格上との戦闘
理熾の戦いで温まった会場の空気も普段ならすぐに冷めてしまう。
次の試合、次の戦いに持続しても、目の前の試合がつまらないものであれば結局落ち着いてしまうものだ。
戦闘シーンは派手になるものの、今までの理熾以外の試合は全て、順当な結果でしかなかったのだから。
そんな中、会場の熱気はむしろ増していく。
次の試合は本戦で格上を退け、注目を浴びるスミレだったのだ。
お騒がせパーティ、アリスの面々が連続して試合に出てくるだけで熱い展開。
だというのにアシュレイ・理熾は勝利し、三回戦に駒を進めている。
そこへ格上を喰ったパーティメンバー最後のスミレが『トリ』で登場し、しかも相手は更に格上のCランク。
魔法士の登録で出ていたはずが、何故だか<魔物使い>をやっているという異質さも相まって人気に拍車が掛かる。
ミステリアスというのはどの世界でも魅力的なコンテンツなのだろう。
そんなスミレが二回戦の会場へと足を運ぶ。
二回戦の戦場は瓦礫の市街地戦。
理熾からの指示は『【空間魔法】を使わない』、『理熾かアシュレイとかち合うまで負けない』という二点。
共に<空間使い>であるスミレにとって、非常に重い誓約だというのに他の面子は大した心配すらしてくれていない。
勝てるのが当然、という風に。
『先に姿を現したのは一回戦で番狂わせを演じたEランクのスミレ選手!
可憐で華奢な見た目に反し、木材兵3体を操る卓越した<魔物使い>!
Eランクとは思えない恐ろしい実力を見せつけ、一回戦では無傷の勝利を得ております!
対するはまたも格上Cランク!
27歳現在独身の野性味溢れる見た目のスイフト!
ちなみにバツは二つなのでご婦人方は気をつけて!
武器はご存知、巨大な両手剣!
そしてそれを片手で振り回して数多の強者を捻じ伏せる豪腕です!
技術のスミレと怪力のスイフト!
今回の戦いも見逃せない一戦となりそうです!!』
一応、勝つ度に理熾達からお褒めの言葉を貰うのだが…それでも自身を『弱い』と認識するスミレは釈然としない。
一回戦も格上だったというのに、だ。
「フィリカさんも言ってましたが、理想が高いって怖いですね」
とそんな呟きを漏らしながら、初対面の採寸時に言われた『置いていかれる』という言葉を思い出す。
掛けられる期待と、身の丈に合わない自分の板挟み…いや、正確には実力の引き伸ばしか。
とはいえ、その『見捨てられる』という恐ろしい現実を考えれば、どうにかするしか道は無いのだが。
「理想ってのは、俺のことかい?」
呟きを拾ったのはまたも格上ランクの対戦相手だ。
身内で最弱の自分だけが何故格上ばかりと戦うハメになるのか、と思うと「はぁ…」と溜息が出てしまう。
「おいおい、溜息で返答ってのは失礼すぎるだろう」
「すみません。
何故自分だけが強い相手と戦うのかな、と思いまして」
「あぁ、パーティメンバーの事でも考えてたのか」
「はい…。
なので手加減してくれませんか?」
「ははっ、そりゃ出来ねぇ相談だ嬢ちゃん。
優しく負かしてやるから運が悪かったと諦めな」
笑いながらスイフトは告げる。
そこには漲る自信と、対戦相手への敬意が見える。
恐らく『優しく負かす』というのは手加減とはまた違った方向なのだろう。
「貴方は『棄権しろ』とは言わないんですね」
「あん?
そりゃ何処の馬鹿だよ。
棄権する気なら最初からここに立たずに不戦敗するだろ。
出なくても報酬は手に入るんだから、そっちの方が楽だし批難も聞かなくて良い」
「…ですよね」
スミレは一回戦の相手を思って改めて溜息を一つ吐いた。
考え方一つ取っても千差万別である。
『これは驚きです!
格下のスミレ選手の人気絶好調!
まさかのまさか、スミレ選手の人気がスイフト選手を僅差で上回っております!
これは重い期待を背負った形になりました!
いや、スイフト選手に負けろという無言の圧力でしょうか?!』
嫌がらせにもほどがある、とスミレは嘆く。
身内の期待ですら重いのに、会場の期待まで背負わねばならないとは、と。
「おーおー、俺に負けて欲しいってか。
なかなか面白い冗談だなぁ、あの実況。
しかし明らかな格上相手だってのに嬢ちゃんの人気には参ったね。
『ご祝儀』ってだけでも無いだろうに…くく、これは分の悪い勝負だな」
「ご冗談を…それに外野は外野、気にする必要はありません。
どうせやることは変わりませんし、賭けを楽しむのは観客の権利です」
どちらにしてもスミレに必要なのは『勝利』という結果のみ。
全ての期待を背負わなくとも、その言葉だけを背負えば良いのだと思い直す。
なにせ複数の期待を背負うより、目の前の一人を倒すことを考える方がまだ気が楽なのだから。
「はは、良いねその考え方。
好きになれそうだ…俺の嫁にならんか?」
「…仕える方は決まってますので遠慮します」
「そうか、なら気が変わったら教えてくれ。
その強気な態度も気に入ったしな。
…あぁ、そうだ、念のため。
俺と当たったんだ…三回戦は諦めとけよ?」
「それで済めば自分も楽なんですけどね」
スミレは心の底から思っている返事を吐き出し、胸元から取り出した布を振って準備を始める。
既に見せている手札を必死で隠したところで一手遅れるだけだ。
だったら開始前に万全の準備で臨んだ方がまだ勝率は上がる。
対するスイフトはスミレの諦めたような言葉と、その言葉に似つかわしくない行動に、一瞬きょとんとした後、「ぷっ」と一笑いして目を細めた。
相手は諦めず、そして敵対するに相応しい相手だと理解して。
『触発されたか、スイフト選手の掛け金が積み増しされました!
ここにきてようやくスミレ選手を上回った形ですが、人気の無さが窺えます!』
「うっせぇ実況!
もう金は集まっただろうが、さっさとはじめろよ!」
『おっと、選手からのクレームです!
仕方ありません…お待たせしました!』
と実況は一声区切り
『――――二回戦最終戦、第8試合、開始!!』
と号令をかけた。
合図が出た瞬間に前へと走り出すのはスイフト。
スミレは遠・中距離でこそ力を発揮するのだから当然の対策だろう。
きちんと一回戦を研究して挑んで来ている。
これは非常に手強い、とスミレは『情報が漏れる』ということに危機感を募らせ木材兵へと装備を渡す。
オーソドックスな剣と盾だが、ノルン謹製の魔物が使っても大丈夫な強度特化装備だ。
「Dランクなら受け止められるらしいな嬢ちゃん。
なら、Cランクの中でも高威力の俺の攻撃は止められるかね?」
前衛の木材兵をさらりとすり抜け、大剣を横薙ぎに振り回しながらそんなことを言う。
恐らく小手調べ。
そして余裕と多少の揺さぶりが混じった挑発だ。
『優しく負かしてやる』と言ったのは本当らしい。
布を広げて視界を遮りつつ《結界》を起動する。
ギィン、という音とを立てて一瞬受けたが、そのまま押し込まれて砕け散る《結界》。
ただその一瞬でスミレは《亜空間》から、武器である盾を取り出していた。
盾の持つ特性で再度近距離に張り直された《結界》と、それに【竜鱗】を纏わせるように発動して身構えるスミレ。
魔法媒体を手にし、明らかに出力が増した防御壁の強度は先ほどの比ではない
スイフトの力で振り切られた大剣が《結界》で止まり、そこへ木材兵が3体殺到する。
「ほぉ…すげぇな。
ただの魔法士が真正面から俺の剣を止めるとは」
と素直に賞賛し、少し《結界》を押し込んで短く距離を取る。
実況者も観衆も一瞬の攻防に魅入られて静まり返った後、大歓声を上げた。
力の無いスミレが受け止められたのは二重の《結界》に加え、衝撃を拡散・吸収する【竜鱗】があったためだ。
併用するには骨が折れるものの、相乗効果で相当な強度を見込める。
もしこの防御壁が、投剣に纏わせるように強度だけで編まれていた場合、ただ砕け散るのみだっただろう。
「与えられた装備のお陰です」
「っは、それだけで強けりゃ大商人と貴族は皆最強揃いじゃねぇか」
「…それもそうですね」
「嬢ちゃん素直だな?」
少し考えたスミレの答えに、呆れるような声色で返すスイフトだが、実は本気で感心していた。
魔法士は総じて大ダメージを与えるのが責務だ。
だから初撃の大ダメージと、後は追撃がメインとなる。
前衛が足止めしたり弾き出した『はぐれ』や、近接前・逃走時の見境無い全力攻撃が売りなのだ。
つまり超至近距離で細々とフェイクを入れつつ戦う近接戦闘に手出しが出来ないのが普通。
だというのに目の前のスミレは『受け』に徹してはいるものの、Cランクの攻撃に追いつき、さらには逸らすでも躱すでもなく受け止めてきた。
たった一度だけの防御ではあるものの、格上ランクの近接戦闘に付いていけるはずがないのに、だ。
「試してみるか」
そう呟き改めて足に力を込める。
様子見の一撃は止められた。
だから次は分かりやすくも本気の一撃を入れるために。
その進行を阻むのは木材兵。
盾とスミレの《結界》を併用し、攻撃を受け止め反撃の剣戟を振り翳す。
だが素手ではあったものの、Dランクですら対等な戦闘が出来る以上、Cランクにとっては数ですら無い。
薙いだ一撃は十把一絡げに、《結界》を崩して盾ごと木材兵を弾き飛ばす。
魔物らしく、身体や関節の制限や重心の常識を無視して体勢を立て直す様は圧巻だが、前衛となる木材兵が離れればすぐに本命のスミレが姿を現す。
短い時間ではあるものの、完全に守り手が居なくなった魔法士を目指してスイフトが詰め寄る。
少なくとも一撃は覚悟しなくてはならない状況に、スミレは身構える。
初撃以上の威力を秘めた薙ぎ払い。
後退するスミレを捕らえたが、その攻撃を《結界》と【竜鱗】で受け止めた。
共に盾による補助を受けた二つの防御壁は強固で広範囲。
ここにスミレの空間認識を組み合わせれば、集団戦で見せたような防御力を集中させることも可能になる。
「いやはや、なかなかどうして。
嬢ちゃん本気で俺の嫁にならんかね?
いつもは逆だが、今回ばかりは俺が嬢ちゃんに惚れそうだ」
木材兵に囲まれる前にまたも離脱。
少し離れた場所で肩に柄を乗せて大剣を担ぐように持って軽口を叩く。
大剣使いと魔法士の戦いとは思えない攻防に会場は沸き立つが、戦っている本人…特にスミレはそれどころではない。
「…片思いで終わりそうですよ?」
スイフトの改めての一撃を、何とか力ずくで捻じ伏せたスミレは憎まれ口を叩くが息は荒い。
こんなにも近場で剣を振られてしまえば『魔法士』として戦えない。
いくら魔術紙片を持っていても、装備特性を利用しながら魔法を使えるほどスミレは器用では無いからだ。
『このままでは勝てない』
戦闘経験の浅いスミレですら分かる結果に、木材兵での対処を諦めた。
布を振って新たな道具を取り出す。
いや…新たな武器というべきだろう。
「くく、面白い返事だ。
しかしその防御の種は大体分かった。
どうやら『良い眼』をしているらしいが、やはり戦闘者ではないな」
そう告げながら突っ込み、即座に木材兵を退ける。
部位破壊にまで至ることは無かったが、それでも十分な衝撃を受けて膝を折る。
ただの木材兵では装備を身に付けたところでまともな時間稼ぎにもならない。
やはり『格が違う』ということなのだろう。
綺麗に前衛を剥がされて繰り出された攻撃は、先の二撃よりも威力は随分と弱いもの。
だが、あの大きな剣を片手で振り回しながらも速度と密度が違いすぎた。
あの重い大剣を振り回し、幾筋もの剣線を描く。
しかも威力は大剣の重さと強さが補うので、軽い攻撃というわけでも無いのが恐ろしい。
防戦一方のスミレは取り出した道具を使えないまま後退を強いられる。
道具は布を被ったまま遥か先。
封殺状態を維持されたまま、戦場を追い回されて元々多くもない体力を刻々と削り散らされていく。
攻撃を止めるために後退し、下がったからこそ起死回生の手を打てず、さらには木材兵への指示も出せない。
そこへ
「おぉ、これでも崩れんか。
よく付いてくる。
それじゃぁ次はフェイントも入れていこうか」
気軽な声が掛かり、更に攻撃が苛烈さを増す。
攻撃に備えて《結界》の強度を集中させたと同時に剣の威力が速度へと変わってすり抜け、別の場所から切りつけられる。
それら完全に後手に回った全てを、瞬時に切り替え展開し直して追い縋る。
大剣という間合いの広い武器を使いながらも、蹴りや拳という牽制まで放たれては魔法士のスミレでは徐々に追いつけなくなってくる。
刻々と削られる体力と間合い。
最初は1m先で受け止めていた攻撃も、今や30cmを割るほどにまで斬り込まれている。
つい一撃前などほんの10cm先の眼前を掠めていった。
「すげぇな…感心する。
まさかここまで受け切るとは…本当にEランクか?」
問われてもスミレは受けるのに必死で答えられない。
防御に徹して下がり続けて機を待つが、そんなものを見せてくれる相手ではなさそうだ。
経験の浅いスミレでさえも『これではジリ貧で負ける』と確信するに至るほどに卒が無い。
それはスイフトも感じているだろう、事実だ。
「ようやく諦めたか?
良いねぇ、追い回してやるよ」
「…いえ、それは無理です」
下がり続けて木材兵の傍にまで至ったスミレは、鬱憤を晴らすかのようにそれだけ返答して【竜鱗】を全身に纏って魔力を注ぐ。
そんな言葉と行動に、訝しげに眉を顰めつつも大剣を振り下ろすスイフトの横で、突如木材兵が爆散した。
お読みくださりありがとうございます。
スミレの戦闘シーンはどちらかと言うと弱者の視点です。
技術の使い方は受け売り、道具や装備は理熾からのプレゼント。
そんな攻撃一辺倒の理熾とは違う、防御に偏るスミレの戦いは書いていて楽しいものです。
いや、理熾のも面白いんですけどね?




