魔境偵察2
翌日、意気揚々と出発した面々。
前日の様子からすると、理熾とスミレだけでも十分な成果が上げられるだろう。
だが、現実を見るとそう簡単にことは進まない。
スミレは魔法媒体である盾を握り締め、木材兵の運用に掛かりっきり。
索敵・迎撃能力は皆無で危なっかしくて仕方が無く、必ず護衛が必要になるが、穴埋めに理熾を配置するのは無理。
理熾は基本的にスミレの索敵役兼攻撃手なので、今度は木材兵の行く手を阻む敵を排除する役が居なくなる。
いくら処理能力が人外並みの理熾でも、スミレと自分を【連携】で繋いだコンビプレイを行う際には無防備この上ない。
つまりこの二人一組を守る壁が必要だった。
その配置は索敵役のハッサクと迎撃役のレモンがメイン。
ここに伝達能力を持つネーブル、範囲制圧能力と回復・防御手段を持つライムが補助に付く。
特にネーブルはこのパーティ全体の指揮も任されているため、ハッサクと連携して探索範囲を割り出していくのがお仕事だ。
結局、魔境という災害を前にして、理熾達の引き出しを全開に広げてようやく対応出来るわけである。
それでもたった六人という少数で魔境を歩くのは余りにも身軽で非常識なのだが。
「今回はスミレを背負って移動しようか。
木材兵を一々取り出すのも拾うのも面倒だし、スミレが動けば操作する距離とか数は減らせるしさ」
《障壁》の上で交わされる簡単な会議。
理熾は《亜空間》から【静穏の鞍】を取り出し、スミレを乗せて背負う。
その様子を見守る四人の大人達は『あぁ、こいつらこれで優勝したんだよな』と生暖かい感想を持っていた。
また、指針の確認をするためにネーブルが理熾の断片的な情報を補足していく。
「そうなると一方向に探索範囲が広がることになるが良いのか?」
「うん、どうせ虱潰しだしね。
地図を塗り潰すように探せば良いし、気になるところがあれば木材兵をばら撒いてチェックすれば良いよ」
理熾の方針は簡単なものだった。
目的はあるが当てのない探索。
ならば全方位も一方向も余り変わらない。
いや、いっそ一方向に絞ってしまえば、狙った方向への探索は著しく進むだろう。
昨日の2×2km^2ではなく、2×10km^2のような感じで。
こうして行動が決まると理熾達は非常に早い。
スミレの意識に理熾が直通の【連携】を維持したまま、【索敵】やら【直感】やら【干渉魔法】やらを乗せていく。
ちなみにリコは理熾の周りでふよふよ揺れながら使用スキルを取り替えながら支援中。
今は主に【索敵】をメインにお手伝いしているところである。
こうして木材兵の周囲50mの地形をスミレが、理熾が周囲の気配を読み取る。
やはりスミレと木材兵を経由するため、理熾の感知範囲は随分と縮み、精度も落ち込んでしまう。
しかし奇襲を受ける確率は格段に減り、むしろ門を経由した電撃的奇襲を可能とする。
原生林のアマゾンに安全圏から各種測定器を積み込んだ探査機を放し飼いにするような感覚だろうか。
スミレの地形捜査が50mなので、今回から探索の木材兵は2体に減らして100m離して配置して前進する。
これで約200m幅の地形と感知を同時進行で行える。
また、2体の後方に配置した血魔石付きの投剣を抱えた木材兵が後を追う。
これを外からネーブルが【以心伝心】で情報を読み取りながらハッサクへと流せば探索範囲・状況・内容が地図に反映されていく。
さらさらと書き込まれるのは地形に加え、理熾が弓矢で仕留め続ける敵の情報。
何処で何が出たか、数や頻度といったものをざっくりと書き込んでいく。
戻ってから清書するので殴り書きにも近いが、それにしても綺麗に情報が並んでいく。
本来なら強さも残せれば良いのだが、今のところ矢の一撃なので計ることも不可能だ。
更新されていく地図情報。
そして理熾とネーブルの二人は行軍の最中にも随時効率化を施していく。
気が付けばハッサクの敵リストは別に用意され、そこに適当な印をあてがい、地図上には数と記号だけの表記で済ませ始める。
敵陣の兵種や配置の偵察時に用いていた方法を分布図に流用した結果だ。
ここまでくると大容量の地図をプリンタでゆっくり出力しているような感覚に陥る。
全て人力なのに。
その他にも、周囲も警戒中のハッサクは感知役に徹し、ネーブルが情報を拾い上げて指揮する形で対応。
ライムは無言のまま《結界》と重力操作を行い、足止めされた敵はあっさりとレモンの斬撃や礫、通常仕様の投剣によって地に落ちる。
ちなみにレモンは《飛燕》という武技で斬撃を放てる。
MPと体力を消費するため使う頻度は少ないが、飛行系の中でも耐久力の高い敵はこちらで撃ち落していた。
当然地面に落ちる前に理熾の《亜空間》に収納されている。
ものの見事にパーティを『一つの個』に纏め上げられる理由は【連携】と【以心伝心】の二重掛けによるもの。
双方向に高密度の伝達能力に加え、各自の処理能力があればこそ。
これが一人だけだった場合、一方的な情報伝達になるため何処かでボロが出てすぐに破綻することだろう。
この日も5時間掛けて1×15kmほどの探索を行い、73体の敵を回収した。
空を歩くため、安全は地上の比ではないが、それでも魔法薬や回復薬の消費は著しい。
たった一日で一般的なDランクパーティが一ヶ月に使用する量を使い切るのだから。
「リオ君って相変わらず使い方が豪快だよね」
「安全を買ってるだけですよ。
それに魔境産の魔物って強くて引く手数多だしね」
とはまたも夕食で交わされた会話。
魔物討伐のような血生臭い話をしているというのに、誰もが気にしないのは一撃必殺だから。
血飛沫は浴びないし、死骸も綺麗なもので解体しやすいとフィリカに評判だ。
そういえば隊長格から降ろされていたジンは、ラボリ開拓中に再度昇格していた。
全てラボリの消化部屋に投棄されていたことで理熾からの持ち込み数が激減したのが契機となった。
今後も理熾達が持ち込む解体業務は、ガゼルが無償で請け負うと言ってくれているので甘えている。
もっとも、魔境産の魔物を見せるわけにはいかないので、領主館のある第5層に解体小屋を設置して職員を雇い入れ、励んでもらう予定になっている。
ちなみに今のラボリは非常に賑わっている。
街道沿いに点在していた、近くの村を三つ…いや、四つ吸収したのだ。
その時のセルジの誘い文句は『寂れていく村と発展する街…どっちを取る?』というもの。
なんとも煽った言葉だが、『街道沿い』の立地に胡坐を掻いていた村人達には芯に痛烈に響く口撃だった。
結果はこの通り、たった三ヶ月前に出来たばかりの小さな領地は、気付けば数百人規模の集落に変わっていた。
それもこれもセルジが加わったことで人を招き入れ、セリナが必死に業務をやり遂げた結果だ。
また、職員としての人材登用はセリナに一任されており、日々面接やら試験やらでいつも忙しく働いている。
ついでに交易や親交を持とうとする商人や貴族の露払いも。
「今の時期だけとはいえ、魔物素材が一番の交易品なのは少し問題だな」
「ダメなんですか?」
食後の残業に帳簿を見詰めていたセルジの呟きを理熾が拾う。
セリナは既に次の面談者を迎えに執務室からは出て行っていた。
「ダメではない。
しかしその供給源がリオ君達だけだろう?
スミレが居る分緩和されているが、休養や遠征で手に入らない期間もある。
そこを埋めておかなければ『面倒な顧客』になってしまうからな」
「安定供給ってやつですね」
「この国で何処までを『安定』と言えるかは微妙だがそういうことだ。
ちなみに今のリオ君達の討伐数からすると過剰供給中だがね」
「おぉ…つまり保管庫が必要なんですね。
またラザフォードさんにお願いしないと…」
「待て待て。
聞けば迷宮が行う改築の魔力量も馬鹿にならないというじゃないか。
ここは人を雇ってだな…」
と子供の理熾を相手にセルジの講義が始まる。
今セルジの元には有り余る金が集っている。
これは主に理熾達の個人資産なのだが全てが現金だ。
一般人ならタンス貯金の感覚で構わないのだが、理熾は曲がりなりにも領主。
『金を回すこと』を考えねばならない立場で、余りに現金を握り締めているのは問題だった。
だからと何かを買えば買占めになりかねず、周囲に問題を撒き散らす可能性もある。
そこでセルジは『労働力を買う提案』をしているのだ。
迷宮の魔力で賄える部分でも支払うのは、結果的に財源として帰ってくるため。
当然個人資産から引き出された現金は、ラボリ領からの負債として決済するので利率が乗る。
ただ現金を握り締めているだけでは何の価値にもならないものを、領内に蒔いて運用したいと考えている訳だ。
「それならいっそラボリから魔境に戦力を持っていく?」
「ギルド支部もまだ完成してない今はダメだ。
新興領主が金にものを言わせて討伐者を集めて領外への遠征は角が立つ」
「えー…めんどくさい…」
「うむ、そのめんどくさい部分を孫が全部受け持っているんだ」
呆れるセルジ。
ネーブルの入れ知恵だろうが、この子供は理解した上でセリナを代官に据えている。
そう確信するだけの閃きは何度も見ているし、それだけの信用は既に積んでいた。
「やっぱりお金使うにも頭が要るんだね」
「そうだな。
文明社会での『金』は権力や暴力と並びつつも更に上を行く万能に近い力を持つ。
使い方を間違えれば破滅するし、破滅させられる。
ついでにいうと…リオ君達が持ち込んだ金額なら小さな村なら丸ごと平気で買い取れるからな」
「え、いらない」
「だろうな。
これ以上厄介ごとが増えても仕方ないからな」
その姿勢に好感を持つセルジは笑って答えた。
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