指揮官の限界
「森の奥に魔物が見えた!」
そんな発見の知らせが届き、ラボリ開拓地はにわかに騒がしくなる。
元々無かった時間は刻一刻と貴重さを増しつつ消費されていく。
一つ大きく息を吸い、
「槍を持って所定の位置に!」
とリオが提案した風魔法を利用した『拡声器』は、私の指示を存分に周辺に響き渡らせていた。
たった十数分程度の練習でものにした風使いは賞賛に値するだろう。
これなら声を張り上げて無駄に体力を削ることも、喉を潰して声が届かない心配も無い。
しかし彼の提案が無ければ、声を張り上げるしかなかったことを思えば私の中でリオの株は急上昇だ。
開拓地に敷いた柵の配置は一方向の森に向け、こちら側が狭くなるように台形を成している。
距離を出すために森に近接する場所から、中央の広場を掠めるように通し、一番後方には最初から柵に囲まれた小屋という配置。
つまり開拓地を縦断するように柵を立て、誘導と共に迎撃出来るようにしてある。
最初から台形…つまりこちら側が狭ければ途中で立ち止まってしまう可能性がある。
このため、入口から一定距離を直進させるように30m程は通路のように柵を立ててある。
側面の柵は溢れ出さぬよう、侵攻を防ぐ障害物の役目を果たすために頑丈に。
杭を乱立させるうように多重に打ち込み、最低でも2mの厚みを持たせてある。
超高密度の杭の森のような感じだろうか。
その中央に私達が陣取れば、エサの役割を果たして現在のように遮二無二突っ込む形になる。
背後の魔物は前の魔物に沿うように追いかけているので、他へと逸れるのを気にする必要は余り無い。
それだけの頭があるなら、この狂気の侵攻から離脱する可能性の方が高いのだから。
群が突入したことで騒がしくなるこちら側を魔物達は『生きのいい私達』と判断し、俄然勢いが増したようだ。
思惑通りの動きとそんな現金な姿に私は苦笑いしか浮かべられないが、やつらは一様に土の色が変わった地点に踏み込んだ。
リオが掘り返した沈む足場だ。
遠目に見て、2m弱もあるオークのくるぶしといわず、脛まで沈むあの深さ。
大体30cmほどもあるだろうか…それが延々と20m以上も掘り返されている。
足元を取られて姿勢を崩し、後続に押し出されて転ぶモノまでいる。
『耕してくる』と気軽にスコップを背負ったリオの仕事振りが信じられない。
これは彼が小屋から出て30分ほどの間に行った所業だ。
呆れるほどの工兵ぶりに、私は思わず小声で「ありえない…」と口にするほど。
そんなことをした当の本人は「疲れたからしばらく休憩」と言って今は最後方に位置する小屋の雑魚寝部屋で寝てしまっている。
元々子供を戦線に立たせることには反対だった私達は快く受け入れのだが…これだけやれば疲れるのも仕方ない。
いや、たった30分で掘り返せるような広さと深さじゃない。
むしろこれ以上を求める方が大人としてどうかと感じるくらいだ。
だが驚いている場合ではない。
時間が経てば経つほど魔物達が環境に慣れ、体勢を立て直してしまう。
そうなっては元も子もない。
すぐに
「水を放てっ!」
と水使いに指示を入れると、魔物の顔面を狙って人の頭くらいの水の塊が放たれる。
これは|《水球弾》《ウォーターバレット》という水の初級攻撃魔法だ。
ただ魔法士の技量から、攻撃魔法としては速度・硬度は足りず、圧縮もされていない《水球弾》はまさしくその大きさの水の塊そのもの。
衝撃で後ろに少し仰け反らせるくらいの威力しかなく、そもそも手で払い落とせる程度だ。
しかしそれでも飛び交う塊を崩せば大量の水が滴る。
身体に被り、熱く滾る熱を冷まさせるには丁度良く、運動後に水のシャワーを浴びるかのような心地良さだろう。
…まぁ、足元さえ確かならば、だが。
これも彼が出した提案だ。
足場の悪い場所を歩かせるという、何とも古典的でありながら、出来るならば効果的な方法。
こちらも『使えない』と考えていた魔法士を利用出来ている時点でかなりありがたい話である。
戦力外を戦力として考えられるのだから。
ちなみに。
魔力や魔法士の負担を下げるため、事前に水使いの足元に大量に用意してある。
一から水を精製するよりは、用意した水を操作する方が楽だからだ。
この方法を取るために洗濯用の水を全て引っ張り出してきた。
突破されてしまえば水が残ってたところで意味などないのだから。
そうして魔物達の最前列がぬかるみに足を取られては転び、後続に踏み潰される。
血走った目を向けて走り込んでくる光景は最後方の非戦闘員には見せることが出来ない。
どれだけの異常事態かを理解すれば竦んでしまうからだ。
だから柵の後ろに立つ前衛は、彼らに対して気休めではあるが目隠しでもあると言えるだろう。
余り気分の良い光景でもないものを見ながら機を待ち、こちらまで残り20mを切った辺りで
「撃てぇ!!」
と新たな号令を掛けた。
人数がそれほど無いので放たれる矢も心許ない。
それでもしっかりと魔物に届く辺り、非戦闘員で戦闘の心得が無くとも『最低限戦える』ということだ。
アルスの領民は強靭でなくてはいけないから。
結局、突貫してきた最前列の10体ほどは柵に取り付くよりも先に矢に倒れた。
正確にはぬかるんだ足場で滑り、矢に晒され、後続の進撃に飲まれて、とも言うが。
ある意味で十分な戦果と言えるが、次々に訪れる敵影を見、私は気を引き締める。
何も終わってなどいないのだから。
後衛が放つ矢は存分に用意している。
故に体力が尽きるまで、そして敵か味方が尽きるまで放ち続けられるだろう。
「十分に効いている!
攻撃を切らすな!
前は任せろ!
どうせ敵の数は多いんだ!
狙いも何も気にせず敵の背後へ撃ち続けるんだ!」
そんな中抜けてくる魔物も当然居る。
いや、たったこれだけの段取りで全てを倒せるならばこれほど大掛かりな杭や柵など必要ない。
私達は最前列が10mほどまで近付いてきた辺りで、背後にある一つ目の柵へと転進する。
「時間はある…落ち着いて退け!
全員が入り次第入り口を塞ぐんだ!」
前衛が盾とする柵は、魔物側に木杭の先を向けた攻撃的なもの。
その柵の隙間を縫って背後へと移動し、隙間の部分に杭を打ちつけ塞ぐ。
ここまですれば攻城戦と変わらない様相を呈してきているが、所詮は木の柵、木の杭でしかない。
その脆さを密度や前衛・後衛の攻撃で何とか凌ごうという考えだ。
石工や鍛冶が発達した今となっては、こんな脆い素材で魔物の侵攻を防いでいた先人達の苦労が目に浮かぶ。
逆か…『この程度の要塞で防げるほど過去の戦人は強靭であった』ということなのだろう。
こんな絶望的な戦いを前にして防衛を成功させたガーランドの兵の精強さが羨ましい。
そうして魔物の一端が一つ目の柵へと差し掛かり、風使いの拡声器によって私の号令が響き渡る。
「突き飛ばせ!!」
一糸乱れぬ、とは言えないまでも十分な一体感で、取り付いた魔物達を槍で抉った。
射程を優先しての槍は、一方的な攻撃を実現し、魔物の進撃を一瞬留める。
だがそれは本当に『一瞬』でしかないだろう。
だから
「引き抜け!
すぐに二度目だ!」
それぞれが突き出した槍を一度押し込んで引き戻し、指示に従いすぐに突く。
最前線で呻く魔物達は後続の魔物に押され、外向きの杭へと押し付けられて絶命するものも出てくる。
しかしそれでも後続は止まらない。
足場の悪い中を体力をゴリゴリ減らしながら進撃し、柵越しに槍を突き込まれても、柵に押し刺さっても、だ。
柵の向こう側へと押し込みながら何度も何度も突き込み、傷を負わせては急所を突いて絶命させる。
矢傷を受けても押し寄せる後続に、柵はすぐに一杯となって放棄せざるをえなくなる。
これ以上躊躇えば大事な戦力を失いかね…いや、突破されてしまう。
「っく…一層目放棄!!
背後へ移るぞ!
開始まで15秒、カウントぉぉぉっ!!」
決められた合図を口にすると風使いが「15、14、13…」とカウントを始めた。
全員聞いているだろうな…ちゃんと合わせて行動するんだぞ?!
ぶっつけ本番で打ち合わせ通りに動けるか、と心配を抱えながら私は無心で槍を振るう。
撤退の難しさを、刻まれるカウントが精神をゆっくりと削ることと共に初めて知った瞬間だった。
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