
まったくその通りなので黙って探索を続けるが、またも空振りに終わる。
今日までの五日間、ひたすら魔物を狩る毎日だ。
経験値的にも悪くないはずだが、六人パーティでの雑魚狩りではさすがにLvは上がらないらしい。
理熾にとって地味な作業は嫌いではない。
むしろ着実に進むので好きに分類されるくらいだ。
しかし今回のように不確かなまま進むのはジリジリと焦りが募る。
別に急ぎの話でもないので焦る理由もないのだが。
そうして収穫が無いままさらに三日が過ぎた本日は、連日魔境を上空から探索する異常集団の休業日。
元々緩いルールで進む理熾達は、各人の都合があればさっさと自由行動が許される。
さすがに魔境で別行動する馬鹿ではなかったので全員休暇というわけだ。
そんな中で仕事を行うのは理熾とネーブル。
二人はメルカノ家が治めるガーランドの五大都市ヴァルトルに顔を出していた。
ヴァルトルギルドにファロをおちょくりに行くこと、ではなく目的地は領主のメルカノ家だ。
内々にガートルードから直々にユスカの件についての謝罪を受けた際。
「空いた時間で構わないのでメルカノ家に顔を出して欲しい」
と要請を受けていた。
別に先延ばしにしていても良いが、行き詰っている現状で根を詰めても仕方が無い。
メンバーのリフレッシュと気分転換に、ヴァルトル領主代理のユスカが持つ情報まで回収しようという魂胆だった。
その欲張りな目論見に連れ出された可哀想なネーブルは、欠伸を噛み殺しながらヴァルトルの大通りを歩く。
「どんな人なんだろうねユスカさんって」
「ハッサクの情報によると優秀の一言だな。
五大都市の中で唯一長期に渡り『領主代理』が勤まるのがユスカだけだ」
「つまりいつでも領主になれる?」
「その通り。
領主のガートルードの方が上位に位置するが、決裁権は同等のものを与えられている。
ユスカが望めばガートルードを蹴落とすことも現実的になる立場だが…やらないだろうな」
「なんで?」
「今の大領主は皆王族のお気に入りだからな。
いや、むしろ王族側が配慮しなくてはならないほど力が強い」
ネーブルは露店に出ている、塩で味付けされた謎肉の串焼きを2本買い、片方を理熾へと渡しながら説明する。
こうした食べ歩きはネーブルの趣味にも合致しており、ついでに「ここに酒もあれば最高なんだがなぁ」と呟きながら串焼きを頬張る。
流石に領主代理に会うのに酒の臭いはまずいだろう。
理熾も口に放り込みながら話を聞く。
「小さい国なのに王族の力が弱い?」
「それは違う。
ガーランドは他国と比べても十分な発言力を持っている。
いっそ小国の中では力が強い方なんだが、ガーランドの場合は大都市の声がでかいんだ」
「え?」
「考えてもみろ。
他国と比較しても国土の広さはそう変わらない。
そして小さな国でも『主要な領地』と呼ばれるものは無数にある。
そんな中、ガーランドは王族が持つ首都を除けばたったの四つ。
逆に言えば同じような広さなのに、四つしか『主要な領地』が無いわけだ」
「………大都市の領主が受け持つ管轄地域が広い?」
「正解だ。
人が居ない、ってのはあるだろうがな」
ふぅ、とネーブルは一つ溜息を入れる。
辺境ということもあり、ガーランドの支配者階級の数は…いや、そもそも人口も多いとも言い難い。
五大都市以外は日本で言うところの田舎であり、ただの交易路になりがち。
生活するには困らなくとも、発展するにはイマイチ物足りなさが前に出て人の数は増えにくい。
塩焼きはやはり喉が渇く、とすかさずフルーツを圧搾した柑橘系の果実水を買って理熾に与える。
その辺りの所作が流れるようで、初めて来たとは思えないくらいに手馴れたものだった。
「国家規模になれば腐敗はついて回るものだが、この国の貴族は無駄に優秀で意識が高い。
大領主ほど上手く責任を国に押し付けて自分の領地で好き勝手にやってるやつらが多いしな。
それもこれも領地が広いから自活可能で、だからこそ王族とも対等に渡り合え、他国とも交易路を独自に開ける」
「え、ギルバートさんそこまで凄いの?」
「いや、アルスの場合は更に特例だ。
隣国が無くて交易が出来ないにも関わらず、辺境を任されていることで防衛力を問われる。
他領にも戦力を貸し出す必要があり、そのための費用も他領から資金を得ている。
だからアルス一番の交易品は戦力と魔物素材になり、領の境界線はアルスの管轄になることが多い。
そうそう、ラッフェルにも近いラボリが、揉めることなくギルバート管轄なのはそういう裏事情もある」
理熾は「ふーん?」とガーランド周りの状況を知っていく。
急ぐ道筋でもない。
二人は緩い空気のままゆっくり大道路を歩く。
「そんな事情があるから現領主の権力が異様に強い。
逆に言えばギルバートもガートルードも家督を譲るのに苦労するってわけだな」
「親が凄すぎて子供に力がなくなっちゃう?」
「あぁ、発言力が大きいから受け渡す権利や権限が幅広い。
能力的には十分でも、どうしても影は薄くなる。
他の国なら時間を掛けてゆっくり渡していくもんだが…ガーランドは下手をすると領主が一番働いてるからなぁ」
「教える時間がない…?」
「それも違う。
仕事を渡そうにも区切りがなくてずるずる領主がやるハメになっているんだ。
新しい案件に参加させるのは簡単だが、継続系となると引継ぎがな…。
まぁ、その辺りは俺達が気にすることじゃなくてセルジとかセリナの領分だろ」
雑談と言っていいのかも分からないような濃い内容を話しながら領主館へ近付くと門番が「止まってください」と理熾達を止めた。
身なりはしっかりしているものの、おっさんのネーブルと10歳そこそこに見える少女姿の理熾は共に礼服ではない。
加えて初訪問ともなれば警戒されるのも仕方ない。
門番は手順に従い二人に誰何した。
「おっと、すまんね。
警戒させたか。
ギルバート様のところへ行くのとはやはり訳が違うな」
「ラボリ領主の理熾と、その護衛のネーブルです。
この度はガートルード公爵からの要請で足を運びました」
わざわざ様付けで呼んだネーブルは、笑顔を見せながら服の内ポケットからメルカノ家の刻印を押された封筒を取り出して門番へ見せる。
すぐに頭を下げた門番は「確認いたしますのでその場でお待ち下さい」と引き取り、中へと走っていた。
ぱっと見、本物でも偽者の可能性があるのだから仕方ない。
「カルロさんが居るなら話早いんだけどね」
「外交官らしいから望み薄だが、それが一番か」
待たされる二人はメルカノ家の三男の名前を出して話す。
ネーブルが見るに、恐らく今目の前で自分達を押しとどめている門番は気が気ではないはずだ。
一般的な手順であるものの、ギルバートやカルロの名前まで出ている。
気の短い馬鹿貴族なら「私を知らんのか!?」と理不尽に怒って乗り込むか帰る可能性まであるのだ。
「お待たせしてすまない!」
ドパーンと扉を開け放って領主館から飛び出してきたのはあろうことか領主代理。
目を剥いてうろたえる理熾達側の門番。
報告を持ち込んだ方の門番はユスカを追って扉をくぐったところ。
これには職務に忠実な二人の門番にネーブルはご愁傷様としか言いようがない。
この子供と外側から関わると本当に碌な事がないな、と考えながら。
そしてすぐに内側からだとあの門番の比じゃないか、と思い直していた。
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