領主代理2
「遠路はるばるよく来てくれた」
そう言ってネーブルの肩をぽんぽんと叩くユスカ。
その余りの歓待ぶりに身内であるはずの門番ですら引いていた。
搾り出すように「あ、あぁ…」とネーブルは答えたが、一体何事だと理熾達の間で【連携】と【以心伝心】を使った高速のやり取りが行われていた。
当然のように結果は芳しくなかったが。
とりあえず二人で『ガートルードは一体何を吹き込んだのか』と思うしかない。
「おぉ、すまない。
こんなところで長話するものでは無いな」
「い、いや、お構いなく?」
理熾がわりと本音で軽い断りを入れたが、遠慮と取られたようで、ユスカは門番に「執事長に来客を知らせてくれ」と指示を出していた。
余りの本気ぶりに、やはり理熾とネーブルは引き気味だが、門番は命令に従って転進して駆けていった。
呆然とする二人も訪ねて行った家人の『好意的な言葉』に逆らうわけにはいかず、売られていく子牛のような気分でメルカノ家の門をくぐった。
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どかり、と対面のソファに沈むユスカ。
既に理熾達は示された場所に座り、テーブルにお茶と焼き菓子がずらりと並ぶ。
仄かに暖かさを感じるので、つい先程まで厨房も大忙しだったのだろう。
案内・配膳等を済ませた執事を退席させたユスカは、その堂々とした態度を翻し
「父のガートルードからある程度の話を聞いています。
知らぬこととはいえ、この度は多大な迷惑を掛けて申し訳ありません」
ソファに座ったままとはいえ、頭を深々と下げて謝罪してきた。
これに驚くのはネーブルだ。
貴族は頭を下げない…いや、軽々しく下げてはいけない。
だからこそ『貴族の謝罪』には価値があり重みがある。
それを周囲の目を排した場とはいえ、一商人の理熾に対してきっぱりと明確な謝罪を入れるなどありえなかった。
その相手が公爵家の嫡男ともなればネーブルが平静を保てているのが不思議なほどの異例ぶりだ。
「私が出来る限りの内容なら、いかようにも対応します」
「えっと…あ、うん。
まさかここまで綺麗に謝られると困るね?」
「ははっ、そう言っていただければ頭を下げた甲斐がありますね」
頭を上げながらユスカは笑う。
その笑みに暗い含みは無い。
ただの謝罪のみで許されたと思っていないとの証明に『白紙の小切手』を渡してきた。
つまり理熾はユスカに貸しが一つ出来たわけだ。
「つきましては、リオ様の歩んでこられた経緯を教えていただければ…」
「あ、出来れば敬語とか様付けは無しで。
僕は口が上手じゃないからすぐボロ出すし」
横で聞いていたネーブルは『何処がだよ』と内心苦笑するが、常識に疎いのは今に始まったことでもない。
対するユスカは「そうですか? ではリオ君で」とあっさり乗ってくる辺り、理熾への対応はガートルードから聞いているらしい。
しかし聞いているのはそこまでのようだ。
「ガートルードさんから特に何も聞いていないんですか?」
「今回迷惑を掛けた経緯くらいかな。
後はリオ君達の都合で来るだろうから、その時に詳細を聞いて頭を下げろと」
「それだけであの謝罪か…?」
「公爵家の当主が直々に『嫡男に対して謝罪要請』ですよ?
私からするとコトの中身より、その事実が大きい。
そしてその内容はこれから教えてもらう予定…というわけ」
ユスカはにこやかに話しているが、理熾達は完全にハメられた気分だった。
この状況でネーブル達の秘密を伝えない理由も意味も無いが、完全に誘導されている。
しかも謝罪してたくせにぐいぐいと自分路線に巻き込みながらだ。
主導権を握られっぱなしで非常にやりにくい。
これがガーランド唯一の当主代理を勤めるユスカという人物なのだろう。
「僕達の秘密をいくらで買います?」
だが、その貴族の道理や乗せられたレールを、全てひっくるめてぶち壊す返事をするのは理熾。
この期に及んで商売する気も無いのに吹っかけるのだから、ネーブルとしてはたまらない。
何処で虎の尾を踏むかも分からないのに。
「…っ。
そうですね、では貸しをもう一つ。
いえ、二つで父が知る情報全てを買い取りたい」
「ガートルードさんが戻れば手に入るのに凄い高値を付けるんですね」
「どんなモノでも劣化する。
特に時勢によってどうとでも取れる情報は時間が経つほど危険なものだろう?」
「主人、どうせ話す気なんだろう。
無意味なことしてないでさっさとした方が良い。
これ以上引き伸ばすと俺達が抜け出せなくなる」
商談を蹴るのは簡単だが、蹴った後が問題だ。
これっきりの付き合いにするのなら何とでもなるが、ガートルード・カルロ・アシュレイが居る以上ゼロにはならない。
これからの付き合いで徐々に明らかになる情報はともかく、売り買いするのはよろしくない。
そう、対価を払っている分、逆に言えば『買ってしまえばどうとでも出来る』のだ。
利用しようが悪用しようが文句は言えない…それを前提に『販売』しているのだから。
「おや、やはり貴方は優秀だ」
「っは…その言葉すらも『俺達への配慮』か。
相変わらず貴族は面倒な言葉遣いをしてやがる」
ユスカの言葉は暗に『勝手に使うから気をつけて話せよ』と知らせたものだ。
これは知らせることによって『恩を売る』のと、『言ったなら後悔するなよ』との二重の釘刺し。
本音からの賞賛もあるのだろうが、余りにも一言に意味を乗せすぎだ。
「いやはや、優秀な副官が居てうらやましい。
では貴族的な話はこの辺で終わらせて、腹を割ってお話といこうか」
ネーブルは「よく言うぜ…」と零すが、逐次【以心伝心】による講義を受けていた理熾は、かなり面倒になっており、隠す事無く苦笑いしていた。
後は任せたとばかりに出された紅茶をすする理熾を脇に置き、ネーブルはこれまでの経緯を語る。
理熾の経緯や自身とシミルにまつわるあれこれを平然と滔々と聞かせてやった。
流石にラボリでの経緯や<迷宮創造者>の事は伏せたままだが、欠伸を噛み殺すような雰囲気で隣に座る理熾の横で、だ。
「父が私宛ての書簡に書かなかった理由がようやく分かった…」
しかし対面に座るユスカの顔色はかなり悪い。
何かの手違いでそんなことが書かれている手紙が流れれば…。
荒唐無稽な内容なので信じるものは少ないだろうが、刻印や名前から『公爵家の保証』まで添えられているものが出回ったら悪夢だ。
「それじゃ合計貸し三つということで、僕達は帰って良いのかな?」
空気を読まずに流れた体になっていた『貸し』をあっさり押し付ける理熾に、ユスカは思わず閉口する。
メルカノ家当主が『黙るべきだ』と判断した内容で、ユスカ本人も『外に出せない』と断言出来る馬鹿げた真実。
その隣で淡々と話していたネーブルはいまやニヤニヤと笑みを浮かべている辺り、この主従相手に『貴族的な対処』をするほど損するとユスカは悟る。
そして『あぁ、だからアシュレイが入れ込むのか』とも。
ユスカは「はぁぁぁ…………」と漏らす長い溜息の後、新たな話を切り出した。
明らかに気が進まない風に。
「本当は謝罪だけのつもりだったんだがね。
今の話は置いとくとしても、会ってもらいたい者が居る。
タイミングが良いというべきか判断に迷うけれど、相手は名指しで君を指名している」
「ヴァルトルの知り合いって大会で顔合わせた人くらいしかいないですよ?」
理熾の疑問は率直なもの。
カルロやアシュレイがこの場に居ない以上、メルカノ家の誰かでは無いはず。
そうなると集団戦で戦ったマリネ達しかいないが、用があるとは思えない。
「そうか。
私としても何処で接点を持ったのか疑問だが、要望が出ていて、この場に居る以上知らんぷりは出来ない」
「いやにもったいぶるじゃないか。
それで会わせたい相手ってのは何処のどいつだ?」
話が進まないのでネーブルが切り込む。
お互いへの口調はとっくの昔に貴族相手ではなくなっている。
「他国の使者だ」
ようやくユスカの口から出た言葉に、理熾は今日何度目かの衝撃を受けていた。
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