お父様の嘆き3
この場には居ないシミル国の工作員4名。
理熾の背後に立つ、同国の<空間使い>で転送員であるスミレの話。
リザードの養殖や戦争準備中の話。
それらを含めたアルスの近況などなど。
聞けば聞くほどギルバートは良くやっているという言葉しかガートルードからは出ない。
「………と、とんだ話を聞かされた…」
一通り聞かされた内容は単なる一討伐者の話ではなく、国家間の諍いにまで発展するような話。
たった2ヶ月でよくもまぁこれほどまでに複雑な状況になっていると思い、ガートルードはそう零した。
横で全く口を挟まずに聞いているアシュレイも似たようなものだ。
「政敵がギルバートを追い落とす可能性を考えれば報告も上げられん…。
今のガーランドではアルスからギルバートを外しては立ち行かないしな…。
王へ報告を上げても、結局他国へは『知らぬ存ぜぬ』を貫くしか無い。
今更の問題だからな…無駄な心労を増やさないためにもメルカノ家は黙るべきだ」
と思わず頭を抱える内容だ。
工作員と転送員を奴隷に落として管理するというはまだ分かる。
通常ありえない処置ではあるものの、そこらの下っ端ではなく間違いなく一級品の工作員だ。
欲しがるのも分かるし、諸事情を考えれば手元に置けるならそちらの方が遥かに有益だろう。
実際にそのお陰で転送員を捕縛して『偽装』を完遂させているし、アルス周辺の平和に一役買っている。
だが、その管理者がありえない。
ギルバート自身の手元に置くならまだしも、捕まえたとはいえ13歳の子供を主人に据えている。
いや…これまでのことを思えば十分に使いこなしている上に頭も切れる。
事実、ギルバートが手を打つ前に転送員を攫って問題自体を終結させてしまっているらしいことも含めれば、最早最適な人選だったと言うしか無い。
だとしても、殺せばそれで終わったであろう内容だ。
『相手の損害はこちらの利益』とは良く言ったものだが、実際には損害を与えるだけで利益になる訳ではない。
単に相対的な差が生まれるだけなのだから。
通常はその状況を客観的に見て『利益』と喜ぶのだが、理熾は違った。
シミルが持っていたものを潰すのではなく全て奪い取ったのだ。
ガーランドのアルスは十分な防衛力を見せ付け、理熾は奴隷と言う利益を手に入れ、だからこそシミルに大打撃と誤解を与えてもいる。
結果だけを見れば慧眼としか言う他無いが、ギルバートはよくもそんな段階で奴隷などと踏み切ったものだとガートルードは感心するばかりだ。
「リオ、お前断られないのを分かってて話を持ち掛けたな?」
「ギルバートさんから『ガートルードはわしと同じだ』って聞いたんです」
「なるほど」
とガートルードは思わず納得してしまった。
二人は共に領民を優先するタイプ。
いや、ガーランドの上位貴族は、基本的に『代表者』としての自覚を持っている。
この小さな、しかも辺境の国で私欲に走ればすぐに破綻することは目に見えているからだ。
実際にアルスはそれで一度荒廃している。
とはいえ。
ギルバートほど無私にはなれないが、とガートルードは内心溜息を吐く。
「この分だとカルロもアシュレイも抱き込んでいるんだろう?
まったく…父親相手に詐欺まがいの手法で仕掛けるんだから困ったものだ」
「お父様、ボクは今の話全然知らない。
多分カルロ兄様も同じだと思う」
話を黙って聞いていたアシュレイは、自分と理熾との余りの違いに肩を落とす。
今までならばそんなことすら分からず、単に『あの子凄い』で終わっていただろう。
ワガママをワガママだと認識出来なかったのが、今やこの反応…理熾の薫陶の賜物だといえる。
「私が知らない話をお前達に話す理由など無い。
特にアシュレイに話したところでマイナスだろう」
「マイナスって何さ?!」
「引っ掛けられやすいだろお前。
知らなければそんなことも無いがな。
…いや、だとすると何でアシュレイがここに居るんだ?」
「え、酷いよ!
迷宮突破の報告だよ!?」
「あぁ…そういえばそんなこともあったな」
「頑張ったのになんて仕打ち!!」
ガートルードの反応は薄い。
理熾から聞かされた話を考えればたかが学生の試験など、一顧だにするような内容ではない。
「そういえば何故こんな話をしたんだ?
私も話せないのだから、別に黙っていたところで大した問題にもなるまい?」
「実はアレン様と一戦交えまして」
「アレンというとガルヴァーニ公爵の次男か?」
「えぇ、ここに名前があるでしょう?」
理熾が渡した鬼ごっこの契約書を差す指先を追って納得した。
この時点で何故AランクがEランクを追い回す羽目になったのかを察したらしい。
何とも強引なことをすると納得し、ガートルードは「なるほど」と溜息を吐いた。
「ただこれだけなら言うつもりは無かったんですよ」
「…というと?」
「迷宮突破した直後にスミレを狙って来てね。
話を聞くと指示したのがアレンさんで、闘技場で待ってるって言うから遊んで来たんですよ」
「馬鹿かあの次男坊…。
あ、いや…天才に劣等感を持ってたからか」
とガートルードは判断した。
天才と理解しつつも認められない…それがあの態度だ。
理熾とは違い、アレンは未だに天才と肩を並べることを夢見ているのだ。
足掻くのも、努力するのも素晴らしい。
むしろ理熾はそれらを行える人達が羨ましい。
けれどその結果勝てないのならば、それらの価値は無いに等しい。
いや、世間から見れば優秀なのだから全くの無駄ではない…が、それだけ。
自分が目指したところに届かず挫折し、絶望し、諦め、『自分には過ぎた願いだった』と過去にし、自嘲する。
だがアレンは違う。
アシュレイに負け続けても諦めず、わざわざ『同じ土俵』に上がって勝負する。
その為に様々な策や強引な方法も取るのだろうが、それらは全て『天才に並ぶため』のもの。
目標を個人に設定する辺りは世間知らずとも思えるが、挑戦者はいつでも精神的に強い。
アレンはまさにその挑戦者で、そのお陰で成長し続ける…一生届かないかもしれない理想を求めて。
対して理熾はその成れの果て。
誰かに勝つことなど二の次。
常に隣に敗北を与える相手が居たからこそ、負けないための方法を考える。
方法を探り、実利を取り、『結果』を求める。
絶対に勝てない相手への挑戦などしない。
そうして『出来ないことはやらない』という風に達観してしまっている。
努力の方向が違うだけでこれほどまでの差が出るという証左だろうか。
外野から見れば理熾の方が余程上手に生きているように見えるだろう。
が、その中身は完全に異なる。
『上手に生きる』というのは一部の天才を除き、妥協の下に成り立つものだからだ。
だから理熾はアレンを羨ましく思う。
『あぁ、まだ頑張れるんだ』という風に。
かと言って手を抜くことも、スミレを狙ったことを許すつもりも無いのだが。
「闘技場で喧嘩売られたので、更に高値を付けて売りつけて来たんですよ。
そのせいでガルヴァーニ公爵家での印象が悪くなりそうで。
まぁ、アシュレイさんが『メルカノ家』として立ち会ってるから突っ込みは入りそうに無いけど…」
「調べられると面倒だ、か」
「はい。
ギルバートさんにも迷惑が掛かる内容なので。
それなら全面的にメルカノ家を引き込んで味方になってもらおうと思って」
「言い分は分かるが、そんなこと普通は簡単に出来ないものなんだがな。
とんだ護衛を雇ったものだ…公爵家を顎で使う気だぞ」
「そんなこと無いよ。
単に運命共同体になっただけだから」
理熾はあっさりそんなことを言う。
この事実が広まって困るのはお互い様。
共謀者であるギルバートは勿論、すぐに報告を上げないガートルードも同じ共犯者。
それぞれの行動には他者を納得させるだけの理由はあるが、広まらないに越したことは無い。
「で、アレンとはどうやってケリをつけたんだ?」
「相手パーティ14人が僕に対してそれぞれ『借り10個』」
「ん?
いや、それはアレンが一方的に損してないか?」
「僕一人と相手パーティ全員で決闘したからね。
取り決めた内容は僕から『迷宮の攻略法』、相手は『僕のお願い3回分』。
ルールは『戦場を出たら負け』っていう超簡単なものだったよ」
「………そのルールでどうして命令権が7回も上乗せされてるんだ」
「降参したいって言うから、『ルールには降参が無いから諦めて』って言っただけだよ」
「すると何か。
『降参するために命令権を譲渡した』ということか?」
「そういうことかな」
「馬鹿な話だな…。
闘技場は死ねば外に出られるんだろ?
そんなに負けたいなら自殺すればそれで良いだけじゃないか」
「うん、そういう手もあるよね。
でももっと穏便に歩いて出るのもありだよ」
「…なんでわざわざ降参したがったんだ?」
「さぁ?」
「リオ君が脅したからでしょ…」
一部始終を見聞きしていたアシュレイが余りのいたたまれなさに口を挟む。
ガートルードの冷静さは『部外者だから言えること』であり、あの場で同じことを言えるかは分からない。
アレンも時間を置けば気付いたはずだし、そう思えば理熾も焦っていたのかもしれない。
「あ、そうそう。
鬼ごっこの前にも斥候で尾行してきたから捕まえて謹慎処分にしてもらってます。
それを撤回するためにアレンさんはアシュレイさんに借りが一つあるからメルカノ家で好きに使ってください」
「お前が捕まえたのにアシュレイへの借りなのか?」
「あの時はパーティの一人でしたからね。
主の得になるようにした方が護衛らしいでしょ?
それに僕の本命は鬼ごっこ。
謹慎受けてるから参加出来ない状況を作って余分に貸し付けてあげたんです。
何もしなければ僕との鬼ごっこの参加費だけで済んだのにね」
「……鬼はお前だ」
ざっくりとした事情を聞かされるガートルードは呆れるように呟いた。
しかし理熾は気にせずに、相変わらずの態度で続ける。
「そんなこと無いですよ。
周り全部が敵なんですから。
それと鬼ごっこ以降は僕が前に立ってたので、全て個人の契約という訳です」
「そういえばその鬼ごっこでえらく有名人になったものだな。
逃走者…つまりリオに『神隠し』って二つ名が付いたらしいぞ」
「え…何それ?」
「先日の鬼ごっこで一切姿を見せなかったから、らしい。
分かりやすい理由だが、どうやって逃げ切ったんだ?」
「あー…うん、アルスの『街』に居ましたよ」
「確かに<空間使い>までは想定外だろうなぁ…」
すぐに思い至ったガートルードは契約書を改めて読み直しながら、本当に素直に『可哀想に』という感想を持った。
そんな会話もなんのその。
アシュレイが割り込んできた。
「それでお父様。
ボクのラボリ行きは許可してくれるんですよね?」
「勝負に負けたからには仕方ない。
許可は出すが…お前はそれで良いのか?
リオの後ろをついて行っただけだろう?」
「ぅ…」
余りに的確な指摘にアシュレイは黙る。
そもそも他国の工作員を従えるだけの器量があるのだから、足手纏いくらい気にしないだろう。
それが全てだとは言わないまでも、その辺りをガートルードは確信していた。
「あ、その辺は大丈夫ですよ」
「…その辺、とは?」
「僕が攻略した迷宮はまだ二つだけど、探索者として十分だと思います。
今からアシュレイさん一人で『アレクセイをもう一周して来い』って言っても出来ます」
「は?」
「え?」
ガートルードは…いや、アシュレイも含めてぽかんとしている。
一度通った道とは言え、魔物の跋扈する迷宮内を単独突破するだけの力がアシュレイにあるとは思えないのだ。
しかし
「アシュレイさんなら道は覚えてるし、迷宮で思い浮かぶだけの注意は伝えてあります。
探索中も一人でDランクと戦ってもらいましたし、強力な守護者か余程の不運が無い限りは問題無いですよ」
「…お前、そんなに強くなったのか?」
「え、いや…え?
ボクそんなに強くないような…?」
「そんなはず無い。
ペア戦、ソロ戦のどっちも5分を越えるような苦戦は無かったよ」
「それは初撃で大打撃を与えてるから…」
「初撃で…?」とアシュレイの言葉を復唱してガートルードは驚く。
だとすれば話は分かるが、大打撃を与えるような大振りの一撃はそれだけリスクも高い。
そのことを思えば常に先手を取っていた…つまり奇襲ばかりしていたことになる。
あの、『狙ってください』と他者から見ればエサ丸出しのアシュレイが…と。
「アシュレイさんが間違っていたのは三つ。
1:相手を見ずに戦う
2:力押しで何とかする
3:撤退しない
僕とパーティを組んでからは1と2は改善された。
3が無いのは『撤退する必要が無い相手しか選んでいないから』だよ。
そして守護者を見てアシュレイさんはきちんと逃げようとしたでしょ?」
「あれは皆そうすると思うけど…」
「かもしれないけど、以前ならやっぱり突っ込んでたと思う。
無用心に相手に先手を譲った上でね。
元々アシュレイさんは単独でDを倒せるレベルなんだから、力の使い方を間違わなければ大抵どうにかなる」
一緒に行動した理熾が断言した。
理熾からすれば褒めた訳ではなく単なる評価だったが、散々否定的なことばかり言われている。
凹むことが多かったのはその指摘が余りにも正当性があったから。
だが今回の指摘では『認めている』と言われ、思わずアシュレイは「う、うん…そう?」と照れた。
この反応を見てガートルードの中で何かが繋がった。
「あぁぁぁぁ…おまえかぁぁあ!!」
「「「え?」」」
ぽかんとする三人を置き去りに、ガートルードは椅子から立ち上がりヒートアップを続ける。
机を迂回し、理熾に人差し指を突きつけて宣言する。
「アシュレイはやらんぞ!?」
「うん、いらないけど」
「リオ君!?」
「あっさり、だとッ!?
それはそれで腹立たしい!!」
「えー…僕にどうしろと」
何とも理不尽な物言いである。
呆れつつもこの馬鹿親をどうしようかと頭を悩ませる理熾。
「アシュレイ様、ご主人様はきっと照れてるんですよ」
「スミレ、それはない」
スミレのフォローをあっさり切り捨てる理熾。
実際に連れ歩くことを考えると、四六時中説明している気しかしない。
それ自体はとりあえず良いが、危なっかしくてパーティに入れる(嫁に貰うなど考えの外)ことなど考えられない。
そんな理熾の思いなどお構い無しにアシュレイは嘆く。
「うぅ…ひどい…」
「アシュレイを馬鹿にするな!
この子はこう見えて引く手数多なんだぞ!」
「じゃぁくれるんですか?」
「え!?」
「やらん!」
余りに予想通りの答えに「ですよねー」と理熾は手をヒラヒラ振る。
アシュレイが勝手に理熾についてくるならまだしも、公爵家のお墨付きまで貰うとえらく面倒になる。
死ぬことはもちろん、怪我ですら文句が出てきそうである。
そんな荷物など理熾は持ちたくない。
しかし理熾を取り込むことを思えば、対価が末っ子というのはことのほか安いかもしれない。
そういう打算的な思いと共に、そこら辺の有象無象の貴族共ではアシュレイが相手にしない。
家の決定を無視して出奔するようなアシュレイが認めているという時点で、結婚相手としてはかなり有望だとガートルードは考え
「ま、まぁ…条件によっては…?」
と妥協を示すように口にした。
だが案の定空気を読まない理熾は
「あ、間に合ってます」
「うわぁぁぁん!
リオ君がいじめるぅぅ!」
「おまえぇぇぇ!!」
結局落ち着いたのは少し時間が経ってから。
大人気なかったことを詫びたガートルードは、アシュレイの面倒を見てもらったことに礼をした。
そして「ギルバートと同じ対応で良いぞ」と理熾に告げ、『何だかんだで面白い縁を手に入れたものだ』と内心で喜んだ。
お読みくださりありがとうございます。
一段落です。
ちょっとストックとか時間とかがなくなってきたので、更新が遅くなるかもしれません(。。;
3話前に休憩すべきだったかなぁ…。




