お父様の嘆き2
問われた内容は『迷宮での問題』だ。
要は難しいところ、困るところという意味。
アレクセイではなく『迷宮』と範囲を広げている以上、巻き戻りは無視で構わんか。
あれはアレクセイ特有の現象だからな。
では戦力の不足?
だったら人員を揃えるし、装備を整えるべきだ。
困難の一つではあっても、それが問題であれば余りにもお粗末過ぎる。
私からすれば『それくらい何とかしろ』としか言いようが無い。
劣悪環境不適応の脱落?
戦力として当てにしていた者が意外と脆かったという訳か。
確かにありえるが、入れ替えれば済むことだし、それだけで済ませるべき問題だ。
むしろ対策しておくべき問題で当たり前すぎる。
まさか行軍速度低下による時間の延長と、それに伴う備品や食料の増加?
だとすれば消耗や補充を考えて身支度すべきだし、休憩を多く取れば良い。
迷宮という環境は過酷ではあっても…いや、だからこそ準備が必要な場所だ。
だからこれらは違う。
もっと根本的で、解決が難しく、そして最も問題として簡単なことだ。
「迷うこと、か?」
「それもありますが、パーティの人数です」
「あぁ、少数はつらかったという愚痴か?」
色々と考えて出した答えが合わなかったのは残念だ。
そして思わず『何だ、やはりこの子供も普通なのか』と内心で嘆息してしまう。
勝手な話だが、これまでの話で随分と期待していたようだ。
「いえ、逆です。
討伐者のパーティメンバーは3~5人です。
つまり一人当り三人の護衛で『パーティ上限』なんですよ」
「それは討伐者の話だろう?」
何を言い出すかと思えばそんなことか?
数は力で、力は数で補える。
騎士団なんてのは歩兵の行軍速度とは言え、一日で20~30kmを踏破する。
それを思えば人数が多い方が不利というのは少し話が違うだろう。
「はい、その通りです。
例えば騎士団のように『規律』があれば問題ありません。
けれど雇われる護衛者というのは、パーティや個人単位で『癖』があります。
人数が増えるほどにこの癖のせいで不満が溜まります。
それだけじゃありません。
行軍速度は一番遅い者に合わせるので、前衛と後衛で疲労が全く違います。
他にも人が多いだけで周囲に気配を放ち、魔物との遭遇率が増えます。
結局、人の数が多いほど足が遅い上に戦闘回数が多く、時間が掛かります。
局所的な戦闘では確かに頼りにはなりますが、消耗品の備蓄量や戦闘以外の危険度はむしろ増える訳です。
一見戦力増強で怪我などの危険度が低いように見えても、これでは『早く攻略する』ことなど出来ません」
なるほど…。
確かに騎士を派兵する際は余りに巨大な気配に魔物が襲ってこないのは常識だ。
『大群に喧嘩を売る』ということが余り無いからな。
しかし襲える強さ、数であればただの狙いやすい獲物という訳か。
魔物は人など虫けらの如く狩れるからな…多少の戦力差なら誤差だと思って突っ込んでくる可能性もある。
そのことを考えれば単純に人を増やすのは未熟な指揮能力、指揮系統では危険度が上がるだけなのか。
「以上が通常の迷宮での問題です。
迷うことによって探索距離や時間が掛かるのも確かに問題なんですけれどね。
そしてアレクセイは『死傷をある程度防ぐ』という親切設計の特殊な迷宮です。
実はこのアレクセイに関して言えば、この『巻き戻り』がかなり厄介なんです」
「うん?
それの何処が問題なんだ?
大怪我や死亡を防げるのは随分と『冒険できる』ということだろう?」
「それが大問題です。
安心が背後にあるということは『気が緩む』ということです。
必死さが欠け、真剣味が薄れ、失敗出来るという安心感が怪我や事故死を引き寄せます。
個人であれば問題ありませんが、パーティで探索しているのでこの緩みは致命的です」
「なるほど、確かに失敗し易い環境ではあるな。
だがそれくらいでないと挑戦もしづらいのが事実だぞ?」
「はい、それは否定しません。
けれど『巻き戻る』というところがそもそもイヤラシイんです」
「どういう意味だ?」
むしろそれこそがあの迷宮の売りだというのに、真っ向から否定するとは。
いや、実際言っていることは事実だし、だからこそ巻き戻る度に攻略の精度を増すのだ。
その結果、突破という状況にまで踏み込むのがあの迷宮の攻略者だ。
「残酷な話ですが…怪我をすれば脱落、死ねば終わりという状況であればかなり楽です。
死傷すれば事務的にパーティを入れ替えるしか選択肢がないため、そこに躊躇いはありません。
何かしらの問題を抱えてくれれば、それを理由に弾くことも簡単ですから。
けれどこれがアレクセイではそうはいきません。
巻き戻ってしまうがために、入れ替える場合は『理由を作らないといけない』んです。
逆に入れ替えをしない、または出来ないのならば、巻き戻った者が回復する時間が必要になります。
それだけではありません。
巻き戻りを起こせば、その分階層を戻る必要があります。
数が増えた鈍足のパーティ全員で、巻き戻された転移スペースまで移動する必要が。
一人で追い掛けてこれるなら、そもそも巻き戻ることもありませんのでこれは絶対です。
人が増えるほどに遭遇率が上がり、足が遅くなるのは先程話した通り。
その分個人の負担や危険度は下がりますが、パーティメンバーの『巻き戻った場合のリスク』が跳ね上がります。
つまり『切り捨てる』ということが出来ない以上、『巻き戻り』という特性を使えないのに、気が緩むという矛盾が発生します」
なるほど…巻き戻る不都合は多大なのに、巻き戻りやすい状況を用意されているということか。
それを回避するために戦力を集めれば、余計に不都合が増すという訳だ…。
何ともままならんものだな。
つまりリオが言いたいのは
「バランスが悪いということか?」
「その通りです。
本気で攻略するなら10人未満。
時として2パーティに分けられる程度の能力が無ければ意味がありません」
断言するのは攻略者の自信故か。
確かに今までの話を聞いた限りでは集団行動をするには少々厳しいだろう。
馬車などの道具を持ち込めるわけではないし、そうなれば持てる物資にも限りがある。
まったく、斜に構えた面白い理論の組み立て方をするものだ。
「また、これらの話を基準に10人未満のパーティを複数用意するのも一つです。
この複数パーティを交代制にして探索を行えば、休憩中に身内の別パーティが攻略してくれます。
同時に探索すれば探索範囲が一気に広がるのでそれぞれの負担が減ります。
地図を共有しながらの探索になるので『打ち合わせ時間』が発生しますが大きな利点です。
構築する複数パーティ全体の探索時間は膨大ですが、結果的に個人やパーティの探索時間は短くなります」
たった8日間で迷宮をこれだけ分析するのか。
いや、もぐった期間は6日間か。
これでは他のパーティが出し抜かれるのは仕方ないとさえ言えるな。
ん、いやまて。
こいつは3人で突破したのではなかったか?
「リオ、その説明だとお前達のパーティでは突破出来ないだろう」
2パーティに分ける理由は説明されなかったが、恐らく『柔軟性』という意味で使ったのだろう。
『必ず一塊で移動しなくてはならない』というのは単に重荷だからな。
時として攻略パーティを分けて(それこそ10層までのように)突破するというのも考えの内なのだろう。
巻き戻り対策と思えばその考えもまた正しい。
「可能ですよ。
というより可能でした。
Dランク程度なら、僕一人で攻略出来ますから」
「ほうっ!!」
「リオ君?!」
その余りにも強気な発言に思わず前のめりになる。
カルロの『とっておき』は、本当に面白いことを言う!
迷宮を突破した以上、まさにその通りなのだろうが…少々盛りすぎではないか?
というか叫んだアシュレイは後ろに立つスミレによって口を塞がれてるじゃないか。
いや、流石に扱いがぞんざい過ぎないか?
末っ子とはいえ公爵家に縁のある者だぞ。
そんな私が向ける色々な感情の含んだ目を、特に気にした様子も無く続ける。
「ガートルード様、改めて『交渉』です。
僕達の情報を出しますので、出来る限り秘密にしてください。
アテにされても困りますし、まだまだ未熟だと考えていますので」
「リオの情報だと?
そんなもの、もう暫くすれば手に入るではないか」
「本当にそう思いますか?」
リオは凄むでもなく問い掛ける。
だが私には何のことだかさっぱり分からない。
「…どういう意味だ?」
「子供のEランクという時点で何故話題にならないと思いますか?」
「…まさか、クライン辺境伯が抱き込んでいるのか」
「あー…ギルバートさんは何かやってくれてそうですね。
でも違います。
単に僕は討伐者になってからまだ2ヶ月も経っていません」
「馬鹿なッ!?」
「えぇ、情報が回る訳が無いんですよ。
でも今後もそうだとは限りません。
なので『公爵家』として約束して頂きたいな、と思いまして」
いけしゃあしゃあと語る内容は苛烈なものだ。
貴族の屋敷で、公爵家の当主を前にするような話ではない。
それもこれも『アシュレイの護衛』として招き入れたせいだが、働きを見ればその態度も頷けるのが困る。
少なくともこの子供は私を納得させるだけの成果を出して、この場に立っているのだ。
聞かない訳にもいかないし、むしろ聞きたい内容でもある。
この思いを掻き立てられている時点で謀にのせられている証拠だろうな。
「理由は?」
「一つは実力不足。
もう一つを聞けば後戻り出来ません。
確約してもらってからでしか、伝えられません」
「その情報が価値あるものかは分からんぞ」
「そうですね。
であれば、交渉は決裂です」
とあっさりと諦めるような言葉を放つ。
これはブラフか…?
いや、そんな訳はあるまい。
でなければわざわざ挑発的な言葉を使うことも無い。
一瞬の間を挟み、「ですが少しだけ、実力を見せられます」と言って差し出したものは契約書。
それを受け取り目を通し、思わず『馬鹿な…』と口にしかけたのを気力で抑えきる。
「先日ガーランド内で『鬼ごっこ』をしました。
騒ぎになっていたのは知ってると思いますが、主催者は僕です。
その結果、約400人を相手に逃げ切りました。
この中には名のある人も居るようですね?」
にこりとリオは笑うが、内容は笑えるようなものではない。
流石にSランクは居なかったが、Aランクの斥候『フーベルト・レリック』の名前が入っている。
そのクランに属するB・Aランクの者達も軒並み入っているのだから豪華すぎる。
だがその豪華な面々を振り切って勝利をした…だからこそ今この契約書を握っていることになる。
「お前は何者だ?」
「御巫理熾ですよ?」
「名前を聞いているのではない」
「では、秘密にしてもらえますか?」
秘密主義を貫く割に声色は軽い。
『メルカノ公爵家のことなど、どうでも良い』と言いたい訳か?
それほどまでに大きな内容か、それともあわよくばという程度か。
このままでは読めないし、何よりも私自身がその秘密とやらを知りたくなっている。
「仕方あるまい。
だが、不利益になるようなことがあれば別だぞ」
「そうですね。
黙って殴られろとは言いませんよ」
そう余裕のある笑みを浮かべ、リオはこれまでの経緯を語り始めた。
その内容は確かに驚愕に値するものだったのだが、聞くべきではなかったかもしれん。
お読みくださりありがとうございます。




