実力の証明
個人の本戦二回戦が始まる。
順当な結果とも言える者達だけが勝ち残っていた。
ただスミレの格上相手の勝利と、理熾の予定調和の八百長(仮)だけが異彩を放っていた。
前者は<魔物使い>として名を挙げ、後者は前代未聞の騒動を引き起こした要注意人物として。
理熾の役目はある意味定番であるものの、スミレの評価は激変したと言っていい。
ちなみにアシュレイは元々色々な意味で有名だったこともあり、順当過ぎて話題にすら上がらなかった。
「ボクの試合もちゃんと見ててね?」
「と、言われてもなぁ。
その時多分控え室だよ」
「《転移門》とか何でもあるじゃない!」
「そんなリスク抱えて見るようなものじゃないよ」
「そんな!」
「僕に当るまで勝ってくれるんでしょ?」
「ふふ、当たり前でしょ!」
「なら心配とかせずに待ってるよ。
パーティメンバーだし、多分当るのはちょっと先でしょ」
「分かった、行ってきます!」
「稼いで来てねー」
という一幕があったくらいで、誰一人心配などしなかった。
何を言ってもあの末っ子は力の使い方さえ間違わなければ同年代と縛らずとも最高峰の一人なのだから。
そして理熾も呼ばれ、控え室へと入る。
相手は同ランクで年上の男。
鎧を着込んで剣と盾を使い、制圧力が高く、弱点らしい弱点が無い、正面から潰すのに時間の掛かる嫌なタイプだ。
また、理性的で常識人だが、『規則に縛られるのは嫌だ』という理由だけで仕官の打診を蹴る変わり者。
ギルドからの信頼も厚く、職員への登用の話も仕官の件と同じく断り続けているらしい。
背後関係を調べてすら各組織が熱を入れて勧誘することを思えば、交友関係に後ろ暗さは無く、むしろ悪人を憲兵に突き出すレベル。
加えてDランクともなれば収入もそれなり以上のはずで、なるほどこれでは交渉に際して隙が見当たらない。
容易に打診も蹴れるはずである。
むしろ交渉のテーブルに着かせることも難しいくらいだ。
「どうしようかなぁ」
と天井を見上げて考える。
一回戦のリーゼのように分かり易い交渉材料があれば攻められるのに、と理熾は嘆く。
この大会の趣旨は既に『どれだけ理熾のことを知られずに勝利するか』という情報戦へと様変わりしている。
だからこそ個人予選ではフードを被り、全員が魔術紙片を使うところを見せた。
その印象から目印として扱われたが、どれが誰かかを混同させることは成功している。
よって誰かが多少の無茶をしていても『誰がやったか』という確証は薄くなったはずだ。
また、集団戦でも理熾はスミレを背負って走るくらいしか戦力面では見せていない。
リーゼの件を含めても、あそこから読み取れることは単に『用意周到だ』ということだけ。
それも『情報を集め、予想を立てて行動する』という、極々当たり前な行動の精度が高いだけだ。
「選手の方は入場してください」
と係員に声を掛けられて待合室の席を立つ。
相手の情報は手に入れている。
後はどう勝つか…理熾は会場へと足を踏み入れた。
・
・
・
『一回戦最終試合ではまさかまさかの行動を取っての勝利!
八百長なんかしなくても有利は動かなかったというのに!
リオ選手は今回の戦いで私の期待を返してください! さぁ!!』
何だか私怨がずいぶん混じっておらんかの?
小さな子を相手に公衆の面前で悪意をぶつけるのはいかんだろ。
さて、次はおれの番かね。
『対するは同ランク、堅実な戦いが売り。
目立つ功績はありませんが、その分積み上げたものがあります!
酸いも甘いも噛み分けた、43歳ベテランのエスタス!
同じランクでも年の差なんと30!
まさに大人と子供、親と子の対決と過言ではない年齢差です!』
ふん、まだおれもひよっこだというのにな。
周囲を見渡すと廃屋と瓦礫の山。
なるほど、今回の戦場はこういう趣向か。
それにしても盛り上げるのがちと上手すぎるな。
やかましくてかなわん。
耳元を覆うように払ってそんな感想を浮かべる。
それで相手さんの様子は…ほう、防具に金属製の手甲と具足を付けている程度で武器すら持たずか。
ズボンだというのに巻きスカートとは変わった出で立ち…腰周りを固めてあるのは何かあるからかの?
といっても衣服だからと侮るのも問題か。
下手な軽鎧より頑丈な防具もある訳だしの。
しかし金属鎧でがっちりと身を固め、剣と盾を持つようなフルセットのおれとは正反対の装いだな。
実況者を煽る性格といい、格好といい、戦術といい…面白い小娘だ。
そう値踏みしてから賭けの比率を見るに…はは、おれの方が劣勢か。
一回戦を金で買ったとは思えない人気ぶりだ。
どうやらあの小娘の認識では何処でも買い物が出来ると思ってやがるようだ。
まさか戦場ど真ん中で『買い物する』とは誰も思わんはずなんだがなぁ…と笑みが浮かぶ。
しかし、その金で買った一戦のために、見た目くらいしか情報が無いのが痛い。
ここまで見越してると思った方が身のためかもしれん。
にしても…一回戦と同じなら出場報酬は結構な額だな。
子供に持たせるにはちと多いが…おれと同ランクなら単なる予期せぬ報酬程度か。
かはは、恵まれているやつは何処にでも居るもんだ。
「ただの小娘と思わん方が身のためだの」
知らずに呟くと声を拾ったようだ。
小娘は、周囲が明るくなるような顔をしてこちらへ視線を向けた。
「いえいえ、周りに持ち上げられてるだけのただの子供ですよ」
「くく…それで本戦に出て勝ち抜いてしまえば予選落ちが泣いてしまうわ」
「あ、それもそうですね」
素直さは良いが、何処か抜けた感じが否めんな。
これが演技なら叩き潰し甲斐もあるんだが…どっちだろうな?
余計な会話ではあるものの、相手を知るには良い手段だ。
少しは答えてくれるようだしの。
「して、小娘の武器は何だね?」
「逃げ回る足と魔術紙片ですかね」
「素直には答えんか」
「え、今言いましたけど…」
一瞬で食えん子供に決定だな。
これはちと骨が折れるか。
しかもあの子供を追い回したらおれの評判まで下がるっていうのもなぁ。
「返事はの。
だがその割りに姿勢が安定しすぎておる。
おぬし、わざわざそんな小道具を使わんでも戦えるのだろ?」
「まぁ、アレクセイの時は斥候しましたしね。
走るのは得意ですよ。
集団戦の予選でも味方を背負って走ったくらいですから」
「それだけとは思えないんだがの。
くく…まぁよいわ。
その隠し玉、おれが引き出してやろう」
「うーん…本当なんだけどなぁ」
と苦笑いする。
恐らく嘘は吐いていないだろうが、本当のことを言っているとも限らん。
こういう手合いは本当にやりにくい。
警戒を怠りはせんが、それでも輪を掛けて注意すべきだろうな。
気付けば首元に刃が添えられている可能性があるからのぉ。
『13歳に隠された実力はいかに!?
――――本戦二回戦、第7試合開始!!』
あの小娘だけ押していく訳か。
地味なおれより余程花もあるし、間違いなかろう。
だが、おれが勝つ。
「ぬおぉぉぉ!!」
威嚇と瞬発力を発揮するための雄たけびを上げる。
おれのメインは近接戦闘…つまりこの距離では一方的に嬲られる。
魔術紙片をどれだけ持っているかは分からないが、尽きるまで耐えるのは非現実的だ。
即座に近付いて戦闘不能狙いが一番被害も少ない!
『って、あぁぁ!
また!?
ちゃんと戦ってくださいよ!
ほら、背を向けてちゃエスタス選手に負けますよ!』
驚きのあまり転びそうになるくらい綺麗な逃走だ。
おれに完全に背を向け、脱兎の如く一目散に距離を取る。
いや、距離を取るにしても少しはこっちを見るだろう普通は…。
「|《火炎弾》《フレアバレット》、|《岩石弾》《ロックバレット》」
「なっ!?」
驚きを口にしている暇は無い。
追い掛けながら小娘から飛来する初級の弾系魔法を左右に身体を揺らして躱す。
被弾しそうなものは盾で逸らし、剣で切り落とす。
捌き切れないものに関しては姿勢制御で鎧の角度を調節して滑らせた。
そうしている間にも瓦礫の山が小娘の姿を隠してしまう。
そうか。
『魔術紙片』は魔法の術式と魔力を代用する紙だ。
つまり詠唱はいらんし、即座に放てる。
習熟すればあんな風に自身の魔力を込めて効力を上げることも、ある程度魔法を制御することも出来る。
つまりあの小娘は全力疾走しながらも魔法を撃てる魔法士というわけか!!
瓦礫に消えた小娘の後を追いかける。
速度はおれの方が少し速いらしく、すぐに背中が見えてくるが、牽制とも本命とも取れる魔法が飛び込んでくる。
飛び交う魔法をやり過ごせばまたも瓦礫の影へと引っ込む。
これは…完全に見失えば不意打ちで負けかねんな…。
改めて前へ足を踏み出し考える。
にしても、だ。
いくらなんでも1度に出す弾数が10発前後は多すぎる。
Eランクの魔法士が放つくらいの量を、走りながらというのがまずおかしい。
それが金を燃やしながらだというのだから、そのイカレっぷりがよく分かる!
「くははっ!
初級魔法ごときでおれを止めようというのか!」
こみ上げる笑いが止まらない。
余りに馬鹿げた戦術だ。
しかし、有効でもある。
同ランク以下で、おれのような防御タイプじゃなければ確実に押し切れる。
初級魔法とはいえ、斥候の足に魔法士の遠距離火力を備えたあの小娘に勝つ方法はそう多くないからな。
初撃でやるか、全て受けきってから潰すか、おれのようにごり押しで近付くかだ!
「それが出来れば一番なんですが…そろそろ負けてくれませんかね?」
「っは、軽々と逃げ切っておきながら口の減らぬ小娘よ!」
おれの足は遅くない。
むしろ速いくらいだ。
持久力に少し難があるものの、下位ランクならこの金属鎧を身に着けた状態で置き去りに出来る程度の速度は出せる。
むしろ敵を圧し潰すためにも着てるから、この鎧も武器みたいなもんだからの。
そんな速度に自信があるおれを、様子見しながら魔法を撃って逃げ回れるとはどんな子供だ。
いくら『斥候』だとしても、あちこちに気を配りながらとなるとそうそう速度など出せないはずだが。
「何かBランクの傭兵さんより強くないですか?!」
「あっちは攻撃主体でおれは逆だ!
それに近接で殴り合ってこそ力を発揮する!」
っと、高揚感のままに言っちまった。
これじゃぁ逃げてればおれに勝てると言ってるのと同じじゃねぇか。
だがそんな分かり易い説明に対して
「ご教授感謝します!」
と素直に返して立ち止まった。
しかしあいつは一体この戦闘でどれだけ使う気だ?
分かるだけで20枚ほどを燃やし尽くした辺りか。
いくら出場報酬があったところで、赤字になっちまうだろう。
そんなことを思いつつ、ようやく追いつく。
「ようやっと観念したか!」
「これ以上は無駄遣いなので」
「かかっ!
それを観念したと言うのだ!」
やはり20枚は想定外か。
ならば粘り勝ちというものだ!
耐えた甲斐もある!
走り込む勢いのまま、体重を乗せて剣を振り下ろす。
小娘は一度左手で巻きスカートを叩き、攻撃に合わせるように右腕を振り上げて来た。
っは、この体重差、勢いをそのか細い片腕で受け止める気か!?
良いだろう…だが、その低い背と華奢な身体をうらむなよ!!
――ガキンッ!
一切の手加減無く振り下ろした剣は、そんな高い金属音を立てて受け止められた。
『と、止めたぁぁぁぁ!!!
身長差、50cmは軽くあろうエスタス選手の全力攻撃を右腕一本で受け止めましたぁぁ!』
馬鹿な、という言葉が口から零れ掛ける。
攻撃が軽かったはずはない。
現に小娘の足が地面に沈んでいるんだからの。
そしてギチギチと金属製の手甲同士が削り合う音が響き渡る中、相手の背後で3枚の紙が燃えるのを見た。
「強化魔法、だと!?
何とも豪勢な小娘だの!」
「実力を示さないといけないらしいので」
3枚もの効果を使い、おれの一撃を完全に受け止めたか!
至近距離でもおれと戦えると言いたいわけだな!
だがそれだけ強力な効果を持つ魔法が、そう長時間持続するわけが無い。
睨み合う最中にも動きは止めず、左に持つ盾を引き寄せ殴りつ…「《火炎弾》」ぼそりと呟かれた魔法名。
…っちょっと待て!!
重い盾を持つおれよりも、素早く動いた小娘の手が腰のスカートを叩くと、新たな紙切れがするりと落ちていた。
地面に撒かれたそれは、おれに隠れるかのように一瞬で燃え尽きる。
同時に背後に生まれた違和感に顔が引き攣るのが自分で分かってしまうほどに驚く。
こいつはこの場面で自爆出来るのか!?
「小娘、正気か!?」
「…ただの我慢比べですよ」
あいつは今何枚使った!?
3枚までなら捌け…いや、無理だ。
剣を振り下ろした右手は手甲同士が『擦過音』を…強化の魔法によってがっちり掴まれ、簡単には引き剥がせない。
しかも問題はおれの背中側に魔法があることだ。
逃げるには横か正面だが、どちらも目の前の子供が掴んで放さない。
法則を思えばおれの魔力圏の外側なんだろう…が、違和感を持つ程度の距離に《火炎弾》が鎮座しているらしい。
魔法が得意じゃないおれは、熱気で暑いはずなのに背筋が凍るが、虚勢を張って答える。
「仕方あるまい。
その勝負受けてやろう!!」
おれの宣言に、小娘は口の端を吊り上げた。
くはっ、ここで笑うか小娘!
ならばもう身体を開いて動く片手と鎧、動作で凌ぎきるしかあるまい!
だが、リオ…お前もおれと同じだけ耐えることを覚悟しろよ!!
「いきますよ?」
と可愛らしく笑いながら告げるリオの顔からおれは視線を外せない。
この馬鹿げた死線をわざわざ作り出した張本人は、こんな崖っぷちの場面でも笑いながら弓を引くらしい。
言葉とともに殺到する《火炎弾》が背に迫る中、おれは必死に盾を翳した。
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魔法が着弾する轟音が、あるまずも無い質量を感じさせるほどに鳴り響く。
爆炎を撒き散らしながら二人の闘技者を押し潰すかのような状況に、実況者は熱狂的な声を上げる。
『リオ選手の痛烈な自爆!
エスタス選手なす術ありません!
いや、二人共が《火炎弾》の嵐に晒されております!』
戦場を抉り、巻き上げ、もうもうと立ち込める土煙。
たかが初級魔法とは思えないその威力に、熱狂していたはずの観客達は一様に静まり返る。
勝者が現れるのを待つために。
『土煙が晴れてきました!
果たしてどちらがこの勝負を制するのか?!』
収まり始めた土煙に写る影は随分と大きな体格だ。
光の加減かもしれないが、上半身ががっちりとした体格は理熾とは似ても似つかない。
それに金属の鎧が立てる「がしゃん」という音が一歩ごとに静かに響く。
つまり…と誰もが結末を予想する中
「治癒者を呼んでもらえますか」
と言って出てきたのは、体重差を考えれば倍は違い、装備も含めれば3倍近くになろうエスタスを担いだ、少し煤けた理熾だった。
今日一番、会場が盛り上がった瞬間でもあった。
お読みくださりありがとうございます。
義理は果たした。




