指揮官の限界2
秒読みを風使いが行うのは、戦闘と指示を並列で行い、息切れする可能性が高い私よりも確実に正しく読み上げるからだ。
ついでに言えば他人の声を拾うよりも、当人の声を拡散する方が一番確かで簡単だからだ。
ともかく、粗雑な杭と柵でしかないのだ。
それほど止められるとも思っていなかったが余りにも早い後退だ。
たった10分ほどしか持ちこたえられず、倒した数は20そこそこ…。
だというのに使える柵は残り3つ。
私は必死に打開策に思考を巡らせるが、明らかに殲滅力が足りていない。
だがこれは警備兵達が弱いんじゃない。
問題は多くの種類と、血迷った魔物の進撃だ。
足を止めさせなければこのままあっさり押し込まれる。
「3、2、1…「退けぇぇぇ!」」
各自が握り締めていた槍を、ダメ押しで今度は引き抜かずに突き込んで手放す。
敵に槍を使うだけの理性は残っていないというのが大きい。
それに引き抜くことに構っていられないのと、武器を敵側に残せば踏んで怪我に発展するかもしれないからだ。
可能性は小さくともいくらでもあった方が良い。
そんな私の号令に従い一層目の柵を放棄し、一斉に後ろの次の柵へと走る。
それは弓握り締める後衛も同じくだ。
足りない練度では威力を残したまま距離を調節して放てない。
ならばと配置を変え、距離を一定に保つことで対応している。
どちらにしてもこちら側全員が同時に動く、というのも実は『一体感』を演出するためにもそれだけで強みだ。
そうして放棄すると同じくして。
前衛という枷が外れた魔物達は、バキバキと柵を引き剥がし、打ち壊して私達を追い掛ける。
攻撃のために薄い前衛の柵は、邪魔者が居なくなったのだから壊すのは随分簡単なのだろう。
ただ足元に転がる味方の死体は、ヤツラにとって餌と変わらないらしく群がって食っていた。
おぞましさに引き攣りかける頬を隠しつつ、進行速度が遅くなったことには喜ぶ。
その間に次の柵を越えた後衛は矢を分配し、前衛は柵を打ち立て槍を手に取る。
その中に魔物の死体を気にせず、準備に勤しむ私達を目指して突っ込んでくる魔物も居る。
全部が全部『エサを求めて攻撃的』という訳では無く、強くなるためや目の前の私達を殺戮するという理由もあるのだろう。
どちらにしても真意は分からないので意味は無い。
そうして準備が整った非戦闘員達は改めて魔物達へと矢を射掛け始めた。
二つ目の柵からは少量ながら罠を配置している。
足止め用のトラバサミを筆頭に、地面に仕掛けるタイプのものばかり。
これは撤退時間を稼ぐための足止め用が主だが、その仕込んでいた中でも撥ね上げ板が良い仕事をしてくれる。
魔物を後続へと勢い良く弾き飛ばしたのだ。
これには内心拍手喝采だ。
ただの移動式の罠と思いつつも、瞬間的に相手にする数を減らせる上に魔物自体を攻撃と出来てしまう。
まぁ、実質的には転ばしているだけで負傷やトドメは他の魔物達が行っているんだが…。
何にしてもこういった罠はもっと評価すべきだと思い直すほどに感心した。
だが罠の全ては一発限りで、再利用するには仕掛け直すしかない。
罠が善戦したのはほんのわずか…しかし15分もの時間を稼いでくれた。
まばらに横たわる魔物の数は15体。
弓と罠だけの成果と思えば十分すぎる。
一層の受け口は台形、二層も同じ。
ただ一層と二層の間は魔物を受け入れる通路より少し狭く作ってある。
その狭い分だけ厚みを増しており、2mだった柵は倍の4mと、抜けるには随分と苦労させられるだろう。
そして二層目の柵を盾に見立て、槍を使った私達前衛の防衛戦が始まった。
先ほどのように早々に撤退してしまっては焦燥感が募って瓦解する。
出来る限り粘り、時間と討伐数を稼がねばならない、と全体に指示しながらもそんなことを考える。
だが疲れが見え始めた警備兵の動きに精彩が欠け始めた。
これ以上粘るのは不可能だ…少し離し、一部を下がらせるしかない。
たった5分、10分でも休憩を取れれば息を吹き返すだろう。
「っく…二層目放棄!!
背後へと移る!
各人状態の報告後、1/3を後方へ!
開始まで20秒、カウントぉぉぉっ!!」
この20秒間に下げる者を選別しなくてはならない。
次の三層目からは台形ではなくすり鉢状。
二層目と三層目を繋ぐ通路は更に狭めて補強した。
ついでに二層目より更に受けられる面積を狭め、前線に立てる人数を減らしているという訳だ。
最初から三層目で戦力の選別をすることを考えていたが…疲労の具合が酷い。
今のところ軽傷は居ても動けなくなる程の重傷や死者はない。
それでもこの疲労具合ではいつ誰が倒れてもおかしくは無い。
20人中5人を下げることを決め、対象者を即座に呼び上げる。
乱戦の中、休憩させる一人から「まだやれます!」と声が上がったが聞く訳にはいかない。
「これは命令だ!
不服なら休憩後に戦果で示せッ!」
と怒鳴り、刻々と減り続けるカウントに耳を傾け精神を研ぎ澄ませる。
タイミングを外しては大きな被害を招くのだから。
「3、2、1…「退けぇぇ!」」
重ねるように再度声を上げ、全員を引き上げさせる。
ココで捕まれば確実に死ぬのだから皆必死だ。
その焦燥感が募る撤退時、休憩をさせる予定の一人が足を縺れさせて転んでしまった。
隣を走っていた者が足を止めようとするのを、私は「走れ!!」と追い立てる。
共に戦った戦友を助けている暇は無い。
今は自分の身すら危うく、更に後方ではまともに戦えぬ者も多い。
彼を救えぬ責任は指揮を執る全て私が背負う…だからこれ以上の被害を増やさないように走ってくれ。
あわよくば、転んだ彼も立ち上がり、次の柵へと走りこんでくれることを願いつつ私達は駆けた。
そうして三層目の柵を越えて振り返る。
彼はもう、魔物に埋もれてしまっていた。
「すまない…」と見捨てたことに小声で一言詫びる。
柵で覆われた三層目に至った今、それどころではない。
すぐに槍を手に取る前衛、既に矢の分配を終えた後衛は改めて矢を射掛け、前衛は槍を突き立てる。
前衛が相手する数が減ったことと、これまで倒した魔物という餌があることで更に少しだけ勢いが緩んだ。
この隙に休憩が必要そうな者を入れ替える。
長時間の戦闘という訳では無いが、集中を維持しなくてはならない状況。
一瞬でも緊張の糸が切れれば一気に瓦解するだろう。
そんな中、休憩を入れるというのは無謀だと思っていた。
『戦闘』や、逆に『休憩』へと頭を切り替えるには時間が掛かる。
時間が掛かればそれだけ押し込まれる隙も生まれるし、何より明確に『切り替えること』が難しいからだ。
それでもネーブルは戦い続けることの危険性を説いた。
「集中力が何時間も維持出来るやつなんかいない。
体力が尋常じゃない竜種ですら、囲んでしまえば討伐出来るんだ。
対する俺等がどれだけ弱いか知っているだろう?
戦闘中に肉体・精神のどちらかが『力尽きる』ことがあれば、それはもう死んだのと同じだ。
だからそんなことにならないように、身体を休める場面と、集中力を切れる瞬間をあらかじめ用意しておけ。
息継ぎも無く走れるやつなんていないんだからな」
その説明に私は納得してしまった。
走り続けられる者などいない。
いつかは休む必要があるのだから、休憩のタイミングを決めておくのは精神的に随分と楽だ。
『ここまで頑張れば良い』という目安があるのだから。
そんなことを考えながら、私も意識だけを戦場に残して二度目の休憩時に一旦退く。
疲労困憊…全員似たようなものだが、疲労の方向が私だけ違う。
指揮をしているので肉体的なものよりも精神的にしんどい。
それに戦況に応じる必要がある以上、心を休めすぎてはいけないのだ。
今もぴりぴりとした空気を肌で感じながら、塩と果実を口に放り込んで水を流し込んで息を整えている。
たった1時間程度の攻防でこれか…と思わず溜息がこぼれそうになる。
だが士気が落ちかねないため、そんな姿は見せられない…というのが思いの外きつい。
常に平然としているエリル団長や、疲れを見せないどころか周囲を奮起させるルルガ副団長はとんだ化け物だな…。
そんなことを思っている内に風使いのカウント数が随分と少なくなっていた。
もうすぐ休憩時間が終わってしまう…か。
そこへ
「デリック騎士長!
右辺の柵が限界です!
至急戻って指示をお願いします!」
と悪い知らせばかりが届く。
突破されては後方へ退くしかないが、既に三層目に食い込まれている。
最後の柵に行くにはまだまだ数が多すぎる…。
「すぐに行く!」
と力強く返しはしたが、それを押し返せるだけの策は浮かんでなどいなかった。
お読みくださりありがとうございます。




