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雨花の花嫁  作者: 蜃
最終話
64/64

【64 それからのこと】

 翌日は宴会になった。私は上座でジェズアルドと並んで体を縮めていた。


 ――うう、恥ずかしいなあ。


 一応着飾ってはいるのだが、何だか場違いな気がする。それもこれも、宴が披露宴的な感じではなく、花見みたいになってしまっているからだろう。


 ガズルラーヴの木は、今がまさに満開だった。この花は魔界に吉兆をもたらす先ぶれとして咲くらしく、滅多なことでは見られない。ここ数百年は咲かなかったと言うから凄いことだ。


 そのため、近隣からも魔物が集まって来て、魔王の結婚祝いも兼ねて宴を開こうと今朝いきなり決まった。ドレスなんか持ってないから、ここに来た頃に着させられたあの古めかしいドレスが再登場することになり、私は恥ずかしくてたまらない。


 すぐ近くにはガーグとバルトが控えているし、頭や肩の上では黒毬たちが跳びはねている。少し離れた場所では、マッシモが酔っぱらって腕相撲をしては相手を地面に叩きつけていた。隣のジェズアルドはのんびりとお酒を飲んでは、魔物たちの宴を楽しげに眺めつつ、時折私の方を見て笑う。


 あの儀式の後で、私は少し変化したようだった。


 今の私も、ジェズアルドたちと同じ人間に化けているような状態にあるらしい。と言っても、見た目にはそれほどの変化はない。一番変わったのは、肉食になったということだろう。あれ以来、野菜が受け付けなくなってしまったのだ。


 なので、今はジェズアルドと同じものを食べている。アントニオの料理が異様に美味しく感じられるようになったのが一番の驚きだ。


「水紀、退屈ではないか? 何か余興でもさせようか?」

「え、別にいいよ。皆が楽しんでるの見てるだけでもいいし……あ、そうだ」


 私はふと、少し前から考えていたことを思い出した。


「あのね、お願いがあるんだけど……」

「何だ? 叶えられることなら何でも言え」

「うん。一度だけ、もといた場所に戻りたいの、けじめをつけたいから。後、ロレンツィオの鏡で見たことがずっと気になってて、どうしてもそこへ行ってみたいの」


 そう言うと、ジェズアルドは少し真顔になり、しばらく唸ってから答えた。


「分かった。では、余も一緒に行こう……逃げられたくないからな」

「逃げる? どこに? 何で?」


 彼の言いたい意味がわからず、私は訊ねた。


「元の場所に戻って、やはりそちらにいたいと言い出されて逃げられたくない。余はお前を離したくないのでな」


 なるほど。私は納得したが、思わず笑ってしまった。


「心配性だね、でも一緒に来てくれるのは嬉しいな。だってデートでしょ?」


 そう言うと、ジェズアルドは驚いたような顔で訊ね返してきた。


「でえと、とは何だ?」


 それから小一時間ほど、私は「デート」について説明する羽目になってしまった。



  ◆ ◆ ◆



 魔王が人間界へ行く、ということで、側近たちがしばらくもめたものの、一日だけだということで話がついた。その日は初冬だけど暖かい日で、私はまず借りていた部屋を訪ねた。案の定荷物は処分されて、別の人が入っていたけれど、それを見ても何とも思わなかった。


 会社にも顔を出して、謝罪をし、正式に辞めた。


 その帰りに、先輩と会った。もう何も感じないけれど、向こうはかなり驚いて無事で良かったと言ってくれた。少しだけ立ち話をすると、付き合っていたあの彼女と春に結婚すると言う。

 わたしは心から「おめでとうございます」を言えた。

 ついでにジェズアルドを紹介して結婚したと言うと、もの凄くびっくりされた。食い入るように顔を見上げた先輩は、その後で「騙されてるんじゃないよな?」と心配してくれた。

 私は「大丈夫ですよ」と笑って、別れた。


 そして、一番行きたかった場所へと辿りついた。


 そこは、御墓だった。


「ここはどういった場所なのだ?」


「死んだひとの身体を埋めて、供養する場所。ここにね、私のお母さんがいるの」


 そう告げると、ジェズアルドは目を見開いた。


 この墓地は会社近くにあったので憶えていたのだ。父親の方とは完全に縁が切れているので、そちらのことは何もわからない。私の名字の工藤は母の家のものだ。私が生まれてすぐに亡くなったという話だけは聞いている。


 母の両親もすでに他界しており、墓地はわからないままだった。けれど、ロレンツィオの鏡で見た光景で、私は確信したのだ。


「せめて、報告だけはしておきたかったの。結婚したよ、幸せだよって」


 言いながら、無縁仏のためのお墓へ行くと、私はそっと手を合わせる。すると、ジェズアルドも真似をして手を合わせてくれた。そして、報告をする。顔も知らない、声も知らない。どんな人生を送ったのかすらわからない母。それでも、こうして私を生み出してくれた。だからこそ、こうして幸せを手にすることが出来たのだ。


 心からありがとう、と告げて、私は墓地を後にすると、言った。


「用事は済んだし、魔界に戻りましょう」



  ◆ ◆ ◆


 

 地上に戻ってからしばらくすると、雨花も散り、ガズルラーヴの木は青々と茂り始めた。それと同時に、魔界にも花が咲き乱れ始める。


 正常に機能している魔界は常春の国だとかで、とても過ごしやすかった。


 私はと言えば、毎日それなりに楽しく過ごしている。マーラを手伝ってみたり、ジェズアルドとプペパポンペを訪れてプウペパプペを捕獲してみたりもした。どうやら本当に魔物化したらしく、街の中へも入ることが出来たのには驚いた。


 すっかり居ついてしまったマッシモは、相変わらずジェズアルドに勝負ごとを持ちかけ、たまに私に体を洗ってくれと頼んでくる。今では側近扱いだが、本人は気にしていないようだ。


 ロレンツィオも、時々は城を訪ねてくるけれど、最初に私を見た時の残念がりっぷりは面白いくらいだった。それでも血を吸わせろと言ってはジェズアルドに追い出されているのは凄いと思う。その後でビビアーナに引きずられて帰って行くのが恒例となっている。


 アレグラの手元に渡ったウロスは、夜ごとアントニオと話をしているとか。少しずつほだされて来ていると嬉しそうに語ったアレグラは綺麗だった。


 バルトはと言えば、ようやくミレーヌに怖がられなくなったと喜んでいた。近頃ではよく話に行っているらしく、仕事がなっとらんとサイクロプス氏に怒られていた。


 ガーグはあれからちょっと成長して、やや青年らしくなった。後で聞いて驚いたのだが、彼は先代魔王の息子なのだそうだ。ジェズアルドは自分の身に何かあれば、彼を魔王として立てるつもりでいたらしい。今では良く狩りをしては魔法の腕を磨いている。


 ちなみに、風魔扇を作った細工師とやらには未だ会えていない。いつか会ってみたいものだと思っているが、どうなることか。気長に構えて見ようと思っている。


 あれから、あの「グランガチ」という魔物には会っていない。いつか、ちゃんと認めて欲しいが、これも時間がかかりそうだ。


 何はともあれ、魔界は平和だ。


 そして、私は幸せだった。


 ずっと求めていた、必要とし、必要とされる場所。ようやく見つけたそこは、魔王の隣だった。


 


 【了】



これにて雨花の花嫁は完結です。


ここまで読了して下さった方々、評価して下さった方々のおかげです。ありがとうございます。思った以上の評価を頂き、非常に嬉しく思っています。


この作品はとにかく幻想生物がたくさん書きたくて始めました。皆好きな魔物ばかりで、書いていてとても楽しかったです。そして、初めて一人称に挑戦した作品でもあります。


改めて、本当にありがとうございました。


また他の作品などにも目を向けて頂ければ幸いです。

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