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血濡れの魔女は夜と踊る  作者: ウミノリリオ
第七章 虚飾の聖女は虚に溺る

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4.カトリナ・ヴィオレッタ・ブランシェ⑤

 庭を荒らした犯人は、後日、近隣から迷い込んだ猟犬だったと判明した。けれどカトリナにとって、そんなことはもはやどうでもよかった。


 あの日以来、ディーンの言葉が頭から離れなかった。

 その空色の瞳を見るたびに胸がときめいて、今まで以上に彼に会える日を待ち焦がれた。恋を自覚するのにそう時間はかからなかった。

 カトリナは、ディーンとの縁談を進めることを今まで以上に強く父にねだった。しかし、話は相変わらず遅々として進まない。両家共に様々な思惑があるのだろう。そのことに痺れを切らしかけた、その矢先のことだった。


「ディーン様が、『勇者』に選ばれたですって……!?


 ——ブランシェ家、当主執務室。

 そこで父から告げられた言葉に、カトリナは声を荒げた。


「ああ。以前から選定は受けていたのだが、このたび正式に認められたそうだ」

「そんな……!」

「来春から神殿で暮らすことになるらしい。戴冠式には当家は揃って参列する、準備は怠るなよ」


 父はそれだけ告げると、話は終わりだと言わんばかりに書類へ視線を戻した。

 ショックを受け固まっていたカトリナは、ハッとして食い下がる。


「ま、待ってくださいまし! そ、それでは……っわたくしたちの、縁談は……!?」


 カトリナがここまで狼狽える理由は、これだった。

 この国で、『勇者』とは聖職者。配偶者を持つことは許されない。

 ディーンが『勇者』として戴冠するというのなら、まさか——


「それならもちろん、白紙になった」


 焦ったように声を上げるカトリナに、だけども父は淡々と告げる。


「そんな、簡単に……! 貴族同士の、縁談ですのよ!? 破談なんて、あっさりと決められるものでは……!」

「破談ではなく、白紙だ。言ってあっただろう、あくまで候補、決定事項ではないと」

「そんなの、言葉の綾ですわ! 一方的に縁談を打ち切るなど、ブランシェ家を蔑ろにしています!」


 なんでもないように言ってのける父に、カトリナは納得いかず詰め寄る。

 そんな彼女に多少眉を寄せながらも、父は言葉を返した。


「……蔑ろなど。ヴァレンティス家が望んでいたのは、彼の才に見合う地位を与えることだ。君との婚姻が成れば、兄たちを差し置いて後継に据える理由にもなった。だが今や、彼は『勇者』となった。縁談を進める必要がなくなっただけのことだ」

「え……?」

「我が家門は神殿とも縁深い。彼が『勇者』となるのなら、それも我が家にとっては利となる。私としては、どちらでも構わない」


 初めて聞いた縁談の裏事情に、カトリナは激しいショックを受ける。

 どちらでも構わない? そんな話、自分は何一つ聞いていない。

 自分の縁談だというのに。自分と、他でもないディーンとの間のことだというのに。

 父にも、ディーンにも。何も、聞かされていなかった。


 カトリナは愕然とした。

 このままいけば、自分はディーンと結ばれるのだと思っていた。どれだけすげない態度を取られても、それだけは変わらないのだと。

 それがただの夢だったことに、カトリナは絶望した。

 自覚したばかりの恋が、こんなに簡単に破れてしまうなんて。


 言いようのない悔しさが、胸の奥から込み上げる。

 しばし俯き、片手に持っていた扇子を握りしめたあと——


「……ならば、わたくしは『聖女』になりますわ」


 低く声音を落とした声で、そう言った。


「……何を、言っているんだ? 聖職など、今まで興味も示さなかったではないか」

「ええ。でも、気が変わりましたの。ディーン様が『勇者』になるのなら、『聖女』の座に相応しいのは、わたくし以外にいないではありませんか!」


 高らかに宣言するカトリナに、父は困ったように額を押さえた。どう説得すべきか迷っているのだろう。

 父の中の迷いを読み取って、カトリナは駄目押しするように言い募った。


「それに、このわたくしが『聖女』として擁立されるのは、我が家門への利となるでしょう!?」


 ——こうしてカトリナは、自ら聖女候補として名乗りを上げた。

『勇者』となったディーンの『隣』に立つ、ただそれだけのために。


 本来なら、妻としてその『隣』に立つはずだった。だが彼がその道を捨てたというのなら、別の形で追いつくしかない。

 カトリナは元より高い聖力の持ち主だ。高位の巫女として神殿へ入るよう、以前から何度も誘われていた。ディーンとの婚姻を望んで断り続けてきたが、今や拒む理由はない。それどころか、ブランシェ家の令嬢である自分が望むのだ。聖女への道も、容易に開けるはずだと信じていた。


 だがその夢は、あっけなく破れる。


「……申し訳ないが、君を『聖女』として推すことはできません」


 オーギュスト・ドミニク・ブラッドフォード。

 ブランシェ家の傍流である彼は、幼い頃からその貴族籍を捨て、神殿へと入った者であった。

 『聖女』という位を目指すカトリナは、高位神官である彼に口添えを頼んだ。

 しかし、返ってきたのは明確な拒絶だった。


「ど、どうして!? 前は、わたくしの聖力を評価してくださったじゃない! 神殿に入らないかと誘ってくれたのも、あなたでしょう!?」

「それは巫女として、です。他者の聖力を見抜く貴女の力は、神殿にとっては非常に価値がある。その強さも、歴代聖女たちと比べて申し分ありません」

「なら……!」

「しかし、『聖女』となると話は変わります。民が聖女に望むのは、病を癒し、飢えた土地を潤し、災いを退ける力。貴女の力は、民にとって恩恵が見えにくいのです」

「……っ!」


 諭すように言われ、カトリナは言葉に詰まった。

 自分の聖力は、決して凡庸なものではない。その自負はある。だが、『聖女』として求められるものじゃと言われれば、自分でも首を縦に振ることはできなかった。


「巫女としてなら、私たちはいつだって貴女を歓迎します。もちろん、それ相応の地位を与えることになるでしょう」

「それじゃあ、意味ないわ。わたくしは、わたくしが欲しいのは……」

「それでも『聖女』の座に着きたいというのなら、民が納得する功績がなければ難しいでしょう。その時は、私にもその手伝いをさせてください。今はまだ、『聖女』の座は空いていますから」

「……」


 気落ちするカトリナに、オーギュストは宥めるように言った。

 カトリナは悔しさに歯を食いしばりながらも、ディーンのいる大神殿を後にする。


(わたくしでは、駄目だというの……?)


 高くそびえる白亜の大神殿を見上げながら、カトリナは思う。

 ディーンの隣にいたい。ただそれだけの願いが、ここまで遠いものだなんて思わなかった。

 諦めてしまおうか。そんな諦念がふと胸をよぎる。

 だけどすぐに首を左右に振った。こんな時にいつも思い出すのは、ディーンがいつか自分に放った言葉だった。

 宝物のようなその言葉を反芻して、ディーンがいるであろう大神殿をもう一度見上げる。


(待っていて、ディーン様。わたくしは必ず、あなたの隣に辿り着くわ)


 ディーンと同じ、『特別』なその場所へ——

 誓いを胸に、その日から民の信頼を得る方法を必死に模索し始めた。歴代聖女の功績を調べ、家名でも権力でも、使えるものはなんでも利用した。

 それは、血の滲むような努力だった。


 しかし、彼女のそんな願いも、あっけなく散ることとなる。

 ディーンが『勇者』として神殿に迎えられてから、数年後。


 ルナ・ルクスが、新たな『聖女』として選ばれたのだ。

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